第四話 どうしてこうなった……?
現在、俺は宿から10分ほど歩いたところにあった商業エリアに来ている。
そこが商業エリアかどうかはわからないが、所狭しと並ぶ屋台や服屋、レストランにカフェなど、ありとあらゆる店がここに集まっているみたいなのでおそらくそうなのだろう。昼間だということもあってか多くの人で賑わっている。
「うぉお! なんだあれ!? 空中で泳いでるぞ!?」
俺の視線の先には、直径2mほどの空中に浮かぶドーナツ型の液体の中で、自由に泳ぎ回る多種多様な魚がいた。魚屋の宣伝のための演出みたいだ。
その傍らに、液体の方めがけて手のひらを向けている男性が立っていることから、やはりこれもまた魔法によるものに違いない。
このエリアには、こんな感じで摩訶不思議で目を奪われるようなもので溢れかえっている。
先ほどの魚にしてもそうだが、元いた世界には存在しない魚や肉、野菜。そしてそれらを使った料理まで全てが俺の目には新鮮に映った。
もちろんそれだけではなく、ここにいる人々も俺の住んでいたところとは随分異なるのだ。
亜人族や魔族といった人外なる者は見られず、西洋風の顔立ちをした人々ばかりなのだが、海外に渡航した経験がない俺にとってはこれもまた新鮮である。
また、彼らの身につける服やアクセサリーも見慣れないものだらけ。基本的に単調な無地の服を着ている人が多いのだが、元の世界で言う”騎士”のような礼服みたいなものを着ている人もたまに見かける。
そして何より、元の世界では全く見られなかったであろう”剣”や”鎧”を装備している人々が平然を街を歩いているのだ。
おそらく彼らは冒険者や傭兵といった肩書きのもと、魔法や俺からしたらありえないような剣さばきで魔物や、あるいは人と戦っているのだろう。
まさしく俺の憧れていた存在だ!
早速、異世界らしいところに来られて俺も気分が高揚している。
「異世界最高!! 俺も早く魔法使いたいなぁ。——って嘘だろ!? あのマッチョなおっちゃん、ケツから噴いた火で調理してんぞ!」
そんな日本では考えられないような光景に夢中になっていると、『バンッ』と音を立てるほどに強く、人とぶつかってしまった。
「っ!!」
別に体を鍛えているわけではないが、遺伝のためか、それとも大食いのためか、身長178cm体重73kgと俺はガタイがいい。だが、そんな俺でさえ2歩ほど後ろに下がってしまうくらいの衝撃に襲われた。
「#%S&*□◇$*○#!!!!!」
咄嗟にぶつかった相手を見てみると相変わらずなんと言ってるかはわからないが、とてつもなく怒っていることがわかる。
どうやら、持っていた飲み物を服にぶちまけてしまったらしい。
そんな汚れた服は、シルクのような素材でできていてとても高級感が溢れている。改めて彼の全身を見ると、彼を覆うすべてのものが超一流のものであるようで、貴族というよりかは、聖騎士や国定魔法師のように権威のある武人のような風貌をしている。
(まずい……。完全にやらかした)
どうにかして宥めようと試みるも、言葉が全くわからないために身振り手振りのボディーランゲージしか俺は使えなくて、その様子にどんどん相手の怒りも増していた。銀色の髪によって余計に目立っていた彼の今の赤面したその顔から、今にも腰から下げた剣を抜き出しそうな勢いを感じる。
(やばいよ。これはやばいよ。とにかく頭を下げて謝るしかないよな)
もう軽くパニックってしまっていい対処法が全く思いつかない俺はひたすらに頭を下げまくった。
「$*@〜¥%◇!!!!!!!!!!」
だが俺のその努力もむなしく、一向に落ち着く様子のない男。しまいには、俺の首元を掴んで怒声を浴びせて来ている。
(俺より少し小さいくらいの身長で体格は特段言い訳ではないというのに、一体この男のどこからこの力が出ているんだ?!)
と考えてしまうほどに凄まじい腕力によって俺は動きを封じられている。抵抗しようとすると彼の俺を握る手に力が増すばかりで意味がない。
そうこうしていると周囲の人間もどうしたものかとワラワラ集まって来た。
「すいません! すいません! ほんっとうにごめんなさい!!」
魔法もチート異能も持ってない今の俺はただ謝ることしかできず、そんな自分に悔しくなって来た頃、何やら笛のようなものを吹いてその輪の中心に一人の男が入って来た。
「∠∇∝◎◇▽▼□〒≒!?」
その男は、みるからに頑丈そうな鎧を身につけていて、腰にはロングソードのようなものをかけている。白を基調としたどこかフォーマルな格好とこの状況からして、
『やった!! 警官が来た!』と内心大喜びした。
ズカズカと俺たちのすぐ横まで来ると、銀髪の男はバツが悪そうな顔をして俺の首元の服を掴んでいた手を離し、何やら警官に訴えかけている。
一通りの話を聞き終えた警官らしき男は、俺の方へと近づいて何かを尋ねるようにして話しかけてきた。
もちろん、なんて言っているかなんてわかりっこないので何も返せずにいると、銀髪が警官に訴えるかのように話しかけ始める。
(おいおい、もしかしてこの銀髪野郎、俺を悪者に仕立てようってわけじゃないよな?)
その二人の様子を見て不信感を覚えた俺が、自分の正当性を訴えようと警官の肩に手を触れてこっちを向かせるも、やはり言葉が出てこずに終わった。
(なんで俺は異世界語が話せないんだよ!!)
そんなどうしようもないことに怒りをあらわにしている俺を見て、警官が一言、決心したように何かを呟くと、周りの野次馬たちが騒ぎ始めた。やれやれと言いたげな銀髪が視界に入ったが、今は奴にかまってられる場合じゃない。
(ん? ちょ、どういうこと!? どうなんの俺!? )
今までに経験したないほどに大量な汗が身体中から流れ始める。
本能が俺に『逃げろ』と命じたので、俺は警官が銀髪野郎と話している隙に逃亡を図った。
が、一瞬で捕まった。
逃げようと後ろを振り向いた瞬間、警官にがっちりと肩を掴まれたのだ。
もう逃走をごまかす手段が思いつかなかったので、とりあえず『今のはあくまで冗談だよ。ごめん、ごめん』と通じもしない日本語を言いながら、両手を合わせて謝る。
「……」
そしてどういうわけかわからないが、俺が謝り始めてから、今まで冷静だった警官の表情が強張った。
と、次の瞬間。
「£※⊆〒@▽!!!!!!」
咆哮とも言えるほどの勢いで警官が俺に怒鳴りつけてきたのだ。顔の血管がはち切れるんじゃないかというくらいに浮き上がっていて、その強面は、隣で俺を見て『まじかこいつ』とでも思ってそうな顔で驚いているあの銀髪野郎の先ほどのものとは次元が違った。親の仇に向けるような顔である。
(え!? なに!? どうゆうことなの!?)
訳が分からずオドオドしていると、さらに興奮した警官が俺を捕まえようと服を鷲掴みにして来た。
ビリビリッ!
そんな音を立てて、警官に掴まれた手によって俺のポンチョが破られる。
そして、破られた中から水着姿の美少女のイラストが”こんにちは”した。
今まで止むことなく怒鳴り続けていた警官も、そして周囲の連中も、それを見ると皆、一様にして黙る。
「あぁ、終わったな」
窮地に追いやられすぎて、むしろ冷静になった俺は、晒される俺の嫁(痛シャツ)と、周りのなんとも残念なものを見るような目を一瞥したのちに天を仰いでそう言う。
(ごめんな、カバちゃん。せっかくくれた服が台無しになっちまった)
俺の視点が一気に地面に落とされて、体の自由が奪われたのはその直後だった——。
◇◇◇
「どうしてこうなった……」
周囲に監視官と俺以外に誰もいない独房の中で、俺は今の現状を嘆いていた。
異世界に来て一日も経たずに牢屋送りって……。
「何が異世界転生だよ!! 何が楽しい第二の人生だよ!! 夢も希望もハーレムも! ここには何にもないわ!!!」
突如叫んだ俺に監視役のおじさんがどうしたものかと立ち上がって俺の方に向かってくる。
「*@〜¥%!?!?」
『はいはい、また訳のわからない異世界語ですよ。日本語でおkっ言ってんだろうが!!』
内心ではそんなことを思いながら、とりあえず両手を上げて申し訳なさそうな顔をしたら監視官も呆れた顔をして持ち場に戻って行った。
(ろくにコミュニケーションも取れないなんて……。このままどうやって魔法を使ったり、冒険に出たり、ハーレムを作ったりしろっていうんだよ。もう完全に詰んでるだろこれ)
そう考えると、これまで読んで来た異世界転生ものと、今の自分の現状があまりに違いすぎて、なんだか気力が失われていく。
「くそ……」
夢にまで見た異世界生活への憧れを諦め、異世界での1日目が終わりを迎えた。