3.城館の仕掛け(3)
ミラリアもセラフィーナも、初期型の<マジック・スフィア>に驚きを隠せない。
遥か昔に発明されたそれは、幾多もの改良を重ねられ、現在の魔力維持と増幅機能が備えた“
――しかし、こうして現在と過去を比べてみると、似た性能を持っただけの
「時代と共に失われた機能……何か物寂しさを感じますね」
「思い切って切り捨てる覚悟も必要だけどね。中途半端にしがみ付くのは進化の妨げにもなるし。
……でも、いつから“媒体”が必要になるのをオミットしたんだろう?」
<スフィア>を良く使うセラフィーナは、この進化に違和感を覚えているようだ。
仮に火を使うとすると、旧式の<マジック・スフィア>の場合は、炭などの“媒体”を内部に入れ、そこに“火の魔法”をかけて燃やす――言わば、火起こし壺やグリルなどのような物である。
しかし、今ではそれが撤廃され、“火の魔法”そのものを保つ仕組みとなっている。
新旧共通している事は、内部に“魔力”を与えられる器と言う事だけだ。
「旧型の“魔法道具”と、この城館の仕掛け……まさかと思いますが……」
「そ、そうよっ、この階段は一体何なの!?」
セラフィーナは思い出したように、階段に戻ったそれに怒りの目を向けた。
打ちつけた腰がまだズキズキと痛み、やり場の怒りがこみ上げてきている。
「私の部屋の近くに、“操作盤”のような物がありまして……そこの階段マークのダイヤルを回したのです。
そこで、“10”の数字に合わせていたのですが……フィーちゃんが足を止めたのが、ちょうど上から三段目――もしかするとあれは、“仕掛けが発動する段数”の番号のようですね」
「“操作盤”が隠されていて、この仕掛けが発動……?
鉄板に刻まれていた【解放】ってまさか――ちょっと、ブラード! 降りて来て!」
セラフィーナは、ミラリアの推測が正しいのか調べるため、バルコニーの上で腹這いになっていたブラードに呼びかけた。
そのブラードは心底嫌そうな顔を浮かべた。罠の効果を演出させる役目など、
一段……また一段……と、姉妹か口の中で数を数えながら降りてゆき、その犬の足が十段目に差し掛かった時――
「やっぱり……姉さんの推測通りね」
ガタンッ――と、先ほどと同じく階段部分が降り、滑り台へと姿を変えた。
黒犬はバランスを崩し、ズルズルっと滑り落ちてゆく。
それはセラフィーナの時と全く同じであるが、決定的に違う事はその身の軽さと、体毛の違いである。
ブラードは本能的にそれに気づいていた。確かにセラフィーナも体毛は濃いが、布に隠されているから問題はない。しかし、己は全身が毛に覆われているため、滑り落ちる速度が思っていた以上に速くなっている、と。
滑り落ちた勢いで、セラフィーナよりもまだ向こうに転がりそうである。
――
その瞬間、頭にある引き出しの奥底から“何か”が引っ張り出された。
黒犬は、どうしてそう思ったのか分からない。だが、本能に従い、触れると同時に横に飛び跳ねる。すると――
「え……?」
「な、何ですか!?」
それは一瞬だった。突然、その床がガコンッ……と落ち、一瞬真っ暗な口を広げたのだ。
姉妹はそれに目を丸くして唖然とし、黒犬も『マジで?』と言った顔で立ち尽くしている。
「み、見た……?」
「え、ええ……見ました。床の敷石が落ちて、ぽっかりと穴が……」
床はすぐに元の石床に戻り、何も無かったかのように佇んでいる。
セラフィーナは、もう一度ブラードを見た。察したブラードは本気で首を振った。
それを見て、仕方ないと言った様子で体重を前に向けると、
「ふぃ、フィーちゃん、いけません! 危ないですよっ!」
「で、でも確かめなきゃっ……そ、そうだ姉さん、手を引っ張って!」
「わ、分かりました……ですが、一歩ずつですからね? どこにあるか分かりませんから……」
ミラリアの言葉の通り、彼女たちは今――疑心暗鬼の中に居るのだ。
自分たちが立っている敷石は大丈夫であるが、そこから一マスは何も分からない“闇”である。
ミラリアは、目の前の床を蹴るセラフィーナの左手を、ぎゅっと強く握りしめた。
妹の細く小さな手が震えている。それを少しでも和らげようと、彼女は暖かい手で包み込んだ。
「こ、ここまでは大丈夫ね……次は、問題の……」
セラフィーナは、足をプルプルと震わせながら、つま先をそっとあてた。
しかし何も起こらない。もしかしたら、場所が変わるのか……と気を緩め、そちらに体重をやった瞬間――
「わ、わわわわっ!?」
「フィーちゃんッ!!」
思わずバランスを崩したセラフィーナを、ミラリアはぐっと力を込めて引き寄せた。姉に抱きつきながら“恐怖”に震える妹の目には、先ほどと同じく、ガコッと口を開いた床が映っている。
「場所は、同じ様ですね……」
「ど、どこに罠があるか書いておいて欲しいわ……仕掛けられる方は溜まったもんじゃないわよ!」
「それ……『ここに罠を仕掛けよう』って、言った人が言えるセリフですか……?」
自分の事は棚にあげる妹に、ミラリアは苦笑を浮かべながら、“操作盤”にあったアルファベットはここの罠のON/OFFスイッチなのかもしれない――と頭に浮かべていた。
◆ ◆ ◆
一方で、いつまで待っても帰らぬ部下だけでなく、その手下の者一人が自首までしたと聞き、盗賊たちの頭・ランバーの怒りは収まる所を知らなかった。
既に二十を越える犠牲を出し、彼のメンツは丸潰れである。
「くそッ、使えねぇ役立たずばかりが――!!」
あちこちの物を蹴り壊し回っているのは、盗賊の勘が『手を引くべきだ』と告げているからだ。
国は魔女の存在・ランバーの潜む住処、内情を知るだろう。そうなれば、同じ“獲物”の取りあいになるどころか、これに乗じて<ダニ退治>が行われる可能性すらあるのだ。
はした金を盗んだ女を追いかけ、その女にいいようにやられ、尻尾を巻いて根城からも逃げ出す――盗賊として、男としてのプライドがそれを許さなかった。
もはやありったけの兵隊を送り込み、国よりも先に魔女を狩るかと考えていた時、
「お頭っ! レゴン城の奴らが動くようですぜっ!」
「もう<ダニ退治>に動きやがったのか、くそったれッ!」
「い、いえっ、噂では<魔女狩り>のようですッ!」
それを聞き、ランバーは眉を上げた。
優先順位としては、
「自首した奴は、喋って……ないのか?」
「いえ、この近くを兵隊どもの馬が駆けていたようなので、恐らくバレてるやもしれません」
「ううむ……なおさら分からねぇな。
くそッ、どっちにしろお手上げか……おい、ここを引き払う備えだけはしとけ。
後、移動用のオリと拘束具をな――」
「オリと拘束具ですか……?」
「国の奴らが、あの女どもを捕えたらここを退く。
逆にやられたら、間髪入れず俺らが行きとっ捕まえ、その足で逃げる――。
さすがに国の兵隊を相手にしていれば、魔女も無事じゃいらねねぇだろうよ」
「ははぁ、なるほど……となれば、国に負けてほしいですね」
その言葉にランバーは、『ああ』と口元を緩めた。
煮えくり返るような怒りは収まらないものの、敵の敵は味方――指揮を執る奴はとんだ無能だと思うと同時に、それによって道が開かれた事に、希望が湧いていた。
ぐっと拳を握りしめた瞬間、彼の部下が血相を変えて転がり込んで来た。
「ど、どうした! 何かあったのか!」
「た、たたた大変ですっ! こ、ここに……ここに……」
「ここに何だッ!」
「まっ、ま、魔女がッ……魔女が向かって来てますッ!」
「な、何ィッ!? ――はっ!?」
ランバーが頭をあげた瞬間、その視線の先に黒い影が差したのが見えた。