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謎の少女2

 お風呂から上がると、レイペスは既に部屋に戻っていた。
 軽く雑談を交わしながら寝る準備を済ませると、適度な時間であったので就寝する事にした。
 翌日も薄暗い内に目を覚ますと、朝の準備をしてから食堂経由で宿舎の外に出る。
 昨日と同じ様に北門前で集合してから大結界の外に出る。今回のパーティーはボクを入れて六組だった。
 今回はそのまま北へと向かう。北側に反応があったのもだが、現在の北門周辺では、森に近づいた方が敵性生物との接触が多いとの判断からだ。
 密に索敵を行いながら北上していく。
 今回の監督役の魔法使いは、昨日と同じ女性の魔法使いで、後ろを付いてきている。
 暫くすると、反応があった敵性生物と接触する。それは犬の魔物で、二体居た。
 最下級の魔物の代表のような感じの魔物ではあるが、これも大雑把な目安でしかないからな。現にフェンは大きさはともかくとして、見た目が犬の魔物に似ているが、目安難度に当てはめれば、最上級の上だ。しかし、そこまでしか目安難度が設定されていないだけで、実際はそれ以上と思わなければならないだろう。それに、人間の知識はあまりに乏しい。
 それにしても、何だかフェン以外の犬型の魔物を目にしたのは久しぶりな気がして懐かしく感じる。ジーニアス魔法学園での一つ目のダンジョンで最初に遭遇したのも犬だったものな。
 とはいえ、今回は最下級の犬で間違いないだろう。初っ端から複数体の討伐対象を捕捉出来たのは幸先がいい。
 ボクは火の矢を二本現出させると、地面のにおいでも嗅いでいるかのように鼻を下に向けながら動く二体の犬目掛けて同時に射出させる。
 射出した二本の火の矢が二体の犬の頭部へと同時に命中すると、あっさりと消滅させられた。
 それを確認すると、途中で捕捉した次の反応を目指して移動を開始する。向こうからもこちら側に近づいていたようで、割と直ぐに次の標的を確認出来た。
 次の獲物は、細長い身体の両側に大量の足をくっつけている多足の蟲であった。優に体長十メートルは超えていそうなその長い身体をヘビの様にくねらせて、地を這って移動している。顔と思しき場所には、鋭い牙のような二本の顎と長い触覚が備わっている。
 移動速度も結構早く、音もほとんど無く移動しているので、これとは森の中では遭遇したくはないな。索敵していれば何とかなるものの、体表が暗褐色をしているので、長大な身体でありながら薄暗い森の中では肉眼で見つけるのは難しいだろう。
 ボクはその蟲との距離が離れている内に、うねるように這っている蟲に地面から無数の土の棘を突き刺して動きを止めると同時に、風の刃で細切れにしていった。
 それで蟲が絶命したのを確認すると、直ぐに新しい反応を見つける。
 蟲が居た東側とは反対方向からやってくるその反応に近づくと、それは羽の生えた小さな人のような姿をしていた。
 身長二十センチちょっとほどで、青白い皮膚に、骨と皮だけのガリガリの身体と背中から生えた黒い羽。
 額部分に棘のような小さな角を生やし、釣り合いの取れない大きな血走った目が飛び出すように小さな顔に付いていて、ぎょろぎょろと忙しなく動いている。
 他に目を引くのは、その異様に長い腕だろうか。身長と同じぐらいに長いその腕の先には、指先が尖っている鋭利な三本の指が付いている。
 そんな異形がパタパタと羽を羽ばたかせてゆっくりと飛んでいた。それを見て、この辺りは色々な存在が居るものだと感心しながらも、記憶を探っていく。
 しかし、北の森で人間が見つけた存在の情報の中には無かった相手だ。ちらりと背後に居る監督役の魔法使いの女性に目を向けてみると、怪訝そうな目を向けている。やはり未発見の存在なのだろう。
 その為、少しこのまま観察していきたい気持ちが浮かんでくるも、時間が限られているので頭を振ってその考えを振り払い、倒すことに集中する。余裕があったならば、このまま観察していたんだがな。
 ボクはそれに空気の塊を左右から押し付け拘束しようとするも、それ自身に耐久力が無かったようで、その魔法だけで簡単に潰れてしまった。

「・・・・・・」

 あまりにも呆気ない最期ではあったが、潰れた際に出てきた血は瀝青(れきせい)の如くどす黒かった。
 簡単に潰れすぎて臓物や脳などが確認出来なかったのは残念だ・・・あれ? まるで兄さんのような事を考えているな。生物学的な興味というのは存外似ている部分が在るのやもしれない。
 まあそれはさておき、これで本日四体目の討伐だ。前半としては出だしがいい。昨日は五体同時という幸運に恵まれたから一気に稼げたが、後半はどうなる事やら。
 とりあえずもう昼なので、少し場所を移して昼休憩に入ることにする。
 ボクと女性魔法使いの二人は適当に休憩に入る。ボクは空気の層を敷いた地面に腰を下ろしたが、女性魔法使いは相変わらず立ったまま周囲に目を向けながら休憩に入った。勿論昼食も立ったまま摂っている。器用というか、相変わらず変わった人だな。
 警戒は索敵もだが、平原は遮蔽物がないので肉眼での監視も楽である。周囲には背の高い草すらほとんどないので、座っていても容易なぐらいに。まあ立っていた方が高所からの監視が出来る訳だけれど。監督役の魔法使いの女性は背も高いし。
 おにぎりという白米を握り固めた物を片手に、もぐもぐと口を動かしながら周囲を警戒して目を向けているその姿はどこか小動物めいていて、見ていて面白い。

「ん?」

 そんなボクの視線を感じてか、魔法使いの女性がボクの方に目を向ける。

「立ったままで大丈夫ですか?」

 なので、適当にそう話を振ってみる。

「問題ない。正しく立っていればそんなに疲れない」
「正しい立ち方ですか?」
「むぐ」

 女性は、口にご飯を入れながら頷いた。

「・・・・・・」
「もぐむぐ・・・ん、各部位に正しく力を伝えて分散させる。それだけ」

 それで話は終わったと、女性は再び周囲に視線を向ける。ついでに新しいおにぎりを取り出して食べ始めた。初めて会話らしい会話をしたが、独特な空気を纏った不思議な人であった。
 それから程なくして昼休憩を終えると、ボクはさっさと立ち上がる。次の標的は少し遠いのだ。帰りを考えれば、これが最後になるだろう。
 北西の方へと足を向ける。速足気味に移動するも、敵性生物と遭遇できたのは暫くしてからだ。
 目に映るそれは、懐かしさを覚えるジャイアントスコーピオンと呼ばれる大きなサソリであった。複数体居ればよかったのだが、残念ながら相手も単独だ。まあそれは最初から判っていた事だが。
 このジャイアントスコーピオンは全身を硬い甲殻で覆っていて、その甲殻は刃物を通さないほどの硬度を誇る。それでいて魔法にも多少の耐性を持っていて、強力なハサミの手を二つ持ち、長い尾の先に毒針を持っているという、とても厄介な敵だ。
 しかし関節部分だけは甲殻に覆われておらず柔らかいので、そこが弱点である。重鎧を身に纏っていると思えばいいか。
 ボクは以前プラタが行っていたように、風の刃を的確にジャイアントスコーピオンの弱点である関節部分に命中させて切り落としていく。
 それでジャイアントスコーピオンは瞬時に幾つもの部位に分かれていく。大木が丸太の山と化した様になったが、折角だからあの硬い外殻を何かに利用したいな・・・こんな時じゃなければだが。
 とりあえず時間もないので、ジャイアントスコーピオンの死体は焼却だけして北門へと引き返す。流石に甲殻まで焼き尽くせる温度の火は発現させるのが面倒なので、甲殻だけは捨て置いたが。
 それにしても、今のジャイアントスコーピオンといい、昨日の魔眼持ちの鳥といい、北の森でも特に危険と言われている敵性生物がよく平原に出てきているな。生徒手帳の情報が間違っているだけで、これが普通なのだろうか? ・・・そんな訳ないよな。何が原因だろう?
 ま、それはそれとしても、帰りに何か居ないかな? 索敵に引っかからないから居ないのだろうが、それでももしかしたらと思ってしまう部分もある訳で。
 それから数時間程かけて北門前に到着したが、結局何とも遭遇しなかった。出だしはよかったのだが、後半はジャイアントスコーピオン一体のみという残念な結果に終わってしまった。まだ明日があるさ。そう思う事にしておこう。
 北門前で残りのパーティーを待って、大結界内に入っていく。時間は昨日よりは若干早いが、それでも広場で解散したのが日暮れ前だ。
 宿舎に辿り着いたのが暮れなずむ頃で、自室に着いたら日没となった。
 部屋には誰も居なかったが、レイペスは食堂かお風呂にでも行っているのだろう。
 ボクは着替えを構築させると、お風呂場へと行く事にした。それにしても、本日の戦果は五体か。流石にそう上手くはいかないか。
 入浴をさっさと済ませて部屋に戻る。レイペスはまだ居ないが、何も問題はない。
 就寝準備をして、ベッドに横になる。
 お披露目会が終わったからか、少し気が抜けている気がするな。

「ん、ん~~~」

 ベッドの上で両手足を伸ばして大きく伸びをすると、ゆっくりと息を吐く。
 そうやって一度気を落ち着けると、頭の中で魔法の訓練を行う事にする。最近色々とあったから、訓練もどこか久しぶりな気がする。
 動作一元化の魔法もまだ完成には至れていない。やはり中々に難しい。やりがいはあるも、技術が僅かに及んでいない気がしてくる。
 そんな事を続けていると急に眠気が襲ってきたので、そのまま意識を手放すことにした。
 翌日。薄暗い中で目を覚ますと、向かいのベッドで穏やかな寝息を立てているレイペスを起こさないように朝の支度を行う。
 支度を終えると、食堂に寄ってから北門前の広場まで移動する。今日で敵性生物の討伐三日目だ。また見回り後に敵性生物討伐はあるが、ここらで討伐数を少しは稼いでおきたい。
 大結界の外に出ると、今日も今日とて北へと向かう。監督役も三日続けて同じ魔法使いの女性だ。
 索敵しながら北進していき、最初の獲物と遭遇する。
 それは前にも遭遇した事がある大きな蜘蛛で、捕らえた何かの動物を器用に脚を動かして食べているところであった。
 食事中だからか、食べるのに夢中でまだこちらに気づいていないらしく隙だらけだったので、頭上から火球を落として、食べている動物ごと焼き尽くす。
 通常よりも高温での火球だった為に、食べられていた動物もろとも一瞬で炭と化した。
 そのまま北進しつつ、見つけた敵性生物を次々と狩っていく。どれも単独の獲物ばかりではあったが、まあ居ないよりはマシだろう。
 そうして昨日と同じで前半で四体の戦果を挙げることが出来たので、そろそろ昼休憩でもしようかと思った時、奇妙な感覚を覚える。
 それは誰かに見られている様な、皮膚の下を何かが這っているようなムズムズとする気持ち悪い感覚。それが背中の辺りから全身を駆け巡っていく。
 ボクは注意深く周囲を見渡すも、(ひら)けた平原には誰も何も見当たらない。遮蔽物となるようなものは何も無い為に、隠れるというのは難しいと思うし、魔力視でも慎重に周囲を見渡しているのだが、それでも何も見当たらない。

「・・・どうかした?」

 キョロキョロと周囲に目をやるボクを不審に思った監督役の魔法使いの女性が、そう声を掛けてくる。

「いえ、誰かに見られているような気がしまして」
「?」

 ボクの言葉に、魔法使いの女性も周囲に目をやる。しかし、何も見当たらないようだ。
 それに気のせいなのかなと思うも、それでも拭えぬ不快な違和感に、ボクは世界の眼を使用してみる。

「ん~?」

 そこで、森の方に変な魔力の塊を見つける。前に変異種がまき散らしていたような濃密な魔力の塊。ただし、規模はそれよりも明らかに小さく、濃度はその時よりも圧倒的に濃い。
 とりあえず世界の眼ではそれ以上の事は判らないので世界の眼を切ると、ボクは森と平原の境界線近くに感じたその魔力の塊が見られないかと思い、ボクは森の方に、望遠視という遠く離れた場所のモノを見るための魔法を用いた目を向けた。すると。

「ッ! な、んだ?」

 最初は気味が悪いながらも魔力の塊の原因は、まだ森の中に残っていた魔力の霧だろうという程度の軽い気持ちであったのだが、森の中、平原との境界近くに生えている木の影に隠れるように、その子は居た。
 外見は人間の少女。外見だけで推定するならば、まだ年の頃は六七歳といったところだろうか。水色の服を身に纏っているが、身体のほとんどを量の多い灰色の髪の毛が覆っているので、それもよく見えない。なので最初、長い布がついた帽子でも被っているのかと思ったほどだ。
 その少女が、こちらを見ていたのだ。
 倍率をかなり上げた望遠視を使ってやっと確認できる距離なので、そんなはずはない、偶然だと思いたいのだが、その少女はこちらに顔を向けたまま動かそうとしない。
 髪の間から僅かに窺えるその子の表情は、笑顔。新しいおもちゃを買ってもらったような、もしくは見つけたような、そんな子どもが浮かべるような無邪気な笑み。しかし、その笑みには背筋が寒くなりそうな何かが含まれているようにも思えた。
 だが動くような気配はなく、木の影からこちらを観察するようにじっと眺めているだけだ。

「ん? どうかした?」

 周囲を警戒していた魔法使いの女性は、ボクの驚きからの呟きに反応すると、ボクが向いている方向に目を向ける。

「いえ、森の中に少女が」
「少女?」

 女性も望遠視を用いて森の方に目を向けた。

「どこに・・・・・・あれは人?」
「そう、見えますね」
「でも、あんな場所に人間の、それもあんな少女が独りで居る訳がない」
「そうですね」

 森の中に入れるのは限られた人間だけだ。少なくとも、学生以外で子どもが入れるとは思えないし、着用している服はどこかの学生服でもなければ軍服でもない。
 それに、大結界を許可なく一般人が通り抜けるのは不可能だ。大結界に開いている穴を通れば僅かに可能性があるも、それをしている時点で、もう一般人とは呼べない気がする。他にはボクのように大結界を容易に越えられるような存在だが、そう多く居るとは思えないし、何よりそれはそれで警戒すべき相手だ。
 まあなんにせよ、あんなところに独りで突っ立っているような少女など、ろくな存在ではないだろう。

「場所を移しましょうか」

 故に、そう提案する。何もしてこないならばさっさと去りたい。これ以上興味を持たれる方が問題だと、ボクの勘が告げている。

「ちょっと待って」

 しかし、北門を護っている兵士としては無視できないのだろう。厄介な事ではあるが、理解は出来た。

「いえ、移動します。あれには関わらない方がいいと思います」

 なので、気持ち語気を強めにそう伝えると、ボクは監督役の女性を無視してその場を離れていく。討伐数とかよりも、今は何よりそちらの方が優先される。

「待って」

 そう言うと、女性は森の方を気にしつつもついてくる。南側に引き返しつつも、真っすぐ北門は目指さない。
 少女から距離を取りつつも、世界の眼を向けて監視を続ける。少女が動いている様子はみられないが、見られている感覚はまだ残っている。
 暫く歩き、視線を感じなくなったところで足を止めると、内に溜まった嫌な疲れを吐き出すように、ボクは大きく息を吐き出した。身体中嫌な汗でびっしょりだよ。
 世界の眼の先では、少女が森の中に移動している様子が確認出来たが、あれは一体何だったのだろうか。少なくとも人間ではないが、生きているのかも微妙な気がする。・・・そう、あれはまるで最初に出会った頃のプラタを彷彿とさせるものがあった。
 しかし残っている妖精は、妖精の森を護っているという一人だけだと言っていたから、おそらく違うだろう。精霊の可能性はあるが、西の森からほとんど離れていない場所の精霊が、わざわざ人間に姿を見せるものだろうか? という疑問が湧く。
 では何かと問われれば、残念ながら分からないとしか答えられなかった。昨日も未知の敵が居たし、人間の情報網はこんな近場でもまだまだという事だろう。
 とりあえず、少女から距離を取りつつ遠回りする事に時間を費やしたので、もう今日の時間はほとんど残っていない。戦う気分でもないし、大人しく北門の方に戻るとしよう。それにしても、あの少女は異質だったな。それでいて、とても強そうな気配を感じた。念のためにプラタとシトリーに訊いてみようかな。

『プラタ・シトリー、聞こえる?』
『御声、届いております。ご主人様』
『どったのー? ジュライ様』

 北門へと移動しながら、二人に繋ぐ。

『さっき北の森に奇妙な少女が居たのだけれども、何か分かる?』
『少女、で御座いますか?』
『・・・ああ、確かに何か居るね』

 プラタには珍しくあの少女の事は把握できていないようで、代わりにシトリーが言葉を返す。

『あの少女が何なのか分かる?』
『うーん。魔力の塊である事しか分からないね。魔物とも違うし』
『魔力の塊ですか、それでしたらこちらでも捉えておりますが・・・申し訳ありません。私の知識不足です。ですが』
『ですが?』
『過去に似たような存在でしたら幾度か確認しております』
『そうなんだ! それで、それはどんな存在だったの?』
『はい。今回と同じで魔力の塊でして、魔族や天使、ドラゴンなどの国で存在が稀に確認されております。しかし、そのどれもがただ彷徨うばかりで、自然と消えていきました。時には誰かの手によって消されておりましたが、何か害を為したなどの前例は・・・多少ありますが、それは無理矢理消し去ろうとした際に起きた抵抗のようなモノです』
『なるほど。という事は、放っておいても問題ないという事?』
『今まで通りであれば』
『・・・ふむ』

 ボクは少し考える。アレが何かまでは分からないが、こちらから手を出さなければ何も問題はないという事らしい。

『分かった。ありがとう』
『御役に立てず申し訳ありません』
『ごめんねー、ジュライ様』
『いやいや、十分助かったよ。ありがとう』

 申し訳なさそうな二人にもう一度感謝の言葉を告げると、会話を終える。その頃には北門前に到着していた。
 しかし北門前に到着するも、やはり少し早かったようで、まだ全員が揃ってはいない。人数を数えてみたが、まだ半分しか揃っていなかったので、全員が揃うまで座って休む事にした。
 その間、監督役の魔法使いの女性は、他の監督官と何やら会話を始めた。もしかしたら北の森に居た少女について話をしているのかもしれない。
 待っている間は暇なので、どうしようかと考え、思いついたことを実行に移す。その為に、現在影の中に居るフェンに声を掛けた。

『フェン、聞こえる?』
『何で御座いましょうか? 創造主』

 ちゃんと繋がったのを確認すると、ボクはフェンに思いついたことを話す。

『フェンは、ボクがさっき北の森で少女に遭遇したのを知ってる?』
『はい。把握しております』
『それなら話が早いのだけれども、その少女の様子を確認したいから、ちょっと森の中まで行って見てきてくれない?』
『承知致しました』

 直ぐに承諾してくれたフェンが移動したのを確認して、五感を共有する。
 五感を共有すると、そこは既に森の中であった。耳を澄ましてみると、幼さの残る声での鼻歌が聞こえてくる。
 その鼻歌のする方へとフェンが一瞬で移動すると、そこには件の少女が、かわるがわる片足で軽く跳びながら、機嫌よく森の中を移動していた。
 何をしているのかと離れた位置から観察を始めると、突然少女が首の向きをぐりんと変えて、こちらに目を向ける。

「ア! ミたことないコ!」

 そう言葉にすると、少女はフェンの方へと猛然と突っ込んでくる。
 それに驚きつつも、フェンは急ぎ影の中にその身を隠す。

「ムー! キみもどこかにいくノー!」

 少女は屈むと、フェンが消えた辺りの地面をぺちぺちと叩きながら、不満を口にする。それにしても、この少女の言葉は酷く聞き取り辛い。
 おそらく様々な言語やその発音が混じった奇妙な言葉を発しているからだろう。ボクは人間・エルフ・魔族・天使の言語が少しは分かるから何とかなってはいるが、中には聞き慣れない言語や発音も混ざっているので、聞き取るのが余計に難しい。それでも基本は魔族語のようだし、話している内容は単純なものなので、拾える言葉だけで何を言っているのかは今のところ理解出来ている。
 本当にこの少女は何者なのだろうか? そんな疑問が浮かぶも、何となく記憶の中にその答えがあるような気がして、こそばゆい様な気持ち悪い様なじれったい感覚を覚える。
 暫くそうして地面を叩いていた少女は、不機嫌そうに頬を膨らませて立ち上がる。

「ヤっぱりここはつまらなイー! オそとにいこうかナー?」

 少女は手をぶんぶんと振りながら、そんな事を叫ぶ。その間にフェンは影を移動して距離を取ると、少女が突撃してくる前に居た方に姿を現す。
 しかし、そうしてフェンが影から姿を現わした瞬間、少女は再び首をぐるりと回し、フェンへと嬉しそうな顔を向ける。

「マっテー!」

 もの凄い勢いで駆けてきた少女に、フェンは再び影の中に隠れる。

「ソういうあそびなノー?」

 少女は不思議そうな顔をしながらも、フェンが消えた辺りの地面をぺちぺちと叩く。
 その間にフェンは影を移動して距離を取ると、別方向から姿を現すが、やはり少女はすぐさまそれを察知して、嬉しそうに駆けてくる。

「ワーイ!! モっとあそボー!!!」

 そんな事を暫く繰り返していると、次第に少女は楽しそうな声をあげながらフェンを追いかけてくる。
 それにしても、何でそんなに一瞬でフェンの居場所を察知できるのだろうか? 魔力を察知する鋭敏な感覚を持っているのかな? それと、そのおよそ子どものものとは思えない足の速さだ。瞬きひとつする一瞬の間に、短距離の転移でもしているのかと思うほどに一気に距離を詰めてくるので、その速度が心臓に悪い。それも森の中で、なのが余計におそろしい。

「ツぎはどこかナー!!」

 わくわくとした口調で少女は周囲に目を向ける。
 こうしてキャッキャッとはしゃいでいる姿は、年相応の子どもにしか見えない。まあ内容はただのかくれんぼや追いかけっこというお遊戯の様でいて、その実、かなり水準の高い攻防ではあるが。
 とはいえ、楽しそうにしている少女には申し訳ないが、そろそろ時間になる。フェンに任せていてもいいのだが、ボクは大結界の内側に戻らなければならない。片目でも何とかなるとは思うのだが、区切りは必要だろう。
 そういう訳で、その事をフェンに伝えると、フェンもボクの影に戻るらしい。一応少女に別れを告げた方がいいのだろうか? うーん・・・。
 少し考えた後、ボクはフェンの口を借りて少女に別れを告げることにする。念のために大きく距離を取り、そこから声だけを風に乗せて少女に届けた。

「エー! マだあそボー!!」

 少女はこちらに駆けながらそう口にする。
 それを躱しながらもう一度別れを告げると、フェンは一瞬で北門前のボクの影まで戻ってきた。
 少女の様子が少し気にはなったが、まあ大丈夫だろう。それにしても、いまいちよくわからない少女だったな。
 そう思いながらも、全員が集まったので、ボクは皆と一緒に大結界の中に入っていく。そして夕暮れのなか広場で解散すると、自室へと戻る。

「・・・・・・」

 その移動中に考えてみるも、少女の正体までは思い至れなかった。彼女の正体をボクは知っていると思うんだけれども。少女自身には見覚えはないが。・・・ああ、実にもどかしいものだ。





「アーア、イっちゃター」

 少女はそれの気配が消えた事に、心底残念そうな声を出した。

「ムー。ツぎはなにをしようかナー」

 少女は難しい顔をすると、森の中を移動し始める。
 周囲を見渡しながら少女は進むも、森の中は生き物が死に絶えたかのように静かで、どれだけ進もうと何とも遭遇しない。・・・いや、実際はそうではなく。

「ンー、ミんなもかくれんぼしてるのかナー?」

 少女はその鋭敏な感覚で、離れたところで息を潜めている幾つもの存在を捉えていた。

「ダからみんなちかくにいないノ?」

 うーんと、少女は見た目に合った可愛らしい仕草で首を傾げると、浮かんだ疑問を口にする。

「イったいだれとかくれんぼしているんだロー?」

 少女はそれが自分を恐れて息を殺しているのだとは露ほども思わず、無邪気に誰かと遊んでいるのだと考える。それ故に、少女は一つの結論に思い至った。

「ソうダ! ワたしもあそびにまぜてもらおウ!」

 名案だと言わんばかりの眩い笑みを浮かべると、少女は隠れている相手目指して一目散に駆けていく。
 それに気づいたそれらは慌てて逃げようとするも、しかしそれではあまりに遅すぎた。

「ワたしもまぜテー!!」

 突然眼前に満面の笑みを浮かべて現れた少女に、隠れていた者達は驚いて少女から距離を取ろうと進路変えて逃げていくが、

「ア! コんどはおいかけっコー?」

 少女はそれを嬉々として追いかけていく。

「ツっかまーえター!」

 追いかけて直ぐに少女は近くの一匹を捕らえた。捕らえられたニワトリの様な姿をしているそれは、少女に向けて石化の魔眼を向ける。しかし。

「アはははははハ!!!」

 少女はただ楽しそうに笑うだけで、何の反応も返さない。ニワトリに似たそれは次に毒の息を吐くも、相変わらず少女には何一つとして変化がみられない。
 ニワトリに似たそれは攻撃方法を変えて口を閉じると、少女に向けて勢いよく嘴で突いた。その嘴は少女の身体を貫通したのだが、貫通してもそこに何も無いかのように、全く感触が感じられなかった。

「ツぎはだれかナー!?」

 少女は痛痒を感じないどころか、ニワトリに似たそれが自分に何かをしたという事さえ認識していない様子で、捕まえた獲物を無造作に離すと、次の標的へと目を向ける。
 そんな追いかけっこがしばらく続き、過度な疲労と恐怖で動かなくなった周囲へと少女は不満げに目を向けた。

「モうおわリー!!」

 そう不満を漏らしながら、少女は動かなくなったそれらをぺちぺちと叩いて追い打ちをかけていく。

「何だ、まだ居たのか」

 そこに刃の様な鋭さを感じさせる声が投げられる。その声は、少し前に聞いたばかりの声であった。

「ム! コのまえのつまらないひト!」
「ふ。好きに言えばいい。それよりも、だ。お前、本当に我が同胞を知らんのか?」

 相変わらず声だけが届くが、あれから成長した少女は、既にその声がどこから届いているのか察知していた。

「シらないよーダ!」
「・・・そうか。今のお前からは我が同胞が追っていた相手と似た魔力を感じるのだがな」
「ソんなのしらないよーダ!」
「そうか。あくまで語らぬというのであれば、ここで果てるがよい!」

 その言葉と共に飛来してきた雷撃を、少女はまともに受ける。

「チッ!!」

 しかし、それは少女の身体を通り抜けると、背後の木にぶつかって弾けた。

「ム! シってるヨ! イきなりおそってくるのハ、ワるいひとだっテ!」

 少女は憤然とした口調でそう声を上げると、その声の主へと向けて瞬く間に発現させた火球を放っていく。

「クッ! なんて威力だ!!」

 人の頭ほどの大きさの火球に込められている魔力密度のあまりの高さに、声の主は驚きと共に慌てて回避行動を取る。火球が当たった太い枝が一瞬で炭化するも、燃え広がる様子はみられない。

「ワるいひとはゆるさないヨ!!」

 少女は次々と魔法を発現させては放っていく。そのどれもが基礎魔法であったが、発現させる魔法の種類は多彩であった。そして、その一つ一つが必殺の威力を有していた。

「クソっ!! 何なんだこいつは!!!」

 少女の追撃をその声が必死に回避していると、少女に向けて横やりが入る。

「オなかまさン? コうげきしてきたシ、ヤっぱりあくだネ!」

 少女は声の主への攻撃を止めることなく、並行して横やりを入れた連中へと的確に攻撃を実行していく。少女はそれで声の主への援軍を一瞬でほぼ壊滅させてしまった。

「お前は魔物なのか!? あの変異種の仲間か!? それとも・・・アイツを喰ったのか!?」

 回避を続けながらの必死な問いに、少女は容赦の無い攻撃を継続しながらも、少し考える素振りを見せる。

「ナにをいってるのかわからなイ!!」

 しかし直ぐに両手を上げて、子どもが癇癪を起こしたようにそう大きく叫ぶと、

「ダかラ・・・モうあそびはおわりだヨ?」

 少女は突然何かが切り替わったように雰囲気が一変すると、今までの天真爛漫とした子どもの様な口調ではなく、驚くほど冷たく、それでいて大人びた声音で静かにそう告げた。





「ふむ。中々に興味深い」

 完全なる闇の世界で、オーガストは何かの作業をしながらそう呟いた。すると、どこからか現れた優しい光がふよふよとオーガストの周囲に漂い出す。

「ん? ああ、先日生まれた存在が中々に興味深くてね」
「――――――」
「そう、それだよ」
「――――――」
「まあ数々の精霊を生み出した君から見ればそうなんだろうが、僕から見れば興味深いのだよ。だから少し手助けしてみようかとも考えているのだが――」
「――――――」
「ん? いいのか? そんな事をして。まして僕に頼むなんて」
「――――――」
「そうか。まあ確かに今更だがね。だが、ふむ。どうしようか・・・」
「――――――」
「そうは言うがね、こういう事は大事だろう。昔何かの書物でそう読んだ記憶があるぞ?」
「――――――」
「そうさせてもらう。少々時間をくれ」

 そう言うと、オーガストは何かの作業をしながら思考を巡らせる。
 それから暫く経つと、オーガストはひとつ頷いた。

「そうだな。では・・・ソシオという名を君に送ろう」
「――――――」

 オーガストの言葉に、その光は激しく明滅する。

「そう喜んでもらえれば、名を付けたかいがあるというものだ」
「――――――」
「ん? これかい? これは・・・何といえばいいのか分からないが、魔物創造の様なモノだ。ここでは本当の意味での完成までは至れないがね」
「――――――」
「彼が少々興味深かったからね。どんなものかと思っただけさ。それに彼は少々期待外れでもあったので、代わりが必要だろうと思ってね。ま、期せずして候補は見つかったが、念の為さ」
「――――――」
「さてね。こういうものには、少なからず術者の意思というモノが反映されてしまう。最初はアレの、次は彼の。・・・では、これはどうなる? 僕にも分からないさ」
「――――――」
「ああ、ソシオの言葉通りだったよ。まさか未だにアレを使いこなせないとは予想外だった。それでも世話になったからな、彼には近いうちに肉体でも与えようかと考えているところだよ」
「――――――」
「んー、今の状況でそんな事をしたら、きっと僕は世界を壊しかねないよ?」
「――――――」
「ソシオは過激だねぇ。でもまぁ、僕はそれも含めて関心が抱けないのさ」

 オーガストが興味なさそうに光の明滅に答えると、

「・・・あとは外での作業が必要だが、とりあえずはこれで完成だろう」

 まるで料理が出来たかのような気軽な口調で、そう呟いた。

しおり