2.城館の仕掛け(2)
翌朝、姉と同じベッドで眠っていたセラフィーナは、紅茶の香りと共に目を覚ました。
ミラリアの煎れてくれた目覚めの一杯は渋く、ずきずきと痛む二日酔いの頭に
朝食もそこで済ませた姉妹は、昨日の後片付けも兼ね、黒犬のブラードと共に明るさを取り戻した城館を歩いている。
「ブロックの下に、こんなおっきな絵画……?
フレームは朽ちてるけど、絵にダメージが全くないってどう言う事なの……」
「魔法で保護されてるようです。
ですが、森の中に建つ小さな家――このような所に住んでみたいですね」
そこは、セラフィーナが最初に爆破した場所――“メダル”の投入口と同様、崩れ落ちたブロックの下には、人の背丈ほどの大きな“風景画”が掛けられていた。
青々とした木々に囲まれ、色とりどりの花が出迎える小さな家は、どこか懐かしく、温かみが感じられる家の絵である。
だが、セラフィーナはそれに、どこか難しい顔を浮かべていた。
「うーん……こう言った、芸術ってあんまり興味ないんだけどさ。
空き家なのに、ドア開けっ放しなのが気に入らないなぁ……」
「あら、どうしてそう思うんですか?
お庭はちゃんと手入れされてますし、私は人が……優しいお婆さんが住んでいるような雰囲気を感じますよ。
良いお天気ですし、空気の入れ替えをしているんじゃないでしょうか?」
「そこが気に入らないのよ。だってほら、建物にはカーテンかかったままだし。
犬小屋に犬も居なければ餌もない……私たちが空き家かどうか見る基準の一つじゃない。
まぁ、空き家ばっか探してたから、つい見えちゃうだけかもしれないけどね」
「なるほど……うーん、こう言う空き家があればいいんですけどね」
ミラリアは顎に指をあて、ポツリと呟いた。
それに、セラフィーナは一つ頷き、ゆっくりと周囲を見渡し始めた。
薄暗い廊下に、散乱するブロックと、大量の血の跡――絵とは対照的に、陰鬱な雰囲気がそこに広がっている。
「ホントね……私には、この城館も理想的だけど、“人食い”だからなぁ……」
「死体が……またありませんね」
ミラリアの言葉の通り、そこには“死体”や“パーツ”が何一つ残されていなかった。
あるのは、
それは水瓶の罠を仕掛けた物置も同様であり、滴り落ちた水の跡が廊下に点在するだけで、死体と言う死体がまるで見当たらない。
そして、その代わりと言わんばかりに、“死”の数と同数の“メダル”が、浴場の受け皿に積まれていた。
「次の枚数が分かりませんが、一定数に到達すればそれが得られるのでしょうね」
「確か……えぇっと『解放』だっけ。
なーんか、“生贄”みたいだけど、悪魔とか解放されても面倒だなぁ」
「ふふっ、可愛い使い魔さんなら歓迎なのですけどね」
ブラードは『俺は?』と言った様子で、『ブフッ……』と口を鳴らす。
……が、それは誰の耳にも届いて居なかった。その“メダル”の投入口がある場所に向かう姉妹の背中を見ながら、小さな鼻息を鳴らした。
「――では、投入してみましょうか。何枚いきますか?」
「んー、とりあえず前と同じ、五枚でやってみよう」
ミラリアは妹の言葉に頷き、チャリン……チャリン……とメダルを投入してゆく。
……が、今回は五枚投入しても何も起きず、シンとしたままであった。
姉妹は無言で目を向け合い、小さく頷くと、ミラリアは続けて五枚を投入すると――
「な、何の音――壁が落ちたような、そんな音がしたけど」
合計で十枚。投入されると同時に、城館のあちこちからカチカチカチッと音が響き始め、直後に壁が崩れる音が起こった。
「西棟の方角から聞こえましたね。部屋が心配なので少し見て来ます。
フィーちゃんは、この“メダル”を投入しておいてください」
「うん、分かった。でも……」
「ふふ、お姉さんは大丈夫ですよ」
西棟はミラリアの区画……壁が崩れ落ちる音に、部屋にある茶器が心配になったのだろう。
ミラリアは手元にあるメダルを妹に手渡すと、音がした西棟に向かって駆けた。
その姉を見送ったセラフィーナは、言われた通り、再び“メダル”を投入してゆくと――
「ん? 何これ……箱?」
今度は、投入口の下に設けられた通気孔より、長方形の小包が滑り落ちて来たのである。
包まれていた布は風化しており、手で触れるだけでボロボロと崩れ落ち、どこか痒みを覚えてしまう。
その布の下からは、焼き板で作られた木箱が姿を現し、蓋には数か所に釘が打たれているのが見えた。
セラフィーナは慎重にその蓋を開くと――
「な、な……なんで、なんでこれがこんなとこにあるのよ……」
そこには、目を疑う物が入っていたのである。
◆ ◆ ◆
一方で――ミラリアは自室の近くの壁の前で、難しい表情を浮かべていた。
足下には崩れ落ちたブロックが転がり、その壁には奇妙な操作盤のような物が埋め込まれていたのだ。
「これは一体……」
階段のマークとダイヤル、そして小さな窓には【1】と書かれている。
その下には、A~Eまでのアルファベットが書かれたボタンが五つ並ぶ。
ダイヤルを恐る恐る回して見るも、ただそこに窓の数字が切り替わるだけで、全てのボタンを押し込んでも何の変化も起らない――。
操作盤に錆びが目立つが、これ自体には何の腐食も受けておらず、全て問題なく動かす事ができるようだ。
(階段……ここにあるのは、バルコニーかお風呂場へのそれだけですね。
アルファベットは気になりますが、押し込んだままにしておけば、何かあるのでしょうか?)
ミラリアは首を捻り、顎に手をあてて思案している。
とりあえず、階段のダイヤルを適当に回したまま、Aボタンだけを押したままにし、バルコニーの階段へと足を進め始めた――。
◆ ◆ ◆
セラフィーナは木箱を両手に抱えたまま、大慌てで廊下を駆けていた。
そこに入っていたのは、とんでもないシロモノであり、信じられない物である。
西棟に向かった姉に会いに行こうと、バルコニーに差し掛かった時――
「あっ、姉さん!
ちょうどよかったっ、す、凄いものが出て来たよ!」
玄関ホールの下・西棟に繋がる通路から、ちょうどミラリアが姿を現した。
何かを考え込むように、顎に手をやったまま難しい顔をしている。
向こうでも何かあったのか、と感じたセラフィーナは急ぎその階段を駆け下りようとした時――
「あっ! フィーちゃんっ、まっ――」
「ふぇっ!?」
ミラリアの強い抑止の声に驚き、セラフィーナが降りかけた足をつけた時――階段が急に落ち、滑り台のような斜面に姿を変えたのだ。
「え――きゃああぁぁぁぁぁぁぁーーッ!?」
「フィーちゃんッ!!」
セラフィーナは背を打ち付け、持っていた木箱の中身をぶち撒けながら、その斜面を滑り落ちてゆく。
そのスピードは速く、手を前にしたミラリアが駆けつけた時にはもう、セラフィーナは一番下まで降りていた。
「い、痛ったぁぁぁっ……」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
それに遅れて、箱からぶち撒けた水晶玉が転がり落ち、膝を立てたセラフィーナの頭にぶつかってゆく。
「いだっ、も、もう何なのよこれッ!」
「……フィーちゃん、どうしてまた<マジックスフィア>なんか持ち出し始めたんですか?」
「え、ああ、そうっ、これよ、これが出てきたのっ!」
「????」
何を言っているのか分からず、ミラリアは首を傾げた。
「あの後、メダルを入れたらこの、この旧式の<スフィア>が出てきたのよっ!」
「旧式……?」
ミラリアはそれを手に取ると、ようやく妹の言葉が理解出来たようだ。
彼女たちが使用している<スフィア>は、込められた“魔法”の力を増幅されられる物である。が、今手にしているそれは、増幅させる効果のない、“媒体”が必要になる初期型だったのだ。