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いつもどおりでなかったのは学校へ向かう通学路でのことである。
妹として三ヶ月を共に過ごしては来ても、異界人だという身分は隠し通していたこの姫君、遅刻をかけたダッシュの最中だというのに典正からの質問攻撃を受けていた。
「そういえば、名前はなんと呼べばいい?」
「いままで通り茉耶華でいいわよ」
「それは本名か?」
「マートレア・ヤスクウェル・カルレア。略してマヤカよ」
「ひどい名づけセンスだな」
「わ、私じゃないわよ、アマンドがつけたんだからね!」
「あのドラゴンか、少し納得した」
ここからは校門前ダッシュ最大の難関、膝笑いの坂道と呼ばれる急勾配だ。
さすがの茉耶華も唇をキッと結び、体をやや前に倒す。
しかし典正はいまだに彼女への興味を失わないようで……平然とした顔で尋ねる。
「あちらの世界では戦姫という役職だったと聞いているが……」
「あんた、タフね!」
「そりゃあ、いつ、いかなる異世界に召喚されようとも対応できるように、持久力だけは鍛えているのでな」
「その割には、体育の成績、よくないわよね、あんた」
「当たり前だ、異世界で度のような武器を扱うのかわからぬのだから、特定の運動所作を身に着けるなど無意味」
「つまり、持久力はあっても運動神経はない、と」
「ふ、お前こそ戦姫などと名乗っていても、しょせんは女の体力か。ほらほら、あごが出てるぞ」
「う~」
「どうだ、これで俺を異界にふさわしいと認める気になっただろう」
「うっさい! 戦いに必要なのは、瞬発力だぁあああ!」
茉耶華は全身をばねのように跳ね上げて残り十メートルを一気にかけぬけた。
校門の中に滑り込み、ドヤ顔で後ろを振り返る。
「はあっ、はあっ……私に勝とうなんて百年早い!」
校門は無情にも典正の目の前で閉まる。
「敷島、遅刻だ」
「やれやれ、異界に選ばれし戦士である俺が遅刻とはね」
その声に茉耶華が飛び上がった。
「異世界とか……よけいなこと言うなぁっ!」
自分の背丈ほどもある校門を軽々と飛び越えて、その高さと勢いを殺さぬまま典正の脳天に踵落としを決める。
「ぐへっ」
「異世界とか、絶対誰にも言っちゃだめなんだからね、わかった?」
アスファルトの上に情けなく這い蹲った典正を、茉耶華はりりしく腕組みして見下ろす。
そのさらに背後、校門の中からは、厳しい表情で腕組みした教師が茉耶華を見下ろしていた。
「敷島妹、お前も遅刻だな」
「え、えええ~、どうしてですか、ちゃんと時間内に校門の中に入ったじゃないですか」
「じゃあ、いまいるのは?」
「校門の……外です」
「後で二人とも職員室に来るように」
「……はい」
素直な返事を返したものの、やはり納得のいかないことがあったのであろうか、教師が瀬を向けたとたん、茉耶華は典正の背中をダスンと踏みつける。
「ぐおへっ!」
校庭につぶれたような悲鳴が響いた。