バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

北門警固3

 敵性生物を討伐した翌日から、ボクは北門の東側への見回り任務に就いていた。
 現在防壁上を進んでいるが、いつもなら一部隊五人の二部隊十人で見回りを行うのだが、今回は三部隊十五人で見回りを行っている。
 何故かと思ったが、最初にそれを説明された。
 どうやら北門の東側に何かが居ると推測されるので、警戒の為に普段よりも人数が多いのだとか。それに、最近東側の森の住人達の動きが活発らしい。平原まではあまり出てきていないようだが。
 そういう訳で三部隊で見回りを行っている。
 防壁上は広い為に十五人でも大して問題はないのだが、見回りをしている身には五人増えただけでかなり大人数になったような気分になってくる。それはボクの所属している部隊が最後尾だから余計にそう思うのだろうか。
 三部隊で見回りを行いながら、この原因になったと思われる変異種の様子を確認する事にしたのだが。

「・・・・・・」

 変異種は濃密な魔力を垂れ流しているので、その存在の有無は直ぐに分かった。しかし、相変わらず魔力の霧に隠れてその存在を直接確認するには至れていない。
 魔力の特に濃い部分に居ると予測してみるも、いまいちはっきりとしない。しかし、かなりゆっくりと動いているのだけは分かった。向かっている先は東の森の中。
 前にプラタに聞いた東の森の様子を思い出し、ボクは視線を東の森に向ける、
 東の森には大量の魔物の姿が確認出来るのだが、北の森の近くからは距離を置いている魔物が多い。そんな中でも変わらず北の森の近くに留まっている魔物の姿も見受けられる。それはどれも強いのが分かった。
 それでも変異種には劣る気がする。プラタの言葉通りならば、魔族の動向も調べた方がいいのだろうか。
 少し考えるも、今はまだいいだろう。魔族が居るのは東の森の先だが、少々遠すぎる。世界の眼はまだ完全には使いこなせていないのだ、無理に遠くまで眼を飛ばさなくてもいいだろう。
 見回り自体もまだ平和だ。今いる辺りは、昨日敵性生物討伐で来た場所だが、やはり敵性生物はほとんど存在しない。
 そういえば、今回の見回りの部隊は三部隊以外にも違う部分があった。それは見回りしているのは三部隊ではあるが、この三部隊を今までのように合同ではなく、見回り中は一部隊とみなして、その際の部隊長が一人置かれていた。
 とはいえ、黙って防壁の外側を警戒する事に変わりはない。歩く速度はそこそこ速いが、それは問題ではなかった。
 そのまま昼まで見回りを行い、途中の詰め所で昼食を摂る。
 相変わらずボクは昼食を持ってきていないが、それを気にする者は誰もいない。本当に北門は楽でいい。
 全員が食事をしている間は、いつも通りにプラタ達と会話をして待つ事にする。
 まずはプラタとシトリーに繋ぐ。せっかくなのでフェンにも繋いでおこう。

『プラタ・シトリー・フェン、聞こえているかな?』
『ご主人様の御声、確かに届いております』
『ジュライ様どったのー?』
『如何致しましたか? 創造主』

 三人の返答を聞き、ちゃんと繋がった事を確認する。

『少し話しをしようと思ってね』
『何の話をするの?』
『そうだな・・・ああ、その前に北の森に居る変異種の近況は分かる?』

 自分でも確認したが、一応プラタ達にも訊いておこう。

『北の森の変異種でしたら、現在東の森に入ろうとしているようです』
『あれ、ちょっと自我が壊れかけてるよねー』
『ん? どういう事?』

 自我が壊れかけているとはどういう事だろうか?

『濃い魔力に当てられ過ぎたというか、あの変異種自体に素質がなかったようで、力に負けたようだね。正直まだ自壊してないだけ大したものだよ』
『そうなのか。そんな事があるのか』
『何というか、魔力っていうのは毒だからね』
『毒?』
『その存在の適正な量を越えると魔力に蝕まれるし、少なくても渇いて弱っていくんだよ。この適正値は個人差が在るものの、魔物はその許容範囲が他の種族よりも広いはずなんだけれどねー』

 シトリーは少し呆れた様にそう口にする。

『自我が壊れるとどうなるの?』
『大体は、とにかく噛みつくようになるね。でもここまでいけば、ほっといても自壊して勝手に消えてしまうよ』
『ふむ。あれはいつから狂ってるの?』
『森に入ったばかりの頃はまだ大丈夫だったと思うけれど・・・』
『森に入った当初から狂いが生じておりました。ですが、決定的に壊れたのは北の森の中ほどを過ぎた辺りからだったかと。今のように完全に壊れる一歩手前になったのはつい数日前と記憶しております』
『そうか・・・という事は、厄介な事になるかもしれないな』

 プラタの話では、変異種は頑なに魔力濃度の薄い人間界に近づくのを嫌っていたらしいが、自我を失ってしまったならばどうでるか判らなくなってしまうな。
 しかし、今のままならばハンバーグ公国側に出る可能性が高いか。その前に森で果ててくれれば楽なんだけれどもな。

『恐らくですが、今の変異種の状態を勘案するに、自壊に至るまでにはまだ暫くの時間が必要であるかと』
『まだ掛かる、か』
『はい。魔力過多による自壊ですので、魔法もかなり強力なモノになっております』
『それは・・・変異種が来なくとも、流れ弾がこっちに来るかもしれないな』
『はい』

 それはそれで非常に面倒くさいな。しょうがないから監視をしておくか。プラタ達にも頼んでおこう。

『プラタ――』
『監視は継続致します』
『う、うん。ありがとう』
『それで、もし人間界へと魔法が放たれた場合は如何致しましょう?』
『人間では防げそうになかったら、代わりに防いでおいてくれないかな?』
『畏まりました』
『いつも悪いね』
『いえ、ご主人様の為に動ける事は望外の喜びですので』
『むー! 私もやるー!』
『あの程度の存在でしたら私独りで十分です』
『それは分かってるけどー!』
『他の事でご主人様の御役に立てばいいではないですか』
『むむむ。他の事って何があるかなー』

 そう言うと、シトリーは考え込んでしまった。
 シトリーが思案している間に全員の食事が終わり、そのまま食休みに移行する。
 まだ出発には時間があるので、三人との会話を続ける事にした。

『・・・むむむ、思いつかない』
『じゃあ、プラタと一緒に監視をお願い出来る?』
『むー、分かったー』

 不満げながらも、シトリーはそれを了承してくれる。

『小生は如何致しましょうか? 創造主』
『そうだな・・・変異種の近くに寄っても大丈夫なのかな?』
『それでしたら問題ないかと』
『そうか。それじゃあ、ここから変異種が居る場所までどれぐらいで移動できる?』
『一瞬で可能です』
『それなら、一度変異種の姿を確認しておきたいから、行ってきてくれる?』
『畏まりました』

 フェンが影から移動したのを感じ、フェンの視界を共有する。
 視界の先には、暗い森の中を進む大きな影。それは人間のモノに似た胴体に鳥類を彷彿させる脚、獣のそれによく似た腕と猛獣の頭をしていて、全体的に無理矢理肥大化させたような歪な大きさをしていた。
 その存在が垂れ流す魔力の濃度は濃いものの、濃度が安定していない。多少濃いぐらいから、気分が悪くなりそうなほどに濃密な部分と様々だ。それでいて量もあるのだから、視界を塞ぐほどの魔力の霧も頷けた。
 それにしても、それだけの濃さと量を垂れ流しておきながら、自壊する程というのはどれだけの量を取り入れているのか。それとも魔力を溜めておく器が小さいのだろうか?
 疑問を感じつつも、観察を続ける。耳を澄ませてみると、微かに音が聞こえてくる。フェンとの繋がりが安定してきたのかな? これからもこのフェン越しに世界を見聞するのを積極的に行い、慣れなければな。そうすれば、情報収集も楽になってくる。
 聞こえてくる音は不明瞭なうえに小さいので判然としないが、何か呻いている様な感じの音のように思える。
 変異種の周囲には何も居ない。変異種の移動速度は遅すぎて、直接視てみれば、まるで立ち止まっているかの様に思えるほどだ。
 その他には何かないかと思い再度周囲を見渡したが、特に何も無い。それに、そこで食休みも終わり出発の時間となってしまった。
 フェンには戻ってきてもらい、ボクは三人との会話を打ち切って詰め所の外に出る。
 外で整列すると、見回りが再開された。
 北門の東側は、西側に比べれば草木が多いように思える。多いと言っても、街の方が草木を目にしそうだが。
 こちら側には少ないながらも花が咲いている。白く小さな花だ。
 その花が風で揺らぐのを目にしながら、見回りを続ける。
 東側の境に近づくにつれ、敵性生物の反応も増えてきた。今はこちら側の魔物や動植物が追いやられているからだろう。
 それでも話に聞く大騒動のような賑やかさは全く感じられない。既に大規模な討伐は終わったのかもしれないし、聞いた通り本当に平原にはあまり出てきていないのかもしれない。
 見回りも進むと、平原を警戒している十人程の魔法使いの一団を確認する。どうやら防壁上だけではなく、平原にも見回りを置いているようだ。だから敵性生物が少ないのかも。
 視界を東側に先行して飛ばして平原を確認すると、他にも幾つも同じように警戒している魔法使いの一団が居た。それも、それなりに手練ればかりだ。
 厳重な警戒の中、見回りを行う。道理で防壁上で見回りを行っているのが兵士ばかりだと思った。防壁上の魔法使いは生徒が主だ。
 それから夕暮れ頃まで見回りを行い、近くの詰め所に入っていく。
 夕食はいつも通りに保存食で、それが終われば全員が好き勝手に休むなり雑談するなりを始める。
 ボクは窓から外を眺めながら、三人との会話を再開させる。

『プラタ・シトリー・フェン、聞こえる?』
『問題なく聞こえております』
『大丈夫だよー』
『支障ありません。創造主』

 三人の返事を得た後、僕は話を始めた。

『現在の北の森の状況って今どうなっているの?』
『北の森西側は概ね変異種が現れる前の状態に戻ってきております』
『東側は、人間界から見て奥の方に逃げたのが多いね。変異種はまだそこまで無差別に襲っている訳じゃないからね』
『そうか、東側は南下したのではなく北上したのか』
『はい。南下して平原に出た者達も少しは居ましたが、それらは悉く人間の魔法使いに討伐されました』
『なるほどね。でもまぁ、西側が落ち着いたのはよかったかな。これで平原にも森の住人が姿を見せるだろうし』
『必要でしたら、森の中から追い立てましょうか?』
『んー、それは時間的余裕が無くなってから一考しようかな』
『畏まりました』
『のんびりやるさ。まだ北門には着いたばかりなんだからさ』

 北門に来て一月も経っていないのだ、まだ焦る時ではないし、のんびり出来るならそれもまたいいだろう。

『ああそういえば、ペリド姫達の方はどうなってるの?』

 奴隷売買の組織の頭目は捕獲しても、それで全てが終わるわけではない。枝葉までしっかり把握しなければならない事だろう。

『例の頭目は捜査にはあまり積極的ではない・・・というよりも怯えているようで、末端の情報ばかりしか分かっていないようです』
『怯えるね』

 手広く商売していたみたいだもんね。各国の上層部にも根を張っていたぐらいだし。

『手近に脅威が居るもんねー』
『それを見越して護衛を付けているようではありますが』
『それはまた大変だ』

 そういえば軍部にも商売相手が居たんだっけ。身内に敵がいると厄介だね。ペリド姫達も大変そうだ。

『そういえば、魔族軍は今どんな感じ?』
『相変わらず影響力を拡げております。ドラゴンの住まう山も、麓の一部が魔族軍が占領致しました』
『西や東もちょっと拡大したね。南は魔物が押し返しているけれども、他の方面は割り方順調ってところかなー』
『天使は?』
『国に籠ったまま変わらずです』
『なるほどね・・・北の森の先に居る魔族軍については聞いたけれどもさ、東の森の先に居る魔族軍は何しに来てるの?』

 北の魔族軍は砂漠で釣りをしに来ているらしい。
 東側の森の先は沼地が広がっているだけで何も無いと言われているが、魔物が大量に巣くう森を抜けて実際に見た者が本当に存在したのかどうかは疑わしかった。もしかしたら東の森が平和だった時代があったのかもしれないが。
 そう考えると、そもそも人間はどうやって森を抜けて平原に辿り着けたのだろうか? 記録がないので地形が変わったと言われればそれまでだが。

『東の魔族軍は遠征軍で御座います』
『遠征軍? 森の先には何か居るの?』

 沼地があると記載されていた資料にはそれだけしか書かれておらず、そこに何が生息しているのかという記述は全く無かった。

『魚人が住んでおります』
『魚人?』
『はい。魚に人間の手足が付いたような姿をした種族です』

 魚って確か水の中に棲んでいるんじゃなかったか? でも、砂よりは沼地の方が納得できるのか? いや、それよりもだ。

『未だに魔族軍が滞在しているという事は、その魚人は倒せてないって事?』
『はい。単純に魚人の戦闘能力が高いというのもありますが、水辺は魚人の地、そう容易くは落とせません』
『森の中でのエルフみたいなものか』
『はい』
『魔族軍の主力はやっぱり異形種?』
『左様で御座います。この周辺で大量の兵力を動員可能な種族といえば異形種のみで御座いますれば』
『異形種も災難だね。南に侵攻してるのも主力は異形種?』
『ううん。異形種も結構居るけれど、主力は魔族だよ』
『そうなんだ。それで圧されてるのか』
『ふふん♪ 南の魔物は強いんだよー』
『そうみたいだね。南は魔力濃度が高いってこと?』
『濃いけれど、濃さでいったら北側の魔族や天使達が本拠にしているところの方が濃いねー』
『そうなの? じゃあなんでそんなに強いの?』
『南側にはね、純度の高い魔力が多いんだよ! まぁ、妖精の森程じゃないけれどさ』
『純度の高い魔力?』

 魔力には濃淡だけでなく純度まであるのか。

『うん。魔力には質があるんだよ』
『質?』
『魔力ってね、漂っている内に汚れたり劣化したりするんだよ。とはいえ、それが理解できるのはかなり少ないんだけれども』
『そうなの? 知らなかったよ』
『今度プラタにでも頼んでみれば? 妖精は魔力を生み出すだけじゃなくて、不純物を取り除いて魔力を循環させてもいるから、最高純度の魔力が体験できるかもよ?』
『へぇー。妖精ってそんな役割も担っているのか』

 なんだろう、今サラッと重要な事を聞かされたような気がするんだけれど。

『今度頼める? プラタ』
『勿論で御座います』

 空気が綺麗とかそんな感じなのかな? これは楽しみだな。
 そんな話をしている内に夜も更け、広間に残っているのはボク以外に部隊長と二人の部隊員のみとなっていた。その三人は何か打ち合わせのような事をしているが、まぁいいか。

『そうだ、フェン』
『何で御座いましょうか? 創造主』
『フェンの目を通した世界を視るのにも慣れたいからさ、これからはちょくちょく色々な所に行ってもらうかもしれないけどいい?』
『御身の思うがままに御命令下さい』
『ありがとう』

 世界の眼は便利ではあるが、フェンの目を通して得られる情報とは種類が違うからな。
 あえて世界の眼から得られる情報を表現するならば文字媒体のような情報で、フェンの目から得られるのは映像媒体での情報だから、両方を活用していきたい。それが出来れば情報の精度が一気に上がる事だろう。後はフェンの目からの情報だけではなく、音もはっきりと聞けるようになりたいな。こっちは慣れればどうにかなるものなのかな?

『まぁそれはそれとして、フェンも他に見たいものとかあったら好きに移動していいからね? 何かあったらこうして伝えるから』
『畏まりました。御心遣い痛み入ります』
『フェンで魔物との繋がりが理解できるようになったら、もう一度魔物創造してみようかな』
『おー! それは楽しみだなー!』

 ボクの言葉に、シトリーが食い気味に反応する。前から言われていたからな。

『その為にもまずはしっかり理解しないとね。まだ視覚情報を得るのでやっとだもん。でも、他の五感からの情報も得られるのかな?』
『創造主でしたら可能で御座います』
『そうなんだ』
『はい。前回は聴覚情報との繋がりを微かに感知致しましたので』
『そういえば、小さく何か聞こえていたか』

 努力でどうにかなるのであれば頑張ってみよう。
 他にも嗅覚や触覚も感じることが出来るようになるのか。味覚は・・・必要なのかな? 人間では食べられない物の味を知る時とか? ・・・ま、まぁ、今は視覚と聴覚が優先だな。
 そんな話をしている内に、残っていた三人も寝る為に部屋を移動する。
 それを目の端で捉えながら、ボクは三人との会話を続ける。といっても、そんなに色々と話題がある訳でもないが。

『そういえばさ、プラタとシトリーはいつもは何処に居るの?』

 せっかくなので、今まで気にはなっていたが、あえて訊かなかった事を問い掛けてみる。

『何処という程同じ場所に留まっている訳では御座いませんが、()いて申し上げましたら、ご主人様が常に確認出来る位置に居ります』
『私達は何処ででも存在出来るからねー』
『そ、そうなんだ』

 まぁフェンは影に隠れられるし、おかしな事ではない・・・のかな? 余計に謎が深まったような、逆に妙に納得出来たような。
 それからも四人で雑談を交わしていると、空が白みだす。その頃になると、部隊員達も起きてきた。
 朝の挨拶を交わしていると、部隊長が籠に入れた保存食を持ってくる。それを起床している全員に行き渡った辺りで、残りの部隊員達も起きてくる。
 その部隊員達にも保存食を渡し、全員で朝食を食べ始めた。
 それから少しして朝食を食べ終えると、食休みに入る。その間に一部の部隊員達は片づけを始めていた。
 片づけが先行して行われたおかげで掃除は直ぐに終わり、見回りを行う為に全員外に出て整列する。
 それが済むと、ボク達は東に向けて歩みを開始した。





 暗い暗い森の中、そこを呻きを上げて進む大きな影。
 その影は呻き声を上げながらも、ぐちゃりぐちゃりと口元から何かを咀嚼するような粘着質な水音を響かせる。

「ウウゥゥゥ。待っデイデ、必ズ、必ズヤグゾクバ守ルガラ」

 苦しそうな声ながらも、その大きな影はそう言語を発する。
 それは濁っていてあまりにも聞き取り辛いものの、聞く人が聞けば魔族の扱う言語に似ている事に気がついたことだろう。
 その後もその影は苦しそうな呻きを上げながらも、暗い森の中を遅い歩みで進む。

「ウウゥゥウ」

 その大きな影は自分がもう限界なのだと、消えゆく意識の中でも理解していた。それでも、歩みを止める訳には行かなかった。

「待ッデイデネ。今スグ行クヨ、ヘマ」

 誰かに誓うように大きな影はそう口にした。そんな大きな影の動向を、森の外より眺める瞳が四つあった。





 太陽が中天を過ぎようかという頃、ボク達は東門との管轄の境近くにある詰め所に到着する。
 詰め所の中には相変わらず熟達者のような雰囲気の人達が詰めていたが、少し空気が重いというか、ささくれている気がする。
 ボク達は端の方の机に腰掛けると、部隊長が保存食を取りに行った。
 暫くして部隊長が昼食を持って戻ってくると、全員にそれを行き渡らせて昼食とする。
 食事をしながらそれとなく周囲の様子に目を配ると、どうやら空気が張りつめているのは変異種の影響のようだ。平原の警固や見回りの数が増えてるので、考えるまでもなかったかもしれないが。
 それにしてもだ、確かにここまで変異種の魔力の存在を感じるものの、平原は至って平和だし、変異種も森の比較的奥の方に居るのだからもう少し余裕を持ってもいいと思うのだが。
 変異種の動向や平原の様子を探りながらボクが考え事をしている内に昼食が終わる。緊張した空気のせいか、今回の食休みはみんな静かだった。
 そんな短い休憩を挿んだ後、ボク達はさっさと詰め所を出る。
 折り返しは防壁の内側の見回りだが、クロック王国の東側は西側ほど木が多くはない。その代り田畑がやたらと目立つ。
 人の姿はそう多くはないが、やはり平和なものだ。防壁外の緊張なんて伝わっていないかのようなその光景に、のんびりとした気持ちになれる。
 そんな穏やかな気持ちのまま見回りを継続する。今の気分はクロック王国の観光だろうか。わくわくはしないが、悪くはない。
 そのまま見回りを続けて日暮れになったので、途中の詰め所に入る。
 詰め所では毎度の通りに夕食を食べると、後は自由時間だ。詰め所を出ないのであれば、寝ようが喋ろうが好きにしていい。
 ボクは頬杖をつくと、相変わらず窓の外を眺めながらボーっとする。二年生の頃にはこの時間に色々と魔法について考察していたが、どうやらあれは兄さんの思考回路が混線していた影響が強く出ていたらしい。今でもあれこれと考えるのは好きだが、前ほど熱心ではなくなった気がする。
 それでも高みを目指す為に思考しなければならないと思うのは、やはり兄さんの背中でも追っているのだろうか? もしそうだとしたら、我が事ながら無謀が過ぎるな。
 ボクはそんな無謀な自分に呆れながらも、思考を続ける。その思考の最中、耳にジャニュ姉さんの話が入ってくる。やはり知っている人間の名前が出ると、無意識に耳が拾ってしまうな。
 内容は噂話程度のもので、北の森の緊張がこのまま続くようであれば、もしかしたらジャニュ姉さんが出張ってくるかもしれないというものであった。
 それとともに、同盟相手であるハンバーグ公国から、公国の最強位であるクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様も姿を見せるかも、というモノであった。
 まぁ流石に噂話でしかないだろう。とはいえ、変異種が姿を見せるような事態にでもなればそれもそうとは言えなくなるが、その辺りはこちらで変異種を監視しているから分かるだろう。
 それにしても、改めてジャニュ姉さんがクロック王国の最強位なんだなーと実感した話だった。あんな姉さんなのにな。

しおり