第二十一話 初対決
「ここが例の魔道具屋ね」
仁王立ちで腕を組み、弾む心を隠しきれていない澄まし顔をした少女が、馬車の前でその建物を見ていた。
「あれ? この街では魔道具屋はここしかないって聞いたけど、魔術師なのにここを知らなかったのか?」
「失礼ね! 魔道具なんて使わなくても強力な魔法が使える
その少女——アミラの言動に違和感を覚えた俺こと
そう言えば、アミラは昨日見せてくれた懐中時計とこの馬車以外に特に魔道具を使ってないみたいだった。
魔法使いっぽい丈の長いローブに、中は白を基調として金色のラインが入ったカジュアルな軍服の様なもの。手には指輪もないし、装飾品も付いていない。
馬車の駐車作業をしているアミラを見ながら改めて魔道具らしきものがないことを確認する。
「なんでアミラは魔術指輪とか使わないんだ?」
「魔道具ってのはあくまで魔術師をサポートするためのものが大半なの。照準を定める時の補助とか魔力を節約したりだとか効果を増幅させたりとかね。肝心の魔術指輪は魔法発動のプロセス、つまり詠唱や魔法陣の作成を補完するものだけど、そもそも無詠唱で正確な魔法が使える私には無価値なのよ」
「はへぇ〜」
(なるほどな。つまり天才的な魔法の才能を持をもつ国定魔術師のアミラさんには必要のないものだと)
そう納得した俺は、その魔術指輪の値段から魔法発動のプロセスの補完には相当の価値があるんだろうと考え、改めてアミラの凄さを実感した。
「それよりさっさと行くわよ!」
馬車を停め終えたアミラが、まるで『待ちきれない!』と体で表しているかの様に俺を置いて先に建物へ向かう。
さっき馬車の中で、ここの魔道具屋に預けてる指輪の効果が”言語理解能力”だと話してから、それまでの不満げな態度が嘘だったかの様に胸を躍らせているのだ。
まるで子供みたいだなと思いながらも、自分が異世界に来た時のことを思い出した俺は、
「人のことは言えないか」
と苦い顔で呟いて彼女を追った——。
「——誰もいないの!? さっさと出て来なさいよ!!」
先に店に入っていたアミラは、どうやら見渡す限り誰もいない店内と、呼びかけても返ってこない返事に少しイラついていた。
あれだけ楽しみにしていたらしょうがないのかもしれない。
「栄一。もしかして今日は休みなんじゃないの?」
「いや、今日も来るって伝えてあるし、それはないと思うけど……」
俺の返答を聞くと、アミラは再び店員を呼んだが一向に出て来る気配はない。
「おかしいな……。おーい。昨日指輪を預けた栄一だけど〜」
アミラがいくら呼んでも出てこないので、試しに俺もそう呼びかけてみた。
すると間も無くして、昨日と同じ様にドタバタと物音を立てて例の店員が奥から姿を現した。
「栄一さん!! やばいっすね!! あれまじでやばいっすね!!」
勢い余って隣の戸棚に置いてある薬草の様なものが入った瓶をばらまいたがそんなの御構い無しで、彼女はキラキラと輝かせた瞳を向けて来ている。
それだけならなんともないのだが、彼女は今、俺の眼前30cmくらいの距離で今尚俺に顔を近づけて来ているのだ。
さすがの俺もそれには若干身を引いてしまった。
こんなに至近距離でこんなにも可愛い子を見るのは初めだし……いや、昨晩とのアミラとのラッキースケベがあったか。
一歩引いて彼女を見て見ると、その身なりは相変わらずの作業服なのだが、その汚れ具合が昨日の比にならないくらいに悪化していた。
目の下にクマもあることから、きっと夜通し指輪の研究でもしていたのだろう。
「やばいって、どうやばいの?」
「——それがさっぱりわかんないんです!!」
「「……?」」
いや、お前が何を言ってるのか、俺がさっぱりわかんないんだけど。
と言うか近づくな! 顔が近い!
「だからすごいんです!! まじやばいです!!」
「「……」」
最初から勘付いてはいたが、やっぱりこの子は残念系美少女なんだな、きっと。
ドレスとか着てみたら絶対似合うと俺に思わせるほどの整った西洋風の容姿を持っているというのに。
今はボサボサの上に後ろで雑に結ばれているが、ちゃんと手入れをしたらこの金髪はドレスに映えること間違いなしだろう。非常に勿体ない。
アミラの方を向いてみると、彼女の眉は若干、八の字になっていた。
無視された挙句、出て来たと思ったらその人がよくわからないことを言い出したんだからそれも無理はないと思う。
おそらくアミラは早く言語理解能力の
「栄一。この変人は一体何なのよ?」
「えっと、彼女は例の指輪を俺から預かって研究してるここの従業員で、名前は——」
「——フィオーナ・ルイワードです!! 魔道具技師をやってます! よろしくお願いしますね?」
俺の説明を遮って勝手に自己紹介を始めたフィオーナは、可愛くはにかんでアミラを見つめた。
そのアミラはと言うと、その勢いに若干引きずった顔をしていたが、礼儀正しく挨拶を返す。
「ア、アミラン・ロマスよ。色々あって栄一とパートナーになったの」
「パートナーって……?」
アミラの発言にフィオーナが突然頬を染めてそれを両手で覆う。
最初、アミラはなんのことかわからず首をかしげたが、自分の言葉を思い返したのか直ぐに理解した様で、彼女もまた頬を赤くした。
「な、何勘違いしてるのよ!? パートナーってそう言う意味じゃないわよ! バディーとかパーティーメンバーとかそう言う意味よ!! 誰がこんな変態野郎なんかと……」
「昨晩は俺にパートナーだって認められて、ベッドの上で泣くほど喜んでたくせに」
交際を否定するのはもちろん事実なので構わないが、変態呼ばわりされてイラっときた俺はつい意地悪をしてしまった。
「……いっ!!」
俺の言葉にアミラはまるで噴火した山の様に耳の先まで赤く燃え上がった。拳を握りしめてピンッと下に向けている。
「あ、あ、あんた! な、なに誤解される様なことを言って——」
「事実だろ?」
確かに昨日までは俺にも殴られる原因があったが、今回は違って、俺はいきなり侮辱されたのだ。
ならば仕返しをするに他ない。
俺の右ストレートにとうとうアミラは絶句して下を向いてしまった。
フィオーネがキャーキャー騒いでるのも良いパンチになったのだろう。
「……」
「アミラ……?」
一向に復調する気配を見せないアミラに、俺もさすがにかわいそうに思えてきたし身の危険を感じるのでここでやめてあげることにする。
「ま、まぁ冗談だけどね? アミラの言う通りパートナーっていうのはあくまで共通の目的を果たすための協力者的な意味合いであって……」
だが時は既に遅かった。
例のごとく、アミラはその怒りを俺にぶつけるために魔法を使おうとしている。
アミラの綺麗な白髪とともに、さっきフィオーネがばらまいた瓶が浮き上がってきた。
「死になさい。
「ちょっ! それはさすがに死ぬって!!」
ついに瓶が俺に向かって飛んできて、いつもの様にまたやられるのかと思った瞬間、俺の前に鉄の壁が現れた。
「大丈夫ですか!? エロいちさん!!」
俺の前に突然飛び出してきて、その水の壁に手をあてているフィオーネの指には、淡く光を放つ一つの指輪があった——。