第四十一話
夜空はとっても綺麗です。もしここにご主人様がいれば、もっと綺麗に見えたことでしょう。
そう思ったのは、でもほんの僅かな時間です。
私は気を強く引き締めて、眼下の敵を確認しました。
「魔物の数は、思ったより少ないな」
呟いたのは、飛竜を駆るシーナさんです。
私はその後ろに乗っています。
ちなみにセリナさんは一人で飛竜を操っていて(《ビーストマスター》の能力でテイムしたようです)、その両脇を王国のお付きの魔法使いさんたちが護衛として囲んでくれています。
これだけの戦力があれば、油断さえしなければそうそう遅れは取りません。
シーナさんは
セリナさんは
他にも、護衛の魔法使いさんたちもかなりの実力者のようです。
「数は、大体四〇から六〇くらいですか」
私は魔力を探知しながら言います。
ご主人様ならもっと細かく探知できるのでしょうが、私ではこれが限界です。一応
今は完治していますが、それでもレベルが低めなのは否めません。
「そうですねぇ、それぐらいですねぇ」
私の言葉に同意したのは、セリナさんです。
今回は魔物の足止めでもありますが、この魔物をけしかけてきている黒幕、キマイラをテイムさせることも目的です。ご主人様がいればそれも容易いでしょう。
もちろんご主人様に頼りっきりはいけません。
何より、私はご主人様の付き人ですからね。
しっかりとやり遂げなければなりません、と意識を集中させたところで、セリナさんが高度を下げていきます。いよいよ戦闘態勢ですね。私も魔力を高め、剣を抜きました。
「セリナ、手筈は分かっているな?」
「はーい。大丈夫ですよ。まず魔法使いさんが先制攻撃して、怯んだ魔物から私の能力で《主従》させて駒にするんですよねぇ」
おっとりとした口調でキツいことを言うセリナさん。いつも通り微笑んでいます。
この人、とっても優しくて良い人なんですけど、底の見えない恐怖を感じる時がありますね。
「そうだ。お前に接近する魔物は私とメイで切り払う」
「頼りにしてますねぇ」
全然そのようには見えないんですけどね。
おっと、気にしてはいけません。
「よし、飛び降りる! メイ!」
「はい!」
シーナさんの指示に従って、私は跳躍します。飛竜はこのまま戦闘に参加しないで上空に退避です。どうやら飛竜はかなり高価なもので、戦闘に参加させて失いたくないそうな。
王都の懐事情が察せるものですが、実際飛竜がどれだけ戦力になるか分からないので、私は気にせずに着地しました。すぐ隣にシーナさんも着地します。
魔物たちの反応は激烈でした。
獲物だと言わんばかりに吠え、次々とゴブリンとコボルトたちが飛びかかってきます。
「「《フレアボール》」」
瞬間、魔法が炸裂しました。
火炎球が地面で爆発し、魔物を吹き飛ばします。その衝撃波に魔物が驚く中、私は動きました。
たん、と軽く地面を蹴り、身の丈くらいある大剣を振り回します。
「《燃え上がれ、宿命の業火っ!》」
轟、と音を立てて、黒い刃の剣に炎が宿ります。ただ意思を通すだけでも炎は灯りますが、呪文を唱える方が魔力が集まりやすく、より強力な炎になるのです。
これだけの魔物を相手取る以上、必須と言えるでしょう。
「《炎神剣》っ!」
私はその炎に炎を重ね掛けし、パワーアップさせてから剣を横薙ぎに払います。
世界が焔色で照らされる程の熱量を放ち、魔物たちは次々に溶かされながら飛ばされていきます。
私の剣は剛の剣。
ご主人様へやってくる脅威を切り裂く、守りの剣。
だからこそ、私は小柄な体を活かして特攻し、一撃必殺で斬っていきます。
その反対側で、シーナさんが動く気配を感じました。
横目をやると、シーナさんはスラリと透明にも見えるような刀を抜きます。
「《氷隷》」
ひゅう、と、冷気が漂い、瞬間的にかなりの魔力が刀身に宿りました。
そこからは湯気にも見えるような冷気が上がっていて、触れるどころか、近寄るだけで凍りそうです。
私のその感想は、見事に直撃でした。
音さえなくシーナさんは飛び込んでくる魔物へ向けて跳躍して接近し、その刀で切りつけます。
流れるように麗しいその一薙ぎで魔物は真っ二つに切り裂かれ、そして凍り付きます。
それだけではありません。
シーナさんが舞うようにしているだけで、周囲の魔物の動きが鈍っていきます。急速な温度低下によって運動障害を起こしているのでしょう。そうなれば、もうシーナさんの独壇場。魔物たちは次々と切り伏せられていきます。
おっと、見惚れている暇はありません。
魔物たちは次々とやってきています。私達の役割は、セリナさんの安全地帯をつくること。ご主人様もおっしゃってましたけど、《ビーストマスター》の能力の行使はかなり神経を削がれるので、周囲の警戒が疎かになってしまうのです。
「《風王剣》っ!」
私は大剣から風の刃を飛ばします。
とはいえ、鋭利さよりも打撃力を重視していて、魔物たちは切れ味のよくない刃に斬られたような傷跡を刻みつけながら吹き飛ばされていきます。
飛んでくる血は剣の炎で蒸発させ、私は次の目標を探します。
「あらあら、姉さんの強さは知ってたけど、メイちゃん、本気で強くなったわねぇ」
空白地帯になった場所へ着地しながら、セリナさんは嬉しそうに言います。
「まったくだ。私よりも多くの敵を斬り飛ばしているんだからな」
同調するようにシーナさんはため息をつきます。
飛びかかって来た三匹のコボルトを一刀のもとに切り伏せ、シーナさんはバックステップで退避、セリナさんの傍に移動します。
私もそれを真似て、五匹の敵を薙ぎ払ってから下がりました。
「いや、でもこれは私の戦闘スタイルが、対多数に向いてるからですよ」
そもそも私はご主人様とタッグを組む前提で鍛えていますからね。常に数の不利を念頭に置いています。
基本的に群がって接近してくる敵を私が担当し、押さえている間にご主人様が魔法を連打して殲滅する。故に、私は対多数を想定した接近戦に特化しているのです。
「そうかもしれんが、日頃の鍛錬の成果だな」
ふと見ると、シーナさんの刀から冷気が消えています。
おそらく、時限式の強化魔法だったのでしょう。確かにかなり強力でしたからね。
「次まで少し時間が掛かる。セリナ、行けるか?」
「はーい、大丈夫ですよ」
少し息を上がらせているシーナさんの代わりに、セリナさんは微笑みます。
「いらっしゃい、カンナちゃん」
そう呼ぶと、ぼこ、と地面が盛り上がります。
ゆっくりと地面から出てきたのは、頭からして巨大だと分かる大蛇でした。たしか、ガイナス・コブラ。大蛇の中でも気質こそ大人しいものの、堅牢な鱗と猛毒のブレンドと言われるくらいの毒を持つ魔物です。確か、一級危険種に指定されていたはずですね。
フィルニーア様の持っていた図鑑から覚えた知識を思い出しつつ、私は威圧を放って魔物を牽制します。
この魔物の最たる武器は、実は毒ではありません。
『ふしゅるるるる…………』
チロチロと舌を出しながら、カンナと呼ばれた大蛇はセリナさんに頭を擦りつけて懐きます。
もふもふでなくとも絵になるあたり、さすがセリナさんです。
「よしよし。悪いけどお願いがあるのねぇ。向こうから接近してくる敵を倒して欲しいの」
『ふしゅるるるる』
何度も頷いて、大蛇はゆらり、とこちらの様子を窺っていた魔物を睨み付けます。それだけで、魔物たちは震え上がります。
次の瞬間でした。
一瞬の加速で大蛇は魔物に肉薄し、一噛みで魔物の首を囓りきりました。
それは一体だけに終わらず、次々と魔物から血飛沫を飛ばさせていきます。あっという間に周囲は血の海となり、大蛇は紅に染まりました。
これです。この強靱極まりない顎の強さ。
これこそが大蛇の最大の武器です。仮に囓れないモノが相手でも、持ち前の毒で腐食させ、結局は囓りきります。
「「ッギャアアア!」」
魔物たちは戦々恐々として逃げ惑います。
「さーて、それじゃあ」
セリナさんは微笑みながら、右を見ました。こころなしか、ピリピリとした緊張感を見せています。
ややあって、私も気配を感じ取りました。全身に悪寒が走り、総毛立つ思いで剣を構えます。
『ヴルルルルル……』
微かな唸り声だけで、魔物たちが道を作ります。
まるで王の凱旋だと言わんばかりに、それはゆっくりと歩を進めてきます。
黄金色の獅子の体躯とたてがみ、オオタカよりも立派で大きな翼、そして大蛇の尾。
異様な風体は、魔獣でも一線を画す強さが滲み出ています。
知らず知らずに、汗が私の頬を伝います。
このバケモノが、キマイラ。
「バケモノ、ですねぇ」
プレッシャーで息がつまりそうな中、セリナさんはゆっくりと手をかざします。おそらく《ビーストマスター》としての能力を発揮しているのでしょう。
「うん、ダメねぇ。《屈服》さえ弾かれちゃう」
もちろんこれは予想済みです。
それでも試したのは、どれだけのダメージを与えれば能力が通用するようになるか、です。
「半殺し……いえ、2/3殺しくらいですかねぇ?」
「それって瀕死では?」
「さすがメイちゃん。そうとも言うわねぇ」
穏やかに手をあわせてセリナさんは言います。
こんな相手を……2/3殺しにさせないといけませんか。しかも魔物たちをも相手にして。
しかし、やるしかありません。これは王都を守るためでもありますしね。
「よし、大丈夫だ」
息を整えたシーナさんが言います。
同時にそれは、開戦の合図でした。