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牧草ファイター

 午後0時。タブレットを見ても、敵には動きがない。
 いつ何時敵が攻めてくるか分からないので、腹ごしらえは必要だ。
 そこでトラックの荷台にある携帯食料を探すと、ある程度の量はあったものの種類が少ないのでガッカリした。
 皆で肉の燻製みたいな物と堅パンを食べた。

 大量の敵を前に呑気に食事するとは度胸がいる話だが、喉を通らないと言う者は誰もおらず、普通にピクニックで昼ご飯を食べるように、時には冗談まで言い合っていた。
 たぶん、何かあればタブレットが知らせてくれるから、と安心しきっていたのであろう。
 食べ終えたら交代で休憩した。
 草の上にゴロリと転がる。
 まるで、草のにおいがするシーツの上に横になっているようだ。
 鳥のさえずりを聞きながら、いつの間にかウトウトしてしまった。

 左肩を叩かれたので目が覚めた。
 顔を左横に向けると、カワカミがしゃがみながら遠くを見ている。無言のままだ。
 上半身を起こすと、彼女の視線は敵とは反対方向を向いている。
 振り返って彼女の視線の先を見ると、100メートルほど向こうに軍服を着た人物が立っている。
 服の感じでは味方の女兵士のようだ。

 カワカミが左手の親指を立ててそれを人物と反対方向に指し示し、『行け』と合図する。
 タブレットで確認しろ、という意味だ。
 俺は赤ん坊のハイハイの歩き方でミカミのそばへ行く。
 タブレットの画面を見せてもらうと、俺達の●マークの下側、つまり女兵士が今いる位置が■マークになっていた。
 味方のマークだ。
 またハイハイ歩きでカワカミに近づきそのことを伝えると、彼女は、「付いてこい」と言って立ち上がる。
 彼女にしては珍しく丸腰だった。味方だから警戒が緩んだのか。
 俺も丸腰で従った。ヘルメットを被り忘れたから、こちらも気が緩んでいたようだ。

 二人で近づいていくと、女の背丈は170センチ以上あるだろうと思われる長身だった。
 顔立ちを敵味方で言うと味方の人種だが、敵に時々混じっている東洋人にも見えた。
 痩せ形で面長。目はパッチリしていて口元はちょっとニコッとした感じで、第一印象は『可愛い大人』。
 昨日までファッション雑誌のモデルをやっていたが、今日招集されて軍服を着たみたいな雰囲気を醸し出している。
 だが、直感ではあるが、服の下はスラリとした肉体ではなく固い筋肉が隠れていそうだった。

 俺達は女と5メートルくらいの距離を取ると、足を半開きにして止まった。
 カワカミが型どおりの質問をするかのように、無表情で女に声を掛ける。
「所属は?」
「普通小隊、第、なな班」
「名前は」
「酢間田 箱子」
「スマダ ハココ。ここで何をしている?」
「小隊全滅。合流する小隊探した」
 カワカミがこっちを見て『離れろ』と目配せする。
 俺は彼女から3メートル横に離れた。
「どこで全滅した?」
 女は右手で後ろを指し示すが、顔も体もこちらを向けたままだ。
「敵の数は?」
「たくさん」
「歩兵か?」
「たくさん」

 カワカミが少し間を置いて問いかける。
「まだぎょうさんおったんやな」
 女はキョトンとし、眉を(ひそ)めて黙っている。
 俺も突然の方言に首を傾げた。
 カワカミがフッと鼻で笑い、まだ女の方を向きながら、声だけは俺に向かって言う。
「マモルはん。気いつけなはれや」
「え?」
「目の前に、あいつらのダチがおるんちゃう」
 やっと、彼女が方言を使う意図が分かった。
「ホンマでっか」
 俺達は女に悟られないように身構えた。
 女は「小隊どこに?」とこちらの質問を無視する。
 するとカワカミが、意味の分からない言葉を発した。
 急に女の顔がほころんだ。
 カワカミが女の方を向いたまま、小声で素早く言う。
「やつらの冗談が通じた。今からやつらの言葉で『敵だ!』と叫ぶから、後ろの連中に伝えろ」

 そして、彼女は短いが意味の分からない言葉を叫んだ。
 女はビクッとして、バレたという顔をした。
 俺はそれを合図に後ろを振り返り、「敵だ!」と叫ぶ。
 向こうに座っている仲間のいくつかの顔がこちらを向いた。気づいてくれたらしい。
 直ぐさま女の方へ向き直るが、途中、カワカミがヨロヨロと倒れるのが見えたので二度見した。
 左胸にナイフが刺さっている。
(飛び道具!?)
 俺が女の方を見ると、すでに女が距離を縮めていて、こちらに光る物を投げた。
 すかさず右に避けると、光る物が左腕の服に当たった。
 いや、刺さった。
 痛みから判断するに、皮と少々の肉は削られただろうが、深く刺さらなかったようだ。
 服に刺さったナイフを抜いて、敵の手に渡らないように遠くへ投げた。

 女が豹のように飛びかかる。
 さらに右に避けたが、急に現れた左の拳が顔面に炸裂した。
 鼻が砕けたかと思った。
 思わず蹌踉(よろ)けた。
(早い! 移動方向を先読みされた!)
 女は続けざまに右の拳を繰り出す。
 これもまともに食らったので、膝を折った。

 女はカワカミのところへ突進し、素早く腰の周りを探っている。
(飛び道具を探している!)
 二人とも丸腰で助かった。

 俺は女の脇腹を狙って蹴り上げる。
 女が咄嗟(とっさ)()けたので、足は空しく宙を蹴る。
 その足が女の右腕で払われた。
 バランスを崩した。
 女が立ち上がった。
 軸足を変えて腹を目掛け、蹴りを繰り出す。
 またもや宙を蹴る。
(え?)
 こちらを向いていた女の顔が消え、服が宙に浮いた。
(何!?)
 バク転で後方に避けられたのだ。
 身の軽さは半端ない。
 曲芸を見ているかのようだった。

 女が立ったので、俺は拳を振り上げて飛びかかった。
 すんでの所で脳天を殴られた。
(ええっ??)
 女の腕は両側にある。しかし、ニヤリと笑った女の頭の上に片足がある。
 もう片足は確かに体を地面の上で支えている。

 何が起きたのか、女がどんな体制で攻撃したのか判断出来ずに混乱する。
 女の狙いはそこにあった。
 不意を突かれた。
 女の両腕からマシンガンのように拳が繰り出された。
 数え切れないほど殴られた。
(破れかぶれだ!)
 後ろに体を少し離し、女との間を開ける。
 そして、後ろ向きに倒れる振りをしながら空中を蹴り上げる。
 つま先に手応えに似た感触。
 女の顎に蹴りが当たった。
 顎を押さえながら女が蹌踉(よろ)めく。
(借りは返す!)
 ボコボコにやられる女を頭に描いて突進したが、逃げられた。
 こちらの動作が緩慢だったのだ。

 3メートルくらい離れて体勢を立て直した女が、何かの拳法の構えをする。
 俺は空手の構えをした。
「カラテ ワタシニ カテナイ」
「ふざけんな!!」
 威勢を張ってみたものの、十中八九『カテナイ』が現実味を帯びている。
 女の攻撃が圧倒的に当たっているのだから。

 構えたままジリジリと回転し、徐々に互いの距離を詰める。
 女が左手の指先で『カモン』のポースをして挑発する。
 その手には乗らない。
 (しび)れを切らしたのか、先に女が動いた。
 突進する女へ前蹴りを繰り出す。
 女がバク転で避ける。
 逆の足で前蹴り。
 またバク転。
 その時、一瞬だが女の弱点が見えた。
 バク転した後で正面を向く時に隙がある。
(試すか!)
 再度前蹴り。
 今度は右に避けられた。
(畜生!)
 こちらの意図を読んだのか。頭がいい女である。
 感心していたので隙が出来た。
 女が連続で回し蹴りをする。
 全てまともに食らって、目眩(めまい)がして蹌踉(よろ)けた。

 しかし、女も蹌踉(よろ)けた。
(何が起きた!?)
 見ると、カワカミが女の腰へラグビー選手のようにタックルしていた。
 二人は一緒に倒れ込んだ。
 女はカワカミを滅茶苦茶に殴って腰から引き離そうとするが、彼女はガシッと抱きついて離れない。
 女は夢中なので、こちらに注意を払わない。
 隙あり。
 俺は女の側頭部に渾身の蹴りを入れた。
 女はクラッとして倒れた。
 それから何度も何度も何度も顔を殴った。
(これは俺の分! これはカワカミさんの分!)
 こうなると自制が効かなくなった。
「もういい、気絶している」
 上半身を起こしたカワカミが苦しそうにそう言って、俺の右腕を(つか)む。
「こいつは丸腰だ。もういい……」
「カワカミさん! 大丈夫ですか!?」
 しかし彼女は、力尽きたように倒れ込んだ。

 駆け寄ってきたアンドウに「縄を持ってきて!」と頼んだ。
 彼女は急いで縄を持ってきてくれた。
 二人で女を縛った。
「君に弾が当たりそうだったから拳銃が撃てなかった。悪かった」
「いいですよ。それよりカワカミさんの傷の手当てをしてください」
「ところで、味方の服を着た敵は、タブレットでは味方になるんだな」
「服で判断しているんですかね。だとすると、大問題です」
「寝返ったと思いたいが……。システムがどういう判断基準で敵味方を区別しているのか分からないからな……」
 女の言葉の感じでは、味方が敵に寝返ったのではなく最初から敵であることは明らかだ。味方の服を盗んで、それを着てこちらに近づいた目的は、女が黙秘を貫いたので不明のままだった。

   ◆◆

 タジマが首を傾げながら報告する。
「スペードのエースの心拍数と呼吸が上がっています」
 リクが不思議そうに言う。
「でも、あそこに近づいてきたのは味方よね?」
「ええ。そうなんですが」
 キリシマ少将がからかう。
「美人に興奮しているんじゃないですか?」
 リクは彼女をキッと睨んだ。
「そんなことは絶対あり得ません」
 しかし、心拍数と呼吸の数値は一向に平常にならない。
 タジマは気になって仕方がない。
「どう思います?」
 スペードのマークと■マークが接近しているから、少将のからかいが現実味を帯びてくるも、リクは成り行きを見守るしかなかった。

 しばらくすると心拍数と呼吸は正常値に戻った。
 スペードのマークと■マークが●マークに近づく。
 誰もが合流と思ったので、注意を払わなくなった。

 敵の1個大隊には動きがない。
 その間、残る敵戦車部隊との激しい攻防に注目が集まっていた。
 モニターはそちらの戦況に切り替わった。
 敵戦車はこちらの戦車の誘いに乗らず、地形を熟知しているらしく、翻弄したあげく確実にこちらの戦車を一つまた一つと討ち取っていく。
 タブレットの指示通りに動いてもまるで歯が立たない。システムが苦戦しているのだ。

   ◆◆

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