第十六話 女神との交信
「まずは具体的な計画について教えてくれ」
「えぇ。もちろんよ」
というわけで、俺とアミラは食後、そのままアミラの部屋に戻って来ていた。
俺たちはテーブルを挟んで向かい合わせに座り、アミラがテーブルに広げた
「9日後の24日にオークションが開かれる予定で、その前日にオークション会場へと出品物が輸送されるのよ。オークション会場の警備も厳重だけど、
「なるほどね」
一応、計画というものはちゃんとあるみたいだった。
テーブルに広げられた資料には、オークション会場の地図はもちろん、通常時の警備形態や、過去のオークション時の形態まで、事細かく記載されている。
おそらく、何日もかけてこの作戦は作られたのだろう。
「ところで、この世界の時間の概念について知りたいんだけど、時計とかってあるの?」
「……そういえば、異世界から来たんだったわね。時計はあるわよ」
一瞬、眉を細めて『何言ってんだこいつ』という様な目で見られたが、アミラは直ぐに意味を理解して、懐から出した懐中時計を見せてくれた。
どうやらその懐中時計の動力源は所有者の魔力らしく、半永久的に動くことができるというなんとも異世界らしい仕様になっていた。
アミラ曰く、この世界は元にいた世界と同じ様に、時間の最小単位を1秒として、60秒で1分、60分で1時間、24時間で1日と決まっているらしい。
地域や宗教によってこれは変わるらしいが、俺たちのいる地域ではこれが基本で、また、12ヶ月で1年で365日、一月あたり約30日というどうにも元いた世界と酷似していることがわかった。
ありがとう。御都合主義。
「話を折ってすまない。それで、侵入経路やその手段は決まってるのか?」
「当たり前よ。まぁでも、あなたがこの計画に加わったことでやれることの幅が増えたし、一から作り直しね。それについては後々話すわ」
「了解」
8日後までこれから何をするかだとかそういう話はまだできていないが、話にひと段落がついたので、俺もアミラも、さっきアミラが淹れてくれた紅茶を飲んで一服いれる。
「——それより、異世界から神によって転生されたって言ってたけど、その原理とかはどうなってんの?」
「あぁ。悪いけど、そういう話は俺もわからないんだ。何か聞きたいことがあればこの指輪を使って聞いてこいって言われてるんだけど」
俺はそう言って、レストランでも一度見せた念話と魔力共有のできる
「ええ!? 念話対象の対になってる指輪の持ち主って女神のことだったの!?」
「そうだけど言ってなかったか?」
「聞いてないわ! じゃあ念話して見せてよ!!」
「あぁ、わかった……」
息を荒げてテーブルから乗り出して、女神との念話を心待ちにしているアミラの要求に逆らえば、どんなことになるかは容易く想像できたので、本当は話したくもなかったクソ女神に通信を試みることにする。
(でもどうやってやるんだ? ちゃんと使い方くらい教えろよあのクソ女神……。おーい、ルーナ〜。クソ女神のルーナ〜)
〈なんか用?〉
「うわぁお?!?!」
ダメ元で心の中で女神を呼んでみると、本当に念話が繋がってしまった。
脳に直接話しかけられている様な、なんとも表現しがたい感覚に、思わず悲鳴をあげてしまう。
「念話できたの!?」
「お、おう。一応な」
俺の奇妙な悲鳴に、念話ができたのかとキラキラさせた目で問うてきたアミラに答えていると、
〈ていうか、クソ女神って何よ? 人間ごときが女神である私に失礼だとは思わないの?〉
と女神ルーナから念話が届いた。
「女神はなんと言ってるの!?」
今度はアミラがより一層テーブルから身を乗り出し、俺の方に興味津々だと書いてあるくらいわかりやすい顔を近づけてきた。
現実世界ではアミラと会話して、脳内ではルーナと会話して……
初めての念話ということもあるのか頭が追いつかなくなってきていたので、アミラに黙ってもらうことにした。
「ごめんアミラ。少し女神との念話に集中したいから話しかけないで」
「わかったわ……」
アミラはあからさまに肩を落としてがっかりした。
だが納得してくれた様で、しゅんとしながらも紅茶を飲んで待ってくれている。
〈ねぇなんなのよ栄一! 用事がないのにこの
〈ごめん。こっちでちょっとトラブルがあって。悪かった〉
本当はさっきから偉そうにしていたクソ女神に罵倒を浴びせたいところだったが、今は情報を聞き出すためにも下手にでることにした。
〈あぁそうなの。それでなんの用なの?〉
〈俺が転生されたって言ってたけど、そもそもの目的とかその方法とかを知りたいんだ。どうか無知な私めにご教示願います!〉
〈全くしょうがないわね。私も
(いちいち多忙を強調してくるな、こいつ)
そんなことを内心呟いてしまって、思わず訂正しようかと試みたが、女神には今の言葉は届かなかったらしい。
どうやら念話というのは心の声というものとは別物みたいだ。
〈私たち神が勇者となりうる人物を転生させる理由、それは人外の力の抑制のためなの。堕天使だとか悪魔とか闇に落ちた神とか……そんなふざけた奴らを天界の代わりに倒してもらうための計画よ。特にもともと神だった奴が天界に逆らっちゃうパターンが面倒なのよね。力もあるし、天界のこともわかるし。本当、神という自覚を持って欲しいわよね!〉
「お前がいうな!」とツッコミを入れたい衝動をなんとか抑えて、次の話を聞く。
〈へぇ。そうなんだ。それで、具体的にどうやって俺たちを転生させてるんだ?〉
〈それは神の超絶パワーに決まってんじゃない。詳しいことは教えられないわ〉
〈まぁそりゃあそうだよね〉
おそらく、説明されたとしても、話が高度すぎて理解できなかっただろうし、もともとそんなに興味のある話でもなかったので早々に切り上げることにした。
〈話はこれで終わりね?〉
〈あぁいや待ってくれ。この念話の能力についてなんだけど、発動条件ってなんなんだ?〉
〈相手の名前を心の中で念じることよ。そうすれば発動するわ〉
〈なるほど。その呼び出しを拒絶することはできないのか?〉
〈できないわ。寝てても脳に声が響くはずよ〉
〈ほぉ……〉
こいつの利用価値がなくなった時にでも、ひたすら罵声を浴びせたりしてやろうと、ちょっとした計画を練っていると、アミラから『何にやけてるの? 気持ち悪いわよ』とツッコミが入った。
「こっちでちょっとな。それで、転生の方法は秘密だとさ」
「何それ……。ねぇ、その指輪私にも貸してよ!」
「えぇ?」
俺の返事も聞かずに指輪を奪い取ったアミラは、念話の発動方法を聞いてきたので、まぁなるようになれと思って教えてやった。
最初は嬉しそうに話していた様子のアミラだったが、すぐに眉間にシワがよって行った。
(しまった。あの女神の性格を忘れていた……)
そう後悔しても後の祭。
あんなめんどくさがりやで人間を無下に扱うやつと話したもんなら、俺よりも短気なアミラは怒るに決まってる。
しかもアミラのことだから、しつこく神や
腕を組み、足をガタガタを震わせていたアミラは、ついに我慢の限界に達したのか、指輪を外して床に叩きつけた。
「なんなのよあの傲慢な態度は!! これだから神は嫌いなのよ!!」
食事も終わってようやく落ち着いたと思ったのに、俺の1日はまだ終わらないらしい——。