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1.反抗期の王女

「あっはっはーっ、快勝! 快勝!
 うーん、ご飯がおいしーっ、私が作ったこの肉も最高っ!」

 その日のディナーは、ダイニングにて勝利を祝う宴が催されていた。
 宴と言えどテーブルに並ぶのは、先日作った燻製肉や川魚、山で採れた山菜……と、お世辞にも豪華絢爛な物ではないものの、彼女たちにとっては十分すぎるほどだ。
 そして『勝利』と言う言葉は、どんな料理であっても一級品の味に変えてくれる、至高の調味料だろう。
 全く戦っていないミラリアも、はしゃぐ妹の姿に小さく息を吐くものの、その口元はどこか嬉しそうにも見えた。

「ですが、これで慢心してはいけませんよ。
 これからが本番――襲撃が激化する恐れもあるのですからね」
「わーかってるって。仕留めたのは十五だけど、庭で待機してたのは逃がしちゃったからなぁ……。こちらの手の内がバレたとして、更に上回るようにしなきゃね。
 どかっと来てくれたら、<スフィア>と魔法で一気にドーンってして片づけられるんだけど……」
「ふふ、相手もそう上手く動いてくれませんよ。しかし、問題は盗賊さんよりも――」
「ん? ああ、レゴン城の<魔女狩り>でしょ?
 国の者と真っ向から対立しても利がないし、来たらちゃんと“灰の魔女団”だって説明するわ」

 国が執り行う<魔女狩り>は、基本的には“黒い魔女団”をターゲットにしている。
 そのため、実害の少ない“灰の魔女団”は何かしでかさない限り、重く罰せられない。
 既に二十もの命を奪ってはいるものの、それらは全てこの一帯に蔓延る盗賊団の一員だ。感謝はされど、罪を問う理由がないはずである。
 セラフィーナはとっておきのワインを惜しみなく、ぐっと飲み干した。
 説明をするには、まず“出頭”するか“任意同行”に応じねばならない。そうなれば、姉妹のどちらかがゆく事になるだろう。
 ミラリアはそっとワインを口にする。

「その時は、私が向かいますので――」
「姉さんが行ったら、釈放まで倍の時間かかるから、ぜぇったいにダァーーメッ!」

 もう出来上がっているのか、セラフィーナは顔を赤くし、目を座らせながら口を開いた。
 審問と称し、辱めを与えようとする者も少なくないため、男ホイホイの姉が行けば碌でもない事になりかねない、と続ける。
 それでなくとも、最低でも三回のティータイムをしなければストレスを溜め、イラつき始めてしまうのだ。セラフィーナは特にそれを避けたかった。
 “灰の魔女団”の中には、罰せられないのを良い事に自ら辱められにゆこうとする者も少なくない。……が、この姉妹は“利”にならない事は、あまりしない主義である。

「むぅー……」

 ミラリアの顔もほんのりと赤く、どこか拗ねたように唇を尖らせている。
 この手の“交渉事”はセラフィーナの方が向いており、誰に甘い言葉を、仕草を、“魅了(チャーム)”をかければ良いかを瞬時に見抜くため、早い時は数十分で帰ってくるのだ。
 そのついでに金もかすめ取って来るほどの抜け目なさである。

「まぁ、今回の一件は、全てフィーちゃんお任せします。
 話は変わりますが、手に入った十五枚のメダルはいつ投入しましょうか?」
「うーん……明日でいいんじゃなぁい?
 今日はもう疲れちゃったし、ご飯食べたらお風呂に入ってゆーっくり眠りたいわ」
「分かりました。ではメダルは預かっておきますので、時間になったらフィーちゃんの部屋に伺いますね」
「……あのさ、今日は久しぶりに一緒に寝ても、いい……かな? 」
「あら、構いませんよ。ふふっ、じゃあお風呂も一緒に入っちゃいましょうか」
「うんっ、さんせーいっ!」

 ミラリアは『そう言えば、お酒を飲みすぎたら甘えん坊になっちゃいましたね』と、思い出し、嬉しそうな表情を浮かべている。
 その横で、ブラードは『また番犬か……』と小さなため息を吐いた。

 ◆ ◆ ◆


 この国を治めるレゴン城・謁見の間にて――。
 国王・〔ランダル〕の前に、薄いピンクのネグリジェ姿の王女が前に立っていた。
 縦に巻かれた金の髪からどこか面倒くさそうな顔を覗かせている。眠たげな目も相まってか、その鋭い目つきはいつも以上にキツい印象を与えた。

「おお、〔テロール〕――よく参った」
「お父様、一体どうなさったのです? わたくしは寝ようとしてた、のですが」
「う、うむ。すまない……だが、少し急を要する事態になったのだ。
 ここ最近、薄汚い盗賊たちがのさばっている事は知っているな?」
「盗賊? ああ、あの……今それが、わたくしに何の関係があるんですの」

 テロールと呼ばれた王女は、くだらない用事で呼ぶなと言うかのように髪を荒々しくかき上げた。
 その鬱陶しそうな様子に、ランダルは困惑の表情を示した。ここ最近、反抗期に入ったであろう娘とどう接して良いのか、まるで分からないのである。
 若々しい頃の自分であれば……と思うものの、気が老いた今ではとても叱れるような気持ちにはなれなかった。

「ううむ……先ほど夜警の兵が、賊の一人を捕らえた、と言うより自ら出頭してきたのだが、それが妙な事を口走っていたようなのだ」
「それが、何ですの? 私は眠いんですの、さっさと話してください」
「う、その、なんだ……『館が、魔女が……』とうわ言のように話しておってな」
「……魔女?」
「うむ。それで、〔エリック〕の使者からも似たような――」
「兄様が! それで、それで兄様は何と!
 わたくしの事は何か言っておりましたのっ? いつお帰りになるとっ?」
「ま、まぁ落ち着け。急使だから、そこまで伝える余裕はない」
「なぁんだ……。で、兄様は何と?」

 王子・エリックの事となると急に、少し前までの素直で可愛らしい娘に戻る――。
 ランダルは涙したくなるのを堪えながら、ゆっくりと口を開いた。

「どうやら、魔女がここに住みついている――とな。
 〔ソフィア〕王女の手の者がそれを、エリックに知らせてくれたようなのだ」
「あ、そう」

 テロールは急に興味を失ったかのように、気のない返事をした。
 ソフィア王女は、隣国・シントンの王女であり、大好きな兄であるエリックの婚約者である。
 彼女の誕生パーティーに招かれ、先々週あたりからエリックはそこに赴いているのだ。
 テロールには、これが気に食わなかった。相手から持ちかけられた政略結婚であるものの、互いに惚れあってしまったのだからなおさらだろう。
 口には出さないものの、一日で都市が消滅するほどの噴火でも起れと願うほど、その女との結婚には反対であった。
 どうしてか理由は分からない。『おしとやかで裏表のないお姫様』と言われていた通りの人物であった。……のだが、彼女の屈託のない、優等生特有の話し方や態度がども癪に障るのだ。

「で?」
「ソフィア王女が、秘密裏にそれ伝えてくれたと言う事は、輿入れに際し、それを憂いる――と言う事だ」
「ふぁぁ……ふぉれは、ふぁいへんふぇすわね」

 テロールは馬鹿馬鹿しくなり、大あくびを欠伸をしながら返事をした。
 王だけでなく、父に対する尊敬の念さえ見れぬ娘の姿に、目に熱い物がこみ上げ始めている。

「……父はそろそろ泣くぞ?
 先日、お前は言っていただろう。かつての我が国の伝統・<魔女狩り>を行って<<メイジマッシャー>>の称号が得たい、と……それを、そのなんだ……」
「まぁっ! それを早くお言いになってくださいなっ!
 ようやく、<魔女狩り>を許して下さるようになったのですわね!」

 父からその言葉を聞き、テロールは態度をコロりと変えた。
 それは、彼女が読んでいた本の中に、

『かつてレゴンの先祖は、<<メイジマッシャー>>と呼ばれる魔女狩りの一員であった。成人の儀として、魔女の首をハネ落とさせいていた』

 ――との記述を見つけたのである。
 国王であるランダルですらそんな話は聞いた事がなく、怪訝な表情を浮かべたが、テロールにはその二つ名と、“魔女の処刑”をやってみたくて堪らなかったのだ。

「その魔女とやらはどこにいるんですの?」
「捕えた賊が言っていた場所は、旧街道の城館らしいのだが……」
「旧街道に城館?」

 テロールは声を高くしながら、眉根を潜めた。
 彼女を含め、国王にもそのような城館があるなぞ初耳だったのである。

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