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第七話

 ──深夜、というより、もはや明朝の一歩手前だ。
 夜露が草木に浮かぶような音さえも聴こえてくるような静寂で、俺は意識を集中させていた。

 発動させた魔法は《ライト》だ。

 月明りしか頼るものがない中、それは確かな輝きを放った。
 俺は静かに集中を高め、その魔法から自分の魔力の波長を感じ取る。魔法を維持させながらその魔力に魔力を注いで穴をあける。
 これは、魔法と魔法とを繋げるパイプになるからだ。

「――《ライト》」

 俺は静かに、魔法を維持したまま、魔法を発動させる。
 これは《オーバーラップ》というスキルで、魔法を多重に発動させるものだ。
 発動させた魔法と魔法を、俺は重ね合わせる。
 すると、《ライト》の光が《ブライト》レベルに眩くなった。直視していられないぐらいの明るさだ。
 俺はそれを維持しながら、思わず笑みを浮かべた。
 裏技(ミキシング)の成功だ。

「よしっ」

 魔法を拡散させ、俺は小さくガッツポーズを取った。
 あの日から一か月。
 それこそ寝る暇を惜しんでずっと修行に明け暮れてきたが、ようやく安定して成功するようになってきた。今なら三つまでなら裏技(ミキシング)出来る。というか、魔力の波長を感じて、他の魔法と同調させる感覚が分かった時から一気にここまで成長した気がするな。きっとコツを掴んだんだろう。
 これは他の属性魔法にも適用できるコツなので、いつでも発動させられるはずだ。

 俺はふぅ、とため息をついて、ゆっくりと湿る岩に腰かける。

「……こいつ、壊せるかな」

 ふと思い立って、俺は腰かける岩を見下ろす。
 俺の魔法適性は光。攻撃魔法において重要な四大属性――地水火風を苦手とする適性だ。
 しかも《レアリティ》はR(レア)とくれば、攻撃魔法はほぼ絶望的だ。

 魔法スキルは二種類ある。
 魔法に何らかの影響を及ぼす《効果(アビリティ)》と魔法そのものである《(ソーサル)》だ。
 《効果(アビリティ)》はともかくとして、魔法適性は《(ソーサル)》に大きく関与する。
 分かりやすく、スキルにレベルキャップがかかる。
 俺の場合、得意属性のスキルレベルは《六》まで。上級魔法が習得できるラインだ。これが苦手属性になるとレベルキャップは《二》になる。こっちは初級魔法が習得できるレベルだ。

 ちなみにスキルレベルは最大で《十二》まで存在する。

 SSR(エスエスレア)なら得意属性のスキルレベルは《一〇》までで、極大魔法を使いこなせる。苦手属性なら《六》だ。つまり俺の習得可能最大スキルレベルは、SSR(エスエスレア)なら苦手属性であっても習得できてしまうレベルということだ。
 ちなみに最上級であるLR(レジェンドレア)なら得意属性は最大の《十二》に達し、威力は極大にまで強化されると言う。

 これを理不尽と呼ばずに何と呼ぶのか。基礎ステータスでさえ倍以上差がつくってのに。
 と、俺は密かに毒づきつつも、岩から離れて指先を向ける。

「きゃああああああああっ!」

 静寂を切り裂く悲鳴が聞こえたのは、その時だ。 
 ――遠い。どこだ?

「波動を我に。《サーチ》」

 俺は光魔法を発動させ、周囲に魔力のさざ波を放って探る。この魔法も当然カンストしていて、かなりの広範囲を探査できる。
 数秒間だけ待つと、反応が返ってきた。

「森の奥の方へ走ってる……魔物にでも攫われたか? ったく!」

 俺は腰に剣を差してあるのを確認してから、身体能力強化魔法(フィジカリング)をかけて地面を蹴った。
 葉の擦れ音を置き去りにする速度で俺は夜露の森を駆け抜け、それを見つける。
 悲鳴の主は小さい女の子だ。みすぼらしい格好からして、どこかからやってきた農奴だろう。この田舎村には農奴は存在しないからだ。
 その女の子が、三匹のゴブリンに拉致されていた。
 ゴブリンの格好は革製の装備で包まれていて、明らかに支給品だ。野生のゴブリンならボロボロの装備か、そもそも何もつけていない。
 召喚されたか、飼いならされているか。どちらにしても、良いものではない。

「まずは――……先制攻撃といくか」

 俺は全力で地面を蹴り、近くの木の枝目がけて跳び、更に剣を抜き放つ。
 仄かな明かりを反射する刃が閃き、枝を切り離す。切り口を鋭角にしたので、まるで木の槍だ。俺はそれを片手でひっつかみ、空中で思いっきり上半身を捩らせる。

「アタックスキル《投擲》」

 俺は静かに宣言しながらも、反動を解き放つようにして文字通り全身を使って槍を投げた。
 轟、と風圧の音が響く。
 スキルは何も魔法だけではない。当然、物理攻撃にも存在する。こっちも《レアリティ》によってレベルキャップがある。やっぱり理不尽だ。
 思いながらも、この投擲スキルは俺が習得できる最大値六に達している。
 その威力は――。

「あぎゃあああああっ!?」

 ゴブリンくらいなら一撃で貫通して串刺しにするぐらい簡単だ。
 醜い悲鳴に、他のゴブリンが足を止める。
 俺はその間に加速し、ようやくゴブリンに追いつく。

「お前ら、何してんだ」

 地面を爆発させる勢いで着地して、俺はギロリと睨みつける。
 だが、ゴブリンに怯む様子はなかった。そればかりか、拉致した少女をどこかへ投げ捨てて鉈を抜いて威嚇してくる始末だ。

「モクゲキシャ……コロス」
「シマツ、シマツ、チシブキイッパイ!」

 仲間を殺されたというのに、この二匹は実に好戦的だ。
 よっぽど鍛えられているのか、それともアホなのか。いや。違う。
 俺はゴブリンの表情を見て理解する。

 このゴブリン、ドラッグきめられてやがる。

 額に不自然な程浮き上がった血管に、焦点の定まらない赤い目。かみ合わせの悪い尖った歯並びから漏れる泡の噴いた唾液。
 おそらく、強制的に興奮させるような何かだろう。
 このゲームみたいな異世界において、ゴブリンはやっぱり雑魚の部類だ。一般人からすれば迷惑この上ないし強敵ではあるのだろうけど。

「威圧が効かないなら、やるしかないな」

 俺は剣を構える。
 俺の剣術のスキルは三だ。フィルニーアは魔法専門なので、この手には疎く、どうしても自己流で習得するしかない。そのせいか、レベルが中々上がらないのだ。投擲スキルは魔法の技術の応用で何とかなったけど、こういう武器を使用するものはそうはいかない。
 とはいえ、ゴブリンを斬り捨てるのには十分だ。
 ゴブリンとの睨み合いが始まって、俺はふと思い直す。そうだ。剣じゃなくて、裏技(ミキシング)を使った攻撃魔法でやってみたらどうだ?
 俺は早速試してみることにした。

「――《フレアアロー》」

 唱えたのは、火炎系の基礎攻撃魔法だ。
 火矢を射る魔法で、直撃させれば大火傷ぐらいは負う。それを五発も当てれば体力を削り切ってゴブリンも倒せるだろうが、俺はそれをしない。
 《フレアアロー》を三つ発動させて混ぜ合わせる。
 さすがに攻撃魔法だけあって荒々しい魔力だ。一瞬だけコントロールを失いそうになったが、すぐに制御して一体化させる。狙いは威力の上昇だ。
 すると、ただの火矢だったそれは、まるでマグマのように沸騰して、より複雑な赤色を蠢かせる。

「食らえっ!」

 俺は魔法を解き放つ。
 周囲の空気さえ灼き溶かすような熱を放ち、裏技(ミキシング)で強化された火矢はゴブリンに襲い掛かる。

 ――ぢゅばっ!

 という、まるで粘液を地面にぶちまけたような音がして、ゴブリンは溶けた。
 いや、文字通り。本気で。
 革製の装備も、手にしていた鉈も。全部。骨の欠片さえ残ってない。
 直撃したことで火矢は消滅したが、その熱の残滓は残っていて、ゴブリンの足元で生えていた草も溶けて焦げて黒くなっている。

 おいおい、マジかよ。

 あまりの威力に俺が顔を引きつらせる。骨さえ残さないって、どんな熱量だよ。

「ナ、ナンダ、オマエ……!」

 ゴブリンの驚愕に俺は我に返る。そうだった。コイツを始末しないと。
 じっくりとやってくる高揚感に俺は笑んで、次の魔法を選ぶ。次は風で行こう。

「――《エアロ》」

 起こしたのは、風の塊をぶつける魔法だ。
 普段であればガツンと殴られた程度の衝撃だが、これが重なるとどうなるのか。
 俺はまた三重に混ぜ合わせ、さらにアレンジをかけて上から下へ放つ。

 ぐぢゃり。

 まるでプレスされるように、ゴブリンはへしゃげて潰されて、ただの赤いモノとなって地面に擦りつけた。次いで地面が一瞬揺れるような衝撃を走らせ、窪む。
 原型を留めないゴブリンを見下ろして、俺はあまりの威力の上昇さに息を呑んだ。

 これ、ヤバくね?

 素直な感想を抱いていると、近くの木の茂みから物音がした。
 見ると、そこからみすぼらしい大人のシャツ一枚だけ着た、薄汚れた少女が出て来た。
 ゴブリンに拉致られていた少女だ。

「よぉ、大丈夫か?」

 そう声をかけると、少女はほっとしたのか、それともあまりの惨劇に血の気を失ったのか、そのままバタリと倒れた。
 って、ええええええ。
 俺は慌てて駆け寄って少女を抱き起こすが、ぴくりともしない。息はあるけど、少し叩いたりつねったりしても起きる気配はない。

「これ、ほっとくわけには行かない、よなぁ……」

 また静寂を取り戻した森の中、俺は困ったように呟いた。

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