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第八十八話

 一日目の最終目標である宿場町へは、思ったよりも早く着いたので、宿へは多少追加金を払うことで早めにチェックインすることにした。少しだけ自由時間が出来たわけだ。
 とはいえ、宿場町は宿以外には飯屋と飲み屋、娼婦館しかない。俺たち子供には一切の縁がないので、部屋で休むことにした。

 部屋は二人部屋を二つ取った。
 付き人を連れていないアリアスとウルムガルト、そして俺とメイ(ポチも)という割り振りだ。
 ウルムガルトは護衛対象なので、俺の部屋との壁沿いに寝て貰う。

 後は常に周囲を警戒するだけで良い。
 俺は一定の意識を周囲へ配りながら、読書へ励んでいた。

「ふむ……やっぱり、そうなのか」

 俺が読んでいるのは、光魔法に関する専門書だ。
 かなり難しい言葉が羅列されているので読み進めるのは苦労したが、ようやく読み終えた。

 さすがに専門書らしく、古代魔法のことにまで触れられていて、深い考察がなされていた。

 それを読んで、分かったことが一つ。
 光魔法は補助特化と謳っておきながら、バフ・デバフといった魔法の類がほとんどないのである。
 自己強化の一つとして身体能力強化魔法(フィジカリング)があるが、その程度である。後は光を灯したり、サーチといった周囲を探る魔法だったり、補助というよりお役立ち魔法ばかりだ。

 俺はここに強い疑念を抱いていた。

 なんで出来ないのか。
 本を読み進めた結果、一つの結論に導かれた。
 それは、この世界の人間は、魔力を循環させることで体調を整えている、という点だ。

 身体能力強化魔法(フィジカリング)はその循環させる魔力に、己の魔力を追加で注ぐことで爆発的な身体能力を手に入れられる。これはそもそもが自分の魔力なので可能な技だ。
 これを他人の魔力で行うと波長が合わず、何の効果も得られない上に除去されてしまう。

 つまり、己以外の魔力で強化をしようとしても、身体が受け付けず、すぐに排出してしまうのだ。

 これを証明しているのが、古代魔法である《エンシェント・エンジェル》である。
 光魔法の上級魔法だが、今は使われなくなった、という意味での古代魔法である。
 何せ聖属性も付与するせいで膨大な魔力を浪費する癖に、たった数秒間だけ《祝福》状態にするというものだからだ。ちなみに《祝福》とは体力を三%上昇させ、本当に簡単な呪いなら受け付けなくする魔法だ。完全に名前負けの状態の魔法とも言える。

 この効果の《祝福》が数秒間しか持続しない理由。

 それが、この速やかに体外へ排出される作用のせいだ。

「だからこそ、誰もバフ・デバフの魔法を開発できなかった、か……」

 とはいえ、例外はある。
 一つはメイに授けた強化魔法だ。
 全身に裏技(ミキシング)で強化した炎を宿し、凄まじい勢いで体内を循環させることで爆発的な能力を得る。だがこれには代償がつきもので、メイの場合は全身に魔力の吹き溜まりが出来て異常状態に陥ってしまう。すぐに整えてやらなければ、最悪の場合死に至る。

 だからこそ、メイには本当にどうしようもない時にしか使用するなとキツく命じている。

 だが、これは身体能力強化魔法(フィジカリング)とは別の自己強化だ。
 そしてもう一つが、加護である。

 俺の《神獣の使い》然り、ステータスに多大な影響を与えるものも存在しているのだ。
 しかも、これに限っては自分の魔力ではなく、他者からの力により、だ。
 ここを上手く活用できれば、もしかしたらバフ・デバフが可能になるんじゃないだろうか。

 俺はそこまで推察して、理論の構築を始めた。
 幾つも公式を作り上げては、瑕疵を見つけて捨てる。そんな作業をただ繰り返す。

「ご主人様、そろそろご飯の時間ですよ?」

 メイが声をかけてくるまで、俺は机に向かっていた。
 気が付くともう陽が落ちていて、外も暗くなっていた。この宿はそこそこ良い宿なので、勝手に明かりがつくから(部屋の人の魔力を吸い込む方式だ)気が付かなかった。

『あまり無理をすると体に良くないと思うんだが、主』

 メイに抱きかかえられている状態のポチも、テレパシーで諫めてくる。
 確かに、あまり良くないな。
 俺はすっかり凝り固まった全身を解すように伸びをした。あー、首が微妙に痛い。

「大丈夫なの? 随分と根を詰めてたみたいだけど」

 いつの間にかウルムガルトも来ている始末だ。アリアスの姿が無くて気がかりになったが、どうやら下にいるらしいことは探査魔法で分かっていた。たぶん、風呂だろう。

「ああ、うん。大丈夫」
「随分と考え事をしていたようですけど……メイに何か手伝えることがあれば、協力しますよ?」
『一応、私も吝かではないぞ』
「僕も、手伝うけど?」

 メイは本気で心配してくれているのだろう、窺うような表情だ。ポチもウルムガルトも、だ。
 ここで俺は悩んだ。理論は構築出来つつある。だが、そのためにはデータが必要だ。もしメイたちが協力してくれたら飛躍的に進むことだろう。だがそれは人体実験のようにも思えて気が引ける。

「いや、まぁ確かに手伝ってくれたら助かるんだけどさ、ちょっとどころじゃなく申し訳ないっていうか」
「ご主人様」

 どこかもごもごしながら言うと、メイがすかさず一歩前に出て来た。
 その迫力に思わずのけぞるが、メイは構わず詰め寄ってくる。

「私はご主人様に救われました。それも一度や二度じゃありません」
「メイ……」
「それだけ返しきれない大恩があるんです。だから、どうか私に手伝わせてください」
「けど、痛いかもしれないぞ?」
「ご主人様のことですから、きっと大丈夫です。危なくなったら止めてくださるでしょう?」
「当たり前だ」

 俺は少し語尾を強くして言う。
 メイは大事なパートナーである。

「だったら、身を任せます」
「そういうことだから、僕も協力するよ。僕だって助けて貰った身だしね」
『主人だからな、君は』

 そんなメイの後ろからウルムガルトは顔を覗かせ、メイに抱かれたままのポチも苦笑のテレパシーを送ってきてくれた。

「……分かった。じゃあ、お前たちの魔力経絡を図らせてくれ」
「魔力……経絡?」
「ああ。人は魔力を循環させることで体調を整えていることは知ってるよな? その循環させるための経路のことを言うんだ。それを計測させてほしいんだよ」

 これは専門書にあった専門用語なので、知っている人間は少ないはずだ。

「そういうことなら構いませんけど、どうするんですか?」
「二人とも、俺に背中を向けてくれ」

 俺が言うと、メイとウルムガルトは素直に後ろを向いてくれた。
 俺はそんな背中に掌を当てる。

「これから俺の魔力を少しだけ注ぎ込む。あくまで計測のためだから害はない。けど、違和感はあると思うから、少し我慢してくれな」

 二人が頷くのを待ってから、俺はゆっくりと魔力を注いだ。
 これは《サーチ》と《アクティブ・ソナー》を裏技(ミキシング)させたものだ。より綿密に、細かく情報を知ることが出来る。とはいえ、直接触れてないと意味がないのだが。ちなみに魔力経絡を図る目的なので、他に何か使える、ということはない。

「ひゃんっ」
「いひゃっ」

 魔力を注いですぐ、二人はいきなり背中を反らせた。

「あ、ご、ご主人様、これはっ……」
「ひっ、ス、スゴく、くすぐったいというか、これ、あっ」

 二人は徐々に顔を赤くさせながら悶える。なんだコレは。
 だが、一度計測が始まってしまうと、途中でやめることは出来ない。もしやめてしまうと、そこに魔力の吹き溜まりが出来てしまい、何らかの変調を起こしてしまう可能性があるからだ。

「いっ、あ、そ、そこっ……ら、らめっ」
「ちょっと、あ、ああっ、いやぁ、はぁっ」

 とはいえ、これは色々と不味いんじゃないだろうか?
 何だか二人とも耳まで赤くしてるし、なんだか目がとろんとしてきてるし、上気しているように見える。
 これはちょっと急ぐ必要がありそうだ。俺はコントロールが可能な速度の最大を出す。

「あひっ!? それ、ら、らめぇっ、ひゃああああああああんっ」
「きゃはっ!? ちょっと、それ、あいぃぃぃいいいいいいいっ」

 すると、電流が走ったようにメイとウルムガルトは嬌声を上げ、そしてぐったりと倒れこんだ。それと同時に魔力経絡の計測が終わる。俺は慌てて二人を支えた。

「大丈夫か? 悪かった」
「え、ええ、いいえぇ、ら、らいじょーぶ、れふ」

 いや舌が回ってないんだけど? しかも息が荒いし。

「う、うん。ちょっと刺激的、だったけど、大丈夫、かな……?」

 ウルムガルトもなんだか目が潤んでるぞ。
 とはいえ、しばらく休ませてやらないといけないだろう。俺は二人をベッドに寝かせる。

「……一応、ポチもやっていい?」
『今のを見て犠牲になれと言うのか?』
「だよなぁ……」

 ポチの拒絶を俺は受け入れるしかない。まさか、こんな結果になるとは。
 未だに息荒くぐったりする二人を交互に見ながら俺は反省する。やっぱり断れば良かった。

「あ、はぁ、はぁ……あれぇ?」

 いち早く我に返ったらしいメイが、ゆっくりと身体を起こす。

「なんだか、身体が軽い……?」
「うん。僕もちょっと、いつもより身体が動くような感じが……」

 ほう?
 俺は意外な結果に片眉をつりあげた。もしかして、魔力経絡をはっきり認識できるようになったから、魔力循環が上手くいくようになったのか? いや、でもそれだけじゃ――。

 再び考えが奥に潜り込みそうになった刹那だった。

 けたたましい金属音ががなり立てる。
 外からだ。

「火事だ、火事だぁぁぁぁぁぁぁ―――っ! 街が、街が燃えているぞおおおお!」

 その知らせに、全員が愕然とした。

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