一話 ご褒美
広い一軒家の一室
八畳の部屋はカーテンが締め切られ、薄暗い部屋の中に鎮座するタワー型のPCに搭載された大き目の二台のファンが唸りをあげている
その横にある二十四インチのモニターに目を移せば、そこにはとある有名なアイツを剣で、拳で、魔法でと、ありとあらゆる攻撃手段を用いて攻撃している一人の人間が映し出されていた
「ふぅ……今日もいい数値叩いてるな!動画アップせねば……デュフフ」
そう画面をうっとりと眺めて独り言を呟くのは大きい樽のような体躯を持った巨漢の男
その塊が立ち上がると彼を支えていた椅子からは苦悶の音が鳴り響く
「しかし、俺ほどのダメージを叩ける奴は最早このファルクエオンラインには存在せんだろうなぁ……デュフ……デュフフフフッ」
彼は脂肪で丸太のように太くなった首に二重あごの口からは気持ちの悪い笑い声を吐き出すと、再び画面の向こうへと意識を向ける
そして再び狩り出すのだ……始まりの町に出てくる初心者御用達のアイツ……
──スライムを──
そうして約一時間もの間、飽きもせず彼等を虐殺すると、巨漢の男は体のコリをほぐすように立ち上がって伸びをする
「う~ん……そろそろ飯の時間だが……さっきから持って来ている気配がないんだよな」
と独りごちると部屋の扉を少しだけ開けて廊下を確認する
「やっぱり持って来てねーじゃねえか!使えないヤツだ!」
そう吠えるとドスン!ドスン!とまるで癇癪を起こしたかのように階下に向けて激しい足音を立てる
その巨漢のスタンピングによって家全体が地震でも起きたかのように揺れると、慌てて階段から人が上がってくる気配がする
「遅くなってごめんなさい。達也……ご飯ここに置いておくから……」
カチャリと食器の音が聞こえ、その後パタパタと階段を降りていくであろうスリッパの音が徐々に遠ざかっていく
「チッ……おせーんだよクソババア」
そう悪態を吐き、扉を開けて食事をPCの前に運んで、それらを咀嚼しながらさっき撮ったダメージ検証動画をアップロードすると、日課の掲示板徘徊へと移る
「どれどれ……」
そこにはファルクエの中で起きた色々な事を報告したり、検証したり、たまに怒鳴り合ったりといつものように賑わっている
そして食事をしつつ眺めていると、一つ気になるコメントを発見した
712:最近スライム狩って大ダメージ叩いてる動画見て俺もやってみたんだが、あんな低ダメージでよく動画アップ出来るなと思った訳よ
これ俺が試しに撮ったダメージ動画ね
とご丁寧にURLが貼り付けてあった
「あぁ?なんなんだコイツ!俺ほどにこのゲームをやり込んでるヤツなんて居ねーって言うのに!掲示板だからってイキってんじゃねーぞ!」
怒りもあらわにキーボードを叩く
720:>>712 テメーあのダメージ超えてるとかハッタリかますんじゃねーぞksg
721:本人降臨キターーー!
722:>>720 動画見てこいよwww
723:>>722 ヤメてやれよw泣いちゃうだろw
724:>>720 発狂動画アップ不可避www
流れるコメントを見て思わずキーボードを勢い良く床へと投げ捨てる
「んだと!こいつらぁぁぁぁ!」
そこまで言うなら釣られてやんぞ!とURLをクリックして動画サイトへ飛び……
「うそ……だろ……」
巨漢は衝撃に打ち震えることになった
そこには確かに自分よりもダメージを叩き出している動画があった。しかもその数値は何回も、何回も……乱数である程度誤差はあるが、その全てが自分のキャラクターよりも上のダメージを叩いているのだ
彼はその動画を見ている内に、最初こそ「嘘だ!チートだ!」と叫んでいたが、彼の眼差しは徐々に熱を帯び、動画のキャラクターの一挙手一投足を目で追って確認する
そうして次第に浮かび上がってくる使用しているスキルとその使用順
脳内でトレースすること数巡……これなら俺にも出来ると思い立ったが吉日とゲームを立ち上げると急いでログイン
「あんな無名のキャラクターがやってるんだ!超有名でカッコイイ俺様(キャラクター)が、出来ない道理がない!」
そう吠えると投げ捨てたキーボードを拾い上げ、その検証はまる一日もかけて行われた……
「デュフフ……ついに……ついにヤッてやったぜ!どうだ参ったか!ついでにダメージ数値も超えてやったぞ!悔しいか?!悔しいだろう?!デュフ!デュフフフ……ふぅ」
徹夜明けのテンションで叫びまくった彼は、そのまま力尽きたかのようにテーブルへと顔を伏せた
★
「……起きなさい」
そう突然脳内に響くように聞こえる声に彼は(あれ?俺エロゲーやってたかなぁ?)と思いつつも寝返りを打つと再び微睡みの世界へと戻っていく
「起きろって言ってるのよ!このピザデブ!」
「ムニャムニャ……まるでいのりんに罵倒されているような……流石は俺の夢。ご褒美か……」
そう寝言を言うと再度寝返りを打つ
「アッタマキタ!」
その可憐でロリロリな声が脳内に響くと共に強烈な蹴りが彼の拳法家も真っ青な脂肪の塊に突き刺さると、バインバインと跳ねるように転がって行く
どんな拳法も通用しないと自負していた腹に走った衝撃に、夢にしては少々過激だなぁ~と眼を開ける
「やっと起きたようね!この豚野郎!」
その可憐でロリロリな声が耳から直接通り抜ける快感に身をよじりると、声がする方向はこっちか?と巨体を揺さぶって向きを変える
「なん……だと……」
思わず口にした驚きの声も仕方ない。そこにはとても可愛らしいフリフリの服で着飾った色白の……まるでお人形のような少女が両手を腰に当てて小さい顔に付いている尖った顎を前に出して、吸い込まれるような蒼い瞳で自分を睥睨するように見る……
「例えるなら女神のような」
「例えなくても女神よ!この豚!」
「ありがとうございます!」
その少女のロリロリな声で罵倒を浴びると彼は大急ぎでジャンピング土下座を敢行し、ありがたやありがたやと口にする
「きっ気持ちの悪いのよ!あんた何なの?!」
「いえいえ、少女からの罵倒とか……我々の世界ではご褒美ですよ……デュフ」
にちゃぁと口を歪ませるような笑みを浮かべる彼に、そのプニっとした柔らかそうな薄桃色の唇を引き攣らせると
「あんた、今の状況わかってんの?」
「状況もなにもこれは俺の夢だし?」
「なわけないでしょ!あんたはこの私。女神ルナにドナドナされてんのよ!」
「成歩堂……異議あり!」
ハァハァと荒い息を吐き、背中まで届く長い白銀色の髪を振り乱した目の前の女神ルナにビシィ!と彼は人差し指を向ける
「なによ?!」
「この場合俺が君をドナドナしていると言った方が正しいのでは?」
「なっ?!」
「せっかく夢に美少女が出てきてるのだから……よしよし、お兄さんとお医者さんゴッコしましょうね~」
驚愕から顔を引き攣らせ、後退る少女に彼は手をワキワキと怪しく動かしながら近づく
「寄るんじゃないわよ!このロリペド野郎!」
そう叫んだ少女は彼に手のひらを向けるとビビビビビ!と怪光線を発射した!
それの直撃を受けた彼はあばばばば!と昔のアニメのように骨を浮かばせながら痺れると、パタリと体を横たえる
「余りにもの変態っぷりに予定が狂っちゃったじゃない……」
その声がはるか上空から聞こえるような錯覚に思わず視線を上げ……られない?!
「なんだ?!顔が動かない?!」
「ふふっ!これで姿をご覧なさい!」
となぜか高い位置にいる少女(なるほど、白にクマさんか)が鏡をドスンと置く
「個人的にはアニマル系よりシマシマ系の方が好みで……デュフ」
「なっ!このクソニート!私の下着よりもあんたの姿を見ろって言ってんのよ!ブタ野郎!」
そう罵倒というご褒美を賜った彼は仕方なく「どれどれ?」とその鏡を覗き込むと、そこにはプルンとしたジェル状の半球体……果汁グミのような物が映り込んでいる
「それが今のあなたよ!どお?!」
「どお?って言われても……美味そう?」
「そういう感じの感想を聞きたいんじゃなかったんだけど……もういいわ」
はぁぁ……と少女は深いため息を吐くとおもむろに口を開いた
「あなたはスライムを年がら年中虐めて来たわね?」
「はぁ……」
「その数は今日で十万匹を突破したわ」
「おぉ!頑張った!」
「頑張った!じゃないわよ!あんたのせいでスライムを作る作業が忙しくて他に手が回らないのよ!」
「はぁ……」
「だからアナタをスライムにしてあの世界に送り込んであげることにしたの!」
「なるほど、それでこの姿……と言う訳か。夢の中の癖にクオリティ高いなぁ」
彼はそう言うとポヨンポヨンとジェル状の体で器用に跳ね回る
「夢じゃないわよ……まぁいいわ。あなたはこの私!女神ルナがスライムとしてあの世界に出荷してあげるの!そしてすぐに勇者に殺されるのよ!」
おーっほっほっほ!と可愛い声で頑張って高笑いをあげる少女に睥睨されるというご褒美に彼は酔いしれていたが
「あぁ……しかしいくら夢とは言え、少女にスライムにされるとは……いや待てよ……こういう事かぁぁぁ!」
突如、スライムとなった彼はバシャア!と半ジェル状に体を広げて少女に襲いかかる
少女もまさか自分に襲いかかるとは思っても居なかったのか、反応が遅れた
「ちょっ……ヤメ……」
「デュフ……デュフフ」
少女に伸し掛かるようにそのジェル状の体を這わせると、未だ育ちきっていない未成熟な果実を貪るかのように、ジェル状の体から触手を伸ばして弄る
「……あっ……っていい加減にしろ!このピザデブニートの変質者!」
少女はこめかみに青筋を立てると金色のオーラを身に纏い、半ジェル状になった彼を吹き飛ばした!
ビチャ!と地面に打ち付けられた彼は激痛に苦しみ悶える
「はぁはぁ……どう?痛いでしょ?あんたのHPはあの世界のスライム同様5しか無いの。そして今私はちょーーーーー手加減して4のダメージを与えたわ」
「ぬがああああ……痛い!痛いいいい」
痛みに球体になった彼はプヨンプヨンと転げ回る
少女はその姿を睥睨しながらビシィ!と人差し指を突き付けて言い放つ
「それが今まであなたがイジメて来たスライム達が受けた痛みよ!」
「ぐぬぬ……このロリロリ美少女がぁ……ご褒美すぎる!」
「あんた……めげないわね……」
少女はガクリと肩を落としてため息を吐くともういいや~と投げやりな感じで言い放つ
「まぁ、そういう訳だから剣で斬られて死になさい。勿論復活とかもしないし、来世でワンチャン!とかもないわ。あと当たり前だけどスライムなんて初期モンスターにチートなんてないからね」
と少女は早口に捲し立てる
その言葉に慌てて彼は聞き返す
「ちょっと!スライムでチート無しって詰みゲーじゃん?」
「いいのよ。あんたはもう詰んでるんだから……ほらほら豚は出荷よ~ブヒーって鳴きなさい」
そう言うと、少女は手のひらをスライムになった彼に向けて再び怪光線を発射する
「ブヒー!」
そしてどこまでも付き合いのいい彼の鳴き声が遠くへと遠ざかって行く事に深いため息を吐いたのだった