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#03-05

 決まった、そう思っていた。
 けど、現実というのはそこまで甘くないらしい。
 むしろ厳しいどころではなかった。
 俺の拳は、蛇によって阻まれたのだ。
 たまたまかと思って、二度三度、攻撃場所を変えてみたが、全部防がれてしまった。
 これは、まずい。
 こいつは、蛇を使いこなしている(・・・・・・・・)
 どれか一発でも当たらないか、そう思ってがむしゃらに攻撃してみるが―――――
 奇跡か偶然か。
 いや、あいつにとって偶然は成功に存在しないんだったか。
 ならたぶん、必然的な事象だったのだろう。
 俺がキックを繰り出したとき、ハサミを蹴りあげてしまったのだ。
 危険度的な意味で、相手はそれに気をとられた。
 その隙をついて、防御ががらがらとなった足に―――――――一撃!
 男か女かはわからないにしろ、脛に強い打撃をもらって、無事な奴なんていない。
 こいつもそうだったようで、少しよろめくと近くにあった窓から飛び降りた。
 というかまじか・・・
 2階から、といってもあのひょろい体では、かなりのダメージを受けるはずだ。
 さてどんな状況になっているのかと窓から身を少し乗り出して下を見てみると、そこには誰もいなかった。
 まさか逃げられたのか・・・
 意外といえば意外だったが、まさかとはこうも簡単に逃げられるとは思わなかった。
 ・・・というかこの片づけを、一体だれがやると思っているんだ。
 ああ、めんどくさい。
 今日はもう、飯も食わずに寝るとしよう。
 と、そういえばこれを捨てるのを忘れていたな。
 ポケットから昨日のメモを取り出すと、横になっているごみ箱に投げ入れた。




 目が覚めたら、昨日と同じ朝がやってくる。
 誰がそんなこと決めたのだろうか。
 まあ今回は、特に苦も無く迎えたわけだが、しかしそれを裏返せば昨日となんら変わっていないということだ。
 家も、部屋も、ずっと荒らされたままだということだ。
 むくりと起き上がると、より部屋の状況が理解できた。
 これは、ひどい。
 昨日こそ焦っていたせいでちゃんと確認していなかったのだが、今になって見てみれば本当にひどいのだ。
 無慈悲なほどに叩き潰された本棚。
 そして必然的に床に散らばる本。
 中心から大きくひびの入った、俺が長年愛用していた机。
 横倒しになり、脚部のキャスターがいくつか破損している学習机。
 その他諸々、ほとんどの家具が壊されていた。
 ただ、『天使様』は余程の読書好きなのか、一部を除いて床に散らばった本は無事だった。
 その本の共通点といえば、実際にあった話、というだけなのだが・・・
 いや、その類で無事の物もあった。
 なら、『天使様』がしたかったことというのは、一体何だったのだろうか・・・



「え?この本がどうかしたの?」
 あの後登校してからも、結局答えが分からなかったので、インターネットに匹敵する知識量を持つ奴に頼ることにした。
 彼女は佐川 愛生(さがわ あおい)
 うちのクラスの図書委員というやつで、先ほども言ったように本に関してはインターネットに匹敵するレベルの知識を兼ね備えている。
 なんでも、高一の時に3ヶ月で図書室の本を網羅したとか、この街の図書館のどの棚のどの位置にどんな本が置かれているか(そんなのはさすがに嘘だろうが)など、とにかく本関係の噂に関しては、彼女の右に出る者はいない。
 そんな彼女に、昨日破壊された本のリストを渡したのだが果たして・・・
「これらは、実話を本にしたものだね。あとはそうだな・・・ ああ、たしか―――――」
 そのあとの言葉を聞いて、俺は少し耳を疑った。
 というか、疑うしかなかった。
 だって、もしそうなら『天使様』ってやつは―――
「最終的に、みんな幸せになるっていう。そんなストーリーだったはずだよ」
 おそらくではあっても、異常だということには違いないのだから。
 いやまあ、たまたまということもあるかもしれないが・・・




 今日も今日とて、帰りで「さようなら」が聞こえることはなかったが、代わりに先生につかまってしまった。
「いや~、悪いな。これ、天野まで届けてくれないか」
 彼女が差し出してきたのは、今朝に配られた家庭訪問のプリントだった。
「・・・別にいいですけど、先生が言った方がいいんじゃないですか?立場的に」
「あのなぁ、それだと家庭訪問の意味がなくなるだろ。教師が家に行くっていうのは、それこそよっぽどのことがないと無理なんだし・・・」
 そうですか。
「じゃあ行ってきますよ。・・・ああ、それと。天野さんの親って、共働きらしいですよ。一昨日行った時、あいつ以外誰もいませんでしたし」
「えっ。おかしいな・・・」
 念のため、そう思って伝えてみると、先生は不思議そうに呟いた。
「何か問題でも?」
「・・・いや、なんでもない。こっちの勘違いだ。ともかく、頼んだ」
「はぁ、分かりました」
 なんだか妙に引っかかるが、まあいいか。





 あの後、天野の家に行ったのだがちょうど留守だった。
 まあ前と違ってプリント一枚届けるだけだったので、今度こそ郵便ボックスに入れると、それ以上は何もせず、ただただ普通に家に帰った。
 さて、片づけを始めようか・・・・・・
 願いを叶えてくれるというのならば、これも『天使様』がやってくれないものだろうか。
 まあそんな皮肉を言ったところで、通用するわけないと思うが。

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