第二十二話 いざ研究へ
「……何それ?」
先の俺たちを守った鉄の壁がまるで塵と化す様に空虚に霧散していき、『この私には向かうつもり?』とでも言いたげなアミラの顔が覗かせた。
フィオーネはというと、彼女も反撃をしようと腰に巻いたポーチから警棒の様なものを取り出して、下に勢いよく振ることでその刃を伸ばしている。
「いやいやいや、ちょっと待てって!!」
さすがにこれ以上はシャレにならないので、二人の間に入ってひとまずアミラが魔法を行使しようと揚げた腕を下に降ろした。
「ちょっと何すんのよ!」
「これ以上はさすがにまずいから!」
しばらく抵抗を続けたが、俺の言葉を理解してくれたのかアミラが納得はいかない様だけど、攻撃をやめてくれた。
アミラは、俺がそのまま握っていた腕を解こうと『離しなさいよ!』と言って振りほどく。
「すまないなフィオーネ」
まだ警戒を解いていなかったフィオーネにもこれ以上の争いを止める様に構えていた腕を下に降ろす。
ついでにさっき使っていた鉄の壁を出したであろう指輪に触れておいて、能力をコピーさせてもらった。
「いえいえ、こちらこそなんかすいません。でもアミラさん、あれは危ないですよ!」
鉄の壁にぶつかってバラバラに砕けた元は薬草の瓶だったものを一瞥したフィオーネがアミラを指差して注意する。
確かにあれはいくら身体強化されてる俺でも危なかったかもしれない。
その言葉に、アミラは『ふんっ!』とそっぽを向いた。
この二人は相性が悪いのかもしれないな。
「…………」
しばらく、なんとなくぎこちのない空気がその場を包んだ。
あわあわと何をしたらいいかわからなくて困っているフィオーネと、相変わらず後ろを向いて腕を組み、知らんぷりを続けるアミラ。
そんな二人に挟まれた俺は窒息しそうになったのでどうにか、記憶を遡って何か話題はないかと探す。
「そういえば! 例の指輪はなんでやばいんだ? わからないからやばいってどういう意味?」
「あぁ! この魔道工学界の天才児と言われた私ですら構造がさっぱりわからないほどに、あの
俺の意図を汲んでくれたのフィオーネがそう熱弁してくれた。
そのフィオーネの言葉に、アミラの眉がピクリと動く。
「どうゆうこと?」
これ以上にないほどふてぶてしくそう聞いたアミラに、俺は『すまない。教えてくれ』と一応フォローを入れて、俺も気になっていた話をフィオーネから聞き出す。
「魔道具って魔法回路と呼ばれる魔力の様々な操作によって作られてるんですけど、栄一さんに貰った
フィオーネの話に、アミラはどんどん引き込まれるかの様に体をこっちに向けて、最終的には完全に聞き入っていた。
「さすがは
研究中の風景でも思い出しているのだろうフィオーネは、すっかり復調して目をキラキラとさせていた。
それにしても、まだよくわからないが帝国とやらで3つしか持っていないというのなら、やはり女神からもらった指輪はかなりの価値があるのだな。
もう一つ持っていてそれも研究してほしいとフィオーネに言ったら一体どんな反応をするのだろうか。
そう考えて俺は早速、ここに来た目的の一つをフィオーネに話す。
「実はな。今日はその
指につけてあったそれを取り出してフィオーネに見せてやると、フィオーネは驚くわけでも、喜ぶわけでもなく、さっきまでの目をキラキラさせた状態のまま、完全に静止してしまった。
どうしたものかとフィオーネの肩に触れると、彼女は直立したまま後ろに倒れてそうになったので反射的に彼女を受け止める。
だが、その際に、後ろの戸棚にぶつかってしまい、また店の商品が散らかってしまった。
もう店内はぐちゃぐちゃだ。
「起きろフィオーネ! 戻ってこい!!」
あまりのショックで目を開けたまま気絶してしまったフィオーネを起こそうとして揺さぶっていると、しばらくしてようやくその意識を覚醒させた。
フィオーネは二、三度瞬きをすると、気絶する前の記憶が蘇った様で突然叫び出した。
「きゃあああああ!!!! まじですか!? 本当ですか!? 冗談だったらぶん殴りますよ!? 栄一さん、あなた本当は神様じゃないんんですか!? いやぁああ、もうそんなことよりも早速その指輪を解析させてください!! さぁ! 早く!!!!」
アミラもうるさそうに耳を塞いでいたが、その音源を抱きかかえている俺は耳を塞ぐこともできずに至近距離で直接耳をやられてしまった。
鼓膜が破けたんじゃないかと錯覚するほどの音量で、っというか本当に破れてないかこれ?!
「落ち着け!! その前に一つ条件がある!」
「わかりました!! その条件、のみます!! さぁ! 早くそれを!!」
ジンジンする耳を抑えるよりも、まずはこいつを黙らせようと頭にチョップを食らわす。
「耳が痛いわ!!」
「ぐへっ!!」
昨日ここでコピーした
「指輪の研究については、アミラと一緒にやってほしいんだ」
「……なんでですか〜?」
俺に叩かれた頭を両手で押さえながら、涙目で女の子座りしているフィオーネが俺を見上げて尋ねてきた。
「私は
「マジですか!? 私も
アミラは俺と同じく違和感を感じたのか耳を触りながらも、非常に嫌そうだということがわかりきった顔でそう言った。
どうやらフィオーネも好都合だった様なのでちょうどよかったか。
「じゃあ早速、言語理解能力の指輪についての研究でわかったことを教えてちょうだい」
「もちろんです! 行っきましょー!!」
ぴょこんと素早く立ち上がったフィオーネがアミラの手を引いて店の奥の方へと歩き出す。
なんやかんや言ってアミラも
「栄一! とりあえずちょっと見たらすぐ戻ってくるからそれまでここで待ってなさい! それから魔法の特訓をするわよ!」
「店番も頼みます〜」
「りょ〜かい」
おそらく俺がついて行っても二人の会話は理解できないだろうし、二人の邪魔になるのもなんなのでおとなしくここの掃除でもしながら待っておくことにした。
楽しそうにかけていく二人の少女の後ろ姿を見て、『最初は相性が悪いかと思ったけど、意外にいいコンビになるかもしれないな』と胸を撫で下ろす。
「さてと、じゃあ俺は掃除でもしますか」
思えばアミラなら魔法で一瞬で片付けられるだろうに、なんで汚くした二人の代わりに俺がやらねばならぬのだと、愚痴をこぼしながらも、飛び散ったガラスの破片を置いてあったほうきで集める。
「……あれ、こんなものも転がってたっけ?」
そこで、レジになっているカウンターの奥の方に、人間の頭くらいの大きさはある水晶玉を見つけた俺は、それを持ち上げて中を覗き込んでみた。
「うぉ? なんだこれ?」
すると、水晶の中心から徐々に光の渦のようなものが外側へと広がっていき、一つの光景を映し出す。
「これは……。さっき駐車したアミラの馬車か!」
そこに映し出されたのは、紛れもなく俺たちがさっきまで乗っていた馬車で、その背景などからも俺たちのものであることは確かだ。
しばらく、あらゆる方向からその水晶の中を覗き込んだりしていると、馬車の裏から人影のようなものが動き出した。
その人物は、馬車を物色するようにして中をジロジロと見ている。
「誰だこれ。もしかして車乗荒らしか?」
対処をどうしようか考えて、とりあえず見に行ってみようと水晶をレジの横にあった、本来の置き場であろう布の上に置いたところ、その人影がまるで俺の視線に気付いたかのように画面越しでこっちを見てきた。
「うわっ。バレたか? 逃げられる前に急がないと」
そう思い、出口の方へ足を踏み出した途端、その出口が内側へと勢いよく吹き飛んできた。
「なんだ!?!?」
とっさに後ろに下がって、その衝撃によって生まれた砂埃が消えるのを待つと、そこにはさっきまで水晶に写っていた黒ずくめの男がいた——。