謎の少女3
三日間に及ぶ敵性生物の討伐も、合計十八体という結果で終わった。今の状況を考えれば、これでも上々の戦果だろう。
今は学園に帰る為に列車に乗っているが、個室内にはいつも通りボク以外に四人が居た。しかし列車内では、今回は二組のパーティーと一緒になった。
車中では、最近恒例のフェンとセルパンがボクの影から離れた際に見てきたことの話を聞く。主に人間界を囲んでいる森とその周辺の話が中心だが、他にも人間界で見てきたことの話もしてくれる。
ボクは家とその周辺以外は学生になって行った場所しか知らない為に、フェンとセルパンの話は大変ためになるものが多かった。知識としてなら多少はあったが、それも断片的なものに過ぎない。それ故に、話題作りの一環として始めた事だったが、今ではこれがとても有意義なものとなった。
そんな列車の移動を終えて学園に戻ってくると、自室で一息つく。
少し休んでクリスタロスさんのところに行こうとは思うのだが、まだ朝も早いので、昼前ぐらいまではのんびりしておこう。
そう決めると、窓際に移動して腰を下ろし、窓越しに空を見上げる。快晴というほどではないが、雲はそんなに多くはないので、気が滅入りそうなぐらいにはいい天気だ。やはり、人には人の適度な明るさというモノがあるのだろう。兄さんと感情が分離しても、この太陽の眩しさは疲れるものがある。まぁ、兄さんの暗闇を好む嗜好ほどではないが。
しかし、昨日の少女は驚いたな。よく分からないが、あまり関わらない方が賢明だろう事だけは分かった。
「さて、と」
見上げる空に太陽が入ってきたので、ボクは立ち上がる。
「そろそろクリスタロスさんのところに行こうかな」
とりあえず、初日なのでプラタとシトリーには留守番を頼んでから、転移装置を起動させる。
転移時特有の意識が飛ぶような一瞬の空白を挿み、いつものダンジョン奥に到着した。
「いらっしゃいませ。ジュライさん」
耳に馴染んだその優しい声の主に挨拶を返して、ボクはクリスタロスさんと一緒に彼女の部屋へと場所を移す。
クリスタロスさんの部屋でいつもの席に腰掛け、クリスタロスさんがお茶を淹れてくれるのを静かに待つ。
少しして、簡易的な台所が在る奥の部屋から戻ってきたクリスタロスさんの手には、お茶の入った湯呑が載せられたお盆があった。
そのお茶が目の前に置かれ、それに礼を言う。
そして、いつものように対面の席にクリスタロスさんが座ると、優しく微笑んだ。
そんな毎度の流れの後に、再度簡単な挨拶を交わして、雑談に入る。話す事は、前回来てからの間に起こった出来事についてだ。
といっても、警固任務は平和なものなので、特に語る事もなかった。そうなると、自然と話は敵性生物討伐の話になる。その流れで、北の森に居た少女の話も大まかに説明した。説明したといっても、大した事は判っていないのだが。
そんな話を一通り聞いたクリスタロスさんは、静かに何度も頷いた。
「それはまた、変わった事を体験されたのですね」
「はい。よく分からない出来事でしたが」
ボクのそんな答えに、クリスタロスさんは楽しそうに小さく笑う。
「それにしましても、お化けにお会いするとは、相変わらずジュライさんの歩む道は面白いですね」
「お化け、ですか?」
クリスタロスさんの言葉に、ボクは驚きに目が点になる。その可能性については全く考慮していなかった。
「はい。お化け、幽霊ですね」
「な、何故幽霊だと分かったのですか?」
ボクの話だけで分かったのだろうか? それとも、プラタの世界の眼やシトリーの分身体のような、外の世界の様子を知る手立てを有しているのだろうか?
「ふふふ。ただの推測です。当てずっぽうですね」
しかし、クリスタロスさんはそう言って悪戯っぽく笑った。
「ジュライさんのお話しでは、それは少女のような見た目をしていて、魔力の塊であるけれど、魔物ではないと仰っていましたよね?」
「はい」
「それに、前に変異種についても語ってくださいましたが、その時に可視化されるほどの濃密な魔力をまき散らしているというお話しでしたので、もしかしたら、と思っただけですよ」
「なるほど」
そう言われれば、納得が出来た。幽霊とは、魔力が集まり形を取った姿を指す言葉だ。それに周囲の意思を吸収することもあるので、平たく言えば、自然発生した魔物創造といえる。
変異種の濃密な魔力のことを考えれば、可能性は十分に在った。それに、あの濃密な魔力から生まれたとしたら、あそこまで自由に動いたりもするだろうし、魔力にも敏感な訳だ。
それにしても、何故こんな簡単な答えが分からなかったのだろうか。間の抜けた自分に、少々呆れてしまう。
「よく分かりましたね! ボクは恥ずかしながら、その可能性には全く思い至りませんでしたよ」
「それは単に、アテがジュライさんからの纏められた情報しか聞いていないからだと思いますよ」
そう言うと、クリスタロスさんははにかむように少し肩を竦める仕草を見せる。
「なるほど。ですが、きっとボクではそれでも無理でしたよ。流石はクリスタロスさんです」
何か引っかかりながらも、結局ボクは答えに辿り着けなかった訳だからね。
「ですが、幽霊ならそう長くは形を保てないはずですので、もうすぐ消滅してしまうのではないでしょうか? 変異種も去ったという話ですし」
「確かに、北の森は人間界ほど魔力が薄い訳ではありませんが、話に聞く天使や魔族などの支配地域に満ちている魔力と比較しますと、身体の維持は難しいのかもしれませんね」
それも噂に聞く幽霊よりも高度な存在だ、あれだけ高次な存在であれば、存在の維持に必要な魔力も結構な量になるだろうから、やはりそんなに長くは保たないのかもしれないな。
そんな雑談を終える頃には夕暮れになっていた。思ったよりも早く終わったので、そのまま天使語の教授を乞い、語学の授業を受けた。
それも日付が変わる前に終えて戻ると、プラタとシトリーに迎えられたので、それに言葉を返す。
二人と軽く言葉を交わしながら就寝の準備を行い、敷いたマットの上に腰掛け、先程クリスタロスさんと交わした話を二人にも聞かせた。
「なるほど、幽霊ですか。確かにあれはそう呼称されておりましたね」
「まあでも、幽霊は厄介だねー」
「そうなの?」
「うん。幽霊ってのは魔力の塊なんだよ」
「そうらしいね」
魔力の集合体が形をとって可視化したものを幽霊と呼称している訳だし。
「私達魔物も魔力の塊だけれど、幽霊と魔物では違うんだよ」
「意思があるかどうか?」
「それもあるけれど、幽霊の中には意思を手に入れたモノも居るからねー」
「そういえばそうか。じゃあ・・・何だろう?」
「・・・・・・存在です」
シトリーの話に考えていると、隣からプラタがそう教えてくれる。
「存在?」
とはいえ、それで答えに行き着けないボクの頭は残念なのだろう。情けない。
「はい。魔物と違い、幽霊は存在しないのです」
「???」
どういう意味だろうか? 自然発生したモノだから存在しないという事なのかな? 自分で考えといてなんだが、何言ってるんだろう。
「魔物は魔物として存在しているんだけれど、そもそも幽霊なんてものはこの世界に存在していないんだよ」
「どういう事?」
「うーん、簡単に言うとね、幽霊には名前が無い!」
「えっと・・・?」
シトリーの説明に、助けを求めてプラタの方に目を向ける。
「幽霊は存在がこの世界に確定、定着していないのです。ですので、幽霊とは魔力の集合体でしかない、あやふやな存在なのです」
「ふーむ?」
「その為、幽霊にはあらゆるモノが効きません。何も無い空間で手を振ったからといって、何も無い空間に痛手を与えることが出来ないように」
「ふむ」
「とはいいましても、幽霊は基本的にそこに姿を創り出しているだけですので、害はありません。ですが、中には害をなせる幽霊も居るのです」
「ほぅ」
「その場合、幽霊が魔力に働きかけて世界に干渉するのですが、それでも幽霊自体には何も効かないので、対処が非常に難しいのです」
「その場合はどうすればいいの?」
「幽霊が自然と消滅するのを大人しく待つか、魔力が霧散するのを促進させるか、名を付ければいいのです」
「名を付ける?」
「はい。そうする事で、幽霊という存在しないモノを世界に定着させ、幽霊から存在する個へと変えることが出来るのです」
「なるほど」
「しかし、名を付けただけでは微かに世界と繋がりが出来ただけにすぎないので、僅かに触れることが出来るようになった程度でしかありません」
「では、あまり意味がないの?」
「いえ。問題は認知度が少ない為ですので、認知している存在を増やせばいいのです」
「どういう事?」
「その者がその名だと広く知れ渡ればいいのです。そうすれば、それと世界の繋がりが強固なモノとなり、存在が確定しますので」
「そんなものでいいの?」
「はい」
「それが難しいんだよねー」
「そうなんだ」
「幽霊自体がとても珍しいので、どれだけの人数へ知らしめればいいのか、ただ認知させるだけでいいのかなどの事が不明ですので」
「なるほど」
「他には、難しくはありますが、名を与えるという方法もあります」
「名づけとは何が違うの?」
「名付けは一方的なもので、名を与えるには双方の合意による意思が必要になります。ですので、意思のない幽霊の場合は難しいのです」
「?」
「ご主人様が私達に名を与えてくださった時の事を例にあげますと、ご主人様が私に『プラタ』という名を御与え下さり、私がそれを自らの意思で拝領したことにより、私はプラタという存在になったのです」
「ふむふむ」
「これにより、私はご主人様の所有物としての『プラタ』という存在が世界に定着した訳です」
「ん? 名を与えたから所有物?」
何か大層な話になってきたような。
「はい。名を拝領するとは、そういう事です」
「そ、そうなんだ」
「・・・そう御心配なさらずとも、これには強制力は御座いません」
「どういうこと?」
「名を拝領するとは、その者の支配下に入る。つまり所有物になるという事ではありますが、これにより世界にはそう定義されましても、実際は拝領した側が名を与えた側へ向ける敬意でのみ繋がっている関係に過ぎません。ですので、ご主人様が御心を痛めてしまわれるような大仰なモノでは御座いませんので、御安心下さい」
「そうなんだね」
「はい。そういうのは別に在りますので」
「あ、あるんだ」
「はい。心に楔を打ち込む事で逆らえなくさせる術は御座いますので」
「・・・・・・」
「しかし、これはかなり特殊なモノですので、それを行使出来る者は外の世界でもごく僅か。その行使出来るごく少数も、ほぼ全ての者がその力を活かして奴隷商を営んでおります」
「まあ確かに、奴隷商にはうってつけの力だとは思うけれど・・・」
「御安心を。この力によって従属させるにも色々と制約がありますので、そう簡単に誰にでも行使出来得る、というモノでは御座いません」
「なるほど」
そこでふと疑問が浮かぶ。
「幽霊や名づけ、名を与えるというのは解ったのだけれどもさ、例えば赤ちゃんの場合はどうなの?」
「と、申しますと?」
「生まれてすぐは名も無いし、認知もほぼない訳だから、存在しないの? それとも、親は認識しているから、辛うじて存在しているの?」
「例えば人間の嬰児の場合ですと、産まれた時には人間の嬰児という存在がありますので、問題なく存在はしております。その後に名を与えられますが、これは嬰児にははっきりとした意思がないので、名づけとなります。その後は成長と共に様々な人々と関わり、その名が広まることによって、その名の存在が世界に定着するのです」
「なるほど。名前って大事なんだね」
「左様で御座います」
ボクの呟きに、隣でプラタが重々しく頷いた。
「名はその者を定義し、世界に固着させるのに必要なモノ。それだけに、軽々に取り扱ってよいものでは御座いません。特に最初に定義づけられるその存在の根幹を成す名は特別なモノで御座います」
「ふむ」
プラタの言葉に頷くと、どうしてもその言葉にはこの問いが浮かんでしまった。
「ということは、プラタやシトリーにも元々の名前が在るということだよね?」
「・・・左様で御座いますね」
「・・・そうだねー」
「そうなんだ・・・ふむ」
二人の元々の名前は気になったが、プラタとシトリーの雰囲気が微妙に硬質なモノへと変わったので、その話題に触れるのは躊躇われた。理由は不明だが、この事については触れてほしくないようだ・・・ならば、わざわざ触れる必要もないだろう。元々の名前に興味はあるが、それ以外の理由はないのだから。
「じゃ、あの幽霊少女と対峙するような事があった場合は、彼女に名前を付ければいい、ということでいいのかな?」
なので、そう話題を変える。
「はい。ですが、効果はほとんど望めないので、敵対するのであれば、撤退を御勧め致します。もし戦うというのであれば、魔力へ直接影響を及ぼせば何とかなるかと」
「なるほど。少々特殊な戦い方になるね」
「シトリーを相手にすると思えば宜しいかと」
「ああ、そういえばそんな話もしたっけ」
正確にはシトリーについてではなく、スライムについてではあるが、シトリーはスライムなので同じ事だろう。
「何の話ー?」
「ん? 前にスライムについてプラタから聞いたことがあったんだよ」
「そうなのかー」
「うん。シトリーと会う少し前の話だね」
まだあれから半年ちょっとぐらいしか経っていないのか、シトリーとの付き合いも同じぐらいなんだよな。一緒に居る時間や会話する機会が多いからか、もう長い事一緒に居るような気になっていた。それを言ったら、プラタとも約一年ほどしか一緒じゃないのだが。
「その時に、スライムには魔力への直接攻撃以外は効果がないって事を聞いたのさ」
「そうなのかー。でも、別に全く効果がない訳じゃないんだよー」
「そうなの?」
「うん。完全な液体じゃないからね。死なないけれど、斬られたら切断されるんだよ」
「まぁ・・・そうだろうね」
シトリーの変身前の姿を思い出し、ボクは頷く。あの半固体とでもいうべき状態であれば、切れなくはない・・・のだろう。
「それをくっつけるなり再生させるにも魔力が必要なんだよ」
「ああ、なるほど」
そういう意味では、それも魔力的な攻撃と言えなくもない、のか?
「まあ使う魔力は微量だから、周囲の魔力で直ぐに回復出来るけれど」
「そうなのか」
「うん。そうなのだよ」
じゃあ効果が無いという事のような?
「んー、じゃあ例えばだけれども」
「うん?」
「火系統の魔法や氷系統の魔法とかで全体を一気に攻撃されたらどうなるの?」
「焼かれたり凍らされたりってこと? うーん、多分大丈夫だよ。転移で移動すれば何とかなるし、何なら魔法自体を吸収しちゃえばいい訳だし!」
「なるほど」
「だから攻撃ではなく、魔力に直接何かされたら危ないかもね。出来るのならば、だけれど」
「なるほどね」
幽霊も魔力を散らされたりして魔力の濃度を下げられたら消えるらしいからな。まあ考えてみれば、幽霊は魔力濃度が高い影響で出現したのだから、それが無くなったら消えるのが道理というものか。だからこそ、北の森に現れた少女の幽霊は直に姿を消すと予測した訳だし。
「それにしても、改めて聞いてもシトリーは強いんだな」
「ふふん! そうだよ! そして、そんな優秀な私はジュライ様のモノなんだよ! 色々役に立つよ!」
誇らしげにそう言うと、隣に座っていたシトリーが機嫌よくボクの腕に抱き着いてくる。
さっきの名前についての話で出てきた事か。知らなかったとはいえ、名前を与えたのだからしょうがないか。とはいえ、強制という訳ではないらしいし、そこまで気にする必要もない・・・のかな?
そう考えつつ、空いてる手で抱き着いてきたシトリーの頭を優しく撫でる。
しかし、こう改めて考えてみても、妙な縁だよな。プラタは兄さんと一緒に居る妖精関係で出会ったので、兄さんの影響と言えなくもないが、シトリーはたまたま魔族軍についてきていただけなんだもんな。
そう考えつつプラタの方に視線を向ける。相変わらずこちらをじっと見ているが、プラタは憑いている人形の目を使っている訳ではないので、本来は顔がこちらに向いていても見られているとは限らないのだが、こういう時はこちらを見ているという確信があった。
そうして何となく見つめ合うと、シトリーを撫でていた手を離して、プラタの頭を撫でてみる。
シトリーはプラタの姿を模倣しているのだが、似ているだけで同一ではない。この二人は髪質だって違う。これはおそらくシトリーが意図的に変えているのだろう。
ふむ。それにしても、やはりプラタは少しずつ生体に近づいている気がするな。どうしてかは知らないが、興味深い。
そんな時間を暫く過ごすと夜もすっかり更けてしまい、このままでは朝になりかねないので、手を止めると二人に声を掛けて横になる。直ぐにシトリーが抱き着いてくるが、これももう慣れたものだ。
そうして準備が済んだ後、寝る前に一度窓から空に目を向けてみると、既に月の姿は見当たらなかった。
◆
翌朝。というよりも直ぐに朝になったので、大して寝れなかった。それについては何も問題はない。
プラタとシトリーに挨拶を交わして朝の支度をさっさと済ませると、食堂に寄る。
学園の食堂にも一応ご飯があるので、たまには気分を変えて学園でもご飯を食べてみる。クロック王国のご飯とどう違うのかも確認してみたい。
「・・・・・・ふむ」
いつも通りに少量貰って席に着いてから白米だけ食べてみると、中々に独特な味がした。・・・いや、はっきり言ってクロック王国の白米を食べ慣れている為に、美味しくは無かった。なんと表現すればいいのか悩むが、ぱさぱさというか、もそもそしていて甘みがあまり感じられない。というか若干苦みのようなモノを感じる。
それでも食べられないほどではないので、何とかなる。というよりも、クロック王国で白米を食べていなければ、ここまで味が悪いとは思わなかったことだろう。
そんな食事を終えると、今日は教室に移動する。
誰も居ない教室でのんびり待っていると、時間になり、バンガローズ教諭が入ってきた。相変わらずバンガローズ教諭は時間ピッタリに教室に入ってくるな。
本日の授業は平原ではなく、北の森の奥に出るという敵性生物について軽く触れ、その後に東の平原で遭遇する魔物を中心とした敵性生物についての講義を受けてから、今後の予定について教えられた。どうやらバンガローズ教諭がかなり飛ばして授業してくれたらしく、三年生の間に受けることが出来る学園での授業は今回が最後だとかで、今後は学園に来ても自由時間らしい。
望めば授業も受けられるらしいが、普通はその間は主に訓練をやるのだろう。もっとも、学園に来ないという選択肢も用意されているので、この場合、早く進級したい人はこちらを選ぶのだとか。
そういう訳で、ボクは迷わずそちらを選択する。早く進級したいし。
そんな話を行った後に、三年生での最後の授業は終わった。今回も滞在の日程は前回と同じように組んだのだが、明日と明後日はどうしよう。
とりあえず食堂に寄って昼食を終えてから、訓練所に足を延ばしてみた。
訓練所は時間が早いので、ほとんど人が居ない。居るのは珍しく一年生ではなく二年生が多い。丁度団体さんが滞在しているのだろう。それで授業が早く終わったのか、もしくは到着したばかりとか? でも、ボクが二年生の時は夕方ぐらいに到着した様な・・・夜出発? まあ細かい事はいいか、折角なので観察してみよう。
そう思い、離れたところからひっそりと観察を始める。
二年生に上がっているので一年生よりは実力があるも、新入生と比べないのであれば、僅かに上程度でしかない。
それでも二次応用魔法をちょくちょく目に出来るが、まあ二年生なんてこんなものだろう。とりあえず戦える程度だが、それで進級できたということは、三番目のダンジョンの二回目以降は相当楽なのだろう。というか最近知ったのだが、ダンジョンは最初の数回は再挑戦する度に難易度が下がっていくらしい。全部一発突破だったので、ちょっと前に生徒達の雑談でそれを知ったばかりだ。
「・・・・・・」
そんな二年生達の訓練の様子を暫く観察した後、ボクは武術訓練区画の個室に場所を移す。人間の基準でいえばあれでも弱くないのだが、ペリド姫達や指導した一年生などを思えば、少々拍子抜けだった。まあ前に見た三年生からして大した事がなかったのだから、その下の学年である二年生に期待するというのは酷な話か。
とりあえず身体を動かして時間を使うと、夕暮れ前には自室に戻る。
プラタとシトリーに迎えられながら室内に入ると、早めに就寝の準備を始める。とはいえ、直ぐに寝るつもりはない。
就寝の準備を終えると、ボクはマットの上に腰を下ろした。窓の外は薄暗く、まだ夜になって間もない。
とりあえず、明日はクリスタロスさんのところに行くとして、今日はこのまま思考実験を行う。兄さんから教わった魔法工程の一元化がもうすぐ完成しそうなので、折角だから空いた学園滞在中の時間で完成させたいところだ。
思考を繰り返しながらも、たまに手元で極小規模の魔法を発現させてみたりする。そうして夢中で思考していると、気がつけば夜中になっていた。何となくだが、あと少しで上手くかみ合いそうな感じがしている。
なので、就寝の準備をしはしたが、もう少し思考を続けることにする。夜中と言っても、まだ日付が変わって間もないので、昨日よりはまだ十分に早い。
両隣の少し後方でプラタとシトリーがずっと座ったまま待機しているが、もう少し付き合ってもらうとしよう。
しかし、一度集中するとその世界にどっぷりと浸ってしまうな。まだ時間の感覚が残っているだけましなのだろうが。
目まぐるしく浮かんでくる考えを纏めるのはやはり楽しいものの、それでも楽しい止まりだ。兄さんのように寝食を忘れるどころか、排してしまおうと思えるほどに夢中にはなれない。
ボクは思考の隅に浮かんだそんな思いに、少し困惑する。前にも自分の、ジュライとしてのボクの楽しみについて考えたが、結局答えは出ないままだったからな。
ボクは未だにボクという存在をしっかりと持てていない。まあそれも当然だろう。ボクがジュライとしての意識を持ってからまだ約三ヵ月ぽっちしか経っていない。期間だけで判断するのであれば、未だに赤子同然だ。だから、ボクがボクになるまでには今少し時間が必要そうだ。
そんな思いが思考を占めはじめたので、ボクはこの辺りで区切りとする事にした。丁度昨日と同じぐらいの時間でもあったので、一旦眠るにはいい頃合いだろう。それで起きたら、このままクリスタロスさんのところで訓練をするとしよう。おそらくだが、それでこの魔法は完成すると思うから。
◆
翌朝少しだけ遅めに起きると、朝の支度を済ませてボク達はクリスタロスさんのところへと転移した。
「いらっしゃいませ、ジュライさん。今日は早かったですね」
転移すると、クリスタロスさんに出迎えられる。まあ今までは初日以外は午後から来てたもんな。
「クリスタロスさん、おはようございます。昨日で授業が終わったもので、今日は早く来れたんです」
「そうだったんですか」
それから少し言葉を交わすと、いつも通りにクリスタロスさんの部屋へと移動して雑談を始める。
まずは三年生の間の授業が終わった事の説明を改めて行うと、寂しそうにするクリスタロスさんではあったが、転移自体は北門からでも行えるという話だったので、問題はないだろう。そのことについても付け加えて説明を行う。
授業は終わったが、別に休日が無くなった訳ではないので、その時にでもここに来ればいい訳だし。
その話をすると、クリスタロスさんの表情が晴れやかになる。ここでのんびり過ごすのは、個人的にも気に入っている。
それらの説明を先に終えると、雑談を再開させる。時間はたっぷりあるが、話題はそんなに多くはない。初日に粗方話したからな。
その為、昼前には訓練所を借りて、ボク達はそちらへと場所を移す。
本日の訓練は、魔法工程の一元化の仕上げだ。理論的には大部分が完成しているので、後は実地で調整していくのみ。
「・・・・・・」
心を落ち着ける為に数回深呼吸を行うと、まずはいつも通りに魔法障壁を内向きに展開させる。
それが済むと、早速魔法を発現させていく。最初は時間をかけて丁寧に昨夜完成した理論をなぞっていく。
「・・・うーむ」
数秒後に魔法の発現には成功した。敢えて時間を掛けたので、発現時間に関しては問題ないのだが、丁寧にし過ぎて従来の魔法を発現させるやり方よりも、消費魔力が若干増えた気がする。
他に関しては一応問題はないだろう。とはいえ、現在の仕方では魔力密度はそんなに大きな変化が見られないが。
とりあえず発現させた魔法を射出させる。これも問題ない。この辺りは手を加えていないのだから変わらなくて当然だろう。むしろ変わってしまった方が困惑してしまう。
「さて、と」
次は魔力消費量の改善に努めよう。もう少し適度に工程を簡略化させていかないとな。発現時間に関しては、慣れてからでいいや。
細かな修正を行いつつ、とにかく幾度も魔法を発現させていく。そうして実際に魔法を発現させていくと、頭の中だけではみえてこなかった問題や、発見が出てくる。
そのおかげでかなりの進展が望めた。今では大分ボクに適合した魔法になってきている。
「・・・そろそろかな」
魔法の発現にも慣れてきたので、そろそろ発現時間の短縮に取り掛かる。これは数回試しただけで意外とあっさり出来た。
今では従来の魔法よりも発現時間が短縮され、魔力消費量の低下、それでいて威力が若干上がった。兄さんにはまだまだ届かないが、上々の結果だろう。
それからも身体に馴染ませるように魔法を発現させていく。なんというか、少しみえる世界が変わったよう気分だな。
工程一元化の魔法にもすっかり慣れた頃に、ふと思い出して時間を確認してみると、日付はとうに変わっていた。明日も何も無いからいいが、時間があっという間に過ぎたことに驚いた。
時間も遅いので、訓練を終わらせて後始末を済ませると、クリスタロスさんに感謝を伝えてから、プラタとシトリーの三人一緒に自室に戻る。
自室に戻った後、就寝の準備をしてから直ぐに就寝した。明日もまた訓練でもしようかな。
◆
「アァ、ツまらなイ」
暗い森の中で、少女は腰を落ち着けながら、嘆く様な口調でそう呟いた。その表情はどこか物憂げで、かつての少女の無邪気な雰囲気は鳴りを潜めている。
「コれにもあきたしナ」
少女は自分が腰掛けている物体に目を向ける。
「う、・・・あ」
それは小さく呻くが、動く様子はみられない。それ以前に、動かせる四肢が無かった。
「ツぎのおもちゃをさがそうかナ」
少女はその椅子の頭部を風の刃で切り落とすと、離れた場所にごみのように放り投げる。
そこには、頭部だけで築かれた小さな山が出来ていた。それだけではなく、少女の周囲には同じ部位だけが集められたそれぞれの山があり、胴体部分は腰掛けているモノのすぐ傍に幾つも転がっている。その為、少女の周囲の空気は淀んだ不快なにおいに満ちていた。
「ソれにしてモ、コれはなんだったんダ?」
少女は目の前にある山の一つに意識を向けるが、その目に宿っている光は、まるで興味を抱いていないのが分かる鈍い輝きであった。
「コれからどこをめざそうかナ」
椅子から立ち上がった少女は、静寂の森の中を優雅に歩いて進む。
森の中を進む少女は大人びた雰囲気を持ってはいるが、背は低くく、顔の作りもまだ幼さを残している為に、その姿と雰囲気の差は少々違和感を覚えるものだった。
そんなちぐはぐな見た目の少女は突然立ち止まると、ぐるりと周囲に目を向ける。
「ン? ムこうにさっきのとにたものがいるナ」
少女はその鋭敏な感覚で遠くに在る複数の反応を捉えると、顔の向きをそちらに固定したまま、嬉しそうな笑みを浮かべる。しかしそれは、見た者に寒気を感じさせるに十分な笑みであった。
「コんどモ、スこしはたのしませてくれるのかナ?」
少女は少しの期待を胸にそう呟くと、森の中を北側へと進路を取って歩み始めた。