第三話 あれれ……?
「ふあぁ……よく寝たなぁ」
まだ若干目は怠くて開けられないが、頭が覚醒してしまったので仕方なく起きることにした。
そしてほんの少し、布団の温もりに癒された後、「そろそろ起きないとな」と思って無理やり目を開ける。
「えっ!? ……あぁそうか。異世界に来たのか」
一瞬、見慣れぬ光景に『ここはどこだ!?』と混乱しそうになったが、頭は起きてからしばらく経っていたためか、すぐに寝る前のことを思い出した。
そのまま、ゆっくりと上半身を起こし、ベッドに腰掛ける。
(そういえば、結局この部屋に誰も来てないじゃん。俺を召喚したやつとかがこの部屋を借りてるってわけではないのか)
部屋を見てみると自分以外誰もいないことに、『もしかしたら召喚者がこの部屋に帰ってくるかも』という予測を思い出したが、結果、その予測は外れたらしい。まぁでも、まだ窓から微かに見える外の風景は明るいことから、寝たと言ってもせいぜいあれから6時間くらいしか経っていないんじゃないだろうか。
(このまま部屋で来るかもしれない召喚者、ないしは俺のこの状況を知る者の帰りを待つか……。それとも部屋を出てみるか)
その二つの選択肢によって、今後の展開がどう進んでいくか。そのメリット・デメリットを考えながら、どちらの選択を取るべきか考える。
なかなか答えを出せずにいると、意外なところから答えが出て来た。
ぐぅ〜〜
それは俺の腹の音だった。
そういえば徹夜明けだし、もし昼寝が6時間だったとしても、15時間くらいは何も食べてないことになるんだよな。
そりゃさすがに腹も減るか。
「よし、とりあえず飯だな!」
俺は自分の欲求に素直に生きることをモットーにしている。謙虚、堅実をモットーになんてしてられないのだ! (誤解しないでほしいが、俺はあの作品の大ファンである)
「とにかく、ひとまずの目標は決まったことだし、あとはどうやって食料を調達するか、だが……」
そう考えて自分の状況を再確認してみる。
今の俺の所持品: ラノベ6巻、この部屋の鍵、、、、、、、、、、、、、、、
詰んだぁあああああああああああ
どうやってこの先、生き延びろというのだ。
一応、部屋の隅々まで確認したが、唯一見つかったのは、机の引き出しの中に一人寂しく収納されていた鍵のみである。
鍵には何やらプレートのようなものが付いていて、そこには見知らぬ言語で何か書かれていた。
寝る前に一瞬部屋を出た時にドアノブに鍵がついていたことから、「もしかしてこの部屋のナンバーや名前なのでは?」と考えて、部屋を出て外側からドアの上部を見てみると確かに同じ文字が刻まれていて、ちゃんと鍵もかかった。この部屋の鍵ということで間違いないだろう。
とりあえず一通り探索を終えて、再びベッドに腰をかける。
「ふむふむなるほど。つまり、俺はここにあるラノベ以外に財産と呼べるものが一切ないと……。せめて携帯がポケットにでも入っていてくれれば、例の死に戻り系主人公のように、携帯を光らせたり正確な時間を把握したり売り払ったりできるというものを……」
そんな今となってはどうにもならないことを考え始めてしまったので、『ここは強く生きるしかないんだ!』と自分を元気付づける。
「そうだ! 俺は異世界から来たんだし、有形財産がなかったとしても何かしらの知的財産ならあるはず! それこそ、あの元無職のおっさんみたいに、物理の基礎を理解しているからこそ行える無詠唱魔法とか!」
そう考えると早速、魔法を使おうと試みた。
「確か、あの八百屋にいた魔法使いは対象に手をかざして魔法を行使していたな。そういえばあの時詠唱ってしてたっけ?」
彼女の魔法に見惚れていて、口元などを確認していなかったことに後悔を覚えつつも、とりあえず目の前の机に置かれているラノベに向けて手をかざして念じてみる。
(動け〜。動け〜。宙を舞え〜)
しばらくそうしてラノベを睨みつけていたが、ピクリとも動かない。
そこで、何を思ったか、詠唱っぽいことをしてみることにした。
「我が寵愛せし神よ。我は望む。その偉大なる力を! 世界の主である神の力を以って、万物の理《ことわり》を改変せん!
…………。
案の定何も起こらなかった。
指を開いた左腕で顔を覆うように隠し、火球でも飛び出るんじゃないかというほどに力強く右手を伸ばしてみたが、ダメだった。
全然ダメだった。
はっずかしいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!
なんだよグラビティ・オペレーションって!? 安直すぎんだろネーミングセンス皆無かよ俺!!
もし魔法が発動されてたら普通にカッコよく終われてたのに、失敗しちゃったらただの厨二病じゃねーかよ!! あー恥ずかし!!
今度は両手で隙間なく顔を覆うと、座っていたベットに寝転んでバタバタと足を震わせる。
もう穴があるなら入りたい。そしてそのまましばらくラノベを読んで過ごしたい!
そんな叶いもしない夢を見ながら過去の醜態を嘆いていた。
「はぁはぁ……。まぁ魔法なんてそんなに簡単に使えるもんじゃないだろ。練習あるのみ!」
悶えるのに疲れた俺は、そうやって再度、自分を慰めて、黒歴史を忘却の彼方へと投げ入れる。
でもまぁ、いろいろと吹っ切れたせいで頭の中がスッキリした。
「……よし! 試しに外に出てみるか! このまま部屋にいても行き詰まるだろうし、何より腹減ったし」
なんやかんやで外に出たら異世界転生ものにありがちなイベントが起こるんだろ? 俺は知ってるぞ。
そうと決まれば、念のために貴重な唯一の財産であるラノベをベッドの下に隠すと、例の鍵を持って出発だ。
そのままこれから起こるであろうイベントに胸を躍らせながらも、早速部屋を出て、廊下の突き当たりにあった階段を下る。
下の階には受付らしき施設と、その横に2、3の椅子と机からなる休憩スペース、そして外へと繋がる玄関があった。どうやらここは宿か何かで、俺の部屋は二階だったらしい。
階段を降りてくる俺に気づいたのか、休憩スペースに腰掛ける商人風の男二人が俺を見て、ドン引きしてきた。その視線が明らかに、ただ階段を下ってきた奴をおもむろに見る時のそれとは違って、『あいつは一体なんなんだよ』と考えてるのが伝わってくるほどに疑われているのがわかる。
何か俺に変なところがあるかと思って、自分の体を見てみると、これは確かに奇妙かもしれない。というか確実に奇妙だ。
今の俺の格好はいつも家で着ている普段着なのだが、下が”黒のスエット”で、上が”水着姿の萌えキャラがプリントされた痛シャツ”という、なんともこの世界には似合わないものとなっている。
まぁ、俺はこの愛しの”あみあ”たんの可愛さは文字通り次元を超えて万人に受け入れられると信じているがな!
でもさすがに気まずくなった俺は、視線を受付の方にずらした。
カウンターの奥には見た目初老くらいのおじさんがいて、またもや懐疑の目を向けられているが、そこは初老というだけあってそこの二人とは違い、表情に嫌悪感が含まれていない。ところで、このおじさん、顔がカバそっくりなのだ。ここまでカバっぽい人を俺は見たことがないので、敬意を込めて”カバちゃん”と呼称しよう。一応先に断っておくが、どこぞのオネェタレントとは全く関係がない。
そんなどうでもいいことを考えながら、とりあえず、この人に話を聞いてみようと近づく。
すると、
「*□◇$*○#%S&¥○☆?」
とカバちゃんの方からわけのわからない言語で話しかけてきた。
(やはりか……)
寝る前に見た魔法使いと八百屋のやりとり。確かに距離は少しあったけど、八百屋のおっちゃんが上機嫌に話していたのもあって聞き取れてはいた。でも、それがなんの言語なのかは全く見当もつかなかったのだ。
さすがに高校2年生にもなれば、いくら地方によっては訛りがあるとは言え、英語くらいはわかるし、ヨーロッパ圏の言語もなんとなく聞いたことがあるが、彼らが使っていたのは全く聞きなれないものだった。
異世界転生と言えば言語理解能力が最初から付与されていたり、御都合主義で日本語と同じだったりするわけだが、俺は違う。
そして俺のこの状況は非常にまずい。
赤ん坊からスタートできるならまだしも、これから誰の助けもなく一つの言語を習得するというのはものすごく労力と時間を使うだろう。それまでにもし何かトラブルにでも巻き込まれたら……。
「まさか異世界に来てまで勉強だなんてな……」
つくづく俺は詰んでいるなと考えていると、カバちゃんもガン無視されて機嫌を損ねたのか、彼が喋るその口調が少し強くなっていた。
(えっ!? あ、そうだよな! この人からしたら、俺は『自分の宿の二階から突如現れた変質者』だもんな)
そう考えて、とっさにポケットに入れていた部屋の鍵をカバちゃんに見せる。
カバちゃんは鍵についているプレートの文字を読むと、なんだか「納得した」とでも言いたげな表情をして、一人で頷いている。
(……いや、俺はなんもわからないんですけども)
なんとか身振り手振りで俺についての情報を聞き出そうと試みると、カバちゃんはこれまた「わかったぞ!」とでも言いたげな顔をしてそのまま受付の奥へと消えていく。
一応少し待ってみたら、茶色で薄地のポンチョ?のようなものを持って来てそのまま俺に差し出してきた。
さすがにこの格好はまずいと思ったのか俺にこれを貸してくれるらしい。
確かにこの服装で街を出歩くことには俺も抵抗があったので、ありがたくそれを受け取って早速上から被るように着てみる。
(おぉ。なんか旅人っぽいなこれ!)
端がいい感じに破れているデザインになっていて、とても俺の厨二心を揺さぶる一品だった。
ここは俺の溢れんばかりの感謝の意を示すためにも、少々大げさかもしれないが両手を合わせてお辞儀しておく。
「ありがとう!カバちゃん!」
今まで嫌な顔一つしてこなかったカバちゃんが、どういうわけかそんな俺の動作を見て苦虫を噛み潰したかのような顔をしていたが、まぁとりあえず俺にできる最大限の笑顔を振りまいたので伝わっているだろう。怒っているのもきっと、あまりにもこのポンチョと俺が履いているスエットが合わなすぎてとかそんなところだろ。
そろそろ会話が苦しくなってきた、というか最初から会話なんてできてなかったものだから、これ以上ここにいても得るものはないなと考えて、礼を言った流れで背後の玄関へと向かう。
まぁ、鍵をポケットにしまっても、なんにも反応してこなかったことから、今晩もこの部屋を使えるようだし、ひとまず、部屋の鍵を見せた時に何やら納得していたことから『カバちゃんを納得させる要因か、もしくは人物がいる』ということがわかっただけでもよしとしよう。それにこのポンチョもなかなかいいしな。
そう自分を納得させながら俺はその宿を後にした。