同調と創造
静かに上下に揺れるジーニアス魔法学園行きの列車の中、僕は窓枠に肘を乗せると、手に頭を乗せて窓の外を呆然と眺めていた。
流れゆく景色はまだ珍しくはあったが、もう何度目かの為に新鮮味はかなり薄れていた。
列車の個室には僕一人きり。乗るのが僕達のパーティー五人だけなので、列車も二両編成だった。
昨夜は帰りが夜中になってしまったが兵舎に門限などがあるはずもなく、入り口に施錠などはされていなかった。しかし、外に出ている人の少ない静かな空間を音を立てないように通るというのは、少しだけ緊張したものだ。
そして今朝、ジーニアス魔法学園へと向かう為に早い時間からペリド姫達とこの列車に乗ったのだった。
それにしても、現在乗車している列車は学園専用の列車である。それだけ魔法学園というものが重要視されているという事ではあるが、別にジーニアス魔法学園専用という訳ではない。各国に点在する魔法学園専用なのだ。なので、この路線は全魔法学園に通じている。
そもそも魔法学園とは、人間の生活圏の守護・拡大を行う人材を育成させる機関である性質上、主に壁際近くに存在する。しかし、中央のマンナーカ連合国にも魔法学園は存在する。それは、魔法使いという存在が人類の剣であり盾であると同時に、各国の剣であり盾でもあるからだった。
一応、全魔法学園間で協力関係はあるし、国家連合の支援も行われている。しかし有事の際は、という事だ。まぁ、そもそも世界最強と称される五人が各国に一人ずつという段階でパワーバランスというものがあるのだろう。確か、我が故国であるハンバーグ公国で人類最強の地位に就いておられる人物は公爵様の御息女だったか? 五人の中で最も若いとかなんとか。
「どうでもいいか」
正直世界など知りはしない。だからお願いだから世界よ、どうか僕をほっといてくれ。
それに、最強に関連してクロック王国の現最強位に就いてる我が姉の事を思い出してしまいげんなりしてしまう。
王国のとある貴族に見初められて嫁いでからは、家族の誰もが意図的に話題に上げるのを避ける程の変人にして狂人。あの狂人の一番の被害者はある意味僕ではないだろうか・・・いや、見方によっては悪化させた元凶になるような・・・。ま、まぁ今のところ姉が送り返されていないので、上手くやれているのであればそれが一番だ。
「そういえば、これをスクレさんに渡しておかないとな」
気持ちを切り換えると、昨日の奴隷売買の現場と証拠資料を映した監視球体から抜いた映像に目を向ける。勿論編集済みだが、変な加工はしていない。ついでに持ってきた資料も渡しておこう。僕が持っていても宝の持ち腐れだもんな。捨ててもいいんだけれど、特別教室で彼女が奴隷売買について語った時の悔しさの滲む表情を思い出すと、それも忍びない。
それに、彼女ならこの情報を存分に活用してくれることだろう。なにせ、ご実家が軍や警察に多大な影響力を有しておられるうえに、彼女自身既にそれなりの地位を有しておられる。でなければ、年が近いというだけで皇帝陛下が殊に御寵愛なされているという姫殿下の護衛など任されないであろう。それに、スクレさんは命を奪う事にも慣れている感じもしている。確かご実家は穢れた家系、と畏怖されているんだったか。恐ろしいものだ。
僕は立ち上がると、部屋を後にする。西門から学園まで半日と掛からない。朝に出れば夕方になる前には到着するのだ、時間はそれほどない。余人の目がない今の内に渡しておかねばならないだろう。
監視球体は既に気にする必要はない。それがたとえ他人のものであっても。
それにしても、乗り掛かった舟だったとはいえ、少し自分から首を突っ込み過ぎかね?
◆
コンコンと静かに扉が叩かれたのは昼前の事。
ペリドット様の護衛の任をアンジュと代わり、部屋に戻って一息ついたタイミングだった。
「はい?」
マリルだろうか? そう思って掛けた声に返ってきたのは、思いもよらない人物の声であった。
「オーガストです。入ってもよろしいでしょうか?」
考えてみれば別におかしい相手ではない。この列車に乗っている生徒は私達のパーティーメンバーだけなのだから、彼が訪ねてきてもおかしくはない。そう、おかしくはないのだ。
「・・・どうぞ」
私の入室許可に、彼は静かに入ってくる。
闇を濃縮したような真っ黒な髪に、どこか陰のある顔をしている少年。片田舎の庶民の出だと卑下する彼だが、その所作は粗こそあるものの、綺麗なものだった。
「どうかされましたか?」
マリルは随分と彼に気を許しているようではあったが、正直私は彼が苦手だ。いや、正確には恐い、だろうか。
最初、ペリドット様の独断で彼をパーティーに加入したと事後報告された時は、どこの馬の骨とも知れない者をと、アンジュとマリルの三人で猛然と抗議したものだが、行動を共にしてみれば性格は温厚で、パーティーを組んで共に行動するのに不快な人物ではなかった。なによりも、その強さは異常だった。
いや、その力だけではなく、知識もおかしい。人間界の事には疎い部分が多々見られるものの、人間界の外の世界や魔法についての造詣は驚く程に深い。それこそ我らの師にして、ユラン帝国最強・・・本当の意味で人類最強のシェル様以上の存在。恐ろしくない訳がない。その身から本当に微かに漏れる魔力の質だけでも次元が違う事を嫌でも思い知らされる。そう、本当に微かにしか魔力が漏れていないのだ。
魔法使いに限らず全ての魔力を有する存在は、その身でコントロールしきれていない魔力を無意識の内に垂れ流しているものだが、それが彼からは注意深く観察しなければ分からない程に微量しか漏れていないのだ。
天才と評される強大な魔法使いは、得てして魔力運用の効率化を怠り、地力頼りに魔法の高みを目指す傾向にあるものだが、彼からはその驕りが微塵も感じられない。彼のような存在こそを真の意味で天才と評するのだろう。これはシェル様クラスでなければ理解できない類いの高みであろう。これで同年代なのだから、その才に恐怖こそすれ嫉妬も起こりはしない。それに、今朝会った時から微かにだが、その身から血生臭さ漂わせていた。
「実はこれをお渡ししておこうと思いまして」
昨日今日の関係ではないので彼の事は信頼しているが、狭い空間で二人きりという事態に私が密かに恐怖していると、彼が差し出したのは幾枚かの折りたたまれた紙と、映像記録の収められた小さな魔法球だった。
「これは?」
私は訝しげにそれを受け取りながら、彼に問い掛ける。
「帝国内における奴隷売買の実態の一端です」
「は?」
予想外の彼の言葉に、私は思わず変な声を出してしまう。彼が言葉にした事はそれだけ衝撃的だった。
奴隷売買の実態。それは憲兵を主体に、警察も長年追い求めて未だに掴みきれていないものだ。いや、掴めても立ちはだかる壁を除く為の決定打に欠けているという方が正しいか。
彼はそれを持ってきたのだ。それも、折りたたまれた紙に目を通せば、その決定打になりえそうな証拠を。
「これをどこで?」
「昨日、色々ありまして」
疲れた顔で肩をすくめた彼は、そう言葉を濁す。
「それでは、確かにお渡ししましたので。私はこれで」
「あ、まだ話は――」
私が止める間もなく、彼は素早く退室する。よほど話したくないという事だろう。名は出さない方が賢明か。彼とは絶対に敵対してはいけない。敵対した瞬間に確実な破滅が訪れる未来しか見えないのだから。まだシェル様と戦った方が極々僅かにだが勝てる見込みがある分マシというモノだ。
「・・・・・・」
彼を見送った後、私はその場で映像を確認する。そこに映し出されていたものは、実際に奴隷売買が行われている場面の他に、顧客名簿に商品一覧、収支報告に流通ルートや組織の所有する土地や建物など、人・金・物の様々な資料が几帳面に記されていた資料。
私達が長年調べ上げたモノ以上の証拠の数々。それに、映っている人物もまた大物が混じっている。奴隷売買の司会をしているのは、組織トップの片腕と目されていた男。他にも軍部の上層部の人間、貴族や商人の顔もまた中々の顔ぶれだった。惜しむらくは、全員が生存していないという事か。
一部映像が切られてはいるが、映像には蜘蛛の魔物が脱走しての乱入から捕食の光景も映っていた。それに、彼以外の唯一の生き残りは、私達の側の潜入調査員か、生きていたならば話は通っているだろうが、この映像は貴重だな。
「それにしても、エルフまで居るとは。彼女も魔物に食われたのだろうか」
強力な魔物にエルフ、豪勢な客の顔ぶれや資料の揃い具合といい、まるで彼の為に誰かが場を整えたようにさえ思えてしまう。本当に正体が掴めない人物だ。だからこそ、尚の事恐ろしく感じるのだが。
「とまれかくまれ、これで大分進展するな」
学園に着いたら早速実家と連絡をとろう。実家経由で憲兵隊と警察隊に連絡すれば、直ぐにでも動く事だろう。これでやっと包囲網を一気に縮めることが出来そうだ。
◆
奴隷売買の証拠をスクレさんに渡し終えて部屋へ戻ると、僕はまた窓の外に目を向ける。
学園には今日から三日間滞在する。到着が夕方近いので実質二日だが、学園では魔物の特徴や対処法を主とした授業を受ける。だが、そこまで根を詰めてやるわけでもないので、ほとんど休暇に近い。やはり実際の外での戦闘というのに配慮してなのだろう。この休暇に近い帰校も学年が上がるほどに少なくなっていく。
学園では二年生からは図書館が開放されるので、そちらで知識を磨くもよし、訓練施設で魔術・武術の腕を磨くもよし、何もしないのもよしなのだ。二年生からは上級生向けの寮で個室が宛がわれているので、のんびりも出来る。
僕は授業以外ではプラタとの特訓だろうか。とはいえ、訓練施設はいくら個室があろうともプラタと使うわけにはいかないので、どうするべきか悩ましいところだけれど。クリスタロスさんにでも相談してみるか。
そんな事を考えている内に列車は速度を落としていく。どうやらジーニアス魔法学園の最寄りの駅に到着したみたいだ。
◆
ジーニアス魔法学園に到着した僕達は、それぞれの自室に荷物を置くために寮へと移動していた。
「それではまたですわ」
そう言うと、ペリド姫達は自分の部屋が割り当てられた寮へと移動する。四人は同じ寮らしい。まぁ男女で寮が違うので、パーティーで一緒の寮という訳にはいかないが。
僕も寮へ戻ると、自分に宛がわれている部屋に入り荷物を置いて一息吐く。部屋自体は一年生の時と構造は変わらず、玄関の先に簡易台所、そのまま廊下を真っすぐに渡ると部屋があり、途中で廊下を曲がるとトイレと風呂場が両側にあった。一年生の共同部屋と違うのは、一人部屋だから部屋が一回り程狭いという所ぐらいか。
今日は特に用もないので部屋でまったりとして過ごしたいところだが、明日からの訓練場所を探さねばならないので、クリスタロスさんの部屋へと転移することにする。
クリスタロスさんに貰った円形のお守りの様なモノを取り出す。プラタとの連絡用のはお守り袋の様な形をしているが、お守りっぽい形に何か意味があるのだろうか? そう思ったところで、プラタのは元から人形が持っていたものだったと思い出す。どうやらお守りっぽいのは偶然らしい。それに、クリスタロスさんの方はお守りというより魔除けなのかも。
そう納得したところで、意識をその転送装置に集中させる。一瞬の浮遊感を覚えると、クリスタロスさんの部屋の奥にある、二つ目のダンジョンから帰還する為の転移装置が中央に設置されている部屋へ飛ばされる。
「お久しぶりですね。オーガストさん」
目を開けると、そこには中性的な見た目の細身の女性が、温和な笑みを浮かべて立っていた。
「御無沙汰いたしました。最近二年生に上がり、何かと立て込んでしまいまして。クリスタロスさんも御健勝にてなによりと存じます」
僕の挨拶に、クリスタロスさんは困惑げな笑みを浮かべると、不審げな目を向けてくる。
「それは進級おめでとうございます。ですが、どうかされましたか? 本日はいやに丁寧ですが」
クリスタロスさんのその問いに、僕は少々やりすぎたかと自省すると、仕切り直す為に一つ咳払いをする。
「いえ、実はですね。少々ご相談したい事がありまして」
「なるほど。でしたらあちらで座ってお話ししましょう。その方が落ち着いて話せるでしょうから」
その提案に頷くと、僕はクリスタロスさんの案内でクリスタロスさんの部屋へと入る。
穴を掘っただけのような岩肌むき出しの空間に置かれた白い机と椅子は、細部に美しい細工が施されており、シンプルな見た目の割に手の込んでいる一品だった。
他には魔法光の淡い光を放つ球体が幾つも浮かんでいるだけで特に何も置いてはいないが、転移装置がある部屋以外に続く奥への通路があった。
しかし、そこには布が垂れ下がり、奥が窺い知れないようになっている。僕も未だにその先へは立ち入ったことがない。クリスタロスさんが奥でお茶を用意して持ってきてくれるので、寮の部屋にあるような簡易的な台所でもあるのかもしれない。
「それで、相談とは?」
僕の前に琥珀色のお茶が入ったカップを置いたクリスタロスさんは、向かいの席に腰掛けながら問い掛けてくる。
「はい。実は魔法の特訓がしたいのですが、何処かいい場所をご存じではないかと」
「魔法の訓練でしたら、学園に訓練用の施設が用意されていたと記憶していますが?」
クリスタロスさんの当然の疑問に、僕は言葉が足りなかった事に思い至る。
「プラタと、前にここに来た妖精と訓練しようと思っていまして、それで学園の訓練施設では少々目立ってしまうので、どこか目立たない場所はないかと思いまして」
「なるほど」
僕の説明に納得したクリスタロスさんは、少し思案するように視線を逸らす。暫くして。
「では、ここでどうでしょう? 奥にアテが結界を張った空間がありますので」
「本当ですか! ありがとうございます!」
クリスタロスさんの言葉に、僕は席を立つと、頭を下げる。
しかし、そこで一つの疑問が浮かぶ。
「でも、何故そんな空間を?」
僕の疑問に、クリスタロスさんは少し困ったような表情を見せるも、疑問には答えてくれた。
「アテもたまには身体を動かしたいと思う時があるのですよ。まぁ、身体を動かすといっても魔法を放つ事ですが」
はにかむクリスタロスさん。天使の魔法というのに興味が湧いたが、これで訓練場所は確保できた。それにしても、奥にそんな空間があるとは。ここは魔力の濃度が高すぎて、奥の様子がほとんど分からない。
クリスタロスさんの話だと、人間界の魔力濃度は天使達が暮らす場所に比べて薄い為に、そのままだと体調を崩してしまうので濃度を高めているのだとか。
ドラゴンであるジーン殿が大丈夫そうだったのは、ドラゴンだからだろう。何か特性を持っているのかもしれない。もしくは、天使が特別魔力濃度に敏感なのか。
人間である僕や妖精であるプラタはここに来ても何ともなかったのは滞在時間が短かったからなのか、それともやはり天使が特別だからか。
しかしそうなると、魔法と魔力濃度の関係や、魔力濃度と器、魔力の吸収量についてなどの疑問が次々と浮かんできてしまう。
そのように関連して疑問が湧き続けるのは、やはり僕の悪い癖なのかもしれない。
それらの疑問を頭の隅に追いやると、クリスタロスさんの方に意識を戻す。流石に話している最中にいつまでも意識を別の事に向け続けるのは失礼だろう。
「天使の魔法に耐えられるなら、多少の無茶は大丈夫ですかね」
そんな僕の軽口に、クリスタロスさんは微妙な表情をみせて口を開く。
「オーガストさんもですが、あの妖精も規格外すぎて、おそらくお二人の多少の無茶でもアテの結界は保たないかもしれません」
「では、念のためにこちらも結界を張ってから訓練しますね」
「そうした方が賢明かもしれませんね」
クリスタロスさんはどこか申し訳なさそうな笑みを浮かべる。なので、話題を変えようと思考を巡らす。
「ああ、そういえば――」
結局、この日はクリスタロスさんとの会話が予想外に盛り上がってしまい、談笑は夜が明けるまで続いた。そのせいで僕は翌日の授業に寝不足のまま出席するはめになったのだった。まぁ自業自得ではあるが、ここ数日の睡眠不足は結構キツかった。しかし、この次はプラタとの訓練が待っている、いつまでも寝不足など言っていないでいつも以上に気を引き締めねばなるまい。
◆
「ようこそおいで下さいました」
教室から自室に帰った後、プラタと部屋で合流してダンジョン帰還用の転移装置がある部屋へと転移すると、優しげな笑みを浮かべたクリスタロスさんに出迎えられる。
「本日はお世話になります」
僕がクリスタロスさんに頭を下げると、プラタもそれに倣って軽く頭を下げた。
「それでは案内いたしますね」
転移装置が置かれている部屋からクリスタロスさんの部屋へと移動すると、垂れ下がった布で区切られた部屋の奥へと入っていく。僕達もその後に続いて入っていくと、そこには給湯室の様な簡易的な調理場があるだけの狭い空間があった。しかし、更に正面と横に奥へと道が続いている。どちらも同じように布で仕切られているが、クリスタロスさんは横の道へと入っていく。
クリスタロスさんの後を追って、僕達も横の道へ足を踏み入れる。
相変わらず岩盤を削りだしたままのようなゴツゴツとした粗い岩肌がむき出しの通路を進むと、その奥にあったのは凄く広い空間であった
「ひろっ!」
予想以上に広いその空間に、僕は思わずそう漏らした。
「魔法を放つついでにこの空間を掘削したのですが・・・少々やりすぎてしまいまして」
思わず漏らした僕のその言葉が聞こえたらしいクリスタロスさんは、恥ずかしげに頭を掻きながらそう話す。
「・・・少々?」
目の前に広がる広大な空間を見渡しながら、僕は首を傾げた。ここに地下街が広がっていても何の不思議もない程に広い。
「さ、さぁ、ここでなら魔法の訓練が出来るのではありませんか?」
ともあれ、クリスタロスさんの言う通り、これだけの広さがあるのであれば、訓練をするには十分すぎる。
僕は礼を言うと、広域に内向きに対しての防御結界を張る。
「それでは、邪魔をしてもいけませんので、アテは部屋に戻っていますね」
「場所を提供してくださり、ありがとうございます」
通路に出ていくクリスタロスさんの背中に礼を言うと、僕はプラタに向き直る。
「じゃあ、まずは何からすればいいので?」
「まずは魔力の波長を合わせるところから致しましょう」
「魔力の波長?」
初めて聞く単語に、僕は首を傾げる。
「魔力には波や色といったものがあります。これは普通に魔法を使う時や、同族間で単に魔力を譲渡する分には特に意識する必要はないのですが、精霊・・・妖精魔法もとい同調魔法を使う際には気にしなければなりません」
「そうなんですね」
僕は大きく頷く。新たな事を知るというのは楽しいものだ。
「色については、魔力を精製する際に同系統に合わせることでほぼ大丈夫ですが、波長については調整する必要があります」
「どうやってやればいいのですか?」
「精製する前に取り込んだ魔力と体内の魔力を一度器に溜めると思うのですが、その際に波長を合わせて溜めるのです」
「???」
僕の表情からまだ理解が及んでいない事を読み取ったプラタは、一瞬の思案の後に言葉を続ける。
「そうですね、精製前でも後でも構いませんので、魔力を器に溜める時か取り出す時にでも波長を調整させるのですが、そのやり方は――」
そこで言葉を切ると、プラタは僕に手を差し出す。
「一度やってみましょう。ご主人様と私で魔力を合わせてみれば分かるかもしれません」
その手を取ると、プラタから魔力が流れてくるのが分かる。
「これがご主人様に波長を合わせた魔力です。そしてこれが――」
プラタが言葉を切った瞬間、吐きそうなまでに気持ち悪い違和感を手から覚える。
その不快感に思わず僕が顔を歪めると、手を離したプラタが深々と僕に頭を下げた。
「理解が及びやすいように今のは極端に変えはしましたが、波長を合わせなかった魔力です」
気持ち悪さが消えた手に視線を落とす。波長とやらを合わせる必要性は理解できた。ついでに、まだ感覚的な次元ではあるが、波長の存在も理解できた。
噛み合わない魔力。何となく歯車というかパズルの様な感じか・・・。
僕は改めて魔力というモノを観察する。
空気の様な水の様なあやふやで不定形なもの。系統を変えてみると、色が変わる。いや、色が変わるというよりも、あやふやだった境界がはっきりするというべきか。形が視えれば成形も容易に出来るというもの。
「・・・・・・」
更に魔力をよくよく観察してみると、はっきりした境界の中に、更に細い魔力の管の様なモノが大量に詰まっているのが視える。
どれも流線型の様でいて、僅かに形が違う。それらの束を大きな管の中に詰めて無理矢理纏めているような・・・。そもそも、魔力とは何だ? 未だに不明な存在。
人は魔法が使えるようになって魔力という存在を認識した。しかし、人の興味は魔力そのものより魔法の方に向いている。故に、魔力というモノの研究はほとんどといっていいほどに進んでいない。今のところ人は、強力な魔法が使えさえすればそれでいいのだ。
人間が魔法を手に入れておよそ二百年。原理や真理を解き明かすよりも、未だに新しいおもちゃを手に入れた子どものように、ただそれを上手く扱い、新しい事をするのに夢中だ。何せ、やっと手に入れた他種族と渡り合える念願の武器なのだから。
「ご主人様?」
顔を上げると、プラタが僅かに首を傾げてこちらを見ていた。
「いえ、なんでもないです。ただ、おかげで波長? というモノが理解出来たような気がします」
それを聞いたプラタは、僕に向かって恭しく頭を下げる。
「その理解力、流石で御座います」
それに僕は頭を横に振る。見本まで見せてもらってやっとなのだ、流石に愚鈍がすぎる。
そこでふと、プラタならば魔力について何か知っているのではないかとの考えが浮かぶも、それを頭の隅に追いやる。たった今、自分の愚鈍さに呆れたばかりだというのに、そんな余念を抱く余裕はないはずだ。
僕は意識を魔力に集中させる。先程の小さな管のようなものを相手に合わせるのだとしたら、相手のも確認しなければならない。
プラタに眼を向けると、体内を巡る魔力の存在が視える。僕のと違い、一定の形をした魔力が流れている。それは、とても美しい。
その魔力の形に自分の魔力を調整する。これは魔力量の調整に通ずるものがあり、思ったよりも簡単だった。
「完璧です」
それを視ていたプラタから合格を貰う。後は色の調整だが、こちらは元々理解していた部分なので直ぐに行えた。
「では、早速やってみましょう」
そう言うとプラタが手を差し出してきたので、僕は迷わずその手を取ると、プラタに合わせた魔力を彼女の手に流す。
それを受け取ったプラタは、軽く頭を下げる。
「初手から素晴らしい出来です。これ程までに完璧ならば、後は方向性を決めるだけで十分で御座いましょう」
「方向性というと、どの魔法を使うかという事ですか?」
「御明察の通りです」
しかし、それは意思疎通できなければ戦闘中などは少々難しいのではないか。その心配を察したプラタが口を開く。何となくだが、今日のプラタは楽しそうな気がする。
「ご主人様と私は距離や障害の有無に関係なく、声を出さずとも言葉を交わせますので、その辺りは大丈夫かと存じます」
「なるほど」
「それに、同調魔法が使えるようになりましたら、道具を介さずともご主人様と私は意思疎通が可能となります」
「そうなんですね」
それは便利だろう。常に道具を持っていられるという保証はないのだから。
「それでは、今の調子で早速始めましょう。まずは火球でどうで御座いましょうか? ご主人様」
「分かりました。火球ですね」
プラタの提案に、僕は頷く。火球は火系統の初歩の魔法だが、その分使用率も高い魔法でもある。基本は大切だ。
僕はプラタと手を繋ぐと、魔力を同期させる。火系統に魔力を精製して、完全に同質の魔力に揃えると、共同で同じ魔法を創り上げる。
一連の動作は呆気ない程に簡単だった。もしかしたらプラタが合わせてくれたのかもしれない。やはり先達が居るとやりやすい。
僕達は加減しながら火球を創り上げると、それを放つ。ほんの少しの魔力で創り上げたはずのその火球は、驚く程に強力になっていた。
「これほどなのか・・・」
防御結界を張っていなければ、大惨事だった。少なくとも、その一発で最初のダンジョンの奥に居た猪の様な顔の魔物は、確実に消し炭になっていた事だろう。
威力が二十倍になるという説明も、誇張された訳ではなかったという事だ。むしろまだ過小な評価の可能性もある。
「これはご主人様と私だからこその威力です」
相変わらず感情というモノが乗らない平坦な声音ながらも、そう言うプラタはどことなく誇らしげに思えた。
「そうなの?」
「はい。互いを知れば知るほどに一つの力と出来ますから」
「なるほど」
理解すればこそ合わせられるという事か。
「これで同調魔法は完成?」
「はい。後は魔法によってその都度微調整するだけですので、御疲れ様で御座いました。他にも、二人の魔力をひとつと仮定して魔力を循環させることで、二人の魔力差をほとんど無くす事も可能ですし、慣れてくれば身体的接触も不要となります。それで、もう少し練習されていかれますか? それとも本日はここでおやめになられますか?」
プラタの問いに、僕は頷いて継続を伝える。実戦で使う時の為にも、もっと馴染ませておいた方がいいだろう。