新たな力3
その後も暫く魔法訓練の観察を続けると、武術区画の方へも移動して観察を始める。
こちらは、見る限り武器を振り回しているだけで魔法以上に大した事がなかった。魔法使いは魔法に注力しているからしょうがないのか、それともこれが世間一般の基準程度なのか・・・。
弓に至っては的まで届いていない。勿論中にはまともな生徒もいるのだが、それでも実戦では身体強化を併用しなければ使い物にならないだろう。
「・・・ああ、そうか」
そこまで考えて理解する。身体強化を前提にしている為にこの程度なのだと。しかし、身体強化は基礎能力を底上げするようなものなので、基礎が疎かだと伸びも弱い。とはいえ、身体強化の中には補助ではなく、文字通りに強化をする魔法もあるにはあるが、それには相応のリスクが伴う。
それは強化可能時間が短い事。何故なら、魔力消費量が多いというのもあるが、一番は身体に負荷が掛かり過ぎるからだ。
魔力の補助による基礎の底上げだけではなく、魔力を仮想筋肉の様にして使うと、直ぐに術者は使い物にならなくなる。それも一瞬の火力の為に、運が良くて数日は動けないという割に合わない代償で。まぁ大半は骨が砕けて長期間再起不能な訳だし、最悪そのまま寝たきりだ。
それでもこうやって武術を修練しているだけマシな部類なのだろう。ホント、ペリド姫達は規格外すぎるんだな。
改めて自分のパーティーメンバーの強さを思い知り、少し早まったかなーという考えが浮かぶ。どう足掻いても目立つだろう。とはいえ、何も悪い事ばかりではない。ペリド姫達は立場があるし実力もある。何より彼女達は見た目が華美であるので、栄光を浴する姿がとても絵になる。ならばその光の陰に隠れる事は可能であろう。
観察を終えると、とりあえず当初の予定通りに身体を動かそうと思い、個室へと移動する。幸い個室に空きがあったので、適当に人形相手に身体を動かす。
長い事見学をしていた為に大して時間は取れなかったが、僅かでも何も考えない時間をつくれたのは良かった。
そのまま寒い外を歩き、寮の自室へと戻る。頭がいい感じに冷えた事で思考がすっきりした。
玄関まで出迎えてくれたプラタとシトリーに帰宅の挨拶をして室内に入る。
着替え等を済ませて落ち着くと、訓練所での事を思い出す。そこで三年生の姿が思い浮かんだ為に、そのまま三年生について考えてみる。三年生では北門の警固に就くのだが、北側なのでクロック王国の領内になる。
「・・・・・・」
クロック王国という事は僕の姉であるジャニュ姉さんが居るという事だが、出来たら関わりたくはない。まぁ多分大丈夫だろうとは思うが、嫌な予感しかしない。
四年生への進級条件はさして変わらない。ただ討伐数が若干増えるぐらいだ。
北の平原は木々が少なく見晴らしがいいとか。そしてその先、北の森には石化させる飛べない鳥や幻覚をみせる動くキノコ、毒を持った巨大な甲殻虫などの少々特殊な生き物が生息しているらしい。ただ、その特殊な攻撃さえどうにか出来れば、ほとんどがただの大きな動植物らしい。
「それにしても・・・」
思考を訓練所での光景に戻すと、僕は少し考えてしまう。このままでは確実に目立つ。いくらペリド姫達の陰に隠れられるとはいえ、それにも限度があるだろう。いや、それ以前に目立たない努力ぐらいはするべきだ。
とはいえ、ペリド姫達の足を引っ張る訳にはいかない。
「そうなると・・・」
僕は暫し考え、土系統魔法の物質創造を行う。土系統のみで行う創造魔法なので万能ではないが、鉄の塊を発現させる。その鉄の塊に火の系統魔法と風の系統魔法を合成してから、そこに他の魔法を加えて任意の形に鋳造していく。そうして僕は一振りの鉄剣を創り上げた。
「便利なモノだな」
こんなにお手軽に剣が出来るとか、人前で使うのは色々不味い気がする。応用魔法だけでも似た様な事は出来なくもないが、こんなに簡単ではない。
改めてそう理解しつつも、僕はその出来上がったばかりの全長百五十センチほどのその鉄剣を手にする。
「重!!」
それは両手で持てない事はないが、流石に身体強化を併用しなければ実戦で振り回すのは少々厳しい。
僕はその剣を分解して魔力に戻すと、違う素材で剣を造る。しかしやはり重く、また分解する。それを思いつく限りの様々な金属で繰り返し行ったものの、結局どれも重かった。
「うーん」
素材だけではなく長さを縮めたり、全体を薄くしたりと試してみるも、上手くはいかない。空洞にしたら流石に脆くなった。
「さっきから何してるの? オーガスト様」
そんな僕に、隣から不思議そうな顔のシトリーが問い掛けてくる。
「ん? 今日訓練施設寄ったんだけど、どうやら一般的な人間の魔法使いはかなり弱いみたいだからね、目立たない様に武器で戦おうかなと思ったんだけれど、どうも重くてね」
「まぁ人間は弱いよねー。オーガスト様は人間どころか世界的に別格だけれどさ」
「それでしたら、付加魔法はいかがでしょうか?」
「ああ、そういえばそんなのがあったな」
魔力や魔法を用いて一時的に武器等に属性や何かしらの効果を発揮させる付与魔法と違い、付加魔法はその物に事前にその属性や効果を付けておくモノだ。これはその物の特性の様なものなので、少し魔力を通せば発動する。中には周囲の魔力を使い常時発動しているものもある。
これは便利なのだが、付加魔法は使い手の練度により性能が大きく変わるので、いい付加魔法付きの装備は高いのだ。付加してもらうにしても高くつく。
まぁ僕は自力で出来るのでそこは問題ないのだが、この場合、重量軽減や強度上昇あたりの魔法を付加すればいいだろうか。
僕は試しに最初に創った鉄剣と同じものを創り、それに重量軽減と強度上昇を付加する。
「おお! 一気に軽くなった!」
羽の様というのは些か誇張が過ぎるものの、同程度の長さの細い木の棒でも持っているぐらいには軽い。
「これならいけるな!」
両手でしっかり持って固定した鉄剣に鉄の塊を幾度かぶつけてみたが、強度も申し分ないようで、刃こぼれ一つしない。
それに僕は満足すると、その鉄剣を分解する。
「自分の剣だしな、やるからにはもう少し何か付加したいな・・・」
せめて切れ味上昇と何か属性ぐらいは足したいところだが。
僕は付加の内容に頭を悩ます。よさそうなものは色々とあるのだが、あまり付加し過ぎるのも目立つかもしれない。
そう考えると、中々の難問だな。
とりあえず重量軽減・強度上昇・切れ味上昇・属性の四つにしておこうかな。後は付加属性だけど、付加するのが一つだと戦闘の幅が少し狭まってしまうかも? まぁその際は付与魔法を使えばいいか。
そう決めると、付加する属性について考える。とりあえず水にしておけば汚れが洗い流せるかな?
うーん、うーんとそのまま暫く頭を悩ませると、僕は水属性を鉄剣に付加する事に決めた。
新たに創り直した鉄剣に、重量軽減・強度上昇・切れ味上昇・水属性の四つを付加する。
付加魔法なんて久しぶりなので上手くいったかは分からないが、とりあえず完成した鉄剣を手に持ち確認してみる。
全長百五十センチ程の鉄製の剣。立った僕の肩より少し高いその剣は振り回しにくそうだが、まぁ問題ないだろう。腰に差す為に、見た目以上に長い剣を収納できる魔法道具の鞘を創っておこう。
重量のほどだが、本来両手持ちの剣が片手で軽々振るえるぐらいに軽いものの、任意で一時的に軽減を無くすなり軽減率を変更する事も可能。これで重さで対象を斬るなり打撃も可。
次に強度だが、これは鉄球を数十回打ち付けても折れもしないし刃こぼれもしない程度には頑丈だった。
切れ味はこういう剣では鈍い場合が多いと聞くが、僕の剣は試し打ちした鉄球を何度も真っ二つにしてしまった程に鋭かった。
最後に水属性だが、これは攻撃に水属性が乗る以外に付いた機能は、当初想定していた剣から水が滴り落ちて刀身を洗浄するというようなモノではなく、その上である周囲の魔力を吸って自浄機能を実行する剣となっている。
それ故に、プラタとシトリーからは付加魔法の掛かった付加武器ではなく、魔法道具扱いされるはめになってしまった。
他に何か付加しなくても問題ないよな? と考え、この辺りでやめておく。一般的な魔法道具はほとんど見た事がない為にどの辺りまでが目立たない性能なのかが判らない。
「・・・魔法道具を持ってる時点で目立つとかないよね?」
そう言えば他に魔法道具を持っている人を確認した事がない。何もしていない状態であればしっかり確認しない限り判らないからだという事にしておこう。あと、これは魔法道具ではなく付加武器だった。
「この程度でも平原ぐらいでは戦えるよね?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
僕の問いに二人からの返答がない。独り言だと思われたのかと思い、少し後ろの両隣に目を向けると、こちらをジッと見上げているプラタとシトリーの姿があった。
「こんな性能で戦えると思う?」
改めての問いにも、プラタは無言のままジッと僕を見つめるだけ。その代り、反対のシトリーがため息を吐いた。もう呆れた様なため息にも慣れてきた気がして少し哀しくなってくる。
「戦えるかどうかだと十分すぎると思うよ。というか、性能がちょっと高すぎるかもね」
「これで高いの?」
ちょっと軽くて堅くて切れ味のいい水属性の剣なだけなんだけどな。これでも軽く付加しただけなのに。っていうか、いつかもうちょっと性能のいい物を創ってみたいと考えているんだけれども。
「はぁ。相変らずだね、オーガスト様は」
そんな僕に、またため息を吐くシトリー。
「少し人間界を調べたけれど、人間の付加魔法の基準だと、オーガスト様が付加したそれらの性能は全てがちょっとだけ補正が付くぐらいみたいだよ。それに、その性能だと人間界の外でも十分売りに出せるレベルの性能だよ。それでも、その水属性だけはちょっと性能が高すぎなんだけれど」
「へぇー」
この程度で外の世界の製品レベルなのか。それにしても、水属性の性能ってこの自浄だよね? これそんなに性能高いんだ。手入れが楽だなーぐらいにしか考えてなかった。まぁ品質保持とか自己修復なんかは付けてないから手入れ要らず! って訳ではないけれど。
「多分、きっと、絶対にオーガスト様は解ってないんだろうなー」
「いや、これが性能がそれなりに高いってのは理解したよ?」
「はぁ」
僕の返答にシトリーはため息を吐く。その姿はなんか苦労性の人みたいで申し訳なくなってくる。
「じゃ、もう少し性能下げようかな?」
「それも微妙だね。いくら目立たないためとはいえ、オーガスト様が戦う為の武器なんだから、弱っち過ぎるのは私達が嫌だし」
「そんなものなの? まぁ幸い? パッと見た感じでは分からない性能だけだからこのままでもいいかな」
「ご主人様」
このままでもいいかな? と思ていると、今まで黙っていたプラタが口を開いた。
「ん?」
「では、精霊の加護などはいかがでしょうか?」
「精霊の加護?」
「プラタちゃん? それは流石にやりすぎだから。妖精の加護ほどではないにしろ、そんなぶっ飛んだもの、外の世界でも目立つからね?」
プラタの提案に、シトリーが恐いぐらいに満面の笑みを浮かべて諭す。いつもプラタがシトリーを諭しているイメージがあるので、逆だと何だか新鮮だ。
「精霊の加護ってどんなもの?」
僕の疑問に、シトリーが頭痛を堪えているような声音で答えてくれる。
「質によって例外はあるんだけれど、簡単に言えば剣に加護を与えた場合、折れず曲がらず傷つかず汚れず斬れぬモノ無し! ぐらいに思ってくれれば理解できるかと。因みに、加護を与える精霊によってはもっと色々な効果があるし、妖精の加護までいけば、それを持った普通の人間でもドラゴンぐらいは倒せちゃうようになるよ。まぁドラゴンの王ぐらいまでいけば、普通の人間では勝てない可能性はあるけれども」
「ああ、うん。解った」
手入れ不要とかもうそんなレベルではなかった。もう聖剣・魔剣・神剣とかそういう類いの物じゃないか。
「折角だけれども、今回は遠慮しておくよ。また今度お願いね」
プラタにはそう言って断っておく。流石にそこまでいくと確実に目立ちすぎてしまう。
「そうですか」
一言そう漏らしたプラタはどこか寂しそうな気がして、僕は身体の向きを変えると、目の前のプラタの頭を優しく撫でる。
「それはいつか真面目に自分専用の武器を創った時にお願いするよ。それと、今日は寝るまで話でもしようか」
「話、ですか?」
「そ、話。勿論シトリーも一緒にね」
顔をシトリーに向けてそう付け足す。そういえばここ数日一緒にいるけれども、実験ばかりでたいして会話をしてなかったからね。
「やった!」
横から抱き着いてきたシトリーの頭も撫でつつ、その日は寝る前まで雑談に終始した。最後にはプラタはいつものプラタに戻っていた気がした。
◆
今回の学園滞在最終日。その日の午後はクリスタロスさんの部屋にお邪魔していた。
クリスタロスさんと暫く親交を深めた後、訓練所を借りる事にする。
訓練所に到着した後、僕は影からフェンを呼び出した。
「本日はどのような御用でしょうか? 創造主」
影から出てきたフェンが恭しく頭を下げる。
「また背に乗せてもらいたくてね」
「お任せください」
僕の言葉に、フェンは乗りやすいように足を折って体高を下げる。それに礼を言ってフェンの背に乗ると、フェンは立ち上がり訓練所内を走り出した。
「フェンは身体の大きさって変えられるの?」
「可能です」
「じゃあ、例えばプラタとシトリーも僕と一緒に乗せられる?」
「創造主がお望みでしたら」
「なるほど。三人乗っても大丈夫なの?」
「重量の事を気にしておられるのでしたら、御気になさらずに。小生は馬などよりも遥かに頑丈ですので」
「そっか」
フェンの物言いが少しおかしくて、フェンの背を撫でる。
「それじゃ、二人も乗せてみていい?」
「創造主の御心のままに」
フェンはそう言うと、プラタとシトリーの下まで移動して身体を大きくする。
「二人とも、さぁ乗って!」
「宜しいのですか?」
「・・・いいの?」
僕がフェンの上から手を差し出すと、そう言って二人は窺うような視線を僕とフェンに向ける。
「創造主の御意向です」
「そうですか」
プラタとフェンが短くそうやり取りすると、プラタとシトリーはフェンの背に跳び乗る。
「うわー! ふかふかだー!」
フェンの乗り心地に、プラタの後ろに乗ったシトリーが感動した声を出す。
「だろう! フェンの手触りは気持ちいいよなー」
シトリーに同意しつつ、僕もフェンの背を撫でる。
「それで、本日はどうかされたのですか?」
僕の後ろからプラタの声が掛けられる。
「いや、別段何かあった訳ではないけれど、たまにはフェンも交えた四人で一緒に遊ぼうかなと思ってね」
昨夜はプラタとシトリーの三人で雑談したので、フェンも参加させたかったのだ。後、フェンに騎乗して駆け回りたかった。
「そうでしたか。本当にご主人様は慈悲深き御方で御座います」
プラタのその言葉に小さく笑う。
「そんな大層なものじゃないよ」
プラタにそう返すと、フェンに動くようにお願いする。
それに応じてくれたフェンは、プラタとシトリーに配慮してか、少し速度を抑えた走りをする。それでも僕の最初の頃に比べればかなり速いのだが、ちらりと見た後ろの二人は余裕で乗っていた。
「フェンの背に乗って走るのは気持ちがいいだろう?」
広い訓練所をただひたすらに駆けるフェンの上は、適度な風が頬を撫でる。フェン曰く、風量は魔法で調整しているのだとか。温度も極端に変化しないように気をつけているらしい。
実に至れり尽くせりなフェンの背での移動はとても快適なものだ。
「はい。とても快適で御座います」
「こう、ゆっくりできていいね!」
二人の同意を得て、機嫌よくフェンの背を撫でる。
「流石はフェンだな!」
「創造主が小生をこう創ってくださったお陰で御座います」
そんなフェンに笑い掛けながら背を撫でる。やはりフェンの背に乗るのは楽しい。
「やっぱり、こうやってフェンの背に乗っての旅もいいなー」
フェンは大きさも変えられるので、背の上で仰向けで寝る事も一応可能だ。普通に跨ったまま寝ても、フェンが落ちないようにしてくれるだろう。迷惑はかけるが、優秀で助かる。
「何時でも何処でも、創造主がお望みの場所へとお運び致します」
「はは、ありがとう。フェン」
頼りになる仲間に感謝する。そういう旅をするなら何処を目指して旅をしようかな。
そんな風に外の世界に思いを馳せると、途端に今の世界が窮屈に感じる。狭い世界は好きだが、この世界は僕には少々制約がありすぎる。
ふとそんな事が頭を過った為に、頭を振って思考を切り換え、時計を確認する。気づけば結構な時間が経っていた。
「楽しい時間はあっという間に過ぎていくな」
フェンに頼んで訓練所の出入り口まで運んでもらうと、僕達三人はフェンの背から降りる。
「今日はありがとうね」
「また何時でもお呼出し下さい」
フェンに礼を言うと、フェンはそう言い残して僕の影に潜る。
それを確認すると、プラタとシトリーを伴いクリスタロスさんの部屋まで戻り、クリスタロスさんに礼を告げてから自室へと戻った。
自室に戻ると就寝の準備をして、僕達は眠りにつく。
その翌日。
僕はまだ世界が薄暗い早朝から学園を出ると、駅舎に向けて移動する。
駅舎には珍しく僕以外の生徒が居た。それは学園で何度か目にした顔が混ざっている三年生の十人パーティーで、とりあえず軽く朝の挨拶だけを交わした。
そのままそのパーティーから離れた場所で待つ事暫し、やってきた列車に三年生が乗っていく。
その列車は北門行きの様で、僕は三年生達を見送ると、独り静かに駅舎で列車を待つ。
三年生を乗せた列車が発ってからそう待たずに、西門行きの列車が到着したので、僕は西門へと戻る為に、独りでそれに乗車した。