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新たな力2

 まずは無系統魔法について考えてみる。
 ほぼ魔力の塊の無系統魔法。実際には一度取り込んでいる為に術者の影響を受けているのだから、厳密には取り込む前と同じ魔力という訳ではない。
 とはいえ、他の系統のように明確に色が付いている訳ではないのでほぼ無色ではある。もしかしたら、他の系統の魔法との相克が起きないのはその辺りが関係しているのだろうか? だとしたら、同系統では相克が弱いのも解るかも?

「中々奥が深い」

 やはり思考するというのは楽しいもので、それだけでかなりの時間が経過してしまう。

「ご主人様。そろそろ夜も更けてきましたが、どうなさいますか?」

 目の前の魔球列車の遊泳を眺めながら思考の海に埋没していた僕に、プラタがそう問い掛けてくる。

「ああ、もうそんな時間か。そろそろ戻ろうかね」

 この空間は僕の物ではないので、長居は悪いだろう。何度も使わせてもらって申し訳ないが、何かあればまた明日にでも使わせてもらおう。
 プラタとシトリーと一緒に訓練所を出ると、クリスタロスさんに礼を言ってから自室に戻ことにする。また使う事も一応告げておいたが、何か閃きがなければ使わないかもしれない。まぁ、学園滞在中に少なくとも後一回は訪れる予定だが。
 自室に戻ると、着替えなどを済ませてからさっさと寝る事にする。
 当然のように両側に二人が横になるが、まぁいいだろう。というか、僕が布団代わりに下に敷いているのは一人用の薄手のマットなので、二人はほとんど床に寝ているのだが、大丈夫だろうか? とはいえこのマットも硬いのだけれども、それでも床よりは多分マシだ。
 心配ではあったが、二人は特に何の反応も無いので、そういうのは気にならないのかもしれない。
 考えてみればプラタは身体が人形なので痛覚は無いし、シトリーはプラタの擬態ではあるが、意図してか全く同じでは無いのでどうなのだろうかとも心配するも、抱き着いてくるので一応マットの上に寝ていた。

「おやすみ」

 ならば問題ないかと考え、僕は目を閉じる。

「お休みなさいませ。ご主人様」
「おやすみー」

 二人の就寝の挨拶を聞きながら、僕は意識を闇に沈めた。





 翌日も午前中は同じような事を繰り返すだけであった。だが、昼に訪れた一年生の多い大食堂で、近くに座っていた新一年生と思われる生徒の一団の話が耳に入ってくる。
 それは三つ目のダンジョンの話らしく、話の内容からしてもうすぐ挑むらしかった。その話に、もうそんなにも時が経っていたのかと思いはしたが、まだ入学して一年かと考え、少し気が重くなる。もう十年ぐらいは外に出ている気分だ。

「そういえば、少し前にお姫様が初めて一発攻略したらしいわね!」

 そんな言葉が聞こえ、パンを咀嚼しながら少し耳を傾ける。

「最後のダンジョンでしょ? お姉ちゃんから聞いたけど、お姫さまって強いだけじゃなくてとても美しい方らしいわよ!」

 そうワイワイと賑やかに話す一団の話によると、どうやらあの時の成果はほぼペリド姫の手柄という事になっているようであった。従者のお三方も話題に上がりはしたが、僕の話は話題に上らない。それにとても安心した。
 それからも食事を終えるまで話を聞いていると、最近の奴隷売買壊滅で名が広まっているのも合わさり、ペリド姫の存在が前面に出ているらしい。それに伴い、常に傍に侍る従者のお三方の存在も脚光を浴びているようで、おかげで攻略直後にあんな騒がれた割に、僕の名はかなり薄まっていた。少なくとも、新一年生の中では僕の存在は無いに等しい感じで、内心で歓喜した。何が幸いするか分かったものじゃないな。というか、あの時にこうなるように裏工作しておけばよかったのかもしれない。
 そんな今更な事に気づきつつ食事を終えると、合成魔法に関して何か閃きの切っ掛けはないかと図書館へと足を向けてみる。
 今回は図書館の二階を調べてみる。
 二階は歴史に関する書籍や資料が集中していた。前にエルフ関連の歴史を少し調べるのに訪れた階ではあるが、あまり詳しくは見ていない。
 とりあえずどういったモノがあるのか目を通してみると、人間の歴史に関しては平原に建国以降少ししてから始まっていた。その前の歴史については伝承をまとめた覚書の様なモノが数点あるぐらいで、後はそれを後に編纂したモノぐらいであった。
 平原に出てからの人間の歴史をかなり簡単に纏めると、平原に出た人間は上空を警戒して主に地下へ住居を造った。その後に数が増え武器を造ると、地上に本格的に壁を築き、住処を地表にも拡げる。それからも周囲の異種族と生存競争を繰り広げて、とうとう魔法を手に入れた。それから大結界を張って現在の平穏な時代を迎えたという事らしい。

「へぇ。あの壁、動くんだ」

 魔法を得てから一気に領土を拡げた人間は、それに伴い壁を移動させた。とはいえ、何度も壊して築いては現実的ではない為に移動式にしたらしい。
 一定間隔で区切って位置を魔法で固定して、浮遊の魔法も常時かかっているんだとか。後はその固定化を弱めることで押して移動することが出来るようにしているらしく、拡げた後は新たな壁を追加しているらしい。なんともまぁ無駄の塊な事で。
 大結界についての記述はあまりなかったが、何かの魔法の道具を使用しているとか・・・人間が魔法を覚えた初期頃から張られているらしいけれど、一体どこから持ってきたんだろうか?

「・・・まさかね」

 ナイアードの話がふと頭を過る。結局、呪いがどんな呪いなのか訊いていなかった。
 他にも色々書かれているが、特に為になるようなものは無い。各国の歴代の元首とか、国の成り立ちの歴史とかに興味はない。宗教の話もあったが、どうやら聖母とやらは、形を変え名を変えて各国で崇拝されているらしい。つまりは、元をただせばどこも聖母に行きつくという事か。

「聖母、ねぇ」

 一体何者なのだろうか。少し気になり調べてみても、何故だか詳しい記述はほとんどなかった。あるのは成したとされる偉業と、不自然な生い立ちぐらい。人間が魔法を得るずっと前から魔法を使用している感じなので、そこも少し気になった。

「まぁ、無いものはしょうがない」

 推測も限度がある。それに、資料がここに全て揃っている訳では無いだろう。今は合成魔法の完成の方が優先だ。そう思い、僕は他の資料にも目を通していく。
 他の資料を調べるも、中々面白そうなモノが見当たらない。
 そのまま調べてていき、無駄に人間の歴史に詳しくなってきたところで帰る事にする。
 出入口で身体検査を受けて外に出ると、外は既に暗かった。

「日没が早いものだ」

 外気の寒さに手をすり合わせると、自室までの帰路を急ぐ。
 今日はクリスタロスさんのところへは足を運ばず、自室で思考に耽る事にする。
 自室に戻るとプラタとシトリーに出迎えられるが、これにももう慣れてきた。そう思い、生物の適応能力って凄いなーと少し遠い目をしそうになる。
 部屋で着替えを済ませると、夜空を眺めながら思考に耽るも、系統の違う魔法を発現後に組み合わせる方法が中々思いつかない。新しい組み合わせ方法が確立できれば、それを使った新しい魔法が生み出せるかもしれないのにな。
 初心に帰って魔力同士を組み合わせる従来の方法と、魔法を組み合わせる試行中の方法では何が違うのかを改めて考えてみる。
 まず魔力同士で組み合わせる従来の方法は、取り込んだ魔力を系統別に精製する。それを二系統分用意し、体内で慎重に混ぜ合わせながら一つの系統魔法を創り上げていく。
 他にも工程が増える為に少し一般的ではないが、一度精製した二つの魔力を混ぜ合わせて目的の系統の魔力にしてから魔法を創造する。という方法も存在していた。
 次に魔法同士で組み合わせるのは、創り上げた魔法同士を体外で組み合わせようという試みだ。
 では、何故魔力同士では上手くいく組み合わせが魔法同士では上手くいかないのかだが、これは一言でいえば形を与えたか否かの違いでしかない。
 形を与えると、魔力にその魔法としての形を維持し続けようとする固定化と、存在という新たな概念を与えてしまうのだ。つまりは変化を嫌う、もしくは拒絶するという事。これがある為に、未だに合成魔法は上手くいっていない。だが、これさえ克服出来れば合成魔法が完成するとも言えた。
 これを改めて意識して、一つずつ問題を解体していく。
 まず固定化だが、これは魔力がその魔法で在り続けようとするという事で、ある意味自我を持っているようなモノだ。ではそれをどうするか、だが・・・。

「ん? どうしたのオーガスト様? 私に何かご用?」

 僕の視線に、こちらを窺っていたシトリーが首を傾げる。

「ううん、なんでもない」

 そう返して夜空に視線を戻す。
 意志を持つ魔力。それは魔物創造に似ているが、与えられている意志の強さが違う。それに、魔物は意志だけではなく意思もある。

「・・・・・・」

 そこで僕は前に奴隷売買の現場で蜘蛛の魔物を乗っ取った事を思い出す。あれは意志を操れたと言えないだろうか? もしそうならば、魔物よりは意志の弱い魔法に干渉できないだろうか? 少し、光明が見えてきた気がする。
 次に概念だが、これはそこにそれが存在するというモノで、魔力が霧散してしまうのを防いでくれる。少々強引だが、例えるなら袋に水を入れたような感じだろうか? これも固定化と同じで、具現化後の魔法同士が混ざり合うのを困難にしている一因だ。

「・・・水、か」

 強引な例えではあったが、そう考えれば何か閃きそうな感じがする。
 つまりはここで言う袋の部分が存在なのだとしたら、この袋をどうにかすればいいという事か? 袋に入れた水状態にするという事? ・・・うーむ。
 あれでもないこれでもないと思考を巡らせている内にすっかり夜も更けてくる。

「さて、寝るかな」

 僅かだが思っていた以上に進展が得られたために、今日は大人しく寝る事にする。睡眠も大切であろう。
 就寝の準備を行い三人で一緒に寝る。ホント、生物の適応能力って凄いなー。





 翌日も午前中は似たような事を繰り返し、昼食を終えた僕は図書館に来ていた。三階、二階と見たので、折角だからと一階も見ることにしたのだ。
 一階は数学や語学、機械工学や農学、法律学に薬学、経済学、生物学などなど学問に関する書籍が大半で、一部料理や運動、狩猟や工作などの生活本や娯楽本が収められており、中には絵本などの児童向けの本まで含まれていた。
 それらを適当に読み流したりしながら蔵書を確認していく。
 興味深い本は結構あったものの、探している閃きは見つからない。それにしても、児童向けの本って結構面白いのね。料理もしてみたいが、僕自身があまり食べないからな。作る相手もいないし、知識だけはあるが・・・機会があったら妹達に作ろうかな? ・・・じゃなくて。
 どうも様々な種類の本があるからか、気が散ってしょうがない。それでも色々な刺激は必要かもしれないし、悩ましい。思考があちらこちらに飛んでしまう僕の悪癖もあるからな。
 脱線しない様に意識しながら本を読み漁り、図書館を後にしたのはいつも通り夕暮れ後だった。
 自室に戻り、昨日同様に思考の海に漕ぎ出す。
 昨日考えた事を元に合成魔法が出来ないかと思考を開始する。精神干渉の魔法をどうにか魔法相手に応用して固定化を崩し、魔法の中身を水にして袋の一部を無くして水同士を混ぜる。それで概念はそこまで手を付けなくて済むかも? そうやって混ぜた後に袋を一つにすれば合成魔法は出来ないだろうか・・・?

「うーーむ?」

 出来そうじゃないか? 後はそれを用いて何の魔法を構築したいかだろうか。これも頭を使うが、新たな道を見つけたようで少しわくわくしてきた。
 新たな可能性を感じた僕は、脳内で今考えた事を整理する。
 それが終わると、理論を組み立て直して新たな道の開拓を目指す。
 不可能を可能に、無謀を希望に、そして妄想を現実に変える為に理論を組み上げていく。僕は想像を創造する魔法使いなのだ、今日出来なかった事を明日には出来るようにするのは、ある意味では本来の姿なのだろう。

「ああ、なるほど」

 最近、蘇生魔法の構築に合成魔法の実現と、ずっと魔法の事を考えている気がする。おそらくセフィラの機械脳はこれ以上に一途なのだろう。それは素直に凄いと思えた。それと同時に、その気持ちの一端が理解できた。

「これは楽しいな」

 おかげで一つの事に熱中するというのはとても楽しい事なのだと思い出した。

「・・・?」

 思い出した? 一体何を? 自分の考えに何故か疑問を覚えるも、それは突然の頭の痛みで霧散する。
 頭痛自体は直ぐに治まった。まるで針先で指を刺してしまった様な刹那の鋭い痛み。

「・・・・・・」

 それがまるで凶兆のように感じた僕は、その日は大人しく眠る事に決める。
 明日はクリスタロスさんに訓練所を借りて実験の続きをやってみよう。そう予定を組みながらその日は就寝した。





 翌朝。特に何事も無く目を覚ます。
 体調不良だとか、気分が重いとかはなく、いつも通りの朝。
 僕はプラタとシトリーと朝の挨拶を交わして目を覚ます。
 相変わらず午前中は変わり映えしなかったが、こうものんびりとした日常を送れるというのは悪くない。最近まで常に周囲を警戒して過ごしていた分、そこまで強い警戒が必要ない日々というのはどこか新鮮で、その尊さが理解できる。
 午前までの授業を終えて大食堂で昼食を摂り、そのまま自室へと帰る。

「御帰りなさいませ、ご主人様」
「おかえりー」

 プラタとシトリーに出迎えられながら室内に入ると、クリスタロスさんの部屋へと転移する。
 挨拶もそこそこにクリスタロスさんに許可を貰い、二人を連れて訓練所へ場所を移す。
 念のために自前の防御障壁を内向きに対して張ってから実験を開始した。
 始めに小さな火球と水球を離れた場所に発現させる。それに対して、魔物にしたように精神干渉魔法で魔力の流れを掌握する。これは自分の魔法の為にとても簡単な作業であった。
 そのまま二つを慎重に近づけ、触れる少し前で動きを止めると、掌握した魔法の固定化を無くすのではなく弱める。これは図書館で見た壁についての記述に在ったものも発想の手掛かりとなった。図書館通いも無駄ではなかったらしい。
 それが済むと、魔法を留めている外殻の一部を無くし、代わりに僕の色が付いた魔力で一時的にそこを覆う。まぁ魔法自体も僕の魔法なんだけれども。
 そのまま魔力で覆った部分同士を近づけ、くっ付けると同時に覆いを無くす。それで繋がった二つの魔法を流れに沿って一気に混ぜ合わせれば――。

「おぉ!?」

 『ボン』 という大きな音と共に爆発する二つの魔法。あれ? 成功したと思ったんだけどな?

「流石で御座います。ご主人様」
「本当に出来ちゃうなんて、やっぱりオーガスト様は凄いね!」

 しかし、離れたところから見学していた二人にそう賞賛される。

「成功していた?」
「はい。しっかりと魔法同士が組み合わさっておりました」
「そう?」

 ならばあれで成功なのか。という事は、火球と水球を混ぜれば爆発するのかな? うーん?

「それにしても、相変わらずオーガスト様は高度な事をしてるよね」
「ん?」

 シトリーの言葉に僕は首を捻るも、まぁ精神干渉は難しいらしいからな。

「魔法に干渉するのも魔法を直接改変するのとかもかなり凄いんだけどさ、やっぱり一番は魔力で魔法を保護したところだよね! 前々から思っていたけれど、オーガスト様は魔力を扱うのが上手いよね! 普通あんなに自由に魔力は操れないよ?」
「・・・そうなの?」

 体内外の魔力操作に特に難しさは感じた事はないのだれど。

「はぁ。ホント、オーガスト様はずれてるなー」

 シトリーに本気で呆れた様な息を吐かれる。

「魔力を従わせるのはとても困難なんだよ? それこそ、オーガスト様と同等の技術を持ってるのは妖精ぐらいじゃないかな? あれはまぁ技術じゃないかもしれないけれど、それぐらい難易度の高い事をしているんだよ? 普通はそれが出来ないから無造作に放出するか、扱いやすいように加工するんだもん」
「そ、そうなんだ。でも、シトリーも出来たよね?」
「私のは妖精の真似事だもん。従えてる訳じゃないし、それにも限度があって、そこまで繊細な作業は無理だもん」

 拗ねるような物言いに、先日の魔族軍との戦いを思い出す。あの時は確か、僕のように魔力を操り対象を溶かしたり壊したりしていたような?

「オーガスト様が今何考えてるか何となくわかるけどさ、それはオーガスト様のとは方法が違うからね?」
「そうなの?」
「うん。先日の戦いのやつなら、あれは全部私の自前の魔力だもん」
「???」
「つまり、私は自分の手足で戦っていたってこと」
「は、はぁ」
「対してオーガスト様は、他者の力を自由に従えている訳!」
「う、うん?」
「解らないかー。やっぱりオーガスト様はオーガスト様だなー」
「・・・・・・」

 どういう意味だろう? そこに悪い響きは感じられなかったけれど。というか、言葉の割に好意的な響き全開なので困惑する。気にしたら負けなのだろうか?

「とにかく! 凄いってこと!!」
「あ、ありがとう?」

 いまいち理解できなかったが、まぁ褒められたらしい。とりあえず、これで合成魔法には成功したって事でいいのかな。後はもう少し試行錯誤して完成させるだけかな。
 という訳で、まずは火系統主軸に、基礎系統同士の合成から試みる。主軸となる火球と同量の魔力で構築した球体魔法を土・風・火と順番に合成していく。
 まず火と土だが、合成してみたら鉄球が出来た。これはどうしても土というと何故だか鉄を想像してしまうからかもしれない。
 次に火と風を合成してみると、小さい球体の中に火の嵐が生まれた。試しに訓練所の土を元にして魔法で創った土人形にそれを当ててみると、一瞬、火の渦が土人形を飲み込んだ。もの凄く高温だったのか、土人形の表面は艶々としたものに変わっていた。
 最後に火と火を合成してみると、単純に火力が増した。それも単に倍という訳ではない威力だった。正確には判らなかったが、もしかしたら二乗ぐらいはいっていたかも?
 その後も主軸となる系統を変えて魔法を合成したり、火以外の系統同士も混ぜ合わせてみたのだが、おおよそ解ったこの合成魔法の特徴は、急激な変化と、それに伴う威力の増加だった。
 今までの魔力同士での組み合わせ魔法では、比較的慎重に混ぜ合わせる為に変化は穏やかなモノが多かったのだが、合成魔法では一気に混ぜ合わせる為に変化が急激なモノが多かった。最初の火と水の爆発もその辺りが原因らしい。
 とはいえ、その急激な変化の為に爆発的な火力は生まれているのだが、それは一瞬のモノのようで、持続性が乏しいモノが多かった。
 それから何度もやっている内に慣れてきて、今ではそれなりの速さで合成が行えるようになってきた。それでもまだ実戦向きではない様な気がするが。もっと実験していればもう少しマシにはなるだろう。

「・・・うーん。そうだ!」

 幾度も実験している内に、ある考えが浮かぶ。それは、三つ以上の複数合成。
 物は試しと、一番合成の難易度が低い同系統の魔法同士を三つ合成してみる事にする。合成する魔法は系統だけではなく、魔法の種類も統一してみる。
 とりあえず同量の魔力で創った火球を三つ発現させ、それを二つでの合成魔法の時と同様の手順で同時に合成させてみる。
 難易度が低いからか、合成自体はあっさりと成功したのだが、その結果に僕は困惑した。火球二つで合成した時の結果を鑑みて、威力をかなり弱めたはずの火球三つの合成は、まるでプラタとの同調魔法並みに増幅されてしまった。正確にはあれよりはもう少し大人しかったが。

「あー・・・これは運用が難しいな」

 単独で同調魔法並みの火力が出せる事に、少し恐怖を覚える。このまま合成する数を増やしていったら・・・うん、加減が難しい。
 合成魔法は前準備が少々必要とはいえ、基礎魔法同士であれば、魔力同士を組み合わせた魔法の様に丁寧に混ぜ合わせる手間が幾分か省ける為に魔法の発現速度が速い。それに合成の際も一気に混ぜ合わせるので、慣れればとても楽だ。つまりは一瞬の火力とはいえ、強力な魔法の発動が速いという事になる。
 これは運用を間違えれば一帯が簡単に消えて無くなるかもしれない程の威力の代物だが、それは逆に言えば使いこなせれば切り札となり得る魔法とも言えた。

「練習しないとな!」

 運用を間違えない為にも、今は小規模でも大量の数をこなす必要があった。





 オーガストが合成魔法の修得に専念しているのを少し離れた場所から見学しているプラタとシトリーは、オーガストから目を話すことなく会話をしていた。

「やっぱりオーガスト様はおかしいよ」

 オーガストの並外れた才覚に、シトリーは呆れたようにそう口にする。

「あの方こそが私のご主人様です。誰よりも何よりも高みに御座します、いと尊き御方」

 平板な口調ながら、どこかうっとりとした響きのある声音で語るプラタ。

「ああー、はいはい。そういう惚気はいいから」
「ご主人様でしたら如何な偉業も成せましょう」
「まぁあんな蘇生魔法が使えるぐらいだからねー。それもあいつの魔力を封印するのに魔力を割いている状態で」
「ご主人様が封印された神を越えた時こそ、新時代の幕開けです」
「そう上手くいくかね」
「と、言いますと?」
「オーガスト様はあまり世界の変革に興味が無いって事。どこかで静かに暮らすかもしれないじゃない?」
「そうかもしれません。ですが、如何な未来でも私はご主人様の隣に侍らせていただく所存ですとも」
「そうか。ならこれでオーガスト様の両隣は埋まった訳だ」
「それはどうでしょうね。隣に誰を置くかはご主人様が御決めになられる事ですし」
「まぁーね。それでも近くには居るさ。オーガスト様は楽しいからね」
「その為にも、神には早々に御退場願わなければなりませんがね」
「はは。それを君の口から聞ける日が来るとはね」

 シトリーは意地の悪そうな笑みを浮かべるも、プラタはそれを欠片も意に介さない。

「今の私にとってはご主人様こそが全てですから」
「そうかい」

 その笑みを引っ込めると、シトリーは肩を竦めてみせた。

「さて、そろそろオーガスト様は帰ってお休みになられる頃かな?」
「そうですね。時間的には良い頃合いかと」
「それにしても、こんな場所に天使が居るのもだが、君と天使が普通に接しているのも驚いたよ」
「・・・ご主人様が居りますから」
「あー、何となくわかった気もするよ。駄目だよ、オーガスト様にご迷惑をかけちゃ?」
「・・・解っております」
「それならいいけどさ。っていうか新時代というのであればさ、もうドラゴンの王とも仲直りすれば?」
「あれは向こうが一方的に我らを見下しているだけです」
「そうかねー」
「そうですとも。我らはドラゴンの王に何も思う所は御座いませんよ」
「ふーーん」
「・・・なんでしょうか?」
「別に何でもないさ」

 シトリーがそう答えたところでオーガストは修練を終えると、思案するような表情のまま二人の方へと歩き出した。





 実験を終えてクリスタロスさんに礼を告げてから自室に戻った頃には、すっかり夜も更けていた。
 雲が厚く、月明かりの届かない暗い室内で就寝準備だけを済ませると、マットの上に座って夜空を眺める。
 夜の雲というのも結構いいもので、僅かに確認出来る輪郭がゆっくりと流れていく様は見ているだけで心が落ち着いてくる。
 合成魔法はそれなりに形にはなったが、何か違う気がしていた。
 蘇生魔法の時も感じていたが、何か違和感を感じるのだ。いや、これは違和感ではなく既視感? しかし蘇生魔法も合成魔法もプラタとシトリーが完成品は存在しないと言っていた魔法だ。それを僕なんかが知っているもしくは見た事あるなどあり得ない事ではないか・・・。
 それでもこの言葉では言い表せないもやもやした感じは拭えない。どれだけ考えても答えは出ず、大量の言葉でいくら否定しようとも、この内にたちこめる暗雲は晴れてはくれない。
 そう考えていると、またもや瞬間的な頭痛がする。タイミングのせいか、それはまるで記憶を探ろうとするのを警告するかのように思えてしまう。

「・・・・・・」

 僕は困ったように頭をかくと、一度大きく伸びをする。

「・・・寝るかな」

 学園に滞在するのも後二日。出発は三日後の早朝なので厳密には三日かもしれないが。
 とりあえず全てを後回しにして、何もかもを忘れて眠りにつく。そうしようと思うも、意識は中々落ちてはくれない。それに、色々な事が頭の中に浮かんできてしまう。
 しょうがないので明日の午後からの予定を考える事にした。
 図書館はある程度確認できたし、実験もいい区切りがついた。しかし、他にしたい事やするべき事は見当たらない。

「・・・・・・」

 自室に籠っていてもいいのだが、それも何だか今は躊躇われた。
 どうしようかと考えても中々名案は浮かばないものの、少し身体を動かそうかなと思えてきて、明日は学園側の訓練所に寄ってみようと何となく思いたった。
 そうしようと行動の指針を決めた事で、うっすらと眠気が襲ってくる。そのまま抗わずに睡魔に身を任せるように身体の力を抜きつつ、出来るだけゆっくりと鼻呼吸を繰り返す。
 そうして十分ぐらい経って、やっと僕は眠りにつく事が出来た。





 翌日は朝から気持ちのいい雨模様で、とても暗かった。
 僕は雨が降り出す前に校舎に移動していようと、プラタとシトリーに玄関まで見送られながら少し早めに自室を後にする。
 午前中は相変わらずではあったが、始業の鐘が鳴って直ぐに雨が降り出した。雨脚はそこそこ強いが、土砂降りというほどではなかった。
 それは昼を過ぎても変わらず、僕は昼食を終えると訓練所へと移動する。食堂のある校舎と訓練所は屋根付きの渡り廊下で繋がっている為に雨に濡れる事はなかった。まぁ雨を弾く事ぐらいは簡単に出来るのではあるが。
 雨の日だからか、訓練所は賑わっていた。
 結構広い訓練所はかなり埋まっていて、少し躊躇する。見渡した限り大半が一年生のようだ。
 僕は目的の武術区画に移動するでもなく、魔術訓練をしている生徒達を見学する。
 ほとんどの者は基礎魔法のみしか使えないのか基礎魔法ばかり使っているが、それさえも覚束ない者がチラホラ見受けられる。
 もうダンジョンの授業も早い者は三番目のダンジョンまで駒を進めているらしいので、それでどうやってダンジョンに挑んでいるのだろうかと思うも、何も攻撃魔法が全てでは無い。中には防御魔法が得意な者や、付与魔法が得意な者も居る。マリルさん達ペリド姫の従者のお三方を基準に考えてしまう為に忘れそうになるが、攻撃魔法・防御魔法・付与魔法全てが高い水準にあるというのがそもそも少数派なのだ。現にペリド姫は付与魔法は不得意だ。その代り、浄化や解錠などの特殊魔法もしくは生活魔法と呼ばれるものは得意だったが、逆に従者のお三方はこの特殊魔法の類いがどちらかと言えば不得手な感じだった。

「・・・いや、これも基準値が高すぎるか」

 三次応用魔法が使える人間の不得手など、基礎魔法でもたついている者の得意よりも遥かに上だろう。ペリド姫達と行動を共にしていた為に人に対する強さの判断基準が高くなってしまっている。
 訓練所で訓練している人間を基準に考えるならば、基礎魔法が問題なく扱える時点で優秀なようだ。二次応用魔法を使ってる生徒など憧れの眼差しが向けられている。
 ざっと見渡したところ三次応用魔法以上を使っている者は居ないようだが、そのレベルになると個室でも利用してるのかもしれない。流石に目立たない様にわざわざ個室を使っている様な相手を確認しようとまでは思わないが。それは僕もされたら嫌だし。何の為に個室を使っているのかと言いたくなる。でもまぁ、判断基準を知る為にもちょっと気になりはするが。
 身体を動かそうと思っていたが、そのまま暫く見学していくことにする。幸い見学者もそれなりに居るので目立つようなことはない。
 僕は基礎魔法を比較的使えている一人の男子生徒に目を向ける。この訓練所の生徒を見た限り、その生徒が平均的な力量だと感じたからだ。
 彼は火・水・風・土それぞれの系統の魔法を一通り練習している様であったが、どうやら適正というか得意なのは土系統らしく、土系統の魔法だけは他の三系統の魔法より上手く魔力を運用できていた。
 それでも発現出来ている魔法は拳サイズの土の塊が一つ。それを三度放つと、一度休憩を挿む。それは他の三系統でも似たようなモノであったが、土系統以外は後の休憩が少しだけ長かった。
 他にもその男子生徒と似た力量の女子生徒を見つけたものの、結果は同じだった。
 つまりは小さい基礎魔法を三発ぐらい放つのが限界というのが、今の一年生の基準という事だろうか? これでは二番目のダンジョンでさえ危うい気がする。
 そこまで考え、理解できた事があった。
 外に出た後に抱いた疑問なのだが、ダンジョンで遭遇した魔物の数はあまり多くはない。それがなぜなのかとも思っていたが、この辺りが答えなのだろう。ダンジョンに挑むパーティーの人数が多いのもそのせいか。まぁ中には強い魔物が混ざっていたりしていたが。
 確認できる中で一番の使い手は、いつぞや食堂で見かけた三年生だった。
 二次応用魔法まで使うその生徒ではあったが、威力は周囲の生徒よりは高いというぐらい。そう考えると、二番目のダンジョンで一緒になったあの貴族はそれなりの使い手だったのか。ならば、あの物言いにも納得出来る。まぁ確認できたのは二次応用魔法である雷の付与魔法だけだったけれど。
 それでもペリド姫の従者のお三方に比べれば可愛そうになってくるレベルだったが・・・。うん、どうやら僕は大層強い人達とパーティーを組んでいるみたいだ。それに今気づいたよ。強いとは思っていたけれど・・・これは確かに三番目のダンジョンをペリド姫と従者達の四人で攻略したと思われても不思議ではないな。うむうむ、善哉善哉。願わくば、このまま僕は日陰者として薄れて行きたいものだな。

しおり