#03-06
まぶしい日差しが目元を照らす。
そんな異常事態に気づくこともなく、間抜けにも俺は目覚めた。
昨日とは違い、床が顔を見せている。
そういえば昨日で、家をあらたか片づけたのだったか。
しかし、長く睡眠をとったはずなのだが、何だこの不満足感は!!!
体は岩でも背負ったかのように重く、頭がうまく回らない。
少しでも横になれば、それはそれは深い夢の世界を旅行できそうだ。
そんな体に鞭打って、朝飯を作るために下に降りる。
今でこそ、こんな状態で包丁を握って、指の一本でも切りはしないかと心配したが、この時の俺はよくこんな荒業やってのけたものだ。
特に失敗するような要素もなく、一般的な朝食が完成した。
それをリビングに持っていき、数少ない無事だったテレビをつける。
と、ここで気づいてしまった。
電流でも流れたかのように、一気に思考が覚醒し、脳内のスイッチがぱっと切り替わる。
黒く薄っぺらい箱の中で、楽しげに喋る司会者たち。
その箱の左上には今の時刻が表示されていたのだが、それは11:52という数列で表示されていた。
とどのつまり、大遅刻だ。
朝(昼)食をクジラのように一気に飲み込むと、一目散にクローゼットをこじ開ける。
学校指定のYシャツとズボンに着替えると、鞄にペンケース等を詰めこ――――――ん?
「あ゛ー!!!!!!!!」
そこには、目に入れるのさえ恐ろしい、直視できない現実が転がっていた。
あまりにも無慈悲で、残酷で、こんな状況下だというのに、さらに泣きたくなってくる。
なんと、スマホが真っ二つになって、地面に転がっていたのだ。
もう、言葉すら出せない。
まさに絶句。
おそらく、寝ている間に何かの拍子でこうなったのだろうが・・・
というか、通りで寝坊したわけだ。
俺はアラームがなければろくに起きることができないのだ。
こうなってしまっては仕方がない。
今日の帰りにでも、携帯ショップに立ち寄って、直してもらうことにしよう。
直せたらの、話ではあるが。
人間というのは、状況に慣れてしまえば案外落ち着ける生き物で、今の俺もまさにその状態だった。
遅刻など今まで一度もしたことがなかったのだが、いやはや、まさかこんな形で経験することになるとは。
人生とは、やはりわからないものだ。
そんなことをつぶやきながら、俺は下ばきを靴箱にしまう。
あれからかなり時間が経ってしまったが(今は4時間目終盤あたりだろうか)、昼休みまでには、何とか到着することができた。
さて、上履きに履き替えているときに、それは目に入った。
というか、
喜ぶべきか、はたまた悲観するべきか。
それは定かではないが、ともかく入ってしまったのだ。
入っていたものが。
二年三組一番。
約3ヶ月の間、空きっぱなしだった靴箱が、久しぶりに埋まっていた。
それはつまり、彼女が来た、ということだ。
あの引きこもりが、あの少女が。
もう一つ気がかりなことといえば、大原の靴箱には上靴が入っていた、といったぐらいか。
あいつもあれで病弱な方だ。
それは、しょうがないことだろう。
それよりも、一体何が功を奏したのだろうか。
まさか、あいつが学校に来てくれるとは思わなかった。
声をかけるのは少し照れくさいが、あいつは今のクラスになじめているのだろうか。
それぐらい聞いても、罰は当たらないだろう。
・・・地獄絵図。
この言葉を辞書引きすれば、ピッタリ合致しそうなぐらいの惨劇が、目の前に広がっていた。
床に横たわる、約三十名の人。
机は無意味に倒され、おそらくこの時間の授業を担当していたのであろう教諭は、教卓に身を任せるようにしてのけぞっていた。
原点にして、終焉。
そういった方がいいだろうか。
惨劇、なんて言っても、血が飛び散っていたり、人が死んでいたりと、そんなことはなかったりする。
実際、そんなことが起こってしまえば、警察沙汰では済まないだろう。
良くて、終身刑。
悪くて、死刑。
普通の人からしたら、少し厳しすぎるのではないか、なんて言われてしまうかもしれないが、そんなわけない。
だから俺は言ってやった。
彼女に、
「人殴るなら、せめて自分の拳使えよ」
自分の
不気味に鳴り響くチャイムを背景に、そう言ってやった。
今回の一件は、俺の彼女に対する認識を改める、いい機会となった。
俺には、何があったのかは知らないし、それ以前の興味もないが。
だがしかし、なんでお前がそうなったのか、それはぜひ知りたいと思っている。
お前をそこまで曲げてしまった原因だけは、それだけは聞いておきたいと。
まず始まりというのは、本当に突発的なことだった。
単純に、俺が教室に入った。
ただそれだけだ。
それだけの、ことだというのに。
別に俺が目撃しなくても、それ以前に俺という人間が存在さえしなくても、この事件は起きたのだろう。
だからといって、責任を感じるな、と言われて、黙って首を縦に振るほど、俺は愚かではない。
この事件に関わってしまったのだから。
この惨劇を、見てしまったのだから。
ならば、関わらなければならない。
最後まで、終焉まで。
見届けることが宿命なのだから。
誰にというわけではないが、見つからないようにしながら、俺は階段を一つ飛ばしで上っていく。
たしか4時間目は教室での授業だったはずだ。
皆に笑われてしまうかもしれないが、まあそれは自業自得というやつだ。
職員室に立ち寄り、遅刻届を受け取る。
さらさらと項目に当てはまる答えを書いていると、どうにもタイミングが悪く、チャイムが鳴った。
4時間目終了を知らせる不協和音が、廊下に設置されているスピーカーを介して、生徒に届く。
この時点で、今書いた遅刻届はただの紙切れとなってしまったのだが・・・
それもまたいいか。
そのまま、ちょうど職員室にいた担任に紙切れを手渡す。
そして、自分の教室へと向かった――――――――――