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同調と創造2

「畏まりました。では、次は何の魔法を創造致しましょうか?」

 プラタが次の同調させる魔法を問い掛けてくるがその前に、ここ最近酷使している事への礼をせねばなるまい。

「その前に、最近プラタに頼り切ってばかりで申し訳ないので、何かお礼をしたいのですが、何か僕に出来ることでしてほしい事や欲しいものはありませんか?」
「そんな勿体なき御言葉、私にはそれだけで十分で御座います」
「うーん。そう言わずに何かない?」
「・・・・・・では、なんでもよろしいのでしょうか?」
「僕に出来ることならですが」
「それでは、僭越ながらひとつだけお願いしたき儀が御座います」
「何でしょうか?」

 プラタの真剣な雰囲気に僕も緊張して背筋を伸ばす。一体何を要求されるのだろうか?

「では、以前にも申し上げましたが、その口調をどうにかして頂きたく」
「へ?」

 口調? そういえば前にそんなこと言われていたような気がするけど・・・。

「私は身も心も全てご主人様のモノです。ですから、もっとぞんざいな言葉遣いで御願い致します。もういっそ道具に対する様に、いえ、もう私を道具の様に扱ってください!」
「・・・・・・」

 あれ? 妖精ってこんな面倒な性格なの? え? どうしよう、声がどこまでも平坦で無表情なのが余計に怖い・・・とりあえず、何かすると言葉にした以上、ある程度の譲歩は必要だな。

「えっと、で、では、口調だけくだけた感じでしま、するから、それで許して?」
「・・・・・・・・・・・・畏まりました」

 何かもの凄く不服そうなんだけど、気のせいだよね・・・。

「そ、そうだ! 同調魔法もだけど、一度魔物創造もしてみたかったんだよね。けど、創造後どうしようか悩んでるんだけど、どうしたらいいと思う? プラタと一緒に行動させれば大丈夫かな?」
「・・・・・・そうですね」

 少々強引過ぎるかとも思ったが、プラタは少し黙った後に口を開いた。

「初めてという事ですので、犬はいかがでしょうか? あのくらいの大きさであればご主人様の陰にも潜れるでしょうから」
「え? 影に潜れる?」

 サラッとプラタの口から出た言葉には、僕の知らない知識が含まれていた。

「御存じありませんでしたか? それも致し方ありませんね。陰に潜る能力を持つほどの強さの魔物は、この周辺ではほとんど確認されておりませんから。他にも、魔物にはその上の言語能力持ち、更に上に影渡り、最上に同族創造持ちなども存在しています。これらは人間界から離れた場所に生息していますが、特にドラゴンどもが占拠している山の麓には同族創造持ちがそれなりに生息していますね」
「・・・・・・」

 何か凄い事を聞いた気がするが、とりあえずプラタはドラゴンが嫌いらしい。その後も簡単な説明が続き。

「つまり、ご主人様の創造される魔物でしたら最低でも陰潜み持ちは確定ですので、創造後は御自身の陰に潜ませておけばよろしいかと存じます。・・・常にご主人様の傍に侍れるなど羨ましい限りではありますが、盾としても御使いになれますので、潜ませておくのは何かと便利ではあるかと」
「そ、そうなんだ」

 戦力評価の仕方が変わってくるとか、魔物誕生の一端を知ったとか色々思う所はあるけれど、とりあえず魔物を創造してみよう。

「じゃ、じゃあ、犬を創造してみるよ」
「はい。賢明な御判断かと」

 僕は意識を集中させる。
 一般的に魔物創造は魔力を集結させて、同時に己が意思を込めると出来上がる。ただし、願い通りの形になる訳ではなく、そこは創造主の無意識も関係してくる。故に、動物の形などの既存の形が多いらしい。とはいえ、形が単純なモノ、形を細かく想像しやすいものなどは願い通りになる場合が多いらしいが、この辺は技術と経験なのかもしれない。
 それとは別に、魔物にも創り易いもの、創り難いものが存在するらしく、今回挑む犬は最も創り易いという話だった。
 そして、集結させた魔力に意思が宿っていくと、魔力が蠢きその形を変えていく。暫くして、狙い通りに四本足の獣の姿を成した。

「おめでとうございます。魔物の誕生御見事でございます。それにしましても――」

 プラタは手を叩いて祝賀しながら、ジッと生まれたばかりの犬を観察する。
 腰丈程の大きさや真っ黒な見た目は普通の犬とあまり変わりはしないのだが、眼が日輪の如く金色に光り輝き、周囲に放つ雰囲気も息を呑むほどに圧倒的だった。これを最弱種の魔物である犬と呼ぶには違和感しかなく、犬とは似て非なる存在の魔物な気がした。
 しかし、それも僅かな間の事。直ぐに何事もなかったように放っていた圧力は鳴りを潜め、闇を滅さんばかりに光り輝いていた眼は輝きを失ってしまった。

「貴方が我が創造主ですか?」

 周囲に目を向けた魔物は、僕を見てそう問い掛ける。

「え、ええ。そういう事になりますね」

 喋ったことに軽く驚きはしたものの、僕はその問いに頷きを返した。

「おお! 偉大なる我が創造主よ! その偉容の美しさ! 我が忠誠を一心に捧ぐに相応しき御方!」

 中々に渋い声に感涙してそうな響きを乗せての賛美に、プラタと同じにおいを感じる。

「当たり前です。私のご主人様なのですから!」

 魔物の言葉に、珍しく分かりやすく胸を張ってそう返すプラタ。

「貴女は?」
「ご主人様の忠実なる臣にして、侍女を務めさせて頂いております、妖精のプラタです。貴方の先輩、という事です」
「なるほど、理解いたしました。御存じでしょうが、小生は創造主が手ずから、創ってくださった存在です」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 どことなく不穏な空気で見つめ合うプラタと魔物。やはり同類だったようだ。
 それにしても、これから一緒に生活するのだ、魔物にも名前を付けた方が何かと役に立つだろう。何にしようかな? 初めて創った魔物だし、折角だからいい名前をつけてあげたいけど・・・うーん、名づけは苦手だ。ここは語感というか、直観的な閃きに任せて・・・。
 そうやって僕が名前を考えている間も、プラタと魔物は何を言うでもなく見つめ合う。そこに甘さなんかはまるでなく、一触即発の感じを漂わせていて、ちょっと心配になってくる。
 それを内心ハラハラしながら見守りつつ名前を思案して、やっと決める。

「うん。君の名前はフェンにしよう」

 僕が魔物にフェンと名付けると、フェンは勢いよくこちらへと振り向き、感動したように声を震わせた。

「し、小生ごときに名前をお付け下さるのですか!!」
「う、うん。これからよろしくね。フェン」
「この身の全てを捧げてお仕え致します!!」

 恭しく頭を下げるフェン。それを目にしつつ、僕ってこんな性格の相手に好かれるのかな? と、少し不安になる。だって、ちょっと、いや、かなり思う所が・・・。
 でもまぁ、これから長い付き合いになるかもしれないのだから、そこを気にしてたら負けなんだろう。

「訊きたい事があるんだけどいいかな?」
「何で御座いましょうか?」
「フェンは何が出来るの?」

 これから一緒に歩むうえで、相手の能力の把握は大事なことだろう。初めての魔物創造の成果も知りたいし。

「小生が今こうして創造主と言葉を交わせております通りに、言語能力を修得しております。他に陰に隠れる事も影を渡る事も可能です。魔法も少々ですが使用できます。知識に関しましては、現段階では創造主に依拠しております」
「そ、そうなんだ」

 プラタの話を参考にすると、その能力の数々は魔物の中でもかなりの上位種のような?

「このような能力で、創造主のお役に立てますでしょうか?」
「うん。それは勿論。窮屈かもしれないけど、普段は僕の影に隠れといてね」
「創造主の影に潜んでいられるとは! 光栄の至り!」
「そういえば、フェンの影渡りってどのくらいの距離を渡れるの?」

 影渡り。それは影から影へと移動する能力、らしい。その距離は魔物の実力次第で長さが変わるとか。

「小生の影渡りでの移動距離は、今のところ正確には分かりません。それなりに長くは飛べるとは思いますが、何分基準が分かりませんので」
「ああ、今の知識は僕に依るんだったか。分かったよ。それは追々調べればいいだろう」

 フェンは恐縮して頭を下げる。
 とりあえずこれだけ分かればいいかな。そう思って時計を確認すると、もう既に夜も更けた時間だった。

「今日はもう終わろうか。もっと同調魔法も練習したかったし、精霊を視る眼も教えて欲しかったけど、今日は流石に寝たいし」

 明日は授業を受けた後に少し休憩して、夜には列車の中だ。明日の訓練時間はそんなに長くは確保できない。

「精霊の眼でしたら直ぐに御教え出来ますよ」
「そうなの?」
「はい」

 その後、精霊の眼のやり方をプラタから教わると、フェンを僕の影の中に潜ませてからクリスタロスさんに礼を告げに行って、明日も場所を借りられる約束を一緒に取り付けると、僕とプラタは部屋へと帰還した。
 夜のうちに帰ってこれたために、その日は久しぶりに睡眠を取ることが出来たのだが、部屋が個室になったからか、プラタが部屋から動こうとはしてくれなかった。
 そんな中でも寝不足だったおかげで一応寝る事は出来たのだが、ずっと感じる視線が気になり、結局睡眠は浅いものとなってしまった。睡眠は明日の列車の中で取るとしよう。流石に列車の中までプラタは入ってこないだろうから。





 翌日。
 少し遅く起きた僕は、時間もなかったので食堂には寄らずに教室へと直接向かう。
 おかげでなんとか遅刻する事無く授業に参加する事ができ、昼頃には授業は終わった。
 授業が終わった後、僕は昼食を摂ろうと食堂へと移動する。その道中、後ろから既に懐かしさを感じる聞き慣れた声が掛けられる。

「おや? オーガストさんお久しぶりですね」

 その声に振り返れば、そこにはティファレトさんとセフィラが立っていた。

「お久しぶりですね。これから食堂ですか?」

 僕の問いに、ティファレトさんは首を横に振る。

「いえ。ワタクシ達はもう昼食は済ませました。と言いましても、ワタクシは食事は不要なんですけれどね。ああそういえば、先日やっと進級が決まりましたので、明日の列車で西門へと向かいます」
「それはおめでとうございます!」

 僕が二年生になって一月とちょっと、セフィラ達も進級出来たらしい。
 三つ目のダンジョンはヴルフルやアルパルカルともパーティーを組んでいたらしいから、あの二人も一緒に進級だろう。僕は座学が短くなったから普段よりも進級が早まったが、正規ではセフィラ達も十分早い。おそらく三つ目のダンジョンは二回目か三回目で攻略出来たのだろう。

「遅ればせながら、一時的ですがやっとオーガストさんに追いつけました」

 そう言って、ティファレトさんは朗らかに笑う。

「私は今日の夜には西門に戻りますが、明日からよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」

 互いに頭を下げた後に顔を上げると、僕達は顔を見合わせて可笑しくなって笑いあう。そんな中でも、セフィラは相変わらず我関せずと機械弄りをしていた。
 それからこの一月ほどの近況を互いに軽く報告し合った後、僕達はその場で別れた。





 それは授業が終わり、昼食を摂りに食堂へと立ち寄った時の事。
 その日は授業のあった教室に近かったからという事もあり、寮近くの食堂ではなく、一年生の頃に通い続けた大食堂の方でペリドット達は食事をしていた。
 ペリドット達四人が食事をしていると、珍しく遅れてオーガストが入り口に姿を見せる。
 それに気がついたアンジュは何となく目の端でオーガストの姿を追っていると、パン一つと水を一杯といういつものメニューを受け取り、オーガストは近場の席に着いた。
 アンジュはそれを見て、相変わらずよくあれだけで足りるものだと思いつつも、パンが好きなのだろうかとも考える。
 オーガストが来るのが大分遅かった事もあり、そこでアンジュ達は食事を終えて席を立った。
 アンジュ達が食膳を返却して食堂を出ようかとした時、オーガストも食事を終えて食膳を手に席を立つ。
 食堂を出る途中で近くを通ったオーガストにペリドットが話しかけ、それにオーガストが応じる。
 アンジュが初めて彼を見た時にはこの場面で必ず挙動不審になっていたのだが、流石に慣れたからか、かなりまともになったものだった。とはいえ、まだ僅かに挙動はおかしいのだが、それが普通に思えるのだから慣れたのはアンジュ達も同じという事だろう。
 五人が軽く言葉を交わしていると、「きゃッ」 という女性の悲鳴のような声に続き、パリンという硝子が割れた甲高い音が食堂内に響く。
 何事かと食堂内の多くの視線を集めている先では、新一年生と思しき可愛らしい三人の少女が床に落ちて割れたコップを囲んで、どうしようとあたふたとしていた。
 それを見たペリドット達は、少女達に手を貸すべく行動に移る。
 アンジュも動こうとして、そこでオーガストがその三人の少女達をジッと見詰めている事に気がついた。
 それを見たアンジュは最初、三人ともに可愛らしい容姿だった為にオーガストが見惚れているのかと思ったのだが、どうもそういう様子ではないようだった。
 ではどうしたのかと、ペリドット達を手伝うのも忘れてアンジュがオーガストを気にしていると、その瞳は漠然と少女達や片付けの手配をしているペリドット達を眺めている感じでも、六人の様子を観察しているのとも違う事に気がついた。
 その様子に敢えて言葉を当てるとすれば、何かを見出そうとしているとでもいうか、見極めようとしているというのが当てはまるか。まるで喉元まで言葉が出かかっているのに、あと一歩何かが足りないようなそんな感じにみえる。

「すいません、すいません、すいません」

 その間に片付けの道具を持ってきて片付け始めたペリドット達に、コップを割った少女が何度も頭を下げて謝る。

「失敗は誰にでもありますわ、お気になさらずに」
「うう、ありがとうございます」
「過ぎた事はしょうがないですわ。次は気を付けてくださいましね?」
「はい! ありがとうございます!」

 少女はペリドット達に深々と頭を下げた。

「ああ、そうか」

 そんな少女達を眺めていたオーガストが、そう小さく言葉を漏らす。

「分かれば簡単だな」

 オーガストの近くに居たアンジュにだけ、その言葉は届く。

「ということは? でも――」

 ぶつぶつと自分の世界に入って呟くオーガストの言葉が、時折アンジュの耳に届いていく。

「――続いて――無理――どうすれば――受け入れて――記録して――」

 アンジュにはその言葉が何を意味しているのか皆目見当もつかなかったが、しかし、次に続いたそのごく小さな小さな一言だけは衝撃と共に鮮明に耳に残った。それは誰も到達しえていない可能性の一つにして、禁忌に指定されている高みの一つ。

「――――これで蘇生も可能かな?」





 昼食を終えた僕は、少し調べ物をする為に一度図書室へと寄ってから自室へと帰還する。
 思わぬ所での閃きのおかげで、蘇生魔法の理論が大分進展しそうだ。そう期待しながら気分よく自室の扉を開けて中に入ると。

「御帰りなさいませ。ご主人様」

 そんな言葉と共に恭しく頭を下げたプラタに迎えられる。

「た、ただいま。プラタ」
「はい。御疲れ様です」

 僕は驚きながらそう返しつつ、どことなく機嫌よさそうな柔らかな雰囲気を醸し出しているプラタが、その手に見覚えのある二冊の本を携えている事に気がつく。

「それは?」

 僕の問いに、プラタはその本を丁重に僕へと差し出した。

「御忘れ物です。あの時に回収しておきました」

 受け取ったその本に書かれていた表題は、『魔法大全』と『聖書』 それは、奴隷売買が行われたあの会場に仕方なく置いてきてしまった二冊の本だった。

「あ、ありがとう! わざわざ取りに行ってくれたの!?」
「私はご主人様の侍女。そのような事は当たり前でございます。本当は昨日の内に御渡し出来ればよかったのですが、その時間が取れませんでしたので、今になってしまいました。申し訳ありません」

 諦めていただけに感激している僕に、そう言ってプラタは深々と頭を下げる。それに僕は慌てながらも、本を一旦床に置いてからプラタの両の手を取ると、感謝の言葉を告げた。
 それに軽く頭を下げたプラタは、いつもの無表情ではなく、微かに笑ったような気がした。





 転移した先でいつも通りクリスタロスさんに出迎えられると、そのまま訓練所まで案内される。

「それでは、アテは部屋に居ますので」

 そう言って、昨日に引き続きクリスタロスさんが退室すると、昨日の経験から対魔法に特化させた防御結界を内向きに張って、プラタとの訓練が始まった。
 といっても、今日はこの後列車に乗って西門へと戻るので、訓練する時間はそこまで取れない。同調魔法を身体に慣れさせる程度で終わることだろう。
 まずは基礎魔法の火・水・風・土の四系統の初歩である魔法の中から使用頻度が高いと思われる火球・水球・風矢・土盾を発現させ。続いて、火龍・水龍・風砲・土壁辺りまでやったところで二次応用魔法の雷龍・氷槍、少し趣向を変えて幻覚や身体強化までを足早に行ってみたところで、訓練終了の時間が来る。
 訓練した感想を述べるなら、昨日の教訓を元により手加減したはずなのに、どれもあり得ないほどに威力が上がっていた。身体に馴染んだからか、その威力はより手加減しても昨日以上だったかもしれない。
 攻撃魔法は言うに及ばず、防御魔法はもはや隔絶に近い強度があった。
 強化を身体に施せば、軽く手を振っただけで強風の様な風を起こせた。次に軽く跳んだら、魔法に特化させた為に物理に弱くなった結界を破って、クリスタロスさんが張った結界に盛大に衝突した。正直、あれで気を失いかけた。もう絶対室内ではやらない。
 幻覚は試しにフェンにかけてみたら、危ない薬を使ったみたいになった。あれは傍から見てる方が怖かった。幻覚って加減を間違えるとああなるのね。本当、あんな威力で魔法を使っちゃダメ絶対、だよ。そして何が一番怖いって、それで心底加減しての威力だって事だよ・・・。

「どうかされましたか?」

 プラタはそれらを見ても平然としている。まぁ僕が結界に衝突した際は少し慌ててたけれど、衝突する直前にプラタが衝撃を弱めてくれたような気がする。

「いや、なんでもないよ」

 少し無理に笑ってそう返すと、訓練所を出来るだけ元の姿に戻してから退室する。そのまま部屋へと移動してクリスタロスさんに挨拶してから、自室へと戻った。
 自室で荷物の確認を終えると、列車に乗る為に部屋を出て、茜色に染まる世界を歩き駅舎へと移動する。
 駅舎の前には、宵闇の終わりを告げにきたような藍色の髪をした、長身の美しい女性が一人で待っていた。

「スクレさん? どうかされましたか?」

 僕は周囲を見回してそう問い掛ける。周囲にはペリド姫もマリルさんもアンジュさんも見当たらない。それに、スクレさんは腰に帯びた黒剣以外に荷物のようなモノは何一つとして持っていなかった。

「パーティーメンバーであるオーガストさんにだけは伝えておかねばと思いまして、お待ちしておりました」

 そう言うと、スクレさんは僕に頭を下げる。

「えっと?」
「急遽、我ら四人は一度城へと戻る事になりました。明確な期間までは分かりませんが、おそらくはそう長くはならないと思います。ですのでそれまでの間、別行動をお願いしたく」
「分かりました。では、先に西門へと行っていますね」
「ありがとうございます」

 城に戻る必要がある。いくら最近面倒事の相手をしているからといって、そんな明らかに面倒くさそうな事に首を突っ込む趣味は無い。こういう時は何も聞かない方が賢明だろう。無知は危険ではあるが、知らないからこそ守れる身もあるのだ。それに、予測なら一つはできる。その一助となる事を最近したばかりなのだから。
 それだけを告げると、スクレさんは去っていった。
 この駅舎から延びている線路は各学園と門近くだけで、帝都へは一般向けの駅舎を使う必要がある。それなのに、伝達手段はいくらでもあるなか、わざわざここまで赴いたという事は、本当にそれだけを伝える為に来たのだろう。律儀な方だことで。
 その後、到着した列車に乗って僕は西門へと移動した。
 その車中でしっかり睡眠を取ろうとした僕だったが、乗客が僕だけなのをいいことにプラタが部屋に入り込んできた為にろくに眠ることが出来なかった。
 結局、西門に到着する寸前までの間、睡眠を諦めてプラタに頼んで忘れていたエルフ語を習う事にした。
 エルフ語は本当に存在したらしいが、発音が少々人間の言語に慣れていたら難しいだけで、文法などは人間の言語と大差なかった。ただ、流石に一夜漬けでは大して習熟出来なかったが。

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