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いいケツ持ってるね。女神は本気出すよ。


 地面に足が着くと同時に、ムワッと漂う血の匂い。自分の髪についたガラスの欠片が鬱陶しくて、乱暴にブルブル頭を振るとパラパラ落ちていった。
 無意識にやったとはいえ、窓ガラス割って飛び出したのはやりすぎだったかも……と頭の隅っこで考えてはいるけど、今の私の最重要案件は至高の筋肉保持者の救助である。

「高いところから落ちても怪我しないって、女神はすごいね」

 そのまま血の匂いのする方向に走り出そうとして一歩踏み出すと、そのままホバリングしているように1メートルほど浮いた状態で飛んでいる。すごいこれ。会社に遅刻しそうな時とか便利そう。
 目的地は城勤めしている兵士たちが寝泊まりする兵舎だ。さっき金髪騎士君が言ってたから間違いない。血の匂いもそこから漂ってくる。

「ギルマス様!!」

 遠くに兵士や騎士たちが一斉に私の方を見る。それは驚きに満ちたものだった。神気ダダ漏れで飛んでくる女なぞ見れば、そりゃ誰もが驚くだろう。

「どいて!!」

 私の声に、左右に別れる男達の動きは素早い。さすがに連日の訓練はしっかりと身についているみたいだ。
 その奥に見えるのは、血溜まりの中をうつ伏せに倒れている赤毛の偉丈夫……

「ギルマス……様……」

 ピクリともしない彼の筋肉に、そっと震える手を伸ばす。
 その瞬間、生の気配を一切感じさせなかったその体が、まるで肉食動物が獲物に食らいつくように動いたかと思うと、血に塗れた手が私の手を掴む。

「ひっ!? 何!?」

 掴まれた手を力強く引かれ、その素晴らしく盛り上がった胸筋に埋もれる私。これが本物のパ◯パ◯かと鼻の頭を熱くしていると、耳元で掠れた低いバリトンボイスが響く。

「やっと、捕まえた……」

 その瞬間、一気に私から放たれる神気で周りの兵士や騎士たちが倒れる中、私はただひたすらギルマス様の筋肉に包まれていた。私の布に触れたところから、ギルドマスターの血に汚れた服や体がどんどん綺麗になっていく。

「ぎ、ぎぎぎぎるますさま!?」

「冷たいな。俺を城に呼びつけて、そのまま縛って、逃さないようにしておいて……会えないとかどういうことだ」

「そ、そそそそそれは、あにょ、ふぉ……」

 血の匂いはもうしない。鼻腔に広がるのは彼の甘い体臭と、包まれている素晴らしい胸筋と上腕筋が何とも……。
 いやいや、うっとりしている場合じゃない。怪我をどうにかしないと……!!

「すまん。俺は怪我をしてはいたが治っているんだ。ただ、その、あの金髪野郎が……」

「金髪? あの騎士……」

 一瞬騙された怒りの感情が湧き上がるも、さらに強く抱きしめられたことによりすぐに鎮静化する。だって素晴らしい筋肉の弾力、そしてすばらしいこの匂い。くんかくんか。

「くくっ、コロコロ感情が変わって面白いな。女神様」

「うう、言わないで……自分でも訳が分からないんだから……」

 恥ずかしい!! 穴があったら入りたい!! 筋肉があったら挟まれたい!! むしろ揉みしだきたい!!

「そんなの決まってんだろ?」

「決まってる?」

 どうでもいいけど耳元で話すのやめて。響くの。下腹部にダイレクトに響くのよ。

「俺に惚れてんだろ? だから女神の力をコントロールできないんだ」

 やっとのことで筋肉の海から顔を出し、やっとギルマス様の顔が見れた。私に負けず劣らず、顔を真っ赤にした彼は困ったような笑顔で続けた。

「もういいだろ。俺のもんになっちまえ。筋肉が好きなら絶対に維持してやるし、誰に負けるつもりはねぇから」

 そう言ってニカッと笑った彼に陥落した私は、もうこの世界でなきゃ生きている意味がないと思ってしまったのだ。









 城に引きこもっていた女神を引きずり出したギルドマスターは、昔取った杵柄とばかりに魔獣退治に繰り出すことになった。
 女神はずっと反対していたが、ハンターを引退した理由である怪我は彼女と初めて会ったときに全快している。それでもイヤイヤと駄々をこねる女神を、彼はしっかりと二人きりで一晩中かけて説得してあげた。せっかく女神に治してもらった彼の強靭な体だ。女神をじっくりたっぷりねっとり愛することに使うべきだろうと、彼女が聞いたら顔を赤くするようなことを彼は考えたのだ。
 そんな説得の末、明け方起きた赤毛のギルドマスターは布団から出てこない女神の額にキスをする。無反応だった女神はきっと納得していたんだろうと、彼は意気揚々と魔獣退治に出立する。

「良いんですかギルマス。帰ったら絶対怒りますよ女神様」

「大丈夫だ。あの様子なら夜まで起きない。さっさと終わらせて帰ればいいんだよ」

「はぁ……そうじゃなくて、責められるのは自分なんですが……」

 苦労性の金髪騎士は、今やギルドマスターに次ぐ筋肉量となっていた。彼の右腕として、魔獣退治に常に共にあるその姿は王都でも話題になっている。以前よりも金髪騎士は女性達から騒がれるようになっていた。
 実は妙齢のお嬢さんたちの中で、女神様の文化である『薄い本』という書物が大ブームとなっており、その中心人物はギルドマスター金髪騎士だったりするのだが彼らは知らない。知らない方が良い事も世の中にはあるのだ。

「この調子なら、魔獣をどうにかできるだろう」

「そうですね。これも女神が与えてくれた筋肉のおかげです」

「バカ、それを言ったらまた女神に怒られるぞ」

「はは、筋肉は努力で得られる。だからこそ筋肉は至高であり正義なのだ! でしたっけ」

「そうだ」

 女神のいた神の国では、きっと彼女好みの素晴らしい筋肉を持つ男達がいたに違いない。赤毛のギルドマスターは、教会の祈りの間に飾っている神の国の女神の姿を思い出す。
 描かれたすべての女神は、凹凸のない慈愛に満ちた顔であった。その美しくも愛らしい姿を持つ者が、自分の帰りを待っていると思うと思わず筋肉がピクピクと動いて喜んでしまう。

「それにしても女神は謙虚というかご自分の容姿を美しくないとか、未だに言いますよね」

「まぁいい、だからこそ俺みたいな奴に捕まってくれたんだからな」

「はぁ……」

 肉食獣のような笑みを浮かべ、男の色香を全開にするギルドマスター。うっかりその顔をみた通りすがりのお嬢さん達が黄色い声をあげる。
 そんな彼の様子に呆れた金髪騎士は、「似た者夫婦か……」と遠くを見てため息を吐くのだった。

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