#-02[Réalité immuadle - Ⅱ]
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プリオール:アパート・イニティウム_103号室
"夢"という世界の中でも眠りについたボクは、"現実"という別の世界で再び目を覚ます。
ボクは重い体を起こし、必要最低限な物しか置かれていない部屋を見渡し、あの青々しい草原が無いことを確認する。
木の枠にはめらてたガラス製の窓を開け、外に身を乗り出す。
朝日が眩しい。手で光を遮り、目を細める。
光の先にあった光景。それはあの草原ではなく、排気煙が漂うコンクリートで固められた塔が乱立している見飽きた光景だった。
「あぁ、いつもの現実だ……」
そう実感するや否、夢の中で得た鮮明な感覚を一瞬で拭い捨てられてしまった。
まぁこんな感情いつものことだ。ため息をつきながら身体を部屋の中に戻す。
しかし暑い。
ここ最近、"
なので身体中汗だらけで最悪の状態だ。
下着は肌にピッタリとくっつき、ベットのマットにも汗は染み込み、少し黄色く色染まっており、汗のすっぱいというか独特な臭いを放っている。
窓からはそよ風が入って来るが、この猛暑は全然拭いきれない。
更に追い討ちを掛けるように、蝉の耳を刺すような鳴き声が、音のない部屋に響き渡る。
全く。現実という物は否が応にも
さて、と。
この暑さ、しかもこの身体の状況で"寝直す"という芸当は残念ながら自分には出来ない。
ボク、《レキ・ルーン・エッジ》はベッドからゆっくりと降り、汗で濡れた下着を脱ぎ捨てながらバスルームに向かう。
どの期月に限らず、ボクは起床後必ず少しぬるめのシャワーを浴びる。
もちろん衛生問題もあるのだが、妙に温かい湯が体中の汗という名の毒素を洗い流している様な、この感覚がどこか好きだからだ。
しかし、今は焔月のため、シャワーから出てもすぐに大粒の汗が体中から溢れ出るてきてしまう。
どうせなら一日中シャワーを浴びて過ごしていたいぐらいだが、意味合いは違えどそれもまた"夢"だ。それにいくらなんでもそこまでボクも暇ではない。
ボクは前に垂らしている鬱等しい前髪が顔にくっついているのもお構いなく蛇口に手を伸ばし、お湯を止める。
ここはリアサルン大陸の――おそらく――最南端に位置する国・ラースペントの首都帝国・ラースペントの隣に位置する旧市街・プリオール。
なぜ首都に国と冠付いているのかは知らない。そういうものなのだろう。紹介するまで気にもしなかった。
元々プリオールは数十年前まではラースペントの名でラースペントの首都として扱われていた。
だが現在のラースペントが海を埋め立てで新しく作られ、それを機に改名をしたという
そのこともあってなのかは分からないが、プリオールの者はひたすらにラースペントの者を目の敵にしている。
一方、ラースペントの者はそんなこと特に気に留めておらず、より一層プリオールの者が苛立つ原因にもなってみたいだ。
若輩者の自分はしてみればどうでもいい問題なのだが、もっと仲良くできるなら仲良くすればいいのに。
ちなみにこの問題についてラースペントの政府でも問題視されているらしく、「国の抱擁する町の一つとしてないがしろにせず、友好的に接する」と言う回答は出している。
でもまぁ現実は相変わらずだし、自分は興味のない案件だ。どうでもいい。「夢は寝て語れ」というものだ。
「臨時ニュースです」
聞き慣れない野太い男性と思われる声が響き渡る。
このアパートの部屋の窓から見える高層ビル群の中の一柱に設置されている大型の"デスク・プラネット"にはスーツを着た男性が投影されている。
デスク・プラネットとは電気出力の映像投影装置の名前だ。
新世代メディア商品を一角を担いでいるが、新世代と言えど
現在販売されているのは第七期版で、期が変わるごとに最先端技術による改良が加えられているが、メインプログラムのバージョンアップは細かいモノを含めると二〇〇回は超えていると聞く。
それほど手を加えて看板商品として売り出している代物なのだが、未だ中古品でも高価な値段を誇り、家庭型を所有しない家は沢山あるようだ。
そこで所有していない家庭や通勤中の息抜きの為に普及されたのが、あのビルに張り付けられている大型のデスク・プラネット。
あのビルの他にも幾つか取り付けられており、ここプリオールでも見えるように設置されているらしいが、ラースペントに比較的近いココでギリギリ見えるぐらいである。
「プリオールの方々はサウンドオンリーでお楽しみください」とでも申したいのか、悪意すら感じる。
普段は朝のバラエティとニュースを混合した番組やつまらないコメディ劇場、過去のドラマの再放送などを中心にローテンションで放映しているが、祝日などはそのローテンションを崩し、特別番組が取り入れられたりする。
しかしこれは私的な意見なのだが、朝から女のビンタの音が街に響き渡るなんて、どう見ても修羅場を通り越している。
そもそも通勤中の者にドラマを見せること自体間違えていると思う。興味の有無関係なしにそんな音が鳴り響いたら驚き、視線を集めてしまうことは当然だ。下手をしたらよそ見運転で大事故にも繋がる。早急に大型専用チャンネルを設立することをボクは主張する。
だが、先程聞こえたのはそんな名ばかりの修羅場劇場やニュースキャスターやコメディアン達の楽天的な声ではない。たぶん何かしらの事件の速報だろう。ニュースキャスターが慌ただしく資料をめくっている。
ボクはいつもの薄いパンを二切れとベーコンエッグ。それとサラダ、と言うには質素すぎる野菜の盛り合わせというありきたりな朝食を摂りながら、どこか呆れた感じでデスク・プラネットに投影された男性を見つめる。
どうせ言うことはいつも通り、ワンパターンだ。
「先日より行方不明になっていたプリオール改革委員会議員の《カーラ・セルサダニア・エンドラゴン》氏がセントラル通りのファミリーレストラン・
現場のレダさんより中継です。レダさん、聞こえますか?」
ニュースキャスターは慌しく記事を読み続け、現場レポーターに状況説明をお願いするために画面がシフトする。
「やっぱり……またヤツらか……」
ボクはパンの耳をかじながら、投げ捨てるように呟く。
レポーターは今後、犯行者を洗いざらい徹底捜査するとか言っているが……まぁ、恐らくいつも通りに犯行者は見つからないだろう。
こいつらにそこまでの捜査力があると思えないし、なによりする気すら無い。口だけだろう。
根拠? 何日かすれば違う事件で今回の件などすぐに街の者達の記憶から抹消されてしまうからだ。更に裏付け程度に説明すると、ここ数日、改革委員会の代表者がしらみ潰しに殺害されている。今回で確か五件目だ。
誰が起こした犯行なのか。それはプリオールに住む者はだいたい理解している。
だが理解しているからと言って納得しているとは限らない。おそらく誰もが英雄の堕落に嘆いていることだろう。
――――あぁ、今日もどこかで誰かが殺された。
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