景品として異世界転生したら捨てられたので好きに生きようと思う

　俺は叫び過ぎて喉が潰れかかっている悲鳴を聞きながら、さっと窓の外を睨んだ。
　うっすらと見える町の景色は、朱色に染まりつつあった。それに煙だって上がっている様子だ。

　確かにあれは、火事だな。

　それも一ヶ所や二ヶ所ではない。
　俺は即座に窓を開け、そのまま屋上へと這い上がる。

　街道にそうように出来た細長い宿場町は、あちこちから火の手が上がっていた。既に喧騒は始まっていて、怒号や悲鳴が飛び交い始めていた。
　どう見ても単なる火事ではない。

　同時多発的な放火だ。

　それを示すように、街に常駐してる騎士団らしき兵士たちが走り回っている。避難誘導は始まったばかりの様子だ。

「ご主人様！」
「分かってる。行くぞ」

　メイが叫んでくる。俺は返事をしながら部屋へ飛び戻った。
　すでに部屋は緊張感で支配されている。俺はジャケットを着用し、メイからマントを受け取った。

「メイ、アリアスを呼んできてくれ。緊急事態だ」
「分かりました」

　アリアスの気配はしっかりと下にある。無事のはずだ。

「ウルムガルト。悪いけど出るぞ」
「仕方ないね。何が起こってるのか分からないから怖いし。愛馬も休めたはずだから大丈夫だと思うけど、どこに行くの？」
「とにかく街の外だな」

　位置的には、宿場町でも北の方角である。このまま北へ抜けて行程を再開する方が良いだろう。
　同時多発的な放火なんて、事件の臭いしかしない。
　逃走ルートを考えていると、メイとアリアスがやってきた。

「火事って、どういうこと？」
「状況は掴めない。けど、とにかく厄介事っぽい。逃げよう」
「逃げるって……街の人達は？」
「これだけの騒ぎだ。すでに逃げ始めてるし、騎士団の人達が誘導も始めてる」

　アリアスが顔を青くさせながら言ってくるのを、俺は窘めるように言った。
　今は依頼中だ。俺たちは依頼主の安全確保を最優先とすべきである。もちろん、場合にも寄るんだけど。だが、この場合は騎士団も迅速に動いている。

「そう……分かったわ」
「急ごう」

　俺は一言だけ伝えて外に出る。
　ウルムガルトのロバをつれ、俺たちは大通りではなき小道を通ることにした。大通りはすでに避難しようとする人達で渋滞が発生しつつあったのだ。
　それだったらまだ小道を通る方が良い。

「うう……ちょっと熱いわね」

　前を任せたアリアスが汗を拭う。
　確かにあちこちから火の手が上がっていて、その勢いは強くなっていく一方だ。今も近くで燃えているしな。

　正直言うと、あまり精神的によろしくない。

　田舎村の、あの時の光景が目に浮かんでしまうから。
　メイも同じ様子なのか、少し身体が固そうだ。

「それにしても、なんでこんなことに……ここは穏やかな宿場町だったのに。不穏な噂も聞いたことがないよ」

　商人はそういう噂に鼻が効くものだ。
　たまたまウルムガルトがキャッチ出来なかったかもしれないが、そういう争いの種としては成立しにくい立地だ。

　だが、実際には起こっている。
　あーだこーだ言う前に、乗り越えなければならない事態だ。

　この展開、ハインリッヒから渡された紙にはなかったな。

　俺にはウルムガルトの護衛に加え、アリアスを生存させるという任務がある。それを回避するため、ハインリッヒからは今日の選んではいけない選択肢を授かっている。
　もちろんそれを遂行していたが、その結果がこうなるとはどこにも書いていない。

　ハインリッヒの《神託》は断片的だ。こうなるという辺りはごっそり抜けているのだろう。裏を返せば、火事が起こったとしても今後には影響しないということでもあるが……。

　ちなみにアリアスが暗殺されるルートもあった。
　それはアリアスとメイ、ウルムガルトの三人で入浴させると発生するらしい。俺たちが抑えた部屋の真下がちょうど風呂なのだが、ハインリッヒいわく、その上の部屋から暗殺者が忍び込んで仕留める──というものらしい。

　確かに風呂には窓がなく、壁は分厚い。
　おそらくこの天井と床をぶち抜くのが暗殺として遂行しやすいのだろう。かつ、その暗殺者は俺の警戒網を潜り抜けられる実力者ってことでもある。

　一番の問題は、その暗殺者は確実に来ているってことだ。
　暗殺イベントをスルー出来たところで、暗殺者が引いているとは思えないしな。
　そもそもなんで暗殺されるんだって話だが、それはハインリッヒが調査している。

「とにかく街を抜けよう」
「そのまま行程を進むの？」
「まさか。周辺に避難場所が仮設されるはずだから、そこで一晩を明かす方が良い」

　野宿も、ウルムガルトの護衛だけならば悪い手ではないのだが。暗殺者が近くにいる可能性がある以上、アリアスにとっては悪手でしかない。

「そうね、囲いも出来るだろうから、見張りする必要ないし」

　アリアスが同意する。
　おそらく、というか絶対に見張りするのが嫌なんだろう。

「それじゃあ、とにかく移動を──……」

　気配が生まれたのは、その刹那だった。
　どろり、とした、生々しい濃厚な気配。何もされていないのに、内臓をひっくり返されたかのような気味悪さを覚えた。

　──これは、まさか。

　嫌な予感に駆られながら見上げると、建物の屋上から真っ黒い何かが姿を見せていた。
猫背で長い両腕を垂らすその様は、まるでゴリラのような姿勢だ。顔面さえ真っ黒で表情はわからないが、真ん丸な瞳は爛々と赤い。

　見たこともない容姿だが、直感が告げていた。

　こいつは、魔族だ。
　瞬間的に魔力を練り上げると同時に、ポチが吠える。

『主よ！』
「分かってる！」

　言った瞬間、魔族の顔面へ横一文字に亀裂が入り、ばくん、と開かれる。そこには、渦巻く炎がいた。
　なんだ、と思う暇もなく炎が放たれる。

「危ないっ！」

　動いたのはアリアスだ。
　渦巻く炎が放たれると同時にウルムガルトに抱きつくように飛び付いて回避させる。
　呼応して俺とメイが盾になるように展開し、ポチが地面を蹴った。

「ポチ！」

　俺が名を呼ぶと同時に稲妻を迸らせ、次々と放たれる炎の弾丸を撃ち落としていく。
　魔族が動いた。
　異様に長い両腕を炎に変化させ、屋上を蹴って落下を始めてくる。

　判断が早いな！　ってことは、こいつら囮か、斥候か。

　相手は魔族だ。何を考えてやってくるか分からない。俺は素早く《アクティブ・ソナー》の出力を強化して放つ。予想通り、付近に潜んでいる気配が幾つもあった。
　俺はまた《アクティブ・ソナー》を放ちながら地面を蹴った。

「アリアス！　ウルムガルトを頼む！」
「は!?」

　俺のいきなりの指示にアリアスは声を上げるが、俺はもう飛び出している。「もう！」という声と共に気配が少し遠ざかった。戦闘時において、アリアスはポンコツではない。
　とはいえ、暗殺者の警戒はしておかねばなるまい。

「メイ、ポチ、頼んだ！」
「はい！」
『任せろ、主』

　俺の意図を素早く汲み取ったメイとポチは返事をしながらアリアスへ向かう。

　それを感知しながら俺は更なる路地裏へ入る。加えて挑発するように《アクティブ・ソナー》を連射して魔族どもを引き付けた。感知した気配の全てが俺に集まってくる。
　よし。ここなら、大丈夫か。
　俺は路地裏通しがぶつかる、少し広い場所で足を止めた。

　レンガ造りの地面を足で払い、敵がやってくるタイミングで魔力を高めた。
　腰に掛けていたナイフ――魔法道具(マジックアイテム)を展開し、俺は魔法を放つ。

「《クリエイション・ダガー》」

　生み出したのは、七つの刃。以前よりもずっと精度の?いものだ。ハインリッヒとの訓練を経て、よりイメージが強くなったおかげだろう。
　四方の路地に、魔族が三匹ずつ現れる。建物の屋上にも何匹か覗き込んでいた。

　上にいるのは少し範囲外、けど、地上にいるなら。
　俺はじっくりと待った。魔族どもが俺の間合いに入ってくるのを。

「《ヴォルフ・ヤクト》」

　間合いに、入った！
　俺が魔力を高めると、感知した魔族どもが一斉に焔が放つ。すかさず俺はスキルを発動した。

　まずは、こいつらを片付けてからだ。