第三十四話
この世界、ライフォードの朝は常に新鮮です。
それは穢れた空気や魔力が浄化されるから、とも言われますが、やはり朝日でしょうね。
朝日というのは、常に活力を与えてくれます。
空気も新鮮だし、お日さまも気持ちいいし、小鳥さんたちも囀りますし。こういう日はのんびりとしたいところですが、そうも行きません。
さっとベッドから起きて、顔を洗って、着替えて。ご主人様を起こさないようにそっと家の中を移動して台所の立ちます。
私はメイヤー。メイと呼ばれています。年齢はこの前八歳になりました。ご主人様に頭を撫でてもらうのが大好きな女の子です。
自慢の銀髪を首の後ろで踊らせながら、私は今日も朝ごはんに取りかかります。
水から出汁をとった昆布だしに、お湯から取った鰹節の出汁。その合わせ出汁に、玉ねぎと豆腐を入れます。
火が通ったらお味噌をいれて、仕上げにネギを入れれば完成です。さらに今朝生まれたての卵を使って目玉焼き。ご主人様は半熟が好きなので、火加減には要注意。
後はウィンナーと、白いごはん。これで出来上がりです。
ご主人様は転生者様です。
魔族によって蝕まれつつあるこの
で、今作った朝ごはんは、ご主人様が生前生きていたチキューのニッポンで好まれていたものです。
実際、お味噌はご主人様が再現されました。それ以外にも色々なものを再現してらっしゃいます。
ご主人様の食への探求心は驚くばかりですね。
さて、そろそろご主人様を起こそうと思いましたが、既に起床されていました。寝癖の目立つ髪を手櫛ですきながら外に出ていきます。
「なんだぁ、なんでこんなトコにガキがいるんだ?」
いかにも柄の悪そうなダミ声が、外からしました。
今日は随分と近くまでやってこれたんですねぇ。
思わず感心しながら、私は一応台所の傍に置いていた剣を握ります。無骨で骨太な大剣は漆黒の刃で、赤い縁取りがされています。
まぁ、出番なんてないと思いますけど。
私とご主人様が住んでいるこの屋敷は、田舎村の森中にあります。ファルムート領でも僻地にあたるのですが、ここは一年前、魔族の襲撃に遭いました。
その魔族は、隣のスフィリトリア領の反乱を扇動し、農奴だった頃の私の雇用主でした。
無数の魔物を引きつれたその襲撃は村を完全に焼き払いました。
その時、ご主人様の育ての親であり、師匠でもあられたフィルニーア様は(スフィリトリアの反乱を鎮めたのもこの御仁です)、ご主人様と協力して獅子奮迅の活躍をされましたが、魔族によって穢された、この世界でも最強クラスの魔獣、《神獣》の手によって命を落としてしまいます。
その時、ご主人様はフィルニーア様より力を継承し、更に、汚れから逃れた《神獣》の力を手にしてその魔族を見事に打ちのめしたのです。
その後、ご主人様は田舎村を復興させると誓ったのですが、その時一〇歳。あまりに幼く、この地で雌伏の時を迎えたのです。
私はご主人様の付き人なので、当然付き添っています。
ああ、言い忘れてました。ご主人様は、農奴だった私を救ってくれた命の恩人なのです。人としての尊厳を与えて下さり、フィルニーア様もまた、私が付き人となれるよう色々と教えてくださいました。
話を戻しましょう。
で、どうしてそんな滅びた村に人がやってきているかと言うと、魔族が宝物を落としたとかいう噂が流れてしまったからです。なんでそんな噂が流れたのか知りませんが……。
結果、こうしてならず者の冒険者たちがやってくるってわけです。
ご主人様は朝の運動がてら、その冒険者たちの対処をしているのです。
「ガキって言われたら確かにガキだけど、ここにいるって言われても、住んでるからここにいるんだけど」
そっと台所の窓から様子を窺うと、ご主人様はめんどくさそうに言っていました。いい加減辟易してるのでしょう。ここ最近毎日ですからね。
「住んでるだぁ? こんな魔族に滅ぼされた村でか!」
「ウソもバレにくいウソにしろよ、こんな瘴気まみれの中でどうやってガキが住んでられるんだ。凶悪な魔物だって寄り付いてきてるはずだぞ」
冒険者たちは口々に罵ってきます。
確かに、田舎村は魔族により汚染され、瘴気の溢れる一帯になっています。そのせいで生態系も変化し、魔物も凶暴化しました。ですが、その魔物を駆逐し、土壌を少しずつ浄化しているのは他でもない、ご主人様です。
その甲斐あって、今ではほぼ除染が終了しています。
それを感じられないのであれば、大した冒険者たちではありませんね。
「んなこと言われてもなァ。っていうか、とりあえずさ迷惑なんだよね。やっと村も綺麗になってきたし、植物だって育つようになってきたんだ。他人に踏み荒らされたくないんだけど」
ご主人様は腕を組みながら、一歩も引くことなく冒険者たちを見上げます。
対する冒険者たちは上背があることに加え、数でも有利だからか、横柄な態度を取ってきます。
「はぁ? そんなのテメェに関係ねぇだろ」
「そうだそうだ。良いからとっととどけ」
「あーでもこの小屋、お前が住んでるんだろ。だったら食料とかあるんじゃね?」
「おーそうだな、ちょっと疲れてるし腹減ってるし、お邪魔すっか?」
あらまぁ。
これは呆れました。
まさか堂々と人様の家に入り浸るつもりですか。あまつさえ、あの顔は金目のものがあったら奪うつもりですね。これじゃあ野盗とやってること変わりません。
あれで世界を股にかけて魔物や魔族と戦い、世界を平和に導くという《冒険者》を名乗るのですから、困ったものです。
ご主人様も呆れたのでしょう、それは盛大にため息をつきました。
「あのさ、迷惑だっつってんの。大人しく帰れよ」
「んだとクソガキぃぃ!」
「死にてぇのか!」
苛立ちの含められた声に、冒険者たちが激烈な反応を示しました。相当な短気ですね。でも、そっちの方が良いかもしれません。
だって、ねぇ?
「お前、俺たちが誰だか分かってんのか? 冒険者様だぞ冒険者! それにレアリティは
冒険者の一人が剣を抜きながら脅して来ます。
この世界の理には《レアリティ》と《レベル》が存在します。特に《レアリティ》はそのままその人の価値になります。種類としては、
ですね。
もちろん、武器のスキルや魔法といったスキルレベルでも強さの度合は変わりますが、そもそもそのレベルだってレアリティによって上限があります。
つまり、この方々は冒険者の中でも相応の実力者、になります。パーティ組んでしっかりと対策してレベルも高ければ、上位の魔獣でさえ狩れるでしょう。だからこそ、魔族によって汚染されて危険地域に指定された田舎村へもやってきているのでしょうし。
「だからなんなの?」
ですが、ご主人様は一切怯みません。
「んだとテメェ、そんだけ偉そうにほざくんなら、さぞや高いレアリティってか!?」
「いや?
そうです。ご主人様のレアリティは
噂によれば転生者様でこのレアリティは史上初と言えるぐらいに珍しいらしく、ご主人様曰く、残念レアリティらしいです。あ、フィルニーア様もそうおっしゃってましたね。
それでも雑魚の魔物は屠れますし、騎士団でも上を目指せるレアリティではあるのですが。
とはいえ、冒険者としてはありふれたレアリティで、高レアリティからはバカにされやすいのです。
案の定、失笑が起こってしまいました。
「はっ、そんな残念レアリティが、俺たちに逆らうんじゃねぇよっ! さっさとどけ!」
冒険者の一人、髭面の男がご主人様につかみかかります。
ああ、ご愁傷様。
「だからさ、どっかいくのはアンタらなんだって。分かんないなら、身体で叩き込むしかねぇな」
そう言った瞬間でした。
ご主人様は目にも止まらない速度で冒険者の腕を掴み、そのまま捩じ上げてしまいます。それだけに終わらず、あっさりと関節を外してしまいました。素晴らしい早業です。
「あがぁあっ!?」
上がったのは情けない悲鳴。
同時に冒険者たちが一斉に武器を構え、魔力を高めます。こんな民家の近くで、随分と攻撃的で荒々しい魔力ですね。これは中級魔法以上が来そうです。
ご主人様も即座に悟っている様子ですね。人差し指を立て、そこに魔力を集中しています。
「《フレイム・バレッド》!」「《ベフィーナ・ストライク!》」「《エアロ・クラッシュ》!」「《アイシクル・クラフト》!」
冒険者たちが一斉に魔法を解き放ちます。地水火風、魔法において基本属性たちの攻撃魔法です。
しかし。
「《クラフト》」
ご主人様はたったその一言で、魔法の全てを消し去ってしまいました。
唖然とした空気が流れます。
分からないでもありません。今の魔法は光魔法。地水火風に加え、雷、聖、闇、光の属性がこの世界には存在しますが、不幸なことにご主人様はその光魔法に強い適性があるのです。
何故不幸かというと、この魔法に適性を持つと、地水火風といった基本属性が苦手になるという痛すぎるバッドステータスが付与されるからです。
今の《クラフト》も簡単な防御魔法であり、冒険者たちが放った魔法を防げるものではありません。
しかし、ご主人様は
「《エアロ》」
ご主人様は指をパチンと鳴らし、風の基本魔法を放ちます。本来であれば強風を起こす程度のものでしかありませんが、ご主人様が使うと。
「「「にゃぎゃあああああああっ!?」」」
まるで竜巻のような風が舞い起こり、冒険者たちを散り散りに吹き飛ばしてしまいました。
見事ですね。
これも当然です。ご主人様は魔獣でも最高位、自然の摂理そのものとも言われる《神獣》の力を宿しているのです。
冒険者たちが星になるのを見てから、ご主人様は家に帰ってきました。
「おかえりなさい」
「うん。めんどくさかった。もうアレだな、結界魔法作るわ。森に入ってきたら迷う森にする。ぶち破れないように徹底的なモノにしてやろう」
そう言いながら、ご主人様は朝ごはんにまず手をつけます。お腹、空いてたんですね。
ちなみにご主人様はフィルニーア様から《魔導の真理》という、魔法を自由に創造できるスキルを継承してます。だから簡単にそんなことが言えるのですね。
お味噌汁をすすりながら、ご主人様は私を見てきます。
「それが終わったら、メイ。王都に向かおう」
「王都、ですか?」
おうむ返しに訊くと、ご主人様は頷きます。
「ああ。
その力強い笑みに、私は頼もしさを感じます。
「では、いよいよなのですね」
「ああ。いくぞ。ここから王都までは遠いから、少しでも早く動けるように体力活性魔法も開発しておくとするよ」
「いいですね、では、朝ごはんが終わったら早速支度をしましょう」
私はワクワクを抑えきれずに、そう言いました。