第六十六話
「…………………………あ?」
俺の即答に、エッジは凄まじいガンをつけてくる。
その圧力だけは大したものだ。だが、俺を威嚇するには足りないな。
黙っていると、エッジはゆっくりと近寄ってくる。全身から怒気を漲らせて。
「今、なんつった?」
「嫌だけど、って言ったんだ。俺も魔法使いだからな、前衛に立つのは辛い」
同じ理由で拒否するが、エッジは聞いていなさそうだ。
俺の机の前に立ってから、上半身を折り曲げて俺に顔をこれでもかと近づけてくる。なんだ、殴られたいのかこいつは。ピアスを一つ一つ抜き取ってやろうか?
などと思いながらも、俺は少し背を仰け反らせた。
「お前、このクラスで一番低いレアリティのくせに、俺に意見すんの?」
「ちょっと。エッジさん。いい加減にするべきですねぇ。さっき言ったこと忘れましたか?」
すかさず割り込んで来たのはセリナだ。凄みがさっきよりも明らかに増している。まぁ、今の今だからそりゃ腹も立つか。
ちなみに忘れたわけじゃあないと思うぞ。大方、あの二人には手を出すのやめたから、俺になら大丈夫とか思ったんだろうな。サル以下の知能指数としか言えないな。
「嫌がってるんですから、諦めるべきですねぇ」
「俺もそう思うぞ」
援護を出してきたのは、意外な人物だった。
アマンダである。
さっとやってきたアマンダは、エッジと正面から対峙しながら言い切る。
「ちょっと強引すぎるぞ、お前」
顔を顰めながら、アマンダは注意する。
おいおい、一体なんの心境の変化だよ。いきなり味方してくるとか、ちょっとキモいぞ。
そういやメイがぶっ飛ばしたことあるって言ってたな。それでおかしくなったのか?
「ンだとコラ。お前誰にものいってんだ? 同じ
「……何だと?」
「こんな弱っちいヤツに負けた分際で、この俺様と対等だとか言うんじゃねぇってことだよ」
「聞き捨てならないな。いつ俺がお前より弱いってことになったんだ?」
ざわ、と周囲がまたざわめいた。
そりゃそうか。
俺の目の前でバチバチと火花散らせながら睨み合う二人は、曲がりなりにもトップである。
俺からすれば子供のケンカ極まりないんだが(まぁこいつらも十二歳だから当然なんだけど)。
とはいえ、せっかく庇ってもらったんだ。せめて静かに見守ってやるぐらいはしてやろう。
「良い度胸だテメェ。この俺様とやりあうってのか?」
「それも吝かではないが?」
「はーい。そこまでにしましょうねぇ」
今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気に割り込んだのは、やはりセリナだった。
ぐいっと二人の間に押し入り、二人を一瞥して黙らせる。
「そんなにケリつけたいなら、今度のチーム戦で対戦すればいいんじゃないですかねぇ」
……………………ん?
なんだろう、今、そこはかとなく嫌な予感がしたんだけど。
今すぐに逃げたい。いや、逃げ出すべきだ。だが、席を立つことはできない。
「アマンダさんと、エッジさんがバカみたいに絡んだそこのお二人と、グラナダ様。この四人でチーム。そちらは、幾らでも手はありますねぇ?」
おい勝手にチーム決めんなや。
目線で抗議を送るが、セリナが気にする様子はない。
「このままではお互い気が済みそうにありませんしねぇ。絡まれた方も嫌な気分が残りますし、これは良い方法だと思うのですけれど」
「……上等だ。全員ぶっ飛ばしてやるよ!」
「俺も望むところだ。俺が貴様に劣るはずがないってこと、教えてやるよ」
え、いや、あの、俺の拒否権は?
などと思いながら、恐らく俺と同じことを考えているだろう魔法使い二人組を見る。
「アマンダくんが味方になってくれるなら……」
「うん、いいかも」
おいおいおいおいおいいいいいいいい――――――――っ!?
何いきなり納得しちゃってんの!?
動揺していると、全員が俺に視線を送ってくる。くっ、これは断れない空気! もし断ったら、絶対にややこしいことになる。既にややこしいことになってるけど。
己セリナめ、覚えてろよ。
俺は密かに説教することを誓いつつ、苦渋の思いで「分かった」と頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
作戦会議は、その日の昼から始まった。
場所は校舎の屋上である。施錠されているから入れない、と聞いていたが、施錠されていないドアが一か所だけあったのだ。まぁ、それを知っていたのはアマンダなんだけど。
メンバーは俺、アマンダ、魔法使い二人組のニコラスとセルゲイ。そして何故かセリナ。
なんでセリナがいるんだ。とか思いつつも、昼食を兼ねて会議は始まった。
「というわけで、チーム戦について話し合いたいと思う」
仕切りはアマンダだ。最高レアリティなんだから当然だろう。アホなこと言いそうで心配だけど。その場合はセリナを使ってその都度修正させればいいか。
俺はサンドイッチを齧りながら進行を任せることにした。
「まず、相手だけど、おおよそのパーティ編成は分かる。エッジを中心とした、超攻撃型だ」
どこかから持ってきたボードに、アマンダはチョークで書き込んでいく。
「向こうはたぶん、五人組だな。後衛二人に、前衛のエッジ、サポートの中衛二人」
割とバランス良い編成だな。超攻撃型ってことは、全員でドカドカやってくるってことか?
「まず後衛はエッジを支援するためにいる。適時回復魔法や、様々な魔法で妨害してくる。攻撃魔法も撃ってくるが、仕留めるってより足止めだな。弱らせておく目的でも攻撃してくるが、基本的に仕留めるのはエッジだ」
なんじゃそりゃ。
「次に中衛だけど、コイツらは悲惨だな、前衛としてエッジの露払いをしつつ、盾になる」
さらになんじゃそりゃ。
「文字通り肉の壁となって攻撃を受け、相手の隙を作らせてエッジに仕留めさせるってワケだ」
「まさにエッジさんのためだけのパーティですねぇ」
というか、完全にワンマンパーティだろ。
おい、そこで呆れるなアマンダ。お前もそうだったんだからな? 忘れるなよ?
密かに抗議を送りつつも、俺はサンドイッチを食べる。
「なんだかパーティって感じしないね……」
「うん」
いや、パーティじゃないからな。
ニコラスとセルゲイにも一応内心だけでツッコミを入れる。
「で、本人のエッジだが、コイツは魔拳闘の使い手だ。知ってるか?」
何で俺に話を振るんだよ。などと思いつつ、俺は答えることにした。
「自分の肉体に魔法を宿らせ、体術を駆使して戦う武術だろ? 王国でも東の方の伝統武術だったはずだけど」
「その通りだ。ヤツはその使い手なんだ。かなりの達人らしいが」
アマンダが言うと達人って言葉が安っぽくなるのなんでだろうな?
疑問は飲み込んで、俺は続ける。
「ってことは、攻撃の核っていうか、中心のエッジさえ沈めれば勝確ってことか」
「そういうことになる。だが、簡単じゃあないな。一対一でなら俺も引けを取らない自信はあるが、妨害や盾がやってくるとなると厳しいと思う」
「だったら綿密な作戦がいりますねぇ。そうなると、普段から読書してて、いろいろと見識の深いグラナダ様に訊いてみましょう?」
そう言ってセリナは話の中心を俺にすえようとしてくる。
さすがにそれはどうだろう、と思ったが、アマンダは黙って聞く姿勢を取っているし、ニコラスもセルゲイも興味津々の視線を送ってきていた。
「俺の意見なんかで良いか分からんけど、とにかくエッジを落とせばいいんだろ? で、ただでさえ本人は厄介なのに、周囲の連中のサポートで更に厄介になってる、と。だったら、周囲から落とせばいい」
俺は至極簡単なことを言った。
それから作戦、というよりも対処方法を説明していく。
「な、なるほど、そういう手があるのか……」
「けど、それなら数の不利はどうなるの?」
「それに関しては俺が手配するから大丈夫」
セルゲイの質問に返して、俺は最後のサンドイッチを片付けた。
「さすがグラナダ様ですねぇ」
「まぁ本ばっか読んでるからな。知識だけだよ」
「そうでもない。俺にも模擬戦で勝ったしな」
俺が自分を下げる意味でいった発言に食い付いたのは、アマンダだった。
「あの手腕は素晴らしかった。俺の思いも寄らない作戦で俺を翻弄して、最後は勝ってみせたんだから」
……は?
アマンダの言ってる意味が分からず、俺は怪訝になった。
「その上で付き人を確かな知識で訓練している。情けないが、俺は一撃で負けてしまったしな」
おいおいおいおい、本気でどうしたんだ、コイツ。
まるで俺を聖人君子のように言ってくるアマンダに寒気を覚えつつ、俺は心配になった。
傲慢でアホ。これがアマンダのキャラのはずだ。
それなのに、すっかり毒気が抜かれたサブキャラになり果てている。それでいいのか
「そうなんだ」
「実はすごい人なんだ?」
「んなワケねぇよ!」
目を輝かせるニコラスとセルゲイに言い返すが、
「そうですねぇ、スゴい人ですねぇ」
と、セリナの肯定で完全に俺は撃沈した。
くそー。セリナは味方なのか敵なのかどっちだよ。俺の目的知ってるよな?
非難めいた視線を俺は送るが、セリナはどこ吹く風である。
「それで、相談なんだけど、グラナダ。俺を鍛えてはくれないか?」
「えっ、嫌ですけど」
またしても俺は否定を口にした。