一つ目のダンジョン2
「うわぁ」
魔物をやり過ごした後、誰もが心底気持ち悪そうな声を出しながら粘液の壁を抜ける。その先には大きな部屋があったのだが、そこには在るべきはずの床が無かった。
「え? どういう事?」
困惑の声を出したのはニーダさんだったか、それともいきなり落ちそうになっていたウエイダ君だったか。
どちらにしろ、このままでは先に進めそうにはなかった。
「壊れたのかな?」
部屋の反対側に見える通路と眼下の床の存在しない暗闇に視線を行き来させながら、ヘレンさんが困ったように推測を口にする。
他のみんなも微妙な違いがあるものの、一様にどうしたものかという表情を浮かべていた。
床が無い事への衝撃が大きかったのか、皆先程まで気にしていた身体に付着した粘液の事など忘れているようであった
僕もみんな同様に困惑しながらも、床を観察する。先程の巨大な魔物が破壊したという可能性はあるものの、壁に目立った損傷はなく、綺麗に消えている床に、その可能性は極めて低いだろうと推察出来た。ということは、これは元々こういうものだということだろう。それに、ここまでもここからも一本道だ。ならばあの犬達はこの部屋を通ったはずということになるから、この部屋を通り抜ける方法が存在するはずだけど。
僕は暗視だけではなく、魔力の流れも確認する。すると、床の所々に一メートル四方ぐらいの魔力の集まりを見つける。
「ちょ、ちょっといいですか?」
僕は予測を立てると、そんな掛け声とともにみんなの間を広げながら前へと出る。
「ど、どうしたの、オーガスト君!?」
その僕の突然の行動に全員が驚いた顔をすると、まるでその想いを代表するかのようにヘレンさんがそう声を上げた。
「ちょっと試してみたいことがありまして」
ヘレンさんにそう返すと、おもむろに僕は通路の端から部屋へと跳躍する。狙うは勿論最も近い魔力の集まりの上だ。
「ッ!!」
突然の僕の行動に、背後で息を呑むような音が聞こえた。
「おっと!」
もくろみ通り魔力の集まりの上に着地出来たまではよかったのだが、少し勢いがつきすぎたのかそのままつんのめりそうになった。危なかった。
「・・・へ? どうやったの!?」
そんな僕の背中に、驚きと疑問の声が投げ掛けられる。
「どうやら所々に見えない床が浮いてるみたいですよ!」
その言葉に、後ろから「え? 見えない床? え?」 という声が聞こえてくる。
「魔法で不可視の床を作ってるみたいで・・・だよ」
同級生相手なので少し親しみを込めつつ、これで分かるだろうと思いそう付け足すも、背中越しに聞こえてくる声には相変わらず理解の色が見受けられなかった。
僕は落ちないように気を付けながら顔だけを後ろに向ける。
「魔力の流れを感じてもらえばわかるかと思い・・・思うよ」
慣れない口調で出したその言葉で、七人は魔力を確認する。といっても、得手不得手があるようで、なかにはぼんやりとしか分からなかった人も居たみたいだけど。
「おお! なるほど! こんな方法があるのか!」
背に驚きの声を聞きながら、次の人が通れるように僕はさっさと先へと進む。それにしても、魔力の流れについては授業でしたような記憶が・・・まぁ咄嗟の出来事だったからね、うん。
僕の後に余裕で続く人も居れば、はっきりと認識できないのか、危なっかしく続く者など、様々な通過の仕方ではあったけれど、何とか全員が次の通路まで到着出来た。
見えない床の先の通路は、最初こそ今までの通路と同じで二人が肩を並べると少し余裕があるぐらいの道幅であったが、途中から五人が肩が触れない程度に離れて並んでも通れそうなほどに広くなる。
「何だか嫌な予感がしてきたよ・・・」
先頭を歩くウエイダ君が不安げに呟く。
「嫌な予感って?」
それに、後ろに続いていたウェル君が言葉を返す。
「なんかこう、ぶわってするようなさ」
「それじゃあよく分かんないよ」
「むー、言葉にするのは難しいな~」
そんな二人の会話を聞きながら、僕達は先へと進む。
「な、長くない?」
「長いね・・・」
「うん。流石にね」
通路を進むごとに、ポツリポツリと皆の中から不満や不安な声が漏れでてくる。
今までの通路の倍の距離は進んでいるものの、未だに通路の終わりが見えてこなかった。
「それに何だか寒くなってきたような・・・」
「ん~、寒くなったというより悪寒が走るというかなんというか」
そんな言葉とともに、ぶるりと幾人かが身を震わせた。
そんな一行を僕は今頃気づいたのかと、最後尾から少し冷ややかに眺める。
いくらなんでも犬に苦戦するようなのに、あれに気づかないというのは向いてないんじゃないんだろうか。それとも、これが普通なのだろうか? 少なくとも犬が倒せるのだから一般人よりは強いようだけど。
僕は、未だに外の世界は分からないなと僅かに首を傾げながらも、みんなの後に続いて通路を進む。
そして、今までの通路の五倍は進んだのではないかという頃に、その部屋に到着した。
「「「「「「「ッ!!」」」」」」」
その部屋に足を踏み入れた瞬間、七人が一斉に息を呑んだのが分かった。
今までの部屋よりも一際広い空間を持つその部屋には、天井に淡く光る苔のようなものがびっしりと張り付いていた。
そのまま壁に目を向ければ、両側の石壁には松明が一つずつ壁の半ばほどに取り付けられていたが、それは部屋の広さに比べてあまりに光量が足りていなかった。そしてよく見ると、その松明に灯っていたのは火ではなく、魔法で生み出された赤い光だった。
そんな薄暗い部屋の奥には、部屋中に充満する嫌な魔力の発生源である巨大なシルエットが立っていた。
「あれがこのダンジョンの主?」
「分かんないけど、あれを倒せばこのダンジョンも終わりなのかな?」
「だといいけど・・・」
みんなは言葉は交わすものの、誰一人として入り口から先に進もうとはしない。
その状態が暫く続くと、流石に見かねたヘレンさんが、後方から中々先に進まない前方の皆に向けて声を発した。
「そろそろ進まない?」
それはとても穏やかな声ではあったが、そこには僅かな苛立ちが感じられた。
「そ、そうだね」
その声に押されるようにして前が動き出す。その間も、奥の魔物は微動だにしない。
そんな魔物の様子に、僅かに違和感を覚えた僕は首を傾げた。
その違和感の正体を探るべく、僕は辺りを観察するも、中々その正体が掴めない。
「さて、どう攻めようか」
前方では、じわりじわりと魔物との距離を最初から半分ほど詰めながらも、その間に脳内で戦闘を想定しているようであった。
そこで、魔力の流れが不自然な場所を見つける。分かりづらいように細工されていたが、それは両端を僅かに残して部屋の中央を切り取るように囲んでいて・・・。
「あ、あぶ―――」
それに気づいた僕は「危ない」 と、前を進むみんなに叫ぼうとして、間に合わなかった。
「きゃっ!」
「うわ!」
「ひゃっ!」
「え?」
「おお!??」
「!?」
「・・・・・」
目の前で暗闇の中に落ちていく七人。僕は辺りを調べていたからか、少し距離が離れていて落ちずに済んだ。
「・・・・・・・・・」
僕は突然の事態に、ただ落ちていくみんなを呆然と眺めていることしか出来なかった。
底のうかがい知れぬ暗闇に消えていく四班のみんな。
突然の事態に何が起きたのか理解出来ずに、落ちていくその顔はただただ茫然としていて、その表情のまま暗闇に消えた頃になってやっと僕は我に返る。
「みんなは!?」
深淵を縁より覗く。とはいえ、暗視魔法を持ってさえ完璧に見通せぬその深い闇に、普通の目を向けたところで意味はない。
「魔力の流れなら!」
僕は彼らの魔力の存在を視る為に意識を集中させる。そして、その眼に映ったものは、落ちていく七つの塊。
魔力に距離という概念は存在しない。しかし、物体に閉じ込められた魔力は別である。何かに閉じ込められた魔力は、その閉じ込めているモノに帰属する。それはつまり、閉じ込めたモノに距離という概念が存在するのなら、魔力にも距離という概念が付与されるという事。
「くっ!」
僕は急速に小さくなっていく七つの魔力に歯噛みする。既に手を伸ばせばどうにかなるという距離ではなかったし、魔法を用いるにしても、何も視えなければ正確な位置が掴めない。
僕はどうにか出来ないかと頭を回転させるも、フッと突然七つの魔力の塊が消失する。
一瞬パニックに陥り掛けるも、直ぐに冷静な部分が状況を把握する。
「・・・安全装置?」
魔力に距離は関係ない。それは即ち、魔力を閉じ込めていたモノが破損するなりして魔力が漏れ出ると、距離が離れて小さくなっていた魔力が通常の靄の様な状態に戻るという事。この場合は、人が死ぬことで内包していた魔力が外に出ていくという事を指す。
しかし、今起こったのは通常の状態に戻るのではなく消失。それはいくら魔力といえど考えられない変化。つまりその結果がもたらす意味は、魔法による物体の転移もしくは転送。恐らくダンジョンの外にでも戻されたのだろう。
「はぁ~~~~」
僕は顔をひっこめると、盛大なため息とともにその場にへたり込む。流石に肝が冷えた。
正直、クラスメイトとはいえ、大して親しくもない彼らがどうなろうと別にどうだっていいのだが、目の前で死なれるというのは流石に寝覚めが悪い。
それでも、これぐらいのことは出来れば自力でどうにかして欲しかった。でなければ、これから先もこの学園で学び続けるというのならば、生き残れはしないだろうから。残念ながら、世界はそんなに優しくないのだ。
「さて」
僕は三度深呼吸すると、ゆっくりと立ち上がる。
「それにしても、全く動かないな」
部屋に入った時から奥の方でずっとこちらを窺っている魔物は、今でもピクリとも動かない。その様はまるで良く出来た置物ののようであった。
「・・・いや、まさかね」
その可能性が頭を過り、僕は思わず魔物を凝視してしまう。
「魔力は感じるけど・・・」
凝視した魔物を形成する魔力からは、ただの造り物では出せない確かな存在を感じる。
「一定の距離まで近づけば動くのかね?」
ここはダンジョン内。つまりは人造の訓練施設だ。そして目の前で不動の姿勢を崩さない魔物もまた、人造の魔物だ。
魔物の中にはかつて魔族の拠点などの門番としての役割を与えられた魔物が居たという。確かその名は。
「ゴーレム。だったっけ?」
決められた距離まで近づかなければ無害の魔物にして、個体によっては驚くほど弱かったり、恐るべき強さを誇る魔物。
その強さにあまりに幅がある理由は、
「ゴーレムはまだ誰かが造ったモノしか確認されてないんだっけ」
野生の魔物が増えた昨今でも、野生のゴーレムというものは確認されていない。居るのはかつて造られ、未だに造物主の命令を愚直に堅守し続けている個体か、あるいは何者かが新たに造った個体ぐらいだった。
「もしあれがゴーレムだったら、それはそれで凄いな」
ゴーレムの製作には魔力を操るかなりの技術と、失伝寸前と言われる秘術の知識が必要らしい。もし目の前の魔物がゴーレムならば、それだけの魔法使いがこの学園には存在するということになる。
「もしそうなら、ちょっと会ってみたいかも」
そう思いながらも、さてどうしたものかと思案する。
目の前の魔物を倒すのは非常に簡単だ。それこそ今いる場所から全く動くことなく終わらせることが出来る。しかし。
「さすがに目立つよなー」
僕は視界の端で現在進行形でこちらを監視している、透明化している球状の物体を捉える。
それを視てどうしたものかと、僕はここを無事に切り抜ける為の方策について頭を回転させる。
ただ単に密かに倒せばいいという訳ではない。倒せば結果が出てしまうのだから。
現在この場に居る生徒は僕のみ。ならば、過程を隠すことにいかほどの意味があるのか・・・。かといって、この場で引いてもまた班で挑まなければならない。
そこで僕ははたと気がつく。次のダンジョンから単身で挑むのなら、ここで実力の全てを隠しても意味がないと。
あれが倒せるぐらいの実力を開示するぐらいならむしろいいのではないか。いや、それどころか早い段階で開示した方が何かと都合がいいような気さえしてくる。ならば。
僕はそう結論付けると、落とし穴を避ける為に部屋の端を通って魔物の方に歩みを進める。
落とし穴を超えると、その位置で一旦立ち止まる。
そこはまだ敵対位置には入ってないようで、未だに魔物は動く気配を見せずにこちらを眺めていた。
「・・・・・」
せっかくなので改めて目の前の魔物を観察する。
上背は二メートルは優に超えている感じではあるが、正確な数値は流石に分からない。三メートルは無いと思う。
体つきは全身筋肉質で、身体中余すことなく筋肉がみっちりと詰まっていた。その威容は、生身の人間なんて殴られただけで簡単にぺしゃんこに出来るだろうと容易に想像出来るほど。
顔は猪のようで目つきは鋭く、鼻は上に向いていて、鼻の穴がこちらに見えていた。口元は横に深く亀裂が走り、その口の脇からは牙が天へと伸びて、これでもかと自己主張していた。ただ、耳は人より高い位置にあるが、頭の上ではなかった。
そんな魔物が手に持つ得物はどこから持ってきたのか丸太だった。それは持ちやすいように手元の部分を細く削っている以外にはそのまま持ってきたような代物で、それを棍棒代わり手にしていた。そんな巨大な武器だけに、殴られた時の威力は凄そうだった。
その武器も素手もまともに喰らえば痛そうなので、とりあえず攻撃は受けない方向にするとして、避けるのは髪一重を意識する。攻撃は一撃で倒さないように気を付ける。他は・・・あまり複雑な魔法は使わないようにすることぐらいかな?
一応の方針が決まったところで魔物へと足を踏み出す。
「ググググゥ」
魔物との距離が五メートル程に縮まったところで、遂に魔物が唸り声とともに動き出すと、ドシン、ドシンと重い足音を伴い近づいてくる。
「やっぱり大きいと迫力があるなー」
見上げるほどに背の高い魔物は横にも大きく、また筋肉の塊であるために厚みも凄かった。そんな壁のような魔物が、重量級の足音とともに近づいてくる様は、それだけで威圧的な迫力があった。
しかし、自分の方が弱いならともかく、両者の間には圧倒的な実力差があるため、僕はその巨体を感心しながら眺めていた。自分にないものというのは輝いて見えるものなのだ。
そんな僕目掛けて魔物は手に持つ丸太をブオンと振り上げると、己の膂力に丸太の重量を乗せた一撃を振り下ろす。
「うぉ!」
その一撃の速度はおそらく早い方なのだろうが、僕には退屈なまでに遅く感じられた。しかし、そんな素振りを表に出すわけにもいかず、僕は間一髪という
「くらえ!」
魔物の一撃が起こした風圧を利用して距離を取りながら、僕は避けるついでに魔物めがけて魔法を放つ。何を使うか一瞬迷ったが、放つ魔法は初歩の魔法の一つである火球にした。
「グゥゥゥ!」
魔物はちょうど火が弱点だったのか、火球を肩に受けて低く呻きながら、若干仰け反った。
しかし直ぐに体勢を立て直すと身体を横に動かし、逃げていた僕の方に向ける。その際、その向きを変える勢いを利用した横薙ぎの一撃を伴っていた。
「うわっと!」
ぶわっという風切り音を起こしながらのその攻撃を、僕は寝そべりそうなぐらいに身を低くして避ける。身長差があるが故に可能な避け方であった。
「この・・・ッ!」
横薙ぎの攻撃を避けた僕は顔を上げると、再度火球を放とうとして慌ててもう一度頭を下げる。魔物は空振りした一撃の勢いを殺すことなく回転することで、更に勢いを増した一撃に繋げていた。
「これで少しは大人しくなれ!」
僕は身を低くしたまま視線だけで魔物を捕捉すると、武器を持つ腕の肩を狙う。本当は手元を狙いたかったが、もう一度回転しだした魔物はこちらに背を見せていたので狙えなかった。
「グギャア!」
初撃と同じ肩に当たった火球に小さな悲鳴を上げた魔物ではあったが、次の瞬間、振り向き様に横回転から縦回転に方向を変えた丸太が僕の頭上に振り下ろされる。
次第に大きくなり視界を埋める丸太に、僕は回避を諦める。ほとんど寝そべっている格好から、この巨大な武器の攻撃を完全に避けることなど普通は出来ない。気づくのが遅すぎたというよりも、加速した丸太の攻撃が速すぎたのだ。
「くっ!」
僕は歯噛みすると、丸太が僕の身体に接触するまでの僅かな間に、大量の防御魔法で丸太との隙間を埋め尽くす。
―――バリンッ!!!
薄いガラスが割れるような音が幾重にも一気に重なり、耳障りな一つの音となって室内に鳴り響く。
そして音が鳴り止まると同時に、勢いがかなり殺されたとはいえ、重量のある丸太が僕の上に落ちてくる。
「ぐぅ」
丸太に潰された僕は空気が抜けたような情けない呻き声を上げながらも、両手を上に突き出して丸太を押し返そうと力を入れる。
「ウォォォォ!!」
魔物は追い打ちを掛けるべく腕に力を込め、更に前のめりになって体重も乗せてくる。しかし。
「うううぅぅ!!」
それを僕は身体強化を使った身体で受け止めながら、その重量に潰され無いように必死の形相で耐える。・・・ようにみせてはいるが、実際はバレないように両手と丸太の間に薄く頑丈な障壁を展開して受け止めていた。
その一連の動作が思った以上にうまく立ち回れている気がして、僕は内心でほくそ笑む。だが同時に、自分自身に苛立ってもいた。
僕は内心で油断し過ぎだと自分自身を叱責する。それは攻撃を受け止める結果になった魔物のこの攻撃に反応が遅れたからだった。後だしでも避けることは出来たが、そんなのは関係なかった。
殺し合いは一瞬の油断が命取りとなる。僕は己の心にそれを刻み直すと、改めて気を引き締める。
「うらあぁぁぁ!!!」
僕は裂帛の気合とともに丸太を僅かに横に押し返すと、そのまま勢いよくゴロゴロと反対に転がり脱出する。
「グヲォ!!」
魔物は驚きの声を上げるも、直ぐに腕に力を込めて床に着いた丸太の先端でガリガリと床を削りながら、僕を追尾して勢いよく横に振りぬく。
「くっ」
僕は止まり掛けていた動きを無理矢理動かして部屋の壁にぶつかるまで転がる。
「グヲォォォォ!!」
空振りに終わったことに苛立ったのか、魔物は雄たけびを上げて脚に力を溜めると、足元に蜘蛛の巣状の亀裂を残してその図体からは信じられないほどの高さに一気に跳躍する。
「撃ち落とす!」
僕は空中の魔物に向けて最初のより少し小さい火球を連射する。
「ガアァァァ!!」
魔物は全弾命中しながらも、僕目掛けて丸太を勢いよく振り下ろしてくる。
それを回避するべく、僕は魔物が落ちてくる僅かな間に前方へと地を蹴り、勢いよく跳んで移動する。
―――ズドン!!!!!
前方に跳び終わると、背後に地面を揺らす衝撃が走る。振り返ってみると、先ほどまで僕が居た場所に丸太が叩きつけられ、地面が窪んでいた。
「今だ!」
強力な攻撃の後だからか、硬直している魔物の背後に大量の火球を撃ち放つ。
「グギャァァァァ!!」
全弾命中するその火球の雨に、さすがの魔物も絶叫して大きく仰け反ると、そのまま固まりどうと横に倒れた。
「・・・・・・」
ぷすぷすと炭化しながらも静かに燃える魔物の背中を、身構えたまま見つめて結果を待つ。魔物は絶命すると魔力に戻るという性質がある為、姿が消えないのならば戦闘はまだ終わっていないという事になる。
そして、静寂が場を支配して十秒ほど経った頃に、やっと魔物は魔力へと還っていった。
「はぁ~~~あ」
僕はため息とともに力を抜くと、その場に尻餅をついて天井を見上げた。その視線の先には、こちらを監視する球状の魔法物体が透明になって浮いていた。
何とかなったかな? そう思いながらも、これで本当にダンジョン攻略完了となるのかと疑問に思い、制服の内ポケットから生徒手帳を取り出してダンジョンについての部分を呼び出す。
「えっと・・・何々?」
ダンジョンについての説明や注意事項なんかを飛ばして読み進めると、最後の辺りに目的の一文を発見する。それにはこう記されていた。
『ダンジョンの最奥にて魔水晶を見つけ、それに触れて帰還することで攻略とみなす』
「魔水晶?」
その一文を読み終えてから頭を上げた僕は、辺りをキョロキョロと見渡す。
「・・・・えっと」
しかし目的のものは見つからず、僕は首を捻る。
道を間違えたのか? とさっきの戦闘を思い出して嫌な顔をした僕の耳に、ガコンという何かが外れる音が届く。
その音が聞こえた方に顔を向けると、身を屈めないと入れないような小さな入り口が奥の壁にポッカリと開いていた。
その入り口に近づくと、屈んで先を覗き込む。しかし途中で道が曲がっていて先の様子は確認できなかった。
「・・・行ってみるか」
屈んだまま四つん這いになった僕は、そのまま道に入っていく。
その道は曲がりくねっており、ともすれば方向感覚が狂いそうであった。
「光?」
出口だろうか? 立ち上がれそうな空間に繋がっている場所から青白い光が入ってくる。
そのまま部屋へと入ると、五人ほどが立ってなんとか入れそうなぐらいの狭い部屋の中央に、青白い光を放つ透明な物体が浮いていた。
「これが魔水晶? 触れば攻略完了だったよね」
生徒手帳に書いてあった一文を思い出しながら、僕は恐る恐るその透明な物体に手を乗せた。
◆
一瞬視界が真っ白になると、次の瞬間にはダンジョンの外に居た。
「ほぉ。オーガストはダンジョン攻略か」
突然の網膜への刺激に僕が目を細めていると、目の前に居たグラッパ教諭が感心したような声を出す。
「これで攻略者十三人か。最初っから二桁超えるとか、本当にこのクラスは優秀だな」
目が光に慣れてきた僕が辺りを見回すと、既に結構な数のクラスメイトが帰還していた。
「後は五班だけか。オーガストは四班のとこで待っとけ、五班もそろそろ戻ってくると思うから」
グラッパ教諭の指さした先には、暗闇に消えた四班のみんなが座って待っていた。
「分かりました」
僕はグラッパ教諭に頷き、みんなの方へと移動する。
「おっかえりー!」
四班のみんなの所に近づくと、ヘレンさんがひらひらと手を振って迎えてくれる。
「あれから独りでダンジョン攻略したんだな。凄いじゃないか!」
地面に座った僕の背中を叩きながら、ニーダさんは感心したようにそう言葉にする。
「あれを倒したの? それとも他から攻略したの?」
アミさんが興味津々といった感じで身を乗り出して問い掛けてくる。
「え? あ、うん。まぁなんとかあの魔物を倒せたよ」
僕がそれを肯定すると、アミさんは「凄い凄い」 と我が事のように手を叩きながら驚いていた。
他の四班の人達の感想は様々であったが、皆単独であの魔物を突破したことを賞賛するものばかりであった。まだダンジョン攻略は始まったばかりである。
◆
その日の夜。
僕は寮の部屋の窓から夜空を眺めながら、今日一日の事を思い出していた。
様々な事が頭に浮かび、僕は今まで以上に精神的な疲労を感じるとともに、とりあえず最初のダンジョンを無事に終えられたことに安堵する。
そこで、そういえばと僕は後ろで思い思いの作業をしているルームメイトに意識を向ける。
どうやらセフィラとティファレトさんも最初のダンジョンを攻略出来たらしい。
二班全員が揃って生存して攻略出来たらしいので、連携がうまくいったのかもしれない。
因みに、最後に帰還した五班は全員攻略失敗に終わった。その際一人が命を落としている。
最後にグラッパ教諭の話にあったのだが、一度目のダンジョンの授業で一クラス五十名中、攻略者十三名死者一名というのは中々優秀な成績らしい。大体の目安として、例年一クラスで攻略者八名死者三名という所だという話だった。
初めての戦闘という人達も居たが、それに加えてクラスメイトの死も合わさり、かなり精神的にきている人達が見受けられた。きっと近いうちにクラスメイトの数が減ることだろう。
アルパルカルとヴルフルのクラスは、明日が初めてのダンジョンの授業らしい。
ダンジョンの最初の授業だけはクラス単位で受けるらしく、他のクラスがダンジョンに入っている間に教養や魔法の基礎についての授業があるらしい。
そして二回目からは数クラス合同でダンジョンの授業となり、進行具合に応じて各自が各ダンジョンに挑むという形になる。その際、各ダンジョンには誰かしらの教員が監督役として居るという話だった。
ダンジョンの授業について思い出していたら、ふとこれは人を減らす事が目的なのでは? という考えが頭に過った。
戦闘に慣れさせるという意味合いもあるのだろうが、結果だけを見るとどうしてもそう思えてしまった。
そこで疲れからか僕は急激な眠気に襲われ、のそのそと自分の場所へ戻ると、昨日遂に学園から借りた毛布をもそもそと被る。そして、早々に眠りについたのだった。