第六十五話
俺が
この頃には授業も本格化し始めていて、いよいよとして特進科の本領発揮と来ていた。座学もそうだが、まず訓練メニューが厳しい。やはり冒険者は身体が資本だからだろう。
筋トレとランニングの繰り返しだが、ちょっとした軍隊並みの訓練である。俺は山育ちだし平気だが、温室育ちのお坊ちゃまお嬢ちゃま連中は根をあげていた。
更に、模擬戦も繰り返し行われている。
とはいえ生徒同士でやるのではなく、教官が相手だ。
さすがに特進科を教える教官だけあって、高レベルの
俺はというと、訓練の時は《シラカミノミタマ》をオフにしている。これも自己訓練の一つだ。地力をしっかり鍛えないと足元をすくわれる羽目になる。
しかし、オフにすると俺は所詮
まぁこれでいい。俺は目立ちなくないのだ。
アマンダの敗北に関しては、早くも風化しつつあった。まぁ教官に面白いように遊ばれてたらそうなるもんだろう。
そして、本題である
とにかく難しいのだ。魔法陣の加工が。
具体的に言うと、魔石を特殊なペンで削っていくのだが、神経を集中させなければならない上に魔力がガリガリと削られていくのだ。もちろんこれも慣れの問題らしいのだが、この前の休みは一日とりかかっていたせいか、久しぶりに魔力切れを起こした。
俺の求める道具の作成への道はまだまだ遠そうだ。
「あー、疲れた」
机に突っ伏しながら、俺は独りごちる。
俺は相変わらず一人だった。セリナが暇をみて話しかけに来てくれるが、その程度だ。他の連中とは一言も話さない。これは俺にとっては当然のことだった。
だが、俯瞰的に見ているからこそ何となくクラスに派閥が出来つつあるのを俺は感じ取っていた。
まずはクラスのトップ。これは五人いる。全員
トップとはいえ、誰にも優しく接するセリナはともかくとして、人気があるとは思えない。
一人目はフィリオ・ブレンダ。ソフトモヒカン剣士。転生者の
二人目はアマンダ。アホである。早退した後、二日ほど休んでいた。長剣使いのアホである(二回目)。コイツも周囲とはあまり関わり合いになろうとしない。俺に絡んでくるかと思っていたが、そうでもない。セリナへは猛アタックしてるけど。近いうちセリナのテイムした魔物に食われるんじゃないだろうか。
三人目はエッジ・ペーター。この世界出身で、一言で表すと素行不良。別に禁止されているわけではないが、ピアスだらけである。俺は顔面ピアスと密かにあだ名つけている。コイツは割と社交的、というか、お山の大将をやっていたいタイプなのだろう、十人くらいのクラスメイトを配下に置いている。
四人目は、アリアス・ツヴェルター。男のような名前だが、女だ。そう、あのハインリッヒの妹である。とはいえ、こっちは転生者ではないようだ。絵に描いたような美人で、ポニーテールである。女子とはそれなりに会話しているが、男子からは完全に拒否している。
最後のセリナは言う必要ないな。
後は
俺? 言うまでもなく最底辺どころか、スクールカーストに参加すらしてねぇよ。
「グラナダ様」
ぐったりしていると、セリナが話しかけてきた。
顔だけ上げて応じると、何故か舌なめずりしてきた。うん怖い。
密かに《シラカミノミタマ》をオンにして、俺は起き上がった。
「なんだ?」
「今日もお一人の様子ですねぇ」
「あーそうだな。誰も俺と絡もうとはしないだろうし、俺も絡むつもりはないし」
「達観してらっしゃいますねぇ。そこもイイんですけど」
なぁ、いつからお前には痴女属性がついたんだ?
訊いたらとんでもない返事がやってきそうなのでしないけど。
「でも、よろしいのですか?」
「何が?」
分からなくて首を傾げると、セリナは苦笑した。
「この前先生がおっしゃってましたよねぇ。チームを組んでおくように、って」
「そうだっけ?」
「そうですねぇ。チームワークの練習を始めるっておっしゃってましたよ」
「あ、そうなの?」
「その後は魔物討伐実習があるので、今のうちに組んでおけっていってましたねぇ。ホームルームでおっしゃってましたよ?」
そう言われても、俺に記憶はない。
基本的にSHRは完全スルーだしなぁ。いや、聞いてるときは聞いてるぞ。たぶん。
「よかったら私と組みませんか? 愛のチームですねぇ」
「あーでも俺はいいや、あまりものと組むから」
俺はメンドくさそうにそう言った。
っていうかセリナと組んだら何が起こるか分かったもんじゃない。むしろ目立つ。
「それだと戦力的に不安が残りませんか?」
「大丈夫だろ。俺にはメイがいるし」
「できませんよ?」
しれっと返答され、俺はずっこけた。
「なんでまた」
「冒険者は時として知らない人とパーティを組むことがありますねぇ。その時に対応できるよう、という訓練の一環らしいです」
なんじゃそりゃ。
とはいえ、一定の説得力はある。俺は唸りつつも、やはり拒否することにした。
「それでもヤだ」
「つれませんねぇ」
「事なかれ主義と言ってくれ。俺の場合、目立つとマズいだろ」
「クラスの中どころか、この学園でも最強だと思うんですけどねぇ、グラナダ様」
いや、そりゃそうだろ。俺は《神獣の使い》だぞ。この恩恵はとんでもないステータス値である。
内心でツッコミを入れつつ、俺はため息をつく。
「とにかく、セリナは他のやつと組めよ」
「もう、仕方ありませんねぇ。いつか夜這いすれば考えも改まりますかねぇ」
「なんで思考回路がそっちに走るの?」
「致したいと思ってるからですけど、何かありますかねぇ?」
「……ナンデモアリマセン」
もはやそう答えるしかなかった。
「んだとコラァっ!」
がたた、と、机が倒れ、怒号が飛んだ。
一瞬でクラスの耳目がそっちへ集中する。その中の一つになって見やると、教室の前の方、教壇のあたりで顔面ピアス――エッジ・ピーターが二人のクラスメイトの胸倉を掴んでいた。
やっぱり荒々しいな、コイツは。
「この俺様がパーティに誘ってやってんだぞ、喜んで受けろやコラァ!!」
かなりドスを効かせた怒号に、クラスメイトはすっかり竦みあがっていた。いかにも線の細そうな男子二人組は、確かスクールカースト底辺の二人組だったはずだ。どっちも魔法使いタイプだったはずだ。
「で、でもっ……僕等魔法使いだし、前衛なんて出来ないよ……っ!」
苦しそうにしながらも、一人が反駁する。
「あぁ? ンなの関係ねぇんだよ。出来る出来ないは関係ねぇ。盾になればいいんだからよぉ」
「そんなっ……それだったら、君の仲間に言えばいいじゃないかっ」
「はぁ? 俺の大事な舎弟にそんなのさせられるはずねぇだろ? バカかテメェは」
おお、なんて横暴。
つまりエッジはどうでもいいヤツと組んで、ソイツを盾にしつつ戦うつもりなのだろう。それってチームワークって言うのか?
「それにこの俺様と組めば負けることはねぇんだ、悪い話じゃねぇだろ?」
「でも盾になるなんて……」
「ああっ!?」
嫌がるクラスメイトを恫喝し、エッジは更に詰め寄る。
「そこまでにしてあげましょうねぇ」
さすがに見ていられなくなったのか、セリナが仲裁に入った。
「何をさせるおつもりか存じ上げませんが、パーティはそうやって組むものではありませんねぇ?」
穏やかな調子の中に威圧を含ませながらセリナが言うと、エッジは舌打ちをして手を離す。
セリナは人気もある王族の姫だし、実力も折り紙付きだ。さすがに正面から対峙するつもりはないか。
まぁ、敵に回したら厄介なことこの上ないもんな。
とりあえず場が収束しそうなので、俺は視線をずらす。さぁ本でも読もうか。
「おい、そこの」
と、思ったのに、苛立ちを全開にしたエッジは俺を指さしてきた。
えええ、すっげぇメンドーそうなんですけど。
「お前が俺の盾になれや」
「え、嫌ですけど?」
俺は迷わず即答していた。