第八十一話
――そのとんでもないことが発覚する少し前。
「セリナァァァァァアアアッ!」
シーナたちと再会、というか、シーナが俺たちを見つけた瞬間、とんでもない速度での突撃がやってきた。まさに風だ。
シーナは文字通りダイブしながらセリナに飛びついた。その勢いをセリナが止められるはずがなく、セリナは軽く悲鳴を上げながら地面に倒れこんだ。
だが、その瞬間、シーナが抱きかかえたまま姿勢を反転させ、自分の背中から落下するという荒業をやってのけ、セリナは無傷で済んだ。
「セリナ、セリナ、セリナァァァァっ!」
「はいはい、セリナですよ、姉さん。無事にお会いできてうれしいですねぇ」
顔をくしゃくしゃにして涙と鼻水を垂らしまくるシーナの頭を撫でながら、セリナは笑顔を浮かべた。
いつもの微笑みではなく、本当にほっとしているような様子だ。
まぁ、今回は間違いなく不安だっただろうしな。俺もピンチになったし。
しばらく姉妹の微笑ましいやり取りを見守ることにすると、アマンダとエッジが駆け寄ってきた。
「無事だったか、グラナダ」
「ああ、なんとかな」
アマンダに返事をすると、二人はほっとしたような顔を見せた。
どうやら心配されていたらしい。
「そっちも無事だったみたいだな」
俺は二人の浴びた返り血を見ながら言う。よく観察すれば傷も負っていた。曲がりなりにも
何より、セリナのテイムした魔物たちが無事なのだ。
「ああ。ちゃんと守り抜いたぞ」
「結構骨は折れた感じだけどな」
二人は誇らしそうに言う。そして、どこかムズムズもしているようだ。
あれ、もしかしてこれは褒めて欲しいのか?
今回、テイムした魔物を守れ、ということに対して、俺は脅しというハッパはかけていない。自分たちで理解して行動したものだ。それをやり切ったのだから誇りに思うことは理解できる。
けど、なんで俺に褒めて欲しいんだ?
こう言うとアレだが、俺はこの二人を下僕にした覚えはない。ぶちのめしはしたけど。
とはいえ、何も言わないのもおかしな話だ。でもよくやった、なんて、上から目線だよなぁ。
「そうか。助かったよ。お前たちがいてくれて良かった」
結局、俺は正直に思ったことを言った。
メイは俺の付き人だから、上から褒めることはする。だが、この二人はそうではない。あくまでクラスメイトなのだから、対等に接するべきだ。
この判断は間違っていなかったらしく、二人は目に見えて嬉しそうにした。
「なんか、今までさ、誰かのために何かをするなんてダサいしアホらしいと思ってたけどよ、この、なんだ、案外悪いもんじゃねぇな」
「分かる。なんか嬉しいんだよな。スッキリするっていうか」
なんだそりゃ。どこの更生が始まった不良少年だよ。
いや、そうなのかもしれないな。
内心でツッコミを入れたから俺は思い直す。
思えば、彼らはずっと孤独だったのかもしれない。何せこの国のSR(エスレア)以上は優遇される。平民であっても貴族になれるし、能力値的にも優遇されている。だからこそ生まれた頃からチヤホヤと甘やかされているのだろうし、だがそれは自分のあずかり知らぬ領域が原因であって。
ある意味、傲慢に腐っていくのも仕方ないかもしれない。
まぁ、俺もそんな良い性格してるとは思えないけど。
ともあれ、二人に関しては良い傾向なのだろう。是非このまま誰にも迷惑が掛からないように成長していっていただきたいものである。
「それじゃあそろそろ戻るか。戦闘はもう終了してたんだろ?」
「ああ。急に魔物が撤退していったからな。その時からきっと上手くやったんだろうと思っていたが、待ってても姿を見せないから不安だったんだ」
いつの間にか我に返っているシーナが説明をしてくれた。
「戦闘は終息していて、もうじき警戒態勢も解除されるだろう。そうしたら各々教室に戻ることになる。王都の方も同じ状況のようだな。幸いにして、犠牲者はいないようだ。重傷者は出ているようだがな」
俺はその言葉を聞いて安堵した。
とりあえず死者は出なかったのだ。これは喜ぶべきことである。例え見知らぬヤツでも、今回の騒動で命を落とした、なんて笑えないからな。
「その重傷者も搬送されている。陛下が城を解放して救護室に当てたし、宮廷魔導師たちも治療にあたっているからな、じきに回復して戻ってくるだろうよ」
ほう。意外とやるじゃないか、あの王様。
そう言えば今回の対応は迅速だったな。恐らく、本来はこうやって機敏に動く聡い人物なのだろう。
「それなら良かった」
「じゃあ俺たちも教室に戻ろうぜ。さすがに疲れた」
「そうだな。風呂にも入りたい」
その様子ならアンダーシャツにまで血が染み込んでそうだしな。衛生的な観点から見ても入浴は大事だと思う。二人の安堵からくる愚痴を聞きながら、俺たちは学園へ向かった。
「そうだ、グラナダ様」
「ん?」
「また、助けていただきましたねぇ」
その道中で、セリナが俺の腕にしがみつきながら耳打ちしてくる。吐息がふうとかかって少しこそばゆい。
「スフィリトリアの時といい、グラナダ様は本当に英雄ですねぇ」
「大層だな。英雄ってのはハインリッヒみたいな人のことを言うんだぞ」
「いいえ。私からすれば、グラナダ様が英雄ですねぇ」
頭さえ押し付けながら、セリナは甘えてくる。ふわっと良い香りがして、俺は少しドキドキした。
いや、だってするだろ。するよね? え、そうだよね?
密かに動揺を始めていると、さっと隣にメイがやってくる。
「そうですね、ご主人様は英雄です」
「メイまで……」
「そうだな。グラナダ殿は英雄の資質があると私も思うぞ」
背後からはシーナだ。
「やめてくれ、俺はそんなんになりたいワケじゃねぇんだよ」
俺は呆れながら言う。俺はあくまでも村の復興がしたいだけだ。
そのためにこの学園に入ったに過ぎない。
「分かっています。グラナダ様は村のために動いてるんですよねぇ」
「はい、そうです。私はそんなご主人様をどこまでも支えますよ!」
なんとも心強いのだが……少し離れてくれると嬉しいかな。悪い気はしないんだけど、全然。うん。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
教室へ戻ると、俺たちは最後組だったらしい。何故か拍手で迎え入れられた。どうやら俺の生存が危ぶまれていたらしい。
まぁ、俺は
セリナたちと口裏を合わせて、無難にやり過ごして俺は席につく。見渡すと、クラスメイトたちの服装は乱れていて、誰もが実戦を経験した様子だ。というか、興奮冷めやらぬ感じで、ずっと誰かと話して盛り上がっている。
俺はそれに何となく合わせながら時間を潰していると、担任が戻ってきた。こちらも着替えなどしておらず、装備はボロボロ、こっちも返り血だらけだ。
まぁ、担任は引退したとはいえ歴戦の
しかし激闘だったんだな。犠牲がなくて本当に良かった。
水棲の魔物なのに地上戦を挑んで来たことも大きいんだろうけど、連携がしっかりしていたってことだろう。この指揮系統は中々侮れない。
「よーし、全員揃っているみたいだな。まずはみんな、生存おめでとう。誰一人欠けなかったことは俺としても誇らしいし、全員がいきなりだが実戦経験を積むことが出来た。これは今後の冒険者活動に大きな良い影響を与えると思う」
疲れているだろうに、担任は目いっぱいの笑顔で労ってくれた。
こういうのは悪くない。
「学園の設備に多少の影響はあったが、無事に防衛にも成功した。これを受けて、王都から多少だが報奨金が出る。清算がされたら各々に配達されるから、受け取っておくように。それと、今回、とんでもないことを成し遂げた人物がこのクラスにいる」
担任は言いながら、さっと手を向けた。その先にいたのは――フィリオだった。
「彼は見事、最前線に立ち、ドラゴンを討ち果たした。そして、見事に限界突破した」
ざわ、と、クラス中が騒然となった。もちろんその中には俺も含まれる。
驚きながら視線をやると、フィリオは当然といった表情で皆からの視線を受け取っていた。
うーむ。とんでもないことをやっておきながら、この平然とした顔。凄い余裕だな。確かフィリオは転生者だったはずだ。きっと、もうこういうのに慣れっこなのかもしれない。
伊達であの時離団したワケじゃないってことか。
ドラゴンを倒したともなれば(もちろん集団で攻撃を仕掛けていたんだろうけど)相応の実力が無ければ出来ない芸当だ。対照的に、同じく離団したはずのアリアスは悔しそうにしていた。
結果に差が出たからだろうな。
とはいえ、しっかり生き残っているのだから大したものだと俺は思うけど。
「さすが、次世代のハインリッヒと言われるだけはあるな」
おっと、ここでハインリッヒが出てくるのか。これはもはや完璧に手放しの褒め言葉だな。
さすがにこれは嬉しいだろうと思ったが、フィリオはバカにしたように鼻で笑い飛ばした。
「次世代、ですか。俺からすれば、ハインリッヒさんは単なる通過点ですけどね」
それは、間違いなく爆弾発言だった。