第二話 魔法……?
目の前に広がる世界は、紛れもない異世界だった。
そう、俺の予感は当たっていたのだ!
家具と同じく、中世ヨーロッパにありそうな街並み。燦々と輝く朝日に照らされて、二階建ほどのカラフルな木製の家々は、まるで水彩画のような美しい風景を作り出している。
今俺がいる二階か三階の部屋から下を見下ろしてみると、道路は舗装されておらず土がむき出しになっていて、ちょうど正面に当たる建物の前には馬車が停まっていた。
これだけでも十二分に目の前に広がる世界が異世界であることを示していたが、それよりももっと確信的なものが間違いなくはっきりと俺の目には映っている。
「あれは魔法か!?!?」
馬車の止まる建物はどうやら八百屋らしくて、恐らく開店準備をしていたところなのだが、その光景が異常なのだ。
何せ、果物や野菜が全く重力を感じさせない動きで宙を舞っているというのだから。
その魔法の発動者らしき人物は、二次元ではよく見慣れた、いかにも魔法使いらしいフード付きのコートを着ていて、両手を野菜たちの方に向けている。フードから少し漏れるやや長めの銀髪と横顔から、おそらく性別は女だろう。
同時に浮遊している野菜は二つか三つといった程度の数だが、そのスピードが、まるで獲物に向かって飛んでいく鷹のように素早く、それでいて正確にそれらが向かうべき場所に着地しているので、3分と経たずに500はあるだろう野菜の移動が終わっていた。
「……間違いない! 絶対に魔法だ!!」
思わぬ光景に見とれていた俺は、魔法の終了をきっかけに我を取り戻して、今目の前で行われたものがなんなのか確信した。
あまりにも嬉しい状況に、窓から少し身を乗り出してそれはもう大きく叫んでしまったことに、例の魔法使いからの凝視によって気付かされて、少し照れる。
(喜びすぎだろ俺! ……でもこんなん興奮しないほうがおかしいって!)
直後、身を引いて窓を閉めながらも、完全には閉め切らないで外を覗けるように隙間を作る。
高鳴る鼓動を抑えるようにして胸を押さえつつ、その後の魔法使いの行動を注視した。
「△%+*□◇$*○#!!」
「#$%S&¥○☆」
すると、店の奥から出てきた店主らしき男が、驚きながらも嬉しそうに何かよくわからない言葉を発して、それに答えるように魔法使いの女はこれまたよく分からない言語を返した。その魔法使いは、先ほどまでの真剣な表情からは考えられないほどに可愛く微笑んでいる。
いくら周りがまだ早朝ということもあって静かだとは言っても、やはり距離があったために上手く聞き取れない。
「なんだあれは。りんごみたいなもんか?」
俺が言っているのはその女に手に持つ果物らしきもののことで、形はりんごなのだが色はオレンジのように黄色なのだ。よく見れば他の野菜や果物もどこか俺の知っているそれとは違うし、異世界は少し違うのかもしれない。
魔法使いが持っている果物は、やりとりの最中、店主が「お礼に持って行ってくれ」とでもいうように渡していたもの。
満面の笑みと共に、3つほどそれを受け取ると、彼女は前に止めてあった馬車へと乗り込んだ。
間も無くして、突如馬がゆっくりと歩き始めて、次第にその速度を上げていく。馬車を操る御者はいないようだが、車内であの魔法使いが操縦してるのか? まぁきっとあれも魔法でどうにかしているのだろう。完全に魔法だけで動いていないのは、馬を使ったほうが燃費がいいからだろうか? それとも魔法を使えるやつがそこまで普及していないとか。
あの店主の驚き様からしても、もしかしたら魔法は珍しいのかもしれないな……。
「……それにしても、本当に異世界にきてしまったのか」
去りゆく馬車を遠目で見ながら今の状況を再確認する様に呟く。
あれ。でも、神のところでチート能力を授かったりとかしてないよな? まさかそれすらも、ラノベに夢中になりすぎてスルーしてた!?
いやいや、さすがにそれはないか。
……だとしたら、何者かに召喚されたってパターン? でも肝心の術者らしき人はいないし、さっきの魔法使いの女も俺なんて知らんぷりだったもんなぁ。
そう思考を巡らせながら、俺は窓際の壁にもたれる様にして座った。
「あぁ、世界の異変で転移・転生されちゃった事故っていうパターンか?」
とりあえず、なぜ異世界に来てしまったかその原因を探しながら今後についても考える。
『もし異世界に行ったらあれをやろうこれをやろう』という妄想は飽きるほどしてきた。いや、まぁ飽きることはないんだけど。
まぁでも、よくよく考えてみると、今までの俺の妄想ってチート能力を手に入れた後の話なんだよな……。
「……あれ? ってか俺この後何すればいいんだ!?」
そうしてようやく今の自分の状況を把握した。
とにかく異世界に来たということはわかったが、この後は一体何をすればいいいのだろうか。
まず俺が今いるこの部屋のことも気になるし、もしなんらかの事故で飛んで来てしまったのならこの先一文無しでどうやって生きていけばいいんだ。それに魔法も気になるし、俺の魔法適性も……
「ふぅ……。とりあえず、寝るか」
一段落したことで、思い出したかの様に急に襲って来た睡魔に、素直に従う様にしてとりあえずの予定を決めた。
「ちょっとしたら俺を召喚したやつが来るかもしれないしな」
そう言って変わり果てたベッドの方へ向かう。
「さてさて、起きたらサクッとチート能力を手にいれて、あとはヒロインでも探しに行きますか」
そんな戯論とも思われることを呟いて、俺は睡魔へと体を引き渡した。
◇◇◇
「嘘!? 転生させる相手を間違えちゃった!? どーしよぉ〜」
真っ白な空間の中で、水晶越しに映る映像をまじまじと見つめる一人の女性は、瞳に涙を浮かべながらあたふたとしている。
その頼りない台詞とは裏腹に彼女の容姿は、淡いピンク色のロングヘアーに、違和感を感じさせない整った西洋風の顔つき、日本人女性では高身長なくらいの背丈でスタイルも悪くないと言う、いわゆる美女に部類されるものだった。
「上に誤転生の報告書を書いて、再転生の申請書を持って天界に行って、そのついでに本来転生される予定だった人の魂もキープしてもらって……あぁ!! めんどくさい〜〜。もうこのままテキトーにこの子をここに呼んで黙らせればいっか!」
彼女が見ていた水晶の映像には、アニメのポスターやらグッズやらで埋め尽くされた部屋で、ラノベを持ったままラノベの山に埋もれている