第十八話 ラッキースケベは実在した
「もう寝るわよ!!」
先の俺の失言によって絶賛激怒中のアミラは、部屋に着くと俺の方を見向きもしないでそう言って、ベッドの向こう側に置いてあるトランクケースの方へと向かった。
失礼なことを言ってしまったことに反省はしているので(それでもあんなに殴ることはないと思うけど)、貰ってきた毛布と枕をテーブルに投げ置き、許してもらおうと彼女を追う。
「悪かったよ。俺はただ、アミラを襲ったら死ぬよりも辛い目に遭わされるのは知ってたから、そう言おうとしただけで——」
「——それはもうわかったわ!! ちょっとパジャマに着替えるからあっち向いてて!」
完全に鬱陶しがられているなぁと思いつつも、もうそれを改善させる気力は俺にもなかったので、彼女に従って後ろ向きで床に座り、横にあったベッドにもたれた。
背中のベッドに振動を感じたことから、おそらく今はすぐ隣で服を脱いでいるところなのだろう
「覗いたら今度こそ殺すわよ?」
「そんな度胸ありませんよ」
俺の返事にアミラは、『全く、あんたがいるとやすやすと着替えもできないわ……』とため息交じりに愚痴をこぼしている。
そうは言っても、ベッドを挟んですぐ隣で、アミラという美少女が着替えているという状況はやはり一人の男としては耐え難いもので、俺の理性に逆らって徐々に回転していく首を、俺の良心と生存本能が必死に真後ろに向き直していた。
「あぁ、あの時の」
ふと床に視線を向けると、視界に光るものが入ったので目を凝らし見たところ、さっき女神と念話した時にアミラが地面に叩きつけた
例え壊れていても能力はコビーしてあるし、慌てて回収することはなかったが、一応忘れないうちに取っておこうと四つん這いのような状態で手を伸ばす。
すると、
「ぅおっとぉお!?」
「っえ!? きゃああ!!」
ベッドのシーツにジャケットの金具が引っかかったみたいで、反射的に体勢を立て直そうと足に力を入れると、下にまで垂れていたシーツを踏んづけてしまってそのままシーツもろとも大転倒してしまった。
「いったいわ〜」
起き上がろうと手を床へと伸ばすと、そこには俺の記憶にある地面の感触とは全く異なったものがあった。
むにゅむにゅ。
擬音語で例えるならそんな音になりそうな感触。
初めて触る質感だ。
2,3度、掴んで確認するとそれは俺の手にちょうど収まる程度の大きさで、まるで俺の手を跳ね返すように弾力がある。
「……まさか?」
そこでようやくその感触に情報としてそれがなんなのか知っていたことや、ラノベオタクの俺には見慣れたこのシュチュエーション、そして俺が転んだ時に聞こえた気がした悲鳴から、その物体を予測した。
手の下にはちょうどシーツがかかっていて下に何があるかわからなかったので、恐る恐る、慎重にシーツをめくってみると……
「……ぁあっあわ、あ、あ、あっ——」
そこには上半身裸のアミラがいた。
顔全体を真っ赤に火照らせて、大きく開いた瞳には涙が浮かんでいる。
口をパクパクとさせていて、まだ混乱しているようだ。
「ごめんんさい!!!」
俺はすぐさまアミラから飛び退けて、そのまま空中で土下座の姿勢をとり、地面へと思いっきり頭を擦り付けた。
「不可抗力だったんだ! あれは事故だ!! でも本当に悪かった!! この通り!! ごめんなさい!!!」
とにかく一心不乱に謝り尽くしていると、アミラのいた方向から何やら呪文のようなものが聞こえてくる。
その音は小さかったので、謝るのを一旦やめて耳を傾ける事にした。
「……ろす殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…………」
顔を上げて前を見てみると、今日
もうここまできたら、すでにこの後の展開は読めていた。
「あぁ、またか……」
「殺す!! 絶対にぶっ殺してやる!!!」
「ぎゃあああああ!!!!」
片手でシーツを使って体を隠しているアミラが俺にもう一方の手を向けると、そこから放たれた雷のような電気に全身が痺れてそのまま崩れ落ちた。
「ほんっと信じらんない! この変態!!」
その捨て台詞を吐いて、そのまま俺に見えないようにパジャマに着替えたアミラは、床で倒れている俺を放置して部屋の電気を消す。
「す、すいませんでした……」
「——いいからもう寝なさい!!」
一度目はお腹の音を聞いて、二度目は言葉の選択ミスで、三度目は不可抗力で胸を揉んでしまって、と、なんとも理不尽な運命に、『今日の俺は厄日にもほどがある』と内心文句を言う。
思えば昨日だって、お偉いさんにぶつかって飲み物をこぼすわ、勇者に似ているからと牢屋にぶち込まれるわ、お気に入りのポンチョを台無しにするわで散々な目にあったていた。この世界は俺を歓迎してくれないらしい。
だが昨日とは違って、まだうまく使えるわけではないが魔法も使えるし、能力コピーの能力について色々理解できたし、金も手に入って飯も食えて、何より美少女の胸も揉めたんだからそう考えるとどっこいどっこいなのかもしれない。
きっと明日からはもっといいことがあるだろう。
朝からずっと休まることのなかった俺は、ようやくの休息に、これまでの怒涛の二日間を振り返り、未来へ期待を寄せていた。
そこで、アミラとの会話を思い返していた時に、気になることがあったのを思い出す。
「アミラ? 起きてる?」
「あんたのせいで目が覚めちゃったわよ。せっかくいい感じに眠たかったのに」
夜も更けて静まり返ったその部屋で、俺とアミラは互いに背を向けあったまま話し始める。
「聞きたいことがあるんだけど」
「何よ」
「あのさ……」
そこで俺は言葉に詰まった。
『どうして神を、そして
なぜなら、
(今日あったばかりの人と安易に踏み込んだ話をしていいのだろうか)
そんな考えが脳裏によぎったからだ。
俺は今まで友達と呼べる人はさすがに何人かはいたがそれもそんなに多くはないし、ほとんどがアニメやラノベでつながっている人間。ましてや、親友と呼べるほどになんでも話せるような親しい仲の友人は一人といなかった。
今まで数多くの物語を見てきたというのに、実際にやるとなると、人と関係を持つということは俺にとって非常に困難で未知数で、どうしていいかわからなくなる。
俺にもあるように、人は誰しも聞かれたくないことというのは抱えてるもので、さらにアミラの場合は、まだ俺と同じくらいの年齢であるのにもかかわらず一人で、そしてこんなにも懸命に何かを成し遂げようとしているんだ。
たとえそれが盗みだとしても、いや、というよりも、盗みを犯してまで果たさねばならないことなんだから、相応の理由があるはず。
人を殴る以外は、俺に助けてもらったと恩義を感じて色々と良くしてくれたりと普通に良心的なアミラが、盗みを犯すのだから。
そうして、質問するのを中断しようか悩んでいたところ、アミラがこっちの方を向いたことを、その布が擦れる音などで感じた。
「あんたはもう私と協力関係にあるわけで、いわば私のパートナーなのよ? 遠慮なんかすることないで、なんでも聞いてきなさい」
ゆっくりと、そして暖かみを含ませた、まるで赤子に語りかけるかのような優しい声でアミラは俺の懸念を晴らしてくれた。
なんでも聞けと言われて、『じゃあ今日のパンツは何色?』と反射的に言いそうになってしまった自分を殴り抑えて、アミラの気持ちを無駄にしないためにも質問を投げかける。
「じゃあ今日のパンッ——は美味しかったよね! あのレストランで出されたスープにつけるやつ。あれを俺の故郷ではパンと呼ぶんだけど——」
「栄一?」
「あぁごめん……」
俺の意に反して、頭に残っていた言葉がでできてしまってかなり焦った。
だがその割にはうまくフォローできたと思う。
気をとりなおしてもう一度。
「アミラはなんのために神を研究してるの?」
「あぁそんなこと……」
アミラはそういうと、これから話す内容を整理していたのか一拍置いてから、アミラが神を恨むことになったとある出来事を語り始めた——。