#03-04
堀山
それが俺の聞いた奴の名字だった。
名前は、知らない。
というより、本当の名前かどうかもわからない。
奴について今わかっていること、それは。
金にがめつい、というか、金がすべてというような男だ。
その性格のせいもあるのだろうか。
俺は今、こいつに借金をしている。
借金、というかツケ。
とある一件のせいで、莫大なツケを背負わされてしまったのだ。
そして次に強い。
圧倒的に強い。
実際に戦った、いや、殺しあったからこそわかる。
あいつは、ヤバイのだ。
そして、これが一番確実なこと。
俺の味方だということだ。
有料ではあるが、今みたいに相談には乗ってくれるし、有料ではあるが、いざってときに守ってくれたこともあった。
言うなれば友人未満知り合い以上。
そんな関係だった。
「蛇、か」
とりあえず俺は堀山に、一切のことをすべて話した。
もちろん、天野のことを除いて、だが
「まずひとつ、それは本当に蛇だったのか?」
「蛇だったのかって・・・ 形も細長かったし、それに――」
「形なんて、放し飼いの奴等にとってはあってないようなものだ。咬み痕だって、別に蛇だけがあの痕を残すわけではない」
そう言われれば、確かにそうだ。
「いわゆる先入観というやつだ。お前が最初にそうだと思い込んでしまったから、お前はそれを蛇としか認識できなくなった」
そう言われると、反論が・・・
「しかしお前、話を聞く限りでは、その力をある程度使いこなせていると思うのだが・・・ 実際どうだ?」
「・・・使いこなせているかは、自分でもわからない。蛇、じゃない。奴を追い返したのも、偶然上手くいったからなんだろうし・・・」
「成功に偶然は存在しない。存在するのは失敗だけだ。そうか、なら以降の依頼事は、ある程度お前に任せても良さそうだな」
「そのほうが、俺の借金も早く返せるのか?」
「お前の仕事次第だろうが・・・ 早くはなるだろうな」
そうか、ならやっておくのもありかもしれない。
「話を戻すぞ。次に、お前何か恨まれたりしてないか」
「恨みって・・・ 学校じゃ『リーダー』で通ってるぐらいのイイコだし、バカにされることはあっても、恨まれるようなことをした覚えはない」
「そうでもないぞ。人間だれしも、どっかで恨まれてるもんさ。例えば、お前のクラスにもいないか。イジメで不登校になってる奴。特に女だな。あの生き物は嫉妬の塊というしな」
「すごい偏見だな・・・」
しかしイジメか・・・ でも、うちのクラスは残念ながら(良いことではあるのだが)イジメがあったという話を聞かない。
というより、おそらく学校全体で見ても、そういうのは無いと思う。
不登校といっても、天野は関係ないだろうし。
「ないな、まったく」
「・・・そうか。なら奴等を使った何かの悪戯だろう」
「悪戯にしてはかなり悪質じゃないか?」
「悪質、か。ともかく、俺もある程度調べておくとしよう。どっちにせよ、通り魔として実害は出てるんだ。早めに駆除することにする。ほら、もう帰れ。親にどやされるぞ」
もう帰れ?
いったい何をいっているのだ。
堀山が指差した窓をみてみると、日はどっぷりと沈み、月がこちらを覗いていた。
帰宅、というべきだろうか。
この場合は、家というものが一体どういうものなのか、ということから定義しなければならない。
家というものは、人が安らげる場所だと俺は思う。
だがどうだろう、この場所は。
ここをどう見たら、落ち着けるというのだろうか。
床には物が散乱し、水が飛び散り、所々家具が破壊されている。
ここまで見ればわかると思うが、どうやら俺は、泥棒に入られたらしい。
いや泥棒なら、ここまではしないだろう。
むしろ泥棒の方がよかったとさえ、この状況では思えてくる。
そうだな、言い方を変えるとするならば、破壊屋、とでも言えばいいのだろうか。
その名の通り、彼か彼女か知らないが、俺の家の中をめちゃくちゃに荒らした人物。
床に転がる物物物。
床や壁が傷つけられていなかったのが、唯一の救いであろう。
あれは修理すると高いのだ。
さて、一階をぐるりとみて回ったが、それらしき人物は見当たらなかった。
となると二階だろう。
二階には、俺の部屋、親父の書斎、そして、今は使われていない姉の部屋。
このどれかが外れだ。
確率からして1/3。
まあ俺なら迷わず、自室を選ぶだろう。
だってここが一番、安心できるへ―――――
・・・どうも外れを引いてしまったようだ。
部屋の中には、バットのようなものを振り回している人間のような何か、が居た。
結論から言えば、俺の予想は間違ってはいなかった。
いや、片方は合っていて、もう片方は間違っていた、だろうか。
あの黒いもやの宿主は、おそらくこいつなのだろう。
その証拠に、蛇が
そいつはこちらに背を向けながら、バットのような鈍器で部屋を荒らしていた。
「・・・楽しいか、それ?」
俺が声をかけるとやっと気づいたようで、顔をこちらに向けた。
その顔はまるで道化のように、不気味で子供が見たら泣き出しそうな、そんな灰色の面をつけていた。
「誰だ、お前」
「・・・・・・・『天使様』。と言えばわかるか」
その声は、ボイスチェンジャーが使われているかのように機械的で、それだけで性別を判別するのは無理そうだ。
見た目もひょろひょろで、男か女かわからない。
しかし、『天使様』?
これが、か?
これのどこに、天使要素が入っているというのだ。
どちらかというと、『悪魔様』の方が似合いそうだがな。
と、それよりも。
ここに天使様がいるってことはたぶん、誰かがこんな状況を願ったってことだ。
俺の家に、というか俺に、嫌がらせのような何か(嫌がらせにしては振り幅が大きい気もするが)をしてほしい、と。
「目的は?」
「・・・・・・あるものを、回収してほしい。だそうだ」
あるもの
というかそれより、相手に目的を喋ってしまって、これ以上の狼藉を許してもらえると思っているのだろうか。
だとしたら、俺は甘く見られすぎなのだろう。
「そうか、ありがとう。じゃあ―――――――――死ね」
拳を握りしめると、無防備な腹にめがけて、パンチを食らわせた。