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謎の少女4

 翌朝目が覚めると、まだ外の世界は薄暗かった。短時間でも結構深く眠れたらしく、いつもより身体が軽い気がする。
 プラタに挨拶をして、シトリーを剥がして起こすといういつものやり取りを行った後、余裕をもって朝の支度を済ませるも、それでもまだ朝が早いので、一度食堂に向かう事に決めた。
 相変わらず誰も居ない食堂は静かなもので、落ち着いて朝食が摂れる。今日は普段通りにパンを貰って食した。
 そんな朝食も手早く食べ終えると、自室に戻ってプラタとシトリーと共にクリスタロスさんの許へと転移する。
 転移すると、直ぐにクリスタロスさんに出迎えられていつものように移動するが、今日は普段と違い、そのまま訓練所を借りることにした。
 今日の予定は、まずは昨日の復習を行い、次は付加魔法の研究でもしてみようかな。思い返してみても、付加武器や魔法道具は創ったが、それを研究したことは・・・うん、ほとんど無い。というか、この辺りの記憶は大半が兄さんのモノなので、ボク自身では基礎しか知らない事になる。これは由由しき事態ではなかろうか!
 という訳で、まずは防御障壁を内向きに張って、昨日修得したばかりの、工程を一元化しつつボクに適合させた一元化魔法を行使する。
 魔力を魔法にして発現するまでの速度、魔法の密度の高さ、狙った場所に思い通りの軌道で放てる正確さ等々をしっかりと見極めながら、幾度も幾度も魔法を行使し続け、ひとまず満足できた辺りで、防御障壁を解除して休憩に入る。
 そのついでに時間を確認すると、もう昼を少し過ぎていた。相変わらず、集中するとあっという間に時が過ぎていく。
 空気の層を敷いた上に腰かけながら休憩しつつ、足首に嵌めている装身具型の魔法道具を外し、体内に収納している付加武器を取り出すと、膝の上に置いた。
 状態の確認がてら、それらに眼を向けて眺める。
 まずは、そもそもこの付加武器と魔法道具の違いだが、まあ武器か道具の部分は何に対してそれらを行ったかに過ぎないが、付加武器と魔法道具では少し違う。
 広義では同義な気もするが、付加武器とは武器に魔法――主に属性だが――を付加したモノで、魔法道具は魔法を道具に組み込んだモノだ。
 これは簡単に言えば、魔法が影響している深度が違う。
 ただ付加する場合は、主に既存の物の表面に付加するのだが、これは半永久的に効果を発揮する訳ではなく、術者の練度により数ヵ月から数年で効果が切れてしまう。十年も効果が持続すればかなり優秀な部類らしい。
 そして魔法を組み込む場合、組み込んだ素体の劣化を除けば、素体が破損しない限りは効果が持続する。
 という訳で、一般的には効力を発揮する期間の違いという認識なのだが、では、この自作の付加武器をその基準に当てはめて考えた場合はどういう扱いかというと、残念ながら一般的には付加武器ではなく魔法武器である。
 いや、個人的には付加武器のつもりだし、厳密に言えば多分付加武器なのだが、武器から創造したせいか、付加した魔法が予想以上に武器に馴染み、結果として組み込んだような状態になってしまっているのだ。
 魔法って浸透でもするのだろうかと疑問に思うが、同一人物による魔法故に、同調して一体となってしまったのではないかと考えられる。そんな結果として、あの性能の上昇と、プラタとシトリーからの評価である。どうしてこうなったと思わなくもないが、そもそもあれがボクの初の作品で勝手が分からなかったのだからしょうがない。製作者本人としては付加武器だと思っているので、今後もそれで押し通すつもりではあるが。
 さて、それはそれとして、魔法を組み込むには、素体によって上限の異なる容量という問題がある。これは容量を拡張させる魔法で多少の融通は利くが、それでも限度がある。この魔法道具である装身具なぞ、素体の元々の容量が少ないので、組み込んでいる魔法は多くはないのに、容量ギリギリでこれ以上の魔法は組み込めないのだから。
 では、付加の上限はあるのかだが、こちらも勿論ある。
 この場合は、紙に判読可能な状態で文字を無限に書けないようなモノで、表面を魔法で覆うにも限度があるのだ。
 こちらも上限を多少拡張させるモノが存在するものの、組み込む時ほど融通は利かない。
 では次に、これを両方行えばどうか、だ。
 つまりは、魔法を組み込んだ物に何かを付加するというモノだが、これがちょっと面倒なのである。
 結論を先に言ってしまえば、勿論可能だし、様々な効果を発揮するので強力なモノとなる。
 ただし、例えば剣にそれを行おうとした場合だが、まず最初に、組み込む際に限界まで魔法を組み込んだ剣に何かしらを付加する場合、形や重さ・大きさなどが全て同じだが、何も組み込まれていないただの剣に付加する時よりも、付加可能な容量が減ってしまうのだ。そして劣化も早くなり、たまに付加したことで容量を超えてしまい、その影響で自壊を起こしてしまう。
 とはいえ、限界までではなく、魔法を組み込んだ際の容量に十分余裕を持たせた剣の場合では、何も組み込まれていないただの剣とほぼ同じぐらいに付加できるし、劣化率や自壊の可能性も通常の物と大体同じになる。
 次に、組み込んだ魔法と付加した魔法が同じモノだった場合だが、系統が同じなだけであれば、上位の方が発動し、もう一方は不発になるらしい。
 では全く同じ魔法であった場合だが、それは術者の実力が高い方が優先される。
 これだけなら問題がないように思えるが、実際は不発の方も表に出ないだけで動作自体はしているので、その分素体にかかる負担が大きく、劣化の速度が上がってしまう。場合によっては自壊の可能性が跳ね上がるので、ろくなものではない。容量だって無駄に使うし。
 中には魔法同士が干渉し合い威力を下げたり、魔法が起動しなくなる組み合わせもあるらしく、これは単純に組み込むにしても、付加する場合にしても要注意だが、勿論その逆もあるので、見極めが大変なのだ。この辺りも、付加には経験が必要と言われる所以である。
 そういう訳で、付加術師が少ないのは、単純に面倒だからという部分が大きいからでは? と、個人的には思うところだ。付加よりは手軽な付与術師はそこそこ居るが、これもまた付加と同じで注意が必要なので、基本的に魔法品や付加品には付与してくれない。壊してしまったら目も当てられないのだから。勿論、誰かが付与を施している物に二重で付与したりもしないが。
 まあそんな訳で、全てが上手く噛み合うように調整出来るのであれば、魔法を組み込んだ物に付加して、更に付与まで施せば、かなり凄いモノが完成するのだ。
 とはいえ、流石にそこまでくれば、ほとんど夢物語だろう。少なくとも、今のボクには出来そうもない。
 では、次に付与とは何かといえばだが、これも一般的には効果時間で区分けされている。
 付与も術者の練度に影響するが、大体数日から十数日が目安だろうか。学生などの駆け出しが行った場合は一日も保たない事もある。付与で一月も維持出来たのならば、優秀な部類であろう。
 因みにボクは・・・知らない。付与できる魔法使いの場合、普通はその場で付与して必要なくなったら解除するので、どれだけ維持できるかなぞ、常時戦闘態勢が必要な森の中にでも入らない限り、わざわざ調べたりはしないからな。というか、前にボクは森の中に入ってはいるが、そもそも装備に付与を施して戦う戦い方はしていないのだから、元々無縁なモノだ。
 まあ一般的な話はここらで置いておいて、魔法を組み込むのと、魔法を付加するのと、魔法を付与することの違いを簡単に言うなれば、段階が違う。
 だから深化が違う訳だが、例えるなら・・・例えるなら・・・うーん、なんだろう。そうだな、魔法が素材の一つとしたら、魔法を混ぜながら作る事を組み込むと呼び、それで作られた糸が組み込み品となる。それで編まれた製品に色などを塗布するのが付加で、その上に何かを貼り付けるのが付与であろうか・・・うん、多分、そんな感じ。
 それでボクが創った付加武器は、色を塗布したら染色してしまったというか、捺染(なつせん)のつもりが浸染(しんせん)でしたというか・・・多分そんな感じだと思う。
 という訳で、魔法の組み込みと付加は大体似たようなモノだ。付加でも素体が壊れるまで消えないものもあると何処かで読んだような記憶があるし、だからまぁ、組み込みと付加は同義でいいのではないだろうか。
 ただし、やはり付与は他の二つほど長持ちはしない。それでも、プラタやシトリーぐらいの強者が行えば、数年程度は保てそうな気もするが、どうなんだろう?
 なので付与はどうしようかな・・・一応研究はしてみるかな。まずは、組み込みと付加と付与による劣化や自壊などについて調べてみるか。どんな感じに劣化するのか、どこまで無理な稼働が行えるのかなどの、消耗について。
 その為に、最初は壊していい魔法道具や付加道具、付与道具を用意する。武器や防具でもいいが、攻撃魔法が必要になっても困るので、道具でいいや。創るのも楽だし。
 そうと決まれば、まずは手頃な指輪を三つ、見た目や大きさなど全て同じ物を創った。小さいので容量が少なくていい感じだ。その三つの指輪を、手のひらに綺麗に並べる。
 まずはそうだな、指輪の一つを使い、魔法をどれだけ組み込めるかに挑戦してみよう。
 最初に容量拡張、次に指輪の耐久性上昇、それから幾つか機能を付けた結界を組み込んだところで容量ぎりぎりになった。
 指輪を注視しながら、結界を起動させる。
 限界一杯まで詰め込んだためにかなり起動に無理があり、結界は発動しているにもかかわらず、結界に付けた機能の悉くの起動が鈍く、動作が追い付いていないので、十全に機能していない。
 これでは、ただ結界を組み込んだ方がいくらかマシだろう。そのまま起動した状態で、次は付加魔法の実験の為の準備を行う。
 付加する内容は先程と似たようなモノではあるが、付加の場合は組み込む時と比べて付加出来る魔法が減るので、魔法道具の時に結界に付けた機能のほとんどが付けられない。それでも容量は限界一杯だ。
 こちらも起動すると結界が二重になるが、範囲を調整すれば問題はないだろう。
 付加した方の指輪にも注視する。こちらは魔法道具よりは起動に余裕があるが、指輪が小さく震えている気がするのは気のせいだろうか・・・そうあってほしい、今にも壊れそうで不安になってくる。
 最後に付与魔法だが、これは付加魔法以上に付与可能な魔法が減るので、もはや普通の結界だけでもかなりきつい。ただ属性を付与させるであればここまで難しくはないのだけれど、流石に結界はきつかったか。
 とりあえず付与出来たので起動させる。これで結界が三重になったので、中々に強固だ・・・表向きは。しかし実態はというと、付与魔法はもう魔法自体が形を維持出来なくなってきていた。
 そのまま暫く観察していると、付与魔法が完全に崩壊して、結界が消える。
 付与はかなり余裕を持たせないと維持は難しいか、勉強になった。次は付加魔法だが、魔法が付与された指輪の振動は続いていた。
 付与した魔法が崩壊して程なくして、魔法を付加した指輪が音を立てて派手に砕け散る。

「・・・ん」

 砕けた破片の一部が顔に当たったが、怪我はしなかった。
 最後に魔法道具だが、これが中々にしぶとい。多分これは数日ぐらいは何とか保てるんじゃないかな。

「・・・・・・」

 流石にそんなに時間は無い為に、どうしたものかと考える。そうだな・・・。

「・・・時間、ねぇ」

 そういえば、蘇生魔法は時間を遡行したんだったな。なら、その逆は出来ないものか・・・この指輪だけ時間を早めるようなことが。

「うーん」

 少し過去に戻るのは、そこにある記録を掘り起こして読む様なものなのでそこまで難しくはなかったが、時を未来に進めるのは・・・かなり難しいな。
 考えても何も思い浮かばない。そんな状態に懐かしさを覚えはするが、考えてみれば時間を進められないと、劣化状況の研究は長期研究になる訳だ。

「・・・はぁ。こればかりはしょうがないか」

 ボクは自分の無能さを呪うようにため息を吐くと、時間も無いので唯一、時さえ自在に操れそうな人物に協力を仰ぐ事にした。まぁ、それは兄さん何だけれども。プラタとシトリーは蘇生魔法の時にもの凄く驚いていたから、多分使えないと思うし。
 それでも、一応兄さんに聞く前に二人に話を訊いてみようかな。それで解決できるなら、それに越した事はないのだから。
 そう思い至ると、ボクは少し離れた場所に居るプラタとシトリーに魔力を繋ぐ。

『プラタ・シトリー聞こえる?』
『如何なさいましたか? ご主人様』
『どったの? ジュライ様』

 二人の返答に、ちゃんと繋がった事を確認する。直接声を掛けてもいいが、少し距離があるので、声の音量を大きくしなければならないものな。こちらに来てもらうのは申し訳ないし、ボクが移動するにも作業を中断しなければならない。

『突然だけれどさ、二人は時を進めるような魔法を使える?』
『時を進める、ですか?』
『うん。時間を操る魔法。効果範囲は狭くてもいいんだけれど』
『時をねぇ。うーん、ジュライ様のお力にはなりたいけれど、流石にそれは難しいかなぁ』
『申し訳ありません。私もそういった魔法は修得しておりません』
『そっか。急に変な事を訊いてごめんね』
『いえ。我らの方こそ、御役に立てず申し訳ありません』
『それにしても、急にどうしたの?』

 シトリーの問いに、ボクは事の経緯を二人に説明した。

『なるほどね。それで』
『それでしたら、我らでも御力になれるかと』
『ん? そうなの?』
『はい。悠久の時を過ごしてまいりましたので、知識だけでしたらそれなりに得ておりますので』

 プラタの言葉に、今更ながらに検証ではなく知恵を授かるという手もあった事に思い至る。

『それなら、少しその知恵を分けてくれる?』
『喜んで』
『じゃ、早速だけれどお願い出来るかな?』
『畏まりました。では、何から御説明致しましょうか?』
『そうだな――』

 それから、ボクはプラタとシトリーから魔法品・付加品・付与品について様々な講義をしてもらい、抱いた疑問だけではなく、それ以上の知識を得ることが出来た。
 それにしても、このまま劣化の検証をしていたら、余裕で学園卒業していたな。というか、最後まで調べるとなると、寿命全部使っても全く足りていなかった。

『ありがとう。二人共』

 習い始めた時間が遅かった為に、二人の講義は途中になってしまったが、時刻はもう朝になっていたのでしょうがない。外はおそらくまだ薄暗いので、列車の方は大丈夫だろう。
 二人に礼を言うと、起動しっぱなしだった結界を解除して、残った二つの指輪を分解して消し去る。
 それが終わると、後片付けを済ませてからクリスタロスさんの許まで移動して、訓練所を貸してくれた事への感謝を伝えてから自室に戻った。
 自室に戻った時には既に空は白んでいたものの、まだ急ぐ程の時間ではなかったので、念の為に忘れ物がないかの確認をしてから自室を出る。
 プラタとシトリーは、ボクを送りだしたら何処かに消えたが、おそらくいつも通りに列車の中だろう。
 上級生寮を出ると、そのままジーニアス魔法学園を後にして駅舎に向かう。駅舎に着いても、今日は誰も居なかった。
 ボクは設置されている椅子に腰掛け、のんびり列車を待つ。その間にプラタとシトリーから聞いた話を反芻することにした。
 どうやら組み込んだ場合でも、魔法の劣化は起きるらしい。しかし酷使さえしなければ、劣化の速度があまりにも緩やかなので、劣化により魔法が崩壊、もしくは機能しなくなるまでには素体の方が壊れるらしい。それに、組み込んだ魔法が壊れた場合、素体も一緒に破損するので、半永久的と言えなくもないとか。素体と組み込んだ魔法は本来、一心同体で一蓮托生なのだ。なので、組み込んだ後に組み込んだ魔法を好きに弄れるのがいかに難しい事か。
 まあそれはさておき、流石に素体を丈夫にすることは出来ても、完全に壊れなくする事は不可能らしい。それが出来るのであれば、時の魔法が扱えるという事になるだろうからな。
 鮮度維持などの時を止める魔法は在るが、あれは実際には限りなく劣化を緩やかにしているに過ぎず、少しずつ時は進んでいる。それでも、それらの魔法を手がかりに、時を遡行して記録を取り出し定着させる蘇生魔法を編み出せたのだが。まぁ、あの蘇生魔法は時の魔法と言えなくもないが、時を戻したというよりも、時に埋もれた情報を掘り起こして上書きしただけだもんな・・・結局あれもボクが編み出した魔法ではないし。
 そんな風に考えていると、列車がやって来るのが見えたので、椅子から立ち上がる。
 程なくして駅舎に到着した列車に乗って個室に移動すると、案の定プラタとシトリーが待っていた。
 列車に乗るときは戻って来ているフェンとセルパンも影から出てきてもらい、まずは二人の話を聞く。
 今回は主に人間界について、それもマンナーカ連合国の中央都市とその地下世界についてで、とても興味深い話ばかりだった。
 それにしても、人間界でたまに見掛ける魚は地下を流れる河で捕っていたんだな。興味深いので見に行きたい。
 しかし、連合の都市と地下街には人間以外の種族が共生しているというのは少々興味深い。だから入国するのが難しいのかな? 本当に興味深い国だことで。
 そんな話をした後、今朝の講義の続きをプラタとシトリーにお願いして受ける事にした。学ぶべきことは山のようにあるのだから。
 それに、これが済んだら色々創って遊んでみたいな。でも、その後の扱いに困るんだよな。貯蔵したところで、死蔵するのが目に見えているし・・・誰かにあげるのも考え物だ。売り出すのは色々手続きもあるからそもそも論外か。でも店に売るなら・・・どうしようと、世間に出すなら加減しなければならないからやめておこう。あげる相手でも居れば話は別だが、それも色々と制約があるもんな。
 そんな事を考えつつも、プラタとシトリーの組み込み・付加・付与に関する講義の続きを受ける。色々と知識を分けて貰えて有難い。
 特に劣化や魔法破損などの運用に関しての知識はとても助かる。付加などの製作段階の知識は兄さんのが少しは残っているので何とかなっているが、その辺りの知識は不足していたところだ。
 それにしても、本当にプラタとシトリーの知識は深いな。約一日掛けて列車が北門に到着する直前になっても、まだ講義が完全には終わらないのだから。おかげでかなり詳しくなれたが、これを個人で調べようとしたら、何度人生をやり直さなければならないのだろうか。そう思うだけで気が遠くなりそうだな。
 列車がもうすぐ北門に到着するので、フェンとセルパンには影に戻ってもらうと、プラタとシトリーは挨拶をして姿を消した。
 到着して駅舎に降りると、駐屯地に移動して自室に戻る。

「あ! おかえり。丁度良かったよ」
「? ただいま」

 自室に戻ると、中に居たレイペスにそう声を掛けられた。ボクはどうしたのかと首を捻りながらも、そちらに目を向けると、レイペスは大きなカバンに荷物を詰めていたようで、目を向けた時には丁度荷物を詰め終えて、そのカバンを閉じているところであった。

「どこかに行くの?」

 その大荷物に、ボクは思わずそんな間の抜けた問いを行う。

「うん。急遽ハンバーグ公国に帰る事になってね」

 考えれば誰でも分かる事だ。現在生徒達は基本的にここで暮らしているとはいえ、それはあくまでも一時的な滞在でしかないのだから、まるで旅行でも行くような大荷物を用意している時なぞ、帰る以外に何があるというのか。

「そうなんだ。また随分と急だね」

 レイペスから近々帰国するなんて話は聞いていない。本人も急遽と言っていた訳だし、余程急に決まった事なのだろう。

「うん。だからオーガスト君に挨拶出来ないなと思っていたところだったから、ぎりぎり間に合ってくれてよかったよ」
「今から帰るの?」
「そう。だからもう出ないといけないんだ。昼になるかならないかぐらいには列車に乗っていると思う」
「そうなんだ。気を付けてね」
「ありがとう。また会えるといいね」
「そうだね。その時はまたよろしく」
「こちらこそ。それじゃあね!」

 そう言って軽く手を上げると、レイペスは大きなカバンを両手で持ち上げて、部屋を出ていった。

「・・・・・・」

 それを見送ると、ボクは自分のベッドに腰掛ける。
 レイペスが居なくなったということは、近いうちに新しい誰かが同室になるのだろう。レイペスのように友好的な相手だったらいいな。
 そう考えると、座ったまま一度周囲を見渡し、誰の目も無いのを確かめる。
 誰も見ていないのを確認すると、ボクは早速魔法道具の作製に取り掛かろうと、頭を切り換えた。
 さて何を創ろうかと考えつつ、前に創った付加武器の剣を構築して取り出す。

「これももう少し見直した方がいいのかな?」

 足首に付けている魔法道具の出来と比べると、この付加武器の内容は至って凡庸なものだ。

「それでも出来がいいらしいしな」

 人間界の他の付加武器に比べれば、それでも性能は数段上らしいが・・・。

「この辺りに付加武器や魔法武器の類いを売ってる店ってないよな?」

 人間界での基準というものを知りたいが、残念ながらこの辺りの地理には疎い。前に一度最寄りの街に足を運んだが、そういう店は見かけなかった。
 それでも、北門を警固している兵士の中にはそういった装備品を持っている者が居るので、売っていない訳ではないと思うのだが・・・支給品ではないよな? それとも王都とかに行って買ってきているのかな?

「・・・うーん」

 考えるも答えはでない。おそらくプラタとシトリーどころかフェンやセルパンでさえも、人間界に於けるその辺りの基準を熟知してそうだが、それを訊くのは悔しいような気がする。ボクは人間界に住む人間なのに、四人よりもその辺りの事情を知らないなんて。
 それで悩むも、とりあえずは店探し・・・ではなく、北門に居る兵士が身につけている装備を鑑定してみる事にした。これだけでも基準が理解できるだろう。最前線の兵士なので、一般よりは少し性能が高いと思われるが。
 とりあえず、装備に魔法的な補助が掛けられている兵士や、ついでに生徒も探すべく、情報取得条件をかなり制限した世界の眼を、北門駐屯地中に向けることにする。これだけで駐屯地中を駆け回って探す必要がなくなるのだから、世界の眼は便利過ぎるな。
 そのまま条件に見合う全ての情報を瞬時に取得すると、それを脳内で分類していき、情報を整理していく。
 分類が終わり、情報を分かりやすく並べ替えると、一つ一つ確認していく事にした。

「えっと、まずは攻撃系の付与からかな・・・」

 そう思い情報を思い浮かべていく。全体の付与品の数はそこまで多くはないが、その中でも圧倒的に武器への付与が多い。半数以上が生徒のではあるが、これは仕方がない事だろう。残りの大半も北門所属の魔法使いの装備みたいだし。
 実際に戦う者達が付与しているというのも納得だ。その中でも最も多いのはやはり属性付与で、火系統の属性が最も多い。次に雷系統だな。
 少々変わり種だと、毒や麻痺効果の追加だろうか。これは魔物以外も多い北門ならではだが、北の森には似たような機能障害を行う存在が多いので、相手も耐性を持っていそうだが。
 他にも触れた相手を弱体させるものや命中精度の補正なんてものまである。こちらは弓矢へのものか。効果はそこまで高くはないが、獲物への追尾能力を用いて命中精度を上げるのは面白い。
 そんな中でも一際刺激が強いのは、腐蝕の付与だろうか。術者が未熟だったのか、それ自体の効果は弱いが、それでもシトリーの溶解液を思えば、その先にあるものは中々に刺激的だ。

「こうみると色々とあるものだな」

 そう感心しつつ、一先ず攻撃系の付与の確認を終えると、ボクは次に防御系の付与の一覧を記憶から呼び出すことにした。
 防御系の付与の中にも色々と種類がある。
 防具に付与する攻撃系の付与があるように、武器に付与する防御系の付与も存在するが、今回は防御系の付与自体を調べているので、付与している素体はあまり関係ない。
 さて、そんな中でもやはり一番多いのは、単純に装備の強度などを向上させる付与のようだ。しかし、付加ではなく付与なので、そちらの補助のような効果も多い。
 流石に先日実験した結界を付与するような非効率的な事をする変わり者はいないようだが、それでも様々な種類がみられる。
 例えば、攻撃系に属性付与があったように、属性防御というものがある。これは防ぐ属性を絞る事で、少ない容量の中でも効果が高いものを付与出来るというものだが、この付与は自在に自分に付与でき、魔法を切り替える事が出来る魔法使いでなければ使い勝手が悪い魔法だろう。
 他にもこの時期は冷却系の魔法の付与が多いが、一応これも防御系に属する。というか、これもその多くが耐火の属性防御だが。
 やはり付与は効果時間が短い為に、基本的に能力や魔法効果の補助系が多いのが特徴だな。それにしても、組み込みや付加魔法の効果の補助なんて、多少は練度や知識が必要な事を誰がやっているのだろうか? そっちに興味が湧くな。
 他にも色々あるが、防御系はあまり個性的なものはないようで、軽量化とか肉体強化とかの実用的なものが多いな。唯一、付与した装備が光るという謎の効果の付与魔法があったが、これは目つぶしか何かなのかな? 一応防御系に分けてみたが、よく判らない。
 とりあえず付与はこの辺りでいいか。次は付加魔法かな。
 先程と同じように、振り分けた情報から攻撃系の付加の情報を引き出してくる。
 こちらも属性付加は人気だが、やはり一番多いのは、単純に鋭さや貫通力などを向上させて、武器自体の殺傷能力を高めるようなものであった。
 しかし、以前に自分で創って付加した物と比較すると、二三段ぐらいは落ちる気がする。出来がいいものでも、比べてみるとたいしたことがない。
 それでやっと、プラタやシトリーが言っていた意味が解った。手を抜いた結果でも、ここまで性能に差があるとは思わなかった。
 他にも色々みていくも、どれもこれも微妙なのばかり。それでも勉強にはなったが、改めて現在の人間界の水準を知って、そのあまりの低さに驚いた。
 次は防御系の付加だが、こちらは話にならなかった。正直少し張り切ったとはいえ、昨日行った実験で付加した幾つかの物とさえ比べるべくもない低水準。
 その結果に、付加術師は不人気とはいえ、軽視し過ぎな気もしてくる。
 そのまま三つの中で最も数が少ない魔法装備を一気にみていくも、こちらは、ボクの足首に嵌めているのに比べれば児戯に等しい出来であった。
 まあボクのは、防御系だからと少し調子付いて組み込んでいった気もするが、それにしても酷い結果だ。
 そうして一通り集めた情報を確かめたボクは、その成果に苦笑するしかなかった。なんというか、ただただ酷過ぎる。付与に関しては、術者が学生の場合も多く、それでいて補助やおまけ程度なのでそこまで酷くはなかったが、それでも、考えさせられる事には変わりはなかった。
 それらの情報を元に、何か新しい装備か道具を創るとなると・・・要らないな。術者が少ないから売るのも色々面倒な事が起こりそうだし。

「あ、そうだ!」

 そう考えていると、創った物を贈る相手がちゃんと居る事を思い出す。

「身近に居るのが当たり前になってくると、気を配るのを忘れてしまうな」

 創った物の贈り先の予定である相手を思い浮かべ、肩を竦める。しかし、どんな贈り物がいいのだろうか? 武器は使っているところを見た事がないし、防具も同じ。ということは、装身具などの道具類だろうが・・・どうしようかな。どんな魔法を組み込むかで選んでもいいが・・・うーむ。中々の難題だな。
 頭に浮かぶ様々な種類の魔法の中で、どんなものがいいのかを考える。そもそも、どんなものが必要なんだろうか? 防御系? 攻撃系? 補助系? 生活系? 特殊系? うーむ・・・攻撃系と防御系は要らないかな。補助も微妙か。では他のになるが、やはり直ぐには思い浮かばない。それに、ボクは普段の様子を全く知らないもんな。

「・・・・・・」

 そのまま考え続けること数時間。世界が暗くなろうとも、答えは出ない。とりあえず一点特化品にしようかと思うが、全ての容量を使ってどんな魔法を組み込もうかな。一応耐久上昇と容量拡張は別に付けるとして・・・ああ、大きさを変えるのもつけておこう。残りは全て一つの魔法に容量を充てるとしよう。
 どんなものがいいのかな? 奇をてらったものよりも、実用的な方がいいだろう。そうなると・・・ふむ。

「・・・あれが組み込めるか挑戦してみようかな?」

 ふと思い立った魔法を組み込めるか試してみることにする。これが組み込めるのであれば、十分実用的であろう。
 そういう訳で周囲を確認してから、まずは大量の容量を確保するために、大きな鉄の塊を創造してそれを目の前に浮かせると、それに思い立った魔法を組み込んでいく。

「・・・やはり難しいな」

 丁寧に慎重に魔法を組み込んでいく。それを長時間幾度も行い、魔法を組み込みやすいように手を加えていく。
 そんな作業を朝まで続けた結果、とうとう目的の魔法を組み込める可能性が出てきた。
 今日はこれから見回りの任務なので、ここら辺で一度中断するが、また時間を見ては研究を続けよう。そして、遅くとも三年生の内には目的の魔法道具を完成させたいな。

しおり