ギルドマスターは復活したらしい。(何がとは言わない)
〜赤毛ギルマス視点〜
「このままのペースで、あと一時間走れ!」
細い棒切れみたいな体の騎士たちが、まぁまぁ見れる体型になって早一ヶ月。女神に頼まれて騎士の指導員として城に常駐するようになった俺は、あれから女神に一度も会っていない。
ギルドマスターなどと偉そうな役職についてはいたが、もと上級ハンターだった俺がハンターギルドで大人しくしていなきゃいけない毎日がとにかく苦痛だった。腰に負った魔獣からの傷により、半身の感覚がない俺は前線に立つことができなくなったのだ。それでもなんとかハンターの助けになりたいと自分を奮い立たせて、ギルドの職員となり気づけばギルドマスターになっていた。
ギルドマスターの仕事は多い。日々の報告書からギルド員たちの管理、揉め事はしょっちゅうだったし、それなりに充実している毎日ではあった。
「それでも、ハンターとしても……男としても使い物にならんっつーのはな……」
一ヶ月間、毎日のように見ている窓の奥には女神様がいるらしい。
神殿に降臨されて、弱っちい騎士団の改革をするよう王に進言した。そして強くなった魔獣に対抗できていた俺を指導員として雇うなど、誇りばかり高くて惰弱な騎士団の改革はあっという間に進んでいった。
「走り終わったら、この女神様特製ドリンクを飲めよ! 一滴たりとも残すな!」
俺には必要ないと言われているこの女神特製ジュースを飲めば、体は大きくなり強くなれるそうだ。
正直羨ましい。俺も飲みたい。あの芳しくも美しい女神の手製、女神のジュース、女神の……なんかエロいな。他意はないぞ。……一応な。
今日も俺は、女々しくも女神がいるかもしれない窓の奥に視線をやる。
初めて彼女と会ったあの時、俺は確かに感じたんだ。
だから、確かめたい。
俺と目が合った瞬間、迂闊にもその潤んだ瞳とピンクに染まった頬に見とれている間に、たおやかな女神は気を失ってしまった。きっと荒くれどもの集うハンターギルドに来て、ショックを受けたのだろう。
「ドリーマーギルマス、夢見てるところ悪いんですけど走り終わりましたよ」
「ご苦労だったな。それよりも、どりーまーとは何だ?」
「お気になさらず」
騎士団の中でも比較的体の大きい彼は、金髪の髪を長く伸ばしていかにも「貴公子」といった面持ちだが、俺以上にハードな訓練を課す男でもある。
元は王国騎士団の一人だったが、女神に叱咤されて目覚めたらしい。
彼曰く「ギルマスの人となりはともかく、筋肉だけは尊敬いたします」とのことだ。よく分からん。
「それにしても、今日も女神は部屋に引きこもったままか」
「そのようですね。神殿に戻られないだけ、まだここの騎士……国を見限ったわけではないようですが」
「あれほどの神気を出していたんだ。一ヶ月経つとはいえ疲れているんだろう」
「……でしたらいいんですけど」
訳知り顔で言う金髪騎士に、俺は心がざわつくのを感じる。
「何を知ってる?」
「情報の要であるギルマス以上に、騎士の私が知っていることなどないでしょうに」
ハンターギルドとは、魔獣に関する調査や討伐だけではない。身近な厄介ごとや、時には高価な商品を運ぶ商人の護衛までも請け負う。それに対して常に必要とされるのは「情報」だ。
「俺の持っている情報だけで、女神が城から出てこない理由が分かるというのか?」
「話を聞いた限りですが、大体予想がつきますよ」
「一体、何があったというんだ……」
イラついた俺は乱暴に髪を掻き上げると、俺は再び城の窓に目を向けてしまうのだった。
〜筋肉フェチ女神視点〜
「ああ……今日もカッコイイ……ギルマス様……尊い……」
「女神様、そんなに気になるのであれば、いい加減外に出ましょうぞ」
「無理……あんな醜態さらした私が……あの筋肉様の前に出られるわけが……」
「このやり取り、かれこれ一ヶ月は続いておりまするなぁ」
「うう……髪を搔き上げるその動作、一挙手一投足が尊い……」
「重症ですな」
赤毛の元ハンターであるギルドマスターとの出会いから一ヶ月、私はひたすらお城の一室に引き篭もっていた。もちろん、騎士団の毎日の筋肉トレーニング、食事の内容などしっかりと監修している。
初日にモヤシみたいだった金髪騎士くんなんて、報告しに来る度に程よく筋肉が付いていて、「さらに女性からモテるようになりました!」なんて爽やかに言ってたな。さらにってところがムカついたから神気出してやったけど、最近ちょっと嬉しそうな顔しているんだよね。あいつ、ドMだったのかな?
神気は感情に左右されるけど、ある程度コントロールできるようになった。
王様との謁見の時は緊張していたからダダ漏れてたみたいだけど、今はもう気のいい髭ダンディという認識になっているから大丈夫だ。
「何を遠い目をしているのです?」
「今までのことを振り返っていたのよ」
「過去のことより、今のことをしっかりと見つめなされ女神様」
「今? 今って?」
「差し当たってはギルドマスター殿のことでしょうな」
「ぐはぁっ!!」
そうだった。
私があの筋肉様に初めて会った時、私はその美しくも魅力的な筋肉様に一目惚れをしてしまったのだ。
その凄まじい色香に、うっかり気を失った。
鼻血を出し、白目を剥いて、真後ろにひっくり返ったのだ。しかも大股開きで。ははは。
いやんばかん下着なんてゴワゴワするからやだーとか言ってた私を、誰か滅して……。
「気を失うお姿も、お美しいものでしたぞ?」
「ああああああもう言わないでええええええやめてえええええ」
「周りの人達も、女神様の強い神気に当てられましたが、癒しの神気だったようで多くの怪我人が回復しました。本当に女神様とギルドマスター殿には感謝でございますよ」
「ああああああ……あ? 筋肉様って癒しの神気に関係あるの?」
「大アリでございます。神が愛でし者と共にある時、神の本来の御力が解放されますからな」
「め、め、めでし……」
なんと、私が好きになった人と一緒にいれば、ここの世界に色々良いことがあるってことか。
そうか……王様が私の好きにさせている理由はそれか。あわよくば私に好きな男をあてがおうってことね。まぁ、王ともなれば、国のことを第一に考えないとだから、しょうがないっちゃしょうがないんだけど……。
「でもさ、醜態をさらした女をさ、意識しろっつってもさ、あんなイイ男がこんなちんちくりんに魅力なんか感じないだろうしさ」
「ほっほっ、まったく今代の女神様は、ご自分を卑下するのを得意としてらっしゃいますなぁ。いや、これぞ恋する乙女というものでござりましょうか」
「ぐぬぬ……」
すっかり私に慣れた神官長の爺さんは、微笑ましげに私を見ていたけど不意に真面目な顔になる。それと同時に先触れもなくドアが開き、金髪のチャラ男騎士が飛び込んできた。
「無礼ですぞ、騎士殿」
「すみません!! 女神様に至急お伝えしたきことが!!」
「聞くよ。どうしたの?」
「ぎ、ギルドマスター殿が、訓練中に兵舎の石垣が崩れ……我らを庇いお怪我を……」
「なっ!?」
割れる窓ガラスの音が、遠くで聞こえた気がした。