三話 少年と街案内
三人が少年を見つけた翌朝。
「・・・きろ、・・・・き・・って」
少年は遠くから誰かに呼ばれてるような気がした。
「・・やく・・・きろ・・・」
うっすらと意識を取り戻しながら聞こえてくる声に耳を傾ける
「おきろ・・・・・い・・ろって」
声がはっきりと聞こえてくるようになった。少年はゆっくりと目を開ける。
「早く起きろっつてんだよコノヤロー!!」
「うぇえ!?なんかキレられた!」
瞬間、茶髪をツンツンに尖らせた青年に怒鳴られた。
「貴方は寝てなさい」
「ぶべらっ!」
白髪の青年が怒鳴った茶髪の首の後ろをチョップする。茶髪は奇声をあげてその場に倒れた。
「ったく、意識を取り戻した人に対してなんて態度なんですか・・・。すみません、具合の方はどうですか?」
「え、えーと・・・」
少年は自分の状態を見る。
今自分がいる場所はベッドの上だった。着ていたはずの白いローブは水色のパジャマに変わっている。
近くの鏡を見ると、紅殻色の髪に金色の瞳をした自分の姿が映し出されていた。
体のどこにも痛い所はない。
「特にはありません。ただ、少しだるいというか・・・」
「ふむ、疲労でしょうか」
青年はメガネをクイッと上げ少年に近づくと手のひらを彼に向ける
「
緑色の優しい光が手から現れる。触れているだけで体調が良くなる魔法だ。
「どうですか、だるさはとれましたか」
「あんま変わってないです」
「・・・えっ」
予想外の返事が返ってきて、青年は動揺する。
「おかしいですね、そんなはずは・・・
「・・・やっぱり変わらないです」
もう一度
「お、おかしいですね、そんなはずはないのですが。確実に光には触れていたから効果は発動していると思うのですが。え、えーと、何か原因があるのでしょう。貴方が感じている以上に重い症状なのかそれとも何かの呪い?いやそんな様子では無さそうですね。だとしたら私の魔法に不備が?一から回復魔法を学び直さねばいけませんね。あああと、あとそれと」
明らかに落ち着きをなくした様子で、青年は部屋を歩き回りだす。時々頭を掻いてうずくまったり深刻な表情で悩んだりしていた。
「お、落ち着いてください!安静にしていればすぐに良くなると思いますから」
「まーた、始まったぜ。アイツの神経質なとこ」
「また、ですか?」
「アイツちょっと上手くいかない事があるとこんな感じだからな。自分の得意分野では特に」
だからさっきの魔法が不発に終わった時彼はあんなに動揺したのだ、と少年は納得した。
いつの間にか起き上がっていた茶髪の青年は少年に話しかける。
「俺はトール、魔導師やってんだ。あっちはイリスっていう僧侶」
「ぼ、ぼくはカズトって言います」
「カズト、だな。よっろしくー」
軽く自己紹介をすると、トールはイリスの方へ行き「落ち着けメガネ!」と彼の耳元で叫んで殴られていた。
カズトと言う名の少年がそれを眺めているとドアが数回ノックされる。
「おーい、ルミ姉さんに頼んでお粥作って貰ったよ」
部屋に入ってきたのは赤いバンダナを巻いた青年。
彼は少年が目を覚ましているのに気づきベッドに近づく。
「どうやら起きたみたいだね。食べる?」
青年の問いにカズトはコクリと頷く。
差し出されたのはごく普通の梅粥だった。スプーンでそれを一口食べてみる。
「美味しい!」
カズトは声をあげた。丁度いい温度のお湯とお米のコンビネーションが最高に合っていて梅が良いアクセントとなる。絶品だった。
少年は勢いよくお粥をかきこみ、あっという間に完食した。
「元気そうだね。おかわりは?」
「い、いえいえ!とても美味しかったです」
「それはよかった。あとでルミ姉さんに伝えておくね」
レインはベッドに腰掛けると少年にぐっと寄った。
微笑みながら、少年に問う。
「僕はレイン。戦士の役職に就いてて、冒険者としてあの二人とパーティーを組んでるんだ。それでさ、聞かせてくれる?君の事」
「ぼくの名前はカズトです。みなさんの話だと、ぼくは気を失って倒れていたんですね」
「そうそう。なんであんな所で倒れてたの?」
「実は・・・その、ぼく、記憶が無いんです」
少年の言葉に全員が息を呑んだ。
「なので、えと、ぼくの事と言われても名前と年ぐらいしか覚えてなくて・・・」
「ああ、いいよいいよ。気にしなくても」
申し訳無さそうにこちらへ目を向けるカズトにレインは顔の前で両手を振って応じた。
「あそこで倒れていた理由や、どこで暮らしてたかもですか」
「・・・はい」
「こりゃ参ったなあ、どうするよ?」
「どうするって言っても・・・」
「家に住ませてあげればいいのよ~」
いつの間にかルミが部屋に入っていた。
「そんな簡単に決めちゃっていいの? ルミ姉さん」
「余ってる部屋だってあるし、一人分の生活費ぐらいあなた達が稼げばいいじゃない」
いつもの笑顔のままでルミは続けた。
「さっすがルミ姉!」と賛同するトールを見ながら、似た者姉弟だなとレインとイリスは思った。
「細かい事は私に任せて。あんた達はさっさと準備しなさい」
ルミの有無を言わせない一言に従い、三人は少年を連れてクエストに出かけることにした。
「では今から街を案内します。よろしくお願いします、カズト」
「はっはい!よろしくお願いします、イリスさん」
私は今からグレイゴルの施設を案内することになりました。
「そういえばカズトはこの世界の事分からないよね」というレインの言葉から、一日一人、三日間にかけてカズトに紹介をするという事なのですが、果たして私に案内役が務まるのか・・・
いや、さっきの醜態を見せた分は必ず挽回せねばなりません!
「イリスさん?」
「ん、ああすみません」
カズトが心配そうに私の顔を覗き込んでいました。
心が乱れていてはいけませんね。気をとり直して、出発しましょう。
「ここから一番近いのは教会ですね。着いて来てください」
程なくして、私達は教会につきました。
白い壁に家根には十字架のある、至って普通な教会です。
もっとも中にいるあの人は普通とは言えませんがね。
「ここが教会です。状態異常の治療はこちらでお願いできますし、蘇生も可能です」
「そうなんですね」
「中も見て見ましょうか」
私が木製の扉を開くと、修道服を着た女性が設備を掃除しているのが見えました。
こちらに気づくと掃除用具を置き、私の方へ近づいてきます。
甘ったるい声を出しながら
「あら~イリスちゃん。久しぶりね~」
「お久しぶりです、ユーリ」
「んもうっ、私はユリスだって言ってるじゃな~い」
そう言いながらユーリは私に体をすり寄せてきました。・・・鬱陶しいですね。
「え、えーとユリスさん、ですか?それともユーリさん?」
おっと、カズトが困惑していますね。
「ユーリです」「ユリスよ♪」
「どっちなんですか~?」
同時に喋ったせいで余計に混乱させてしまいました。
「はあ、貴方はまだそれを続ける気ですか」
「いいじゃないの、私はこれが好きなの。ところでその子は?」
「ぼくはカズトっていいます」
「カズト君かー。よろしく~」
ユーリはカズトの頭を撫でてニコッと笑みを浮かべました。
が、その後すぐに表情を変えます。
「ユーリ、どうしました?」
「私はユリスだってば~。 いや~この子に何か取り憑いてるような気がしてね」
「!? 本当ですか?」
「何か心当たりがあるのですか」
「あ、いっいえ何も」
あはは、と笑って誤魔化すカズト。驚き方が普通ではなかったのですが・・・
「ちょっとゴメンね。・・・
ユーリがそう唱えると、どこからか現れた神々しい光がカズトを包みました。
カズトはビクっと反応した後、何かを見つけてホッとしているようでした。
「ど~う?何か変わった?」
「いえ、特に何も」
「じゃあ私の気のせいみたいね」
ユーリが魔法を解くと光はスッと消えました。
ここの説明はこのくらいにして次へ行きましょうか。
「では私達はこの辺で。カズト、行きましょう」
「はい!」
「またいつでも来てね~。あ、そうそう」
と言って、ユーリは私を呼び止めます。
何の話かと聞いてみれば、この間の大会の事でした。
「大会見てたわよー。イリスちゃんったらいいトコまで行ったのに~」
「仕方ないでしょう、相手が手強かったんですよ」
「レインちゃんを庇わなきゃ勝てたかもしれないのにー」
「もういいんですよ。終わった事ですし」
私が残っても、キョウスケが相手では分が悪いのでレインを庇ったまでの事です。
「まあいいわ、次は優勝しなさいよ。私のために!」
「なんでユーリのためになんですか・・・。失礼します」
私はユリスよ!、という声を背に受けながら私とカズトは教会をあとにしました。
「ユリスさん、とても綺麗でしたね」
「ん、ああ。そうですね」
少し歩いたあとで、不意にカズトが言葉をかけてきました。
綺麗、ですか・・・
カズトに屈託のない笑顔を向けられ、私は反応に困ってしまいました。
確かにユーリはノリが良いし、顔立ちも整っていて美人です。ただ、その・・・
・・・彼女、元々男だったんですよね・・・
「ここが図書館です。この世界や街で分からない事があれば、ここへ調べにくるといいですよ」
「はーい!」
レンガ造りの大きな建物の中は本棚に整理された本でいっぱいです。
さて、本日の私の仕事をこなさねばなりませんね。
「カズト、今から私の調べものの手伝いをしてくれませんか」
「? 何を調べるんですか?」
「私達の知らない単語についてです。『チート能力』と『異世界転生』、『日本』という単語の意味が載ってる本を探してください」
「あ、それなら・・・いや。分かりました」
何かを言いかけたようなカズトですが途中で口をつぐむとどこかへ行ってしまいました。
私も気になるタイトルの本を取って調べていきます。
「これでもない、これでもないですね」
気になる本が中々見つかりません。
代わりに、私はある本を見つけました。
「グレイゴル歴代勇者全集、ですか」
ペラペラとめくって見ると勇者となった人物のプロフィールが載っていました。
一昨日勇者なったキョウスケの情報も載っています。いや早すぎでしょ
それにしてもヤマザキ キョウスケとは私達の世界では珍しい名前ですね。
よく見ると、二年前からこんな名前の人ばかりが勇者になっています。
一つ前の大会ではホンダ イチロウ、その前はアダチ ユウト。
何か理由があるのでしょうか・・・
私が一人熟考していると、カズトが戻ってきました。
「ありましたよイリスさん!『日本』とは国の名前、『異世界転生』は元の世界とは違う世界で生まれ変わる事、『チート能力』圧倒的な強さを持つ能力の事だそうです!」
「ふむ、どの本に載っていましたか?」
「えーと・・・どの本か忘れちゃいました」
「えぇ・・・」
カズトにもおっちょこちょいな所があるのですね。
いつの間にか夕暮れになっていました。
他にも回る場所があるのですが、トールにバトンタッチしましょう。
図書館で新しい情報も手に入りましたし、カズトも楽しんでくれたようでなによりです。
家に帰ると、レインとトールがボロボロになって床に横たわっていました。
トール曰くモンスターの群れに遭遇して大変だったそうです。
通りかかった戦士がいなきゃ死んでいたと。やはり二人ではクエストは厳しいのでしょうか。
「レインのバンダナが外れそうになって大変だったぜ」
「危なかったよー」
私に傷を癒されながら、二人は今日の事を話してくれました。
やっぱり、二人には私がついているべきですね。