6.偽りの罪と最後の宣告
“ウルフバスター”には、その声の主の正体に気づいていた。
「“審理者”――どうして貴様がここにいるッ!」
「し、“審理者”……だとッ!?」
驚いた声をあげたベルグは、慌てて周囲を見渡した。
しかし、そこには古臭いボロ宿の外壁に、闇の中で輪郭を浮かばせる草木だけだ。
気配と言えば、《ウェアウルフ》らしきものが遠眼鏡で覗いているようであるが、“審理者”と呼ばれる者には程遠いだろう。
それは、ベルグと同じ“裁きを下す者”の一人であるはずだ。最後の“裁断者”が新たに設けた、“審理”の役目を担う者――それがここにおり、“ウルフバスター”に問いかけたのである。
――“魂のメダル”を手に入れた今、お前はもはや用済みであるが……。
――ここまで仕えてくれたそれに報い、お前に最後にチャンスをやろう。
言い終えると同時、突然“ウルフバスター”の目が真っ赤に染まり始め、彼の身体から、とつもない力が沸き起こり始めた。
ベルグは、目の前で起っている事が信じられない、と目を見開いたまま、呆然と立ち尽くしてしまっている。
「だ、“断罪”の力――だとッ!?」
「ぐ、グゥゥッ……よ、余計な事をする……な……ァ……」
“ウルフバスター”の白い毛が顔全体を覆い、骨がメキメキと音を立て始めた。
苦悶の声と共に鼻先、顎が伸び――ベルグと同じ“狼”の頭を形成し始める。
溢れ出る力に耐えかね、隠していた本来の姿が露わにされようとしていた。
「グゥゥ……オォォォォッ!!」
「やはり…… “
まだ“断罪者”が父親の代、シェイラの村を離れ、新たな棲家を形成した時であった。
ある者が突然、
獣人のリーダー争いは、力と力の決闘で決める――長に挑んだものの、その圧倒的な力に全く歯が立たず、逆に喉を噛みつかれる大敗北を喫した。
――ふ、はははっ、素晴らしい……!!
――かつての仲間の力……思い知れッ!!
今一度……一対一の対等な対決で、その力の証明を勝ち取りたかった“ホワイトヘッド”にとって、この“第三者の加勢”は、神聖な戦いを踏みにじられたも同然であった。
陰の支配者気取りの卑怯者――闇の中に消えたそれを酷く呪っても、もう手遅れである。
「ぐ、うぅぅ……“獣の掟”すら破らされるとは……」
「その力を解けッ! 器が無ければ、その力は抑えられんッ!」
「“器”……だと?」
リーダー争いに敗れたのは、“ホワイトヘッド”であった。
彼が敗北した時、当時の長・ベルグの父親にも同じ『器』と言う言葉が使われていた。
『お前には、長に必要な“器”が無い。
群れを導く“器”を持つのは、我が子のみ――貴様ではない』と。
己の限界を超える“断罪”の力が、彼の本能・闘争心が思考を奪ってゆく。
親子揃って、同じ言葉で侮辱されたと思い込み、“ホワイトヘッド”の怒りが頂点に達していた。
「ゆ、許さんッ! ぜ、絶対にききさまらッ、親子、は……ッ!」
“断罪”の力は、相手より上をゆく――。
ベルグのそれを上回る力に、理性が弾け飛んだそれは、まさにケダモノであった。
ぐっと身体を沈みこませたかと思うと、獣の咆哮と共に、ベルグに向かって凄まじい勢いで飛び込んで来る。その距離約三メートル、それを一蹴りで間を詰めた。
「ぐうッッ……!!」
ベルグは何とか反応できたが、振り抜かれた拳を防ぐので精一杯だった。
重く強烈な一撃は、防いだ腕に激痛を与え、何度も受けられないと悟らせる。
攻めねば負ける――攻撃に転じたベルグの拳であったが、これをいとも簡単に躱され、腹部、顎に反撃を受けてしまう。
「ぐ、ぅぅぅ……くそっ、“断罪”の力とか汚いぞッ――」
と、これまで自分がして来た事を棚に上げ、相手を呪う。
そうでもしなければ、目の前で起っている事が理解出来なかった。
悪い事はまだしていないはずなのに、死刑相当の力は何ゆえ――と、考えている。
それよりも、どこか“断罪”の力とは別の、何か異質な物が混じっている気がしていた。
(しかし、どうしたものか……)
覚悟はあったが、シェイラが連れて行かれ、“審理者”まで現れた今となっては話は別だ。
“審理者”の目的は分からないものの、手段を選ばず彼女を攫った所からして、絶対にロクな目的ではない。早急に、目の前のそれをぶちのめし、追いかけねばならなくなったのだが……“断罪者”本人であっても、その力の攻略方法を知らないのである。
一か八か、相手の懐に飛び込むバクチに出ようかと考えた時、
『“ホワイトヘッド”――ッ!
貴方は“悪”に加担し、“恩人”を苦しめただけでなく、“獣の掟”まで破りました!』
突然、背後から女の声が響き渡った。
『この罪は断じて許すわけには参りません――このエルマ・フィール、“裁断のヴァルキリー”の名において、あなたに死刑を言い渡しますッ!!』
それは、“裁断者”による独裁の宣告であった。
双方、声のした方を向くとそこには、
暗闇とローブの陰に隠れ、その顔は見えないものの、どこかシェイラを匂わせるような雰囲気が垣間見れる。
地面に片膝をついている彼女は『最初から最後まで私の
エルマ・フィール――シェイラに“裁断者のメダル”を渡した、前任のヴァルキリーである。
(あれが、先代であれば……どこかに魂でも残っていると言う事か。
いや、あの空間の歪みは……まさか、彼女はそこに囚われているのか?)
ベルグは、見つけたらとりあえず殴って、そしてまた殴るつもりでいる。
シェイラに多大な“制約”を与え、責任を丸投げした張本人を許すつもりは無かった。
「グゥッ……アァァァッ!!」
「ふむ……。俺には分からんが、やはり獣化は辛そうだ」
ベルグの目も赤く染まり、その身体に力が満ちてゆくのが分かった――。
互いに“断罪”の死刑宣告を受けた者同士であり、恐らくはイーブンとなっている。
皮肉にも、“審理者”の横やりによって、“ホワイトヘッド”が望んだ展開――獣人同士の真っ向勝負、対等な戦いとなったのである。
(獣神のおぼしめしか?
しかし、“断罪”の力……相手を上回り続ければ、いずれは“破裂”するのではないか)
それは完全な対等な力ではなく、互いに上回り続けている。
そこにかかるべき“歯止め”が存在しておらず、ベルグはまだ平気であるが、“ホワイトヘッド”はもう限界をゆうに超えてしまっているようだ。
「ヌゥゥゥッ――!!」
「グルォォッ――!!」
二匹の獣が、“頂点”を目指して駆けた。
獣の身体と拳がぶつかり合い、どちらも躱すつもりもなく全力で受け、全力で返す。
殴られては殴り返し、爪で引っ掻いては引っ掻かれ――。
最終的に立っていた方が勝者、昔ながらの獣人の決闘で殴り合っている。
口を切り、肌を切り、あちこちから赤い血を地面にまき散らしていた。
このままでは、どちらの“器”も破壊される。それは双方が気づいている。
「あんたは、腕に自信があったんだろうが――」
大きく振りかぶられた“ホワイトヘッド”の拳を、ベルグはガシッと掴んだ。
「牙は折れたまま……長く“人間”でいすぎたようだ」
「――ッ!」
ベルグは緩んだルースの手首を握ると、自分の方に思いきり引き寄せ――
「獣は、戦うための“牙”を持っているのだッ!!」
倒れかかって来た“ホワイトヘッド”の喉に、ベルグの鋭い牙が突き立てられた。
奇しくもそこは、かつてベルグの父親に噛みつかれた――彼が敗北を喫した場所だった。