ⅩⅩⅣ
「それどういう事だ?」
ロイが尋ねる。
墓守は真剣な声で説明しだす。
「我々墓守には“魂抜(たまぬ)き”という技が存在します。この技は生者の身体から魂を抜き取り、生の匂いを消すことができます。これを使えば死者を起こすことなく死の谷に入ることができます」
墓守の言うことは少し怪しかったが、彼女の真剣な声にアイリスたちは頷く。
しかし、新たに疑問が浮かんだ。
「なぜあなたは墓守なのに私たちを死の谷へ連れてってくれるの?」
アイリスはその疑問をぶつける。
「それは…その…」
妙に歯切れの悪い墓守が気になる。
「それで、どうすればその魂抜きというのができるんだ?」
ロイが聞くと墓守ははっとして話し出した。
「はい。このあたりに生えるムラクモソウから粉薬を作ります。その後、それを飲み込んだ人に対し墓守がとある儀式をすれば完了です」
「ムラクモソウ?」
アルヴァが首をかしげる。
「ムラクモソウというのはふわふわとした花が特徴の薬草です。ただ、この花が生えるのは高所ばかりなので、取るのが難しいのです…」
墓守は少し申し訳なさそうに答えた。
しかし、ロイはあきらめていなかった。
「この近くで生えている可能性があるのは?」
ロイは壁にかけてあったローブを取り、素早く身支度をする。
墓守は慌てた様子で答える。
「は、はい。この町の少し北にある山に生えていると思います」
ロイは頷いてアイリスにアイコンタクトをする。
アイリスは急いで支度をした。
「ここが霊山、ブロンド山です。この山頂にムラクモソウが生えています」
墓守はロイに伝えた。
眼前にそびえたつ山は穏やかではあるが、厳かな雰囲気に包まれていた。
アイリスたちは山道を歩く。
周りに生えた草木が火の光を遮り、ひんやりとした空気が流れる。
「これならまだ上りやすいわね」
アイリスは少しウキウキしながら山を登った。
緩やかな坂がしばらく続いた。
少し歩いたところで休憩を取る。
墓守が六人にお茶を配った。
「今どのくらい上ったのかしら」
アイリスがお茶を飲みながら墓守に聞く。
「そうですね、今四合目あたりでしょうか」
アイリスは墓守の言葉を基に考える。
(日が一番上の時に山に入り、今四合目。ということは日が落ちるころに山頂近くまで行ける。案外余裕ね)
しかしこの時のアイリスは山をなめて慢心していた。
「はぁ…はぁ…」
アイリスは息切れしながら仲間たちの後ろを歩く。
墓守が心配そうに振り返るがアイリスは笑顔を返した。
(いきなり坂道が急になってきた…。なんでみんな息を上げずに登れるのよ…)
「私が運んでやろうか?」
ネジ子が心配そうに手を差し伸べる。
「今回はいいわ。あまりネジ子にばかり頼っていられないもの」
アイリスは背筋を伸ばし歩き始める。
しかし数分後には拾った木の棒を杖代わりに歩いていた。
「驚くほど体力がないな君は。なぜここまで旅ができたか不思議なくらいだ」
ロイは呆れた。
「もう変な意地を張らないで私に頼れ」
ネジ子はしゃがみ、アイリスのほうを見る。
アイリスは少し嫌な顔をしつつネジ子の背中に乗った。
ネジ子はひょいと立ち上がり、そのまますたすたと歩いていく。
それから一行のペースは上がっていった。
しかし、アイリスが考えていたよりも少し遅くなり、山頂につく頃には辺り一面すっかり闇に飲まれてしまっていた。
「これね」
アイリスがネジ子から降り、下に生えていた花を取る。
その白くふわふわした花が風に揺られている姿はとてもかわいらしく思えた。
アイリスがふと顔を上げると遠くのほうに見覚えのある顔があった。
「アザミさん!」
声をかけられたアザミはアイリスたちに駆け寄る。
「また会ったわね」
アザミの手にはムラクモソウとそのスケッチが握られている。
「お仕事ですか?」
墓守がアザミの荷物を見て聞いた。
「ええ、少し調査に。でももう帰るところですよ」
アザミは手を振りながらアイリスたちが来た方向へ下りていった。
「私たちも行きましょうか」
アイリスたちは山を下りることにした。
「はぁ…やっと帰ってこられた…。」
アイリスは部屋のベッドに横たわる。
墓守はムラクモソウを持って別の部屋へと入っていった。
とりあえずこれで一歩進むことができた。
安心したところでアイリスは急に睡魔に襲われた。
そのままアイリスは深い眠りに落ちていった。
「…ス。…リス。アイリス!」
アイリスはその叫び声で飛び起きる。
アイリスが顔を上げると焦った様子のネジ子が立っていた。
「大変だアイリス!皆がいない!」
その言葉を聞いて辺りを見回す。
そこには眠りに落ちる前まではいたはずのロイたちがいない。
「そんな…急いで探そう!ネジ子はこの建物内を探して。私は墓守さんたちに話してくるわ」
ネジ子は頷き、部屋を出た。
アイリスも最低限の服装に着替え墓守たちの部屋へ向かう。
「すみません!出てきてもらえませんか!」
アイリスが扉を激しくたたく。
しかし誰も出てくる気配がない。
アイリスはだんだんイラついてきた。
「おい!開けろ!」
アイリスの口から乱暴な言葉が出たことに本人が一番驚いていた。
中からおびえた様子で一人の墓守が出てくる。
「仲間がいなくなったの。一緒に探してもらえないかしら」
アイリスは落ち着いて墓守に話す。
「あ、あの。えっと、わ、私は…」
墓守はびくびくしてうまく話せないでいた。
(しまったな…。怖がらせちゃった)
アイリスは墓守の肩を掴んで、目を見て話す。
「お願い。仲間を一緒に探して」
アイリスの目を見た墓守は鼻をすすりながら頷いた。
その時ネジ子がやってくる。
「この建物内にはいないみたいだ。私はこのまま周辺を探すことにするよ」
そう言ってネジ子は外に飛び出した。
しかしいくら探しても見つからない。
建物内に戻り、アイリスたちは冷静に考える。
(この建物にはいない…。かといってブロンド山に行ったとは思えない。いや、一か所だけ行っていないところがあるわね)
アイリスは墓守のほうを見て聞いた。
「あなた達の部屋を見せてもらえないかしら」