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第二十九話

 ごっそりと魔力が持っていかれる。全身が倦怠感を訴えてくるのも構わず、俺は腕を振るった。
 この《神威》は、発動までにラグがあることが弱点だ。更に発動した後は短時間だが動けなくなる。必殺の威力ならではのリスクだろう。

「――《神威》ッッッ!」

 だが、魔物の群れで影になっている今なら!

 ――ばぢばぢばぢばぢばぢばぢっ!

 凶悪なまでの無数の稲妻が放たれ、縦横無尽に空間を引き裂いていく。一斉に魔物どもが打たれ、炭化していく。だが、そこいアガルバスはいなかった。
 まさか、今の一瞬で悟って逃げたのか?
 気配を探ろうにも、目眩がやってきて俺はがっくりと膝をつく。

「危ないナ。一体どこでそんな技を身に付けたのか。こんなヤツとは初めて戦うナ」

 無感動な調子の声は、上からだ。
 見上げると、アガルバスが剣呑な表情で見下ろしてきていて、既に炎の雨を頭上に掲げた両手の上で生み出している。これは、マズいっ! 俺は焦燥に駆られながら必死に魔力をかき集める。
 ぐら、と、意識が暗転しそうな目眩がやってくる。
 ダメだ、ここで意識を失えば、もう二度と目を覚ますことはない。

「けど、それもこれで終わりだ。所詮、小僧は小僧だったナ。その魔法は既に一回見てるんだよ? 弱点も分かれば、どのタイミングで使ってくるのか、予想もつくというものだ」

 余裕ぶりやがって。
 だが、今は話せるだけ話させておけばいい。それだけ時間を稼げれば、魔力が集まる。

「そういうワケだから、死ね」

 アガルバスが腕を振り下ろす。直後、炎が雨となって襲い掛かってくる!

「――《アイシクルエッジ》!」

 呼応するように俺は膝をついたまま腕を振り上げ、魔法を発動させた。
 空気が引き締まって悲鳴を上げ、空中に氷の盾を生み出す。これで、何とかなるか?
 かなり分厚く形成させたが、炎の雨は容赦なく氷の盾を侵食していく。

「ほっほっほぉーう。その程度の壁、我が炎の前では紙切れも同然!」
「くっ!」

 高笑いの直後、氷の壁が破られる!
 威力はかなり殺したが、それでもまだかなりの熱量だ。俺とメイを殺すには十分だろう。
 回避は、間に合わない。
 万事休すか?

「火盾っ!」

 諦めがよぎった瞬間、メイが俺を庇うように立ち、剣を横に構えて術を唱える。
 炎が渦を巻き、壁を形成しながら炎の雨を受け止める。
 メイの防御スキルだ。こんなものまで習得していたのか。

「ご主人さまを、守るっ!」

 強い意思を反映させて、炎の渦が堅牢なものになっていく。
 炎と炎が相殺し合い、やがて相互干渉を起こして対消滅を起こす。それは一瞬だけ視界を奪う光となって最期を迎えた。
 その余韻は、音さえ奪って沈黙を落とした。

「ほっほっほぉーう。見上げた奴隷根性じゃないか? 身を挺してまで主人を守ったか。我に仕えていた時は、そんな態度など微塵も見せたことがないのに、どういう心境の変化かナ?」

 自分の一撃が防がれたにも関わらず、アガルバスは嘲笑う。
 まぁ、そうか。アイツからすれば、たった一撃だもんな。
 力の差を痛感しながらも、俺はようやく呼吸を整える。目眩も収まってきた。
 俺はメイから魔力水を貰って一気に飲み干す。

 落ち着け、落ち着け。

 俺は自分に強く言い聞かせ、口を荒々しくぬぐう。
 相手は魔族だ。強くて当然であって、勝てる可能性だって高くない。だが、諦めるワケにもいかない。
 なんとかして突破口を開いて倒す。それしか生き残る道はない。
 どこかから、また爆発音が聞こえる。その風に乗って、またフィルニーアの声がした。

 まだ終わりそうにないな、あっちは。

 俺は大きく息を吸って、意識を切り替える。
 思い出せ。魔族との戦い方だ。さんざんフィルニーアから教え込まれただろう、俺!

 魔族の多くは人間や動物、果ては魔物に憑依する。そして自我を奪い、己のものとする。
 これは、魔族が人間を通じてこの世界との繋がりを強く保つためだと言われている。普段、魔族は魔界と呼ばれる異界に棲んでいて、生身でこの世界にいるのは余りに脆弱だからだ。

 つまり、あの肉体さえ滅ぼせば、魔族は弱体化する。

 とはいえ、それが非常に困難だ。
 事実として、アガルバスは人智を超えた運動能力を持っているし、超速再生だって持っている。一瞬で肉体を消し炭にするような術を持っていない俺からすれば、厄介この上ない。

 倒せるとしたら、《神威》ぐらいなもんだが、もう見破られてる。使う機会はもうないだろう。

 だとすれば、身体を傷付け続けて、相手の魔力枯渇を狙うとか? んなもん無理だ。魔力許容量(キャパシティ)は比べるべくもない。そんなこと出来るのはフィルニーアぐらいである。
 どうする? 何か、何か、打開策がいる。

「さーて、お遊びはこれぐらいにしようか?」

 必死に思案を巡らせているというのに、アガルバスはちょっと距離を取って着地した。
 接近しなかったのは、明らかに《神威》を警戒している証拠だ。 

 さすがにコイツを喰らったら、無事じゃすまないからだろう。

 だったら、何とかして当てないとな。だったら、発動時のタイムラグさえ何とかしないといけない。
 だがこの特殊能力は裏技(ミキシング)が出来ない。きっと俺の技量が足りないからなんだろうけど、発動させるだけで精一杯なのだ。
 思いながら俺は剣を抜いて逆手に構え、腰を落として相手の攻撃に備える。

 ――《神撃》の使用条件がクリアされました。

 瞬間、ステータスウィンドウが強制的に開き、その文字を俺の脳裏に浮かばせた。
 はい?
 一瞬の困惑がやってくるが、俺はすぐに意識を切り替える。

 《神撃》――雷を纏った武器を逆手に構え、超加速して相手をすれ違いざまに斬るスキル。ただし、その武器は壊れる。また、一度以上《神威》を使用していること。

 頭に浮かんだ概要に、俺は苦笑しかけた。
 魔力をごっそり奪って発動する《神威》はからして、残りの二つも魔力を消費するものだと思っていた。故に色々とやっていたのだが、全く使えなかったのだ。しかし、こんな使用条件だったとは……。
 中々癖のある条件だが、それだけに強力なものだと思っていい。

 俺はじわり、と構えて標的をつけて。

 アガルバスがいきなり分裂した。三人に。
 って待てや、どういうことだ。

「「「どれが本物だと思う?」」」

 混乱に戸惑う中、アガルアバスは嘲笑ってくる。

「「「答えは全員本物だ」」」

 それぞれの頭上に炎の渦が生まれる。
 なっ……冗談だろ、この期に及んで!

「特別だ。教えてやろう、小僧」
「我ら魔族は、全てにして一つ」
「我ら魔族は、一つにして全て」

 三人のアガルバスが口々に言うが、意味が分からない。なんの謎かけだ。
 とはいえ、得意の口上が始まったと思っていい。今のうちに作戦を考えねば。こちらには切り札が一枚出来たのだ。それを活用しない手はない。

「そして」

 声は、真後ろからした。

 ずどん、と、身体に衝撃が走る。次いで、意識が焼き切れるような灼熱感。

「あがっ……!?」

 俺は呻きながら前のめりに倒れて、その衝撃に空気を吐き出す。
 なんだ、今、何が起こった!? っていうか、痛い、熱い、痛い、熱い!
 声にならない。意識が痛みと熱さだけに持っていかれそうだ。

「ご主人さまっ!」

 メイの声がする。気合いを入れて顔を上げると、今にも泣きそうなメイがいた。
 必死に背中に向けて、何かの薬品をかけてくれていた。応急処置用のポーションだろうか。

 それが、じゅう、と音を立てて蒸発する。

 そうか、俺は背後から攻撃を受けたのか。四人目のアガルバスに。
 痛みが引いていく中で、俺は気付いた。

「さて、メイヤー。お前に一度だけチャンスをやろう」
「きゃあっ……!?」

 その四人目のアガルバスが、メイを片腕で首を絞めながら持ち上げる。
 メイが剣を落とし、両手でアガルバスの腕を掴むがビクともしない。見た目はただの中年デブなのに。

「貴様は我が一度でも愛した農奴だ。故にこのチャンスがあると思え。己の幸運に咽び泣くが良い」

 そう前置いてから、アガルバスは言う。

「もう一度、我の奴隷となれ。そうすれば殺すことはない」
「ほっほっほぉーう。もっとも、人としての尊厳は別だが」

 一人のアガルバスが茶々を入れる。まるで、じゃない。明らかに楽しんでやがる。
 俺は歯噛みしつつも、起き上がるのを我慢した。まだだ。まだ、今じゃない。
 メイは顔を青くさせながら、歯を食い縛りながら、反駁を始めた。

「い、イヤ……だ! メイ、は、もう、奴隷、なんかじゃ、ないっ……」

 足をバタバタさせながら、小さな手でアガルバスの腕を掴みながら、メイは言い切る。

「メイ、は、付き人、だっ……! あなた、に、は、もう! イヤ!!」
「ほっほっほぉーう。それはそれは」
「まったく、お前の姉貴も強情だったからな、血は争えないというべきかナ」

 瞬間、メイの表情が変わる。

「おねえ、ちゃん……!?」
「そうだ。お前が逃げたあの日、お前の姉を呼び出した日だ。あれは楽しかった」

 アガルバスは思い出したように、舌なめずりをした。

「さんざん持て余して、全ての尊厳を奪いつくして、それでもなお、アイツは曲げなかった。指から食べても、腹をかっさばいて内臓をつついても、目玉を潰しても、口を削いでも、腕と足を潰しても。最後の最後まで助けてとは呼ばなかったよ。死ぬ最後まで」

 メイは絶句していた。
 肉親の、聞きたくなかったであろう最期を耳にさせられて。
 アガルバスはその様子にさえ愉悦を感じているのか、ヨダレさえ垂らして嗤う。

 なんて悪趣味だよ。それが魔族か?

 俺は激しい怒りに渦巻きながらも、ちらりと横目をやる。アガルバスどもがメイに集中している今だからこそ、気付かれないで可能だった。

「お前も、我にそんな姿を見せてくれるのか?」
「ご主人さま、ご主人さま、と泣き叫ぶかナ?」
「それともすぐに助けを請うてどれになるか?」
「ショックで死ぬことだけはやめてほしいがナ」

 口々にゲスいことを言いながら、アガルバスは同時に「ほっほっほぉーう」と嗤った。

 その、刹那だった。俺は合図を送る。

「ワォンっ!」

 可愛らしい鳴き声一つ、されど、やってきたのは白い弾丸。
 留守番を命じていたのに付いてきていたらしい、ポチだ。
 ポチは凄まじい勢いで跳躍し、その身に雷を迸らせながらアガルバスの頭に突撃する!

 風船が破裂するような音を立て、アガルバスの頭が吹き飛ばされた。

「なんだっ!?」

 上がる驚愕の声。俺は同時に跳び起きて剣を逆手に構えた。アガルバスへ斜めに睨み、三人を直線で結べる軌道に立つ。
 地面を蹴って、俺は吠える。

「《神撃》っ!」

 世界が、加速した。

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