第三十一話
それから、丸まるくらいに悩みこんでいたおれっちが我に返ったのは。
パーティ登録をし直して。
レンちゃんたちの事情を話しに、再度ラウネちゃんの屋敷へと舞い戻って。
いろいろお礼の品をいただきそうになったところを、何とか正規の依頼としての、一般的な報酬で留め(その辺りは、ベリィちゃんに任せきりではあったが)。
ラウネちゃんと遊ぶことを約束し。
夕暮れの中、『藍』と呼ばれるギルド兼宿屋に戻った時であった。
もうすぐ、夕飯時に差し掛かるからなのか、昼間に来た時とは別な賑やかさが漂う中、君にかかる声。
「そうだ、夕飯なんだけど、よかったら一緒に食べない?」
きっと最初からそのつもりだったのだろうが。
到着するや否やそう聞いてくるベリィちゃんに、ごしゅじんは少し考えおれっちを見つめる。
「ああ、ここ使い魔同伴でも平気よ」
「……おしゃ、大丈夫?」
「みゃん」
ならば何も困ることはないじゃないかと思ったが、何故かお伺いを立ててくるごしゅじんに、問題ないと頷いてみせる。
一瞬、会話できるところで食べたかったのかなと思ったが。
二人きりが良いなんて、自意識過剰にもほどがあるだろうと、おれっちは耳を揺らしてそれを打ち消す。
「それじゃ、ご一緒させてもらいたいんですけど……」
「けど?」
「夕飯時に、宿屋からの依頼を……受けようと思っているのですが」
もう明日にはここを出るし、ラウネちゃんの依頼で予想以上にもらった報酬により、取りあえずのお金は足りている。
故にがっついて依頼を受けることもなかったのだが。
勇気を出してそう言ったごしゅじんだったから、おれっちはそれを止めようとは思わなかった。
「宿の依頼って、確か夕食後のステージでの出し物だっけ? ティカ、楽器演奏とか出来るんだ?」
「……はい。一応は」
ごしゅじんは、ベリィちゃんの言葉に、緊張感と少しの不安を抱えつつ頷いてみせる。
先にも述べたことではあるが。
緊張しているのは、その依頼がごしゅじんの一族にとって特別なものだからだろう。
それは大げさじゃなく、運命(さだめ)であり、試練と言ってもいいのかもしれない。
かの一族には、生れ落ちた時から、その身についてくるものが、その背に映える翼以外にもう一つある。
それは楽器に似て非なるもの。
かつて、おれっちたちの世界で、人や魔精霊たちにとって魔人族と言う存在が、畏怖すべきものであるということを、象徴するものだった。
それは、一度使役すれば、一国が焦土と化すほどの力を秘めており、人間たちからは『覆滅の魔法器』などと呼ばれていた。
かく言うおれっちも、それの恐ろしさを十二分に理解している。
その凄まじさを、身を持って体験していた。
(身を持って……?)
当たり前のように、そんな認識をしているおれっちに、ちょっと違和感。
覆滅の魔法器のこと、その力を知っていることについてはいい。
おれっちたち、ユーライジアに暮らすものたちにとってみれば、宜しくない常識の分野だからだ。
おかしさを感じるのは、それを構え、力を発動せんとするごしゅじんを、思い浮かべられる自分自身である。
そんな心当たりなどないはずなのに。
その違和感は、下手につつけばおれっちと言う存在がどうにかなってしまいそうな、そんな危うさがある。
身体の芯のようなものが、ずきりと軋む感覚。
思わず、その事に身を震わせていると。
それに気づいたごしゅじんの抱く力が強くなって。
ゆっくり頭から背中を撫でる気配。
その事で、震えが収まり、反射的に欠伸なんぞしていると。
それを見たベリィちゃんは楽しげに笑って頷いてみせて。
「そっか。それじゃあ、楽しみにしてるから。おしゃくんも眠たそうだし、さっさと席取ってご飯食べちゃいましょ」
それに頷くごしゅじんとともに。
おれっちは丸テーブルのいくつも並んだ、ちょっとした舞台つきの、所謂宿の憩いの場と呼ばれる場所へと向かうのだった。
一度生まれたもやもやのようなものがしこりとなって、じわじわと増大してゆくのを感じながら……。
(第三十二話につづく)