12.原点
「んっ……! 開かないわね……」
「そ、そんな恐ろしい物を確認も取らず、開けようとしないでくださいましっ!」
セラフィーナは真っ直ぐにそこに向かったかと思うと、突然その蓋を開こうとしたのである。
心の準備が出来ていなかったテロールは、彼女の恐れを知らぬ行動に、慄いてしまっていた。
「でも、あるとしたらここじゃない?」
「それでも、事前に確認取るものですわっ!
あれでもし開いていれば……わたくしの心臓が止まっていた所ですわ……」
「フィーちゃんは、あまり後先考えない人なので……。
ですが、この机の上にあるメモ書きを読む限り、開けないといけなさそうですね」
ミラリアが差し出したメモ書きには、
【睡眠中――御用の方は、メッセージを送ってください】
と書かれていたのである。
皆が首を傾げていると、急にブラードが何かを思い出したように、両脚を机にかけバウワウと吠え始めた。
「何かあったの――ん? この本?」
それは、タワー状に積まれた本の、ある一冊に向かって吠えているようだ。
ブラードの視線にあった本を、セラフィーナは取り出すと、満足げに『ブフッ』と鼻を鳴らした。
一体何か……と、彼女は取り出した本を開くと、そこには――
「番号のスイッチ……? 押したら戻るわね」
押すたびにカチカチと音を立てる物であり、それ以外には何も起こらない。
あると言えば、開いた本の横に【①そのまま ②合図】と書かれ、様々な番号表と横にはその意味が記されているだけだ。
それを見たミラリアは、メモ帳を開きながら口を開いた。
「ここに、先ほどの鳥さんの像で出た番号を打つのではないでしょうか?」
「あー、なるほど……じゃあまずは①からね。
えぇっと、番号は『152244』だから、これは――」
セラフィーナの細い指が、番号表をなぞってゆく。これを書いた物はズボラな性格なのか、昇順になっていないため探すのに少し苦労している。
ブツブツと番号を口にしながら、人差し指を動かしていると――ある場所で彼女の指が止まった。
「あったわ。えぇっと……『起きて』ね。
……って、①は“そのまま”だから、別に探す必要はなかったじゃない……」
そう言いながら番号を入力すると、棺がカチッと音を立てた。
いよいよ近づいて来ている棺の開放に、それぞれの胸に期待と不安が入り混じる。
セラフィーナも同様であり、指先を僅かに震わせながら次の番号を探してゆく。
「次は番号入力じゃなくて“合図”、か。
とりあえず『1112324493』のそれは……ん、んんっ? 何これ……」
「どうしたのですか?」
「いや、まぁ……これ作ったのは、もしかしたら馬鹿なのかなぁと思って……。
ブラード、アンタこれをするための<照明>の場所分かる?」
セラフィーナはそう言うと、ブラードは待っていたとばかりに『ォン!』と一つ吠え、身体を横にズラした。
するとそこには、床にはペダルのような物が三つ並べられており、セラフィーナは躊躇わず真ん中のペダルに足をかける。
「だ、大丈夫ですの……?」
「大丈夫よ、これ以外ないもの」
「フィーちゃん、本には一体何と書かれていたのです?」
「ああ……本にはね――」
セラフィーナは『ア・イ・シ・テ・ル』と口にしながら、ペダルを小刻みに五回踏むと――棺から鍵が外れたような音が起った。
「『起きて、愛してる』……ようやくお目覚めの時がやって来た、って事ね」
「はぁ、これでやっと帰る事ができますね」
「へ、変なのが飛び出て来ませんわよね……?」
棺の前に集まった三人は、その蓋に手をかけ……ぐっと力を込めた。
重い石がこすれ合う音が部屋中に響き渡るが、ミラリアの<パワーグローブ>の効果もあってか、女だけでも楽に開く事ができるようだ。
ついに暴かれた棺の中を、セラフィーナの白い光が棺の中の漆黒を拭うと――
「ひぃッ――が、骸骨ですわッ!?」
「棺桶なんだから当然じゃない……。でも、姉さん、これってもしかして……」
「紅蓮のローブ――やはり、とんでもない物を掘り起こしてしまいましたね……」
各々の言葉通り、棺桶の中で眠っていたのは、真っ赤なローブを纏う骸骨であった。
黄色に変色しているものの、骨は頑丈そうで艶のような光沢が見受けられる。
骸骨なぞ間近で見る事が無かったテロールは、決めていた覚悟よりも更に上回ったようだ。ガタガタと震え、セラフィーナにしがみついてしまっていた。
「紅蓮のローブって確か二着じゃ……」
「ええ……魔女の原点――白と黒が着ていた、始祖のローブです。
しかし、ここに三着目を着た者が眠っていると言う事は……」
「……“灰の魔女”は“白”と“黒”の分裂によって出来たのではなく、最初から居たって事……」
「……どうやら、我々の平穏は終わりそうですね」
はぁ……と、姉妹はため息を吐いた。
存在しなかったはずの“
テロールは“生命”を喰らわれそうなその形相を見ぬようにしているが、セラフィーナはその周りの宝飾品に“目”と“心”を奪われてしまっている。
「は、墓荒らしは重罪ですわよッ!? お、おやめになって下さいましッ!?」
「ここまで苦労して来たんだから、全部貰っても――んん?」
「ど……どうしましたの?」
「いや……んー?」
セラフィーナは恐れもせず、その棺の中――頭蓋骨をじっと覗き込み始めた。
彼女には気になる事があった。ここに執着していた“黒と白の魔女”は、この“始祖”の存在を知っていた可能性が高い。しかし、城館の仕掛けが解けなかった。
(足を踏み入れられないようにするためなら、そもそもヒントなんて出さないわよね?
明らかに何者かの来訪を待ち続ける……しかしいくら、強大な魔力を持っていてもいつかは枯渇するわよね……)
生ける者は、捕食によって命を長らえ続ける。それが生命の理であるのだ。
城館は人を喰らう。セラフィーナは『まさか』と思った時――
「あ……」
「あああっ!?」
ミラリアの悲鳴があがった。彼女の手から、するりと<マジックスフィア>が滑り落ちたのだ。
「あ、危ない危ない……」
「も、もうっ、フィーちゃん、気を付けてください! 壊したらどうするんですか!」
「いやぁ、その時は元から……て?」
セラフィーナはその頭蓋骨に目をやった。
先ほどと何も変わっていないが、どこかに違和感を覚えている。
「……」
セラフィーナは無言で、先ほどと同じく<スフィア>を落とし――頭蓋骨の眼前でキャッチし始めた。
「な、何をしているのですかっ! 止めなさいっ、フィーちゃん!」
「う、うーん……おかしいなぁ……。
さっきは確かに動揺したように見えたんだけど……」
しかし、先ほど感じたような違和感はないようだ。
その言葉に、ミラリアやテロールは首を傾げた。
「さっき、こうやったら――あっ!?」
「あああっ!?」
セラフィーナは落としたそれをキャッチしようとしたが、ミラリアの方を向いていたため、キャッチし損ねてしまった――。
今度はその手が追いつかない……ミラリアの悲鳴が部屋中に響くと共に、セラフィーナはゆっくりと流れてゆく時間の中で、“死”を覚悟していた。
彼女の手がそれを追い、ミラリアも駆けてゆく――しかし、現実は非情である。
ゴッ――!!
と音が起るや、それと同時に骸骨が呻きと共に飛び起きたのである。