第八十話
「あぎゃ、ひ、ひふひひひっ!? し、しししし沈むっ!?」
それからレスタは、地底に埋められた。
絶叫があまりにも無様だからだ。
「暗い、痛い、暗い、痛い、クライイタイクライイタイクライイタイクライイタイッッ」
ゆっくりと沈みながら、レスタはただ叫び続ける。
これから永劫、暗闇の中、《天雷》の苦しみに苛むのだ。これ以上とない罰だろう。
まぁ俺として同情の欠片も生まれない。
地底に沈められていく様を見てから、ヴァータは俺たちを地上へ送るための準備へ入った。
俺としては目立ちたくないので、穏便にお願いすると、森の方へ抜ける隠し通路があるようで、そこまで案内してくれることになった。
もちろんヴァータの魔法で送ってもらうので、高速移動である。
「さて、では話の続きと行こうか。そこの女の子――セリナと言ったな? 君は王族だろう。申し訳ないが私と王との謁見の取次ぎをしてくれないだろうか?」
「それは構いませんけどねぇ、どうやってご連絡をすればよろしいのです? ヴァータ様はこの湖の底から出てこられないのでしょう?」
まさか渡りを取って湖の底まで来いとかいうんじゃないだろうな。
「ああ、だからこのものを連れて行ってほしいのだ」
言うと、ヴァータは指先に光を灯し、何かを呼び寄せる。
ぽこん、と、出てきたのは、空中を泳ぐ魚だった。まるで金魚みたいだ。色合いもそっくりである。なんだか愛嬌があって、ちょっと可愛い。
思っていると、セリナがまともに表情を変えた。
「そ、それって、精霊様ではありませんかねぇ?」
「ああ、そうだ。《神獣》の精霊だよ。よく知っているねぇ」
「はい。文献だけですけどねぇ」
「そうか。それなら君の傍に仕えるようにしよう。大事にしてやってくれると嬉しい」
「はい。嬉しいですねぇ。まさかお目にかかれるだけでなく、頂けるなんて」
セリナは手を合わせて嬉しそうにした。
それだけ貴重な存在なのだろう。
『《神獣》の精霊は、数ある精霊の中でも最上位の存在だからな。人生の中で一瞬でも目に出来たら幸運と呼ばれている。言っておくが見た目で侮るなよ。相当強力だ』
ポチがテレパシーを送ってきた。
なるほど、理解した。
セリナはどうやら精霊を貰えたことで今回の被害を水に流すようだ。かなり不安だっただろうから、俺としても一安心だ。
「さて、グラナダ、と言ったかな?」
「あ、俺ですか」
「うむ。君にも多大な迷惑をかけたね。レスタから心無い言葉もぶつけられただろう」
「……聞いてたので?」
「推測だ。レスタなら君に気付けるだろうし」
俺がガチャ景品としてこの世界にきた瞬間のことか。
「それ、疑問に思ってたんだけど、どういうことですか?」
「我ら一族は世界の地脈に根付く《神獣》でね。異世界ガチャが排出されるときは出向くのだよ。異世界ガチャは無料ではないからね。相応の代価を支払うんだ。だから会議を行ってから、異世界ガチャを回す」
なんだか嫌な課金システムを聞いた気がするな。
「君が排出された時も、レスタは私と同席していたからね。だから覚えていたんだろう」
「それは悪い意味で印象的だったってことですか?」
「……あまり私としては言いたくないことだが、そう思ったものも確かにいる。アタリが出た後だっただけに、余計だな」
アタリ、はもちろん
分からないでもない。アタリが出たんだし、もう一度、と思ってやったことは俺もあるし。
言い、ヴァータはため息をつく。
「これ以上は聞いても気に障るだけだと思うから言わないでおこう。ただ、排出された後の君の扱いには非難の声が出た、ということは伝えておく」
ヴァータの顔は渋い。間違いなく非難の声をあげた一人なのだろう。
なんか少しだけ親近感湧いた。
「さて君にも詫びをしなければならないな。少し手を借りても?」
話題を切り替えるように言って、ヴァータは自ら手を出してきた。この人なら何か危害を加えることはないだろうと判断して、俺は手を差し出す。
ヴァータはそんな俺の手に優しく触れた。
淡い光に包まれた瞬間、ステータスウィンドウが開いた。
《栄光の加護》によりスキルキャップが解放されました!
光魔法適性解放! スキルレベル一〇まで解放!
光魔法に関する全てのスキルレベルが一〇まで上がりました!
ステータスアップ、魔力上限が上昇しました!
ステータスアップ、防御能力が上昇しました!
いきなり出てきたテロップに俺は驚いた。
今までも《シラカミノミタマ》効果で光魔法のスキルキャップは六から八まで解放されていたが、今回は一気に二段階だ。
まぁ、それが光魔法限定ってのが悲しいけど。
「それと、今感知したけど、君は《魔導の真理》をフィルニーアから継承しているね?」
「はい」
頷くと、ヴァータは微笑んだ。
「なるほど。単なる知識の種でしかなかった《魔導の真理》だったが、ここまで成長しているとはね」
「成長?」
分からないで訊ねると、ヴァータは手のひらに小さな光の渦を生み出した。
その神秘的な光は思わず魅入られそうになってしまう。
「そうだ。もともと《魔導の真理》とは、知識の泉と呼ばれる、この世界の理を記したものだった。とはいえそれは原始的な理で、そこから様々な考察や実験の結果、新しい知識を植え込んでいくことで成長していく。かつて、私がフィルニーアに授けたんだ」
え、フィルニーアに? どんだけ前の話だ、それは。
おそらく数百年単位での話だろう。俺にとっては途方もないが、逆に少し嬉しかった。自分が知ることのないフィルニーアのことだったから。
「当時のフィルニーアは力を求めていてね、若い娘だったが聡明で慧眼だった。故に授けたのだが、まさかここまで成長させているとは。そして君に授けた。全体量でいえば僅かではあるが、君の考察や知識、実験の結果もまた組み込まれているぞ」
「そうなんですか?」
「うむ。フィルニーアは君だからこそ授けたのかもしれないな。まだ授かって僅かだが、色々とオリジナルの魔法も構築しているようだし」
確かに、オリジナル魔法は色々と考えた。さっきも水中呼吸の魔法も考えたし。
あれは考え方も簡単だったからすぐにできたが、いつもなら考察と実験を繰り返して使っている。その方が魔力消費の効率が良くなるからな。
後は、多用してるものといえば《クリエイション》系か。
他にも幾つかはある。メイに教えた炎の魔法を纏って劇的に身体能力を上昇させる魔法もそうだな。
もちろん成功ばかりではない。失敗もたくさんある。俺のスキルレベルが足りないので再現出来ない、というのが大半だけど。
「今回のスキルキャップ解放は、更なる開発の一助となると思う。活用してほしい。新しい魔法も拾得できるようになっているはずだからね」
「分かりました。ありがとうございます」
とはいえ、光魔法に極大魔法とかあったっけ?
帰ったら書籍漁ってみるか。でも光魔法って悲しいくらい研究されてないんだよな。
「さて、もうそろそろ到着だな」
ヴァータが言うのと、通路に光が差し込んでくるのは同時だった。やがて、と言うよりも早く俺たちは森の中にいた。
魔物たちはすっかり退散しているようで、物音一つない。霧はまだ晴れていないので、学園側の手も入っていないようだ。
だからだろう、濃厚な血の臭いが漂っている。
ってことは、俺たちが戦ってた場所から近いのか。
改めて見ると、森はかなり荒らされていた。
魔物の大行進だったしな。草は踏み荒らされ、木々も深く傷ついている。これが元通りになるのは当分先だろうな。
少し痛ましい思いになっていると、ヴァータも同じなのだろうか、険しい表情を浮かべていた。
「森を復活させてやらないと行けないな」
「そんなこと出来るんですか?」
「私だけでは厳しいな」
問い掛けると、ヴァータは白髭をさすりながら答えた。すると、俺に抱かれていたポチが鳴く。
「わん、わんわんっ」
「ああ。森の奴に訊いてみよう」
テレパシーではないので俺には意味が伝わってこないのだが、ヴァータは理解したらしい。
「森の奴? どちら様なんですかねぇ」
「森を司る《神獣》だよ。彼には貸しがあるからな、快く引き受けてくれることだろうさ」
完全に雲の上の会話である。
どうも《神獣》同士は意外と仲良しのようだ。ポチとヴァータとのやり取りを見て思ったが。
「さて、そろそろ私も戻らないとな。今回は本当に申し訳なかった。心から詫びよう」
ヴァータはその重いはずの頭を下げた。
な、なんか《神獣》に謝られるって不思議というか、畏れ多いというか。いやまぁされたことがされたことだし、当然な部分もあるんだけど。
「いや、充分謝ってもらいましたし」
「そう言ってもらえると助かるな。また何か縁があった時は、手助けしよう」
「それはありがたいですね」
「それでは。今度は穏やかなひと時を楽しみたいものだね」
そう言い残して、ヴァータは姿を消した。
「いっちゃいましたねぇ」
「俺たちも戻ろう。シーナたちが心配してるだろうし」
「そうですね、戻りましょう」
俺の提案に二人が頷き、俺たちも森の中を歩き出す。
そして――学園は学園で、とんでもないことが起こっていた。