二話 冒険者
やるせない気持ちになった三人はさっさと帰ってしまおうと考えその場を去った。
住宅街を通り抜けて少し離れた所にある大きめの家へ彼らは向かった。
そこはトールの実家であり、イリスとレインはトールとパーティーを組んだ日から住まわせてもらっている。
やがて、三人がそこに到着すると、玄関を抜けリビングへ向かう。
「姉ちゃーん、ただいまー」
「はい、三人共お帰りなさい」
トールの気の抜けた声に笑顔で返事をしたのは20代ぐらいの若い女性、ルミだった。淡いピンク色の髪を長く伸ばし、クリーム色のセーターと茶色の長いスカートを着ている。
「また三人で飲んできたの?今月厳しいのに」
「ごめんなさい、ルミ姉さん」
「今回は真面目なイリスまで一緒になって」
「一応私も忠告はしたんですが・・・」
イリスがそう弁解するもルミはふくれっ面のままだった。
腕を組んだ時に押し上げられた豊かな胸を直視できず、レインはさっと視線を逸らす。
ルミは穏やかな表情に戻るとレインに尋ねた。
「それよりレイン、今日の大会はどうだったの?」
「・・・ダメだったよ」
「あらあら、残念ね」
大会の事を聞かれてヘコんだレインにつられてルミもショボンとする。
「ごめんルミ姉さん。今日こそは勇者になってみせるって約束したのに」
「なれなかったのはしょうがないわ。また来月頑張ればいいのよ。今日はもう寝なさい」
「ルミ姉さん・・・!」
ルミは元の柔らかい笑顔を三人に向けた。
優しい言葉を掛けられ、レインは胸の奥が熱くなるのを感じた。
次こそ頑張らねばとレインが思っている中、イリスはお先に失礼しますとルミに一礼し自室に向かった。
「姉ちゃーん、俺腹減ったんだけど」
「トール、それ今言う?」
空気を全然読まないトールの発言にレインは額に手を当てた。ルミもやれやれといった表情でトールを見る。
「仕方ないわね。簡単なもの作ってあげるから」
「イエーイ!ごっはんーごっはんー」
子供か、とツッコミをいれたくなるほどにトールは軽やかな足取りでルミの後をついていく。ルミも困ったような少し嬉しそうな表情で何を作るか考えていた。
キッチンに向かった二人を見送り、レインも自室に戻る。
明日の準備を済ませベッドに寝転がりながら、レインは岩陰での出来事を思い出す。
キョウスケの言動、異世界、チート能力、訳の分からない事が頭の中を駆け巡る。
そのせいで、あの時一言言った「ムカつく」の意味もどこか表現し辛かった。
キョウスケともう一度話をして見たいところだが、彼は早朝にはこの国を離れているだろう。
明日になってトールとイリスに相談してみよう、そう思って眠りにつこうとしたら不意にレインの腹が鳴った。
「・・・僕も何かもらお」
少し顔を赤くしながら、レインは自室を出てルミの所へ向かった。
早朝五時、朝の鍛錬に勤しもうと相棒のハンマーを担ぎレインが外に出るとイリスがいた。
「おはようございます、レイン。少々遅かったですね」
「おはようイリス、本当に四時半に起きて鍛錬してたの?」
筋トレをしているイリスを見てレインは昨日の彼の発言を思い出した。
もうすでに彼の体が汗ばんでいるようにも見える。
「有言実行こそ私の美学ですから」
いつものクールな表情を崩さないイリス。そっか、とだけ返事しレインもハンマーを持って素振りする。
レインが扱うのは俵ぐらいの大きさの槌頭に柄の長さが1メートルほどの金属ハンマーだ。
見慣れた光景ではあるものの、普通に考えれば常人には到底不可能だ。
「相変わらずの馬鹿力ですね、そんなもの杖のように軽々と振るうなんて」
「馬鹿は余計だよ。まあ力だけは鍛えたからね」
「馬鹿といえば、トールは何をしてるんですか?」
「馬鹿といえばトールなの!?起こしには行ったけど全く目覚める気配なし。ルミ姉さんに頼んで起こしてもらってるよ」
イリスはトールに厳し過ぎやしないかと思いつつ、レインはハンマーを振り続けながらイリスの問いに答える。
イリスも腕立て伏せをしながら溜め息をついた。
「トール・・・。ルミ姉さんには世話になってばかりですね」
本当にその通りだ。と、レインは思った。
自分達が冒険者としてモンスターを退治したりクエストをこなしたりしている中、家の事はほとんどルミがやってくれている。
さらに安定しない冒険者達の収入を十分に生活出来るようにやりくりしているのだから、三人は頭が下がるばかりだった。
「だね。だから僕が勇者となってルミ姉さんに楽をさせてあげたいんだ」
静かに言ったレインだが、その中に確かな決意があるのをイリスは感じとった。
大会で勇者に選抜された勇者には、勇者の証と生活保障のため国から多くの金が支給される。
魔王討伐のため旅に出る事自体は冒険者であれば誰でもできるが、それにはまず莫大な金が必要となる。
それが勇者の場合国から資金の援助が来るのだ。
「でも僕らはまだ冒険者。毎日稼いで生きなきゃね」
レインは素振りをやめ、赤いバンダナを頭にしっかりと結んだ。
「では、早速クエストに行きましょうか」
腕立て伏せを終えたイリスが立ち上がる。
体も充分に温まり、二人は自然と笑顔になっていた。
「あ、待って。その前にこいつで
「レイン、ハンマーはやめましょう。トールのベッドが壊れます」
「俺の心配してくれイリス!」
二人の会話を聞いていたらしいトールが寝癖をそのままに家から飛び出してきた。
酒場にて。
三人は冒険者に支給される冒険服一式に身を包み、クエストを選んでいた。
「ったく酷いぜ二人共。俺の扱い雑過ぎだっつーの」
「寝坊するトールが悪いんですよ」
まだ怒ってますアピールをするトールを軽くあしらうイリス。
それを横目にレインは簡単に稼げそうなクエストを見つけた。
「これにしようか、『グレイゴル付近の森でゴブリン討伐』」
「ゴブリンかー。ま、いいんじゃね?」
「森ですか、視界が悪くなるので少々やり辛いですが・・・」
「細かい事は気にすんなって。すんませーん!これお願いしまーす」
「ああっ。視界が悪いという事は魔導師が一番不利なんですよ」
「ヘーキヘーキ。お、お姉さん可愛いね。どっから来たの?」
クエスト受注がてら受付のお姉さんを口説くトール。
お姉さんの方は「あはは・・・」と苦笑を浮かべていた。
「いい加減しなさいトール」
ゴゴゴ・・・という擬音が似合いそうな眉を吊り上げた表情でイリスがトールの背後に立つ。
後ろを振り返ったトールはその顔を見ておぉう!と驚いた。
「わ、悪かったって!さっさと行こうぜ!」
そして足早に酒場を出て、森へ向かうトールにイリスは苛立ちを隠しきれぬまま、レインはまあいつもの光景だなと思いながらついて行った。
そして森に到着。
トールは先端にルビーのような宝石のついた樫の木のワンドを構え、イリスは錫杖型のスタッフを手に持つ。
そしてレインは二人の先頭に立ち相棒を背中に担ぎつつ、周囲を見渡しながら森の奥へと進んでいた。
「イリス、気配はない?」
「ああ。トールは何か感じるか?」
「ん、ちと待ってろ」
そういうとトールはその場で目を瞑り呪文を唱える。
「
すると、トールの周りに五つの青白い光が出来上がった。光は三人の周囲をぐるぐる回った後一つの方向に向かって進んでいった。
「あっちみたいたぜ」
「ありがとう、よし行こう」
光が進む方向について行くと開けた場所にゴブリンが集まってるのが見えた。
ゴブリンは深緑色の皮膚に尖った鼻、曲がった背中に鋭い鉤爪を持っているモンスターだ。
その数、数十体。間違いなくあれが今回の討伐対象だろう。
三人は茂みに隠れ様子を伺った。
「どうだろ、いけるかな」
ゴブリンに気づかれないようボリュームを落としてレインは二人に話しかける。
「今まで同時に対峙した数は20体程度。数的にはそれの倍ですね」
「真正面からじゃきついぞ。俺ら20体でも無事かどうか分かんねえのに」
イリスもトールも険しい表情を見せた。ゴブリンを数十体同時に相手するのは危険である。そこら辺の新米パーティーだったら全滅もありえるだろう。
しかし、こちらには対抗策があった。
「よし、んじゃ作戦を教えるぜ」
「もう閃いたんですか」
「あったりめえだろ?俺はこういう時に一番頭を使うんだよ」
「普段からこんな感じで賢ければいいんですがね」
「おいおい俺はいつだって聡明だぜ?」
そんな軽口を叩きながらトールは二人に内容を話した。
「なるほどね、じゃあスタンバイするよ」
「イリスは待機しつつ状況確認と支援魔法な!」
「了解しました」
イリスはスタッフを前に構え、レインはハンマーを担ぎながら近くの木に登る。
トールはロッドに意識を集中させる。目を閉じて意味の分からない言葉の羅列を唱える。詠唱するほど彼のロッドについた宝石が輝きを増していた。
そして、その輝きが最高にまで達した時、トールはカッと目を見開いた。
「
トールが言い放つとゴブリン達の足元から赤く燃える炎が出現した。帯状の炎はゴブリン達を取り囲みながら上空へと伸びて螺旋を作り、やがて渦となった。
「グギッ!」
「グギャアアアァ」
巻き込まれたゴブリンは炎によって燃やされた。低い呻き声が響く。
やがて炎が止むと渦の中央で難を逃れたゴブリン数体が身を寄せ合っていた。
渦が出来た場所は草が焼け焦げ、白い煙が上がっていた。
「ふぅ、んなもんか。レイン!あとよろしくー」
トールが上空に向けて声をかける。そこにはいつの間にか木のてっぺんまで登っていたレインの姿があった。
レインはそこからゴブリン達がいる方へ飛び降りハンマーを振り下ろす。
「そーれ!」
一箇所に集中していた残りのゴブリンは上空からのハンマーをくらい潰れた。
ハンマーが地面にまで達し、『ドスン』と鈍い大きな音がした。
ハンマーはそのままめり込み、レインが持ち上げてみると深さ10センチ程のクレーターが出来ていた。
数十体いたゴブリンは魔法とハンマーの一振りにより全滅した。
「ふうー・・・。こんなもんかな」
「やるじゃんレイン、イエーイ!」
「おう。イエーイ!」
討伐成功を喜び、レインとトールはハイタッチをする。
「イリスも、イエーイ!」
「い、いえーい・・・。今回は不意打ちが上手く成功しましたね」
「トールの作戦がうまく発動したね」
「何たって俺は頭が良いからな。完璧な作戦を思いつくぐらい朝飯前よ!」
調子に乗ってドヤ顔を繰り出すトールにイリスは若干イラッときた。
「・・・まあ頭が良いというのは否定しませんよ」
イリスはトールから顔を背け不服そうに言った。
それを聞きトールは「だろー?」と満足げに返すのでイリスはさらにイラッとした。
実際、トールは頭が良い。
トールとイリスは同じ魔導学校の生徒だった。トールは入学から卒業までの三年間の全ての試験で首位を獲得し、実技においても申し分ない評価をもらっていた。イリスも勤勉ではあったものの、トールには敵わなかったのだそうな。
「よし、じゃあさっさと帰って報酬貰うか!」
「そうですね・・・っ!トール、危ない!」
帰ろうとしたトールの方に、イリスはスタッフを突く。
正確には彼はトールの背後にある何かを突いたのだ。
トールが振り返ると、イリスのスタッフは一匹のゴブリンを捉えていた。
イリスの突きは鋭く、スタッフが捉えたゴブリンはその場に倒れる。
「ま、まだ残党が居たの!?」
レインは辺りを見回す。どうやらさっきの集団の残りではなく森の周辺から自分達を襲いにやって来たのだと三人は思った。
茂みから、木の陰から、複数のゴブリンが出てくるのが見えた。
手には短剣を持ちこちらを狙っている。
「集まって来やがった、何でここに人がいるってわかったんだ?」
「多分この煙と、さっきのハンマーの音ではないでしょうか」
冷静に分析しながらイリスは身構えた。
不意にこちらに飛んできた何かをレインは弾く。それは矢だった。
どうやら弓を扱うゴブリンもいるらしい。
「ちいっ。これでもくらえ、
九つのサッカーボール程の火の玉がトールの周りに出現する。
トールはそれをゴブリンに向けて瞬時に放った。
しかし、狙い通りに火の玉は飛ばなかった。木にぶつかったり地面に落ちたりして、ゴブリンに命中しない。
「何で一つも当ったんねえんだ!」
「私言いましたよね、森は魔道師にとって不利だと。視界が悪くなると魔法の命中度は否が応でも下がるじゃないですか」
「あ、そうだった」
「そういう所が馬鹿なんです、よ!」
そう言いながら、近づいてくるゴブリンをスタッフで突いては払うイリス。レインもハンマーを薙ぎ払って応戦していた。
しかし、数は一向に減らなかった。やがて、周りをゴブリンで囲まれてしまう。
これはまずい、と三人は身の危険を感じた。
「こういう時は一点突破です。レイン、先陣を切ってあいつらを払いのけてください」
「オッケー、いくよ!」
「一応みなさんに。
レインは元来た道に向かって駆け出し、二人もその後に続いて走り出す。
目の前から襲ってくるゴブリンを、レインはハンマーをゴルフスイングして吹っ飛ばした。
追い討ちをかけるように飛んできた矢をトールの火の玉で撃ち落としながら、三人は森を抜けた。
「っはー。命からがらって感じだな」
「突破出来て良かったよー」
「疲れました・・・」
クエストを終え報酬を貰い、三人は帰路に着いた。
もしかしたらあそこで全滅していたかもしれないので、突破出来たのは幸いだろう。全員無傷ではあったものの、体力や気力を消耗していた。
「おっえ。魔法使い過ぎて気持ちわりぃ・・・」
「逃げてる最中もぶっ放してたもんね、肩貸すよ」「サンキュ」
特に魔法を多く使ったトールは消耗が激しかった。レインの肩を掴みながらフラフラとトールは歩く。
「イリスもありがとな。短剣でぶっすり刺されてたら俺ヤバかったかもだし」
「私のあそこでの使命は状況確認と支援魔法ですから」
「さっすが真面目ちゃんだぜ」
メガネをクイッと上げクールな表情のイリスにトールは親指を立てにっこり笑う。
そんな二人の姿を見て、レインは笑顔になった。
(こんな感じで二人と毎日クエストに行って。トールの作戦でモンスター倒して。イリスの冷静な判断でピンチを切り抜けて。そして、僕のハンマーでそんな二人の力になる。そんな毎日を繰り返して、次こそ大会で優勝して勇者に_______って思い出した。)
昨夜考えていた事を思い出したレインは二人に話しかける。
「そういえばさ、二人は昨日の事気にならない?」
「昨日の事・・・ああ、キョウスケの事ですね」
「あいつかー。なんか俺良く分かんねえんだよなぁ」
「キョウスケは昔っからこの国にいた訳じゃない。最近この国に来てグングン成長して大会に優勝した」
「だけどあいつ、『全然努力してない』とか言ってたよな?」
「『未来を30秒間見れる』とか。一体どんな魔法なんでしょうか」
「これらが全部本当だったとして、なんか変じゃない?」
「まあ確かに」「変だわなぁ」
「努力も鍛錬も積まない人間が僕達や他の冒険者に勝てるのかな。何か裏があると思うんだよね、僕」
レインが訝しむ表情を浮かべ話していると、トールがこんな提案をした。
「なら明日ちょっと調べてみようぜ。よくわからん単語もあいつ言ってたから」
「では早速あそこを調べて見ませんか、手がかりがあるかもしれません」
イリスが指差したのは大きな岩。昨日キョウスケを岩陰で目撃した時の岩だ。
三人が岩陰の方へそっと回ると・・・・・
そこにはボロボロの白いローブを着た少年が一人倒れていた。