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7.愛憎の遺跡(3)

 何度目かの“転移(テレポーター)”に、皆が目頭を押さえていた。
 辿りついた場所は遺跡の内部か――待合用の椅子に、格子が設けられた石造りのカウンター。それはまるで、銀行のような施設であった。
 カウンターの裏には、真新しいままの事務机が並ぶ……それぞれ四か所に女の像が置かれており、シャッターで塞がれた入口には、先ほどのように石板がハメこまれている。

「ここは……遺跡の中、かな?」
「『WELCOME? 非常時のベルはこちらです――非常にうるさいのでイタズラ禁止』だと?」

 ベルグの指には指輪がつけっぱなしであり、これまでと同様に、何も書かれいないスペースに文字が浮かびあがっているのが見えた。

「『ヴィクトリアは無口で気難しい女だった。その厳しさで銀行員を監視していた。彼女は真っ先に行動を起こした』……ふむ?」
「この像が、そいつらのシンボルとかか?」

 カートがカウンターにいる女の像に触れると、突然それが声を発し始めた――。

{いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?}

 と発した言葉だったが、指輪を付けたままのベルグには全く別の言葉に聞こえていた。

「『私は三番目の女だった。アリシャに毒を持った後、何者かに突き落とされて殺された』?」
「な、何を言ってるの!?」
「いや、その像がそう喋った――」
「ああ、なるほど、そう言う事か」

 ベルグの言葉に驚いた二人であったが、カートはすぐに仕掛けに察したようだ。
 続けて事務員の机にあるそれに向かい、再び同じようにして像に触れてゆく。

{はい、その書類に関してはもう入力を済ませています}

 その像は事務担当なのか、言葉の通り文字が入力される装置に手を乗せていた。

「『私は秘密を知った。私は三人に刺されて最初に殺された』――らしい」

 ベルグが聞いた“真相”を、シェイラはそれをメモに書き留めてゆく。
 それを一瞥したカートは、その足で一つの眼鏡が乗った像に向かった。
 石板の通りであれば、先の二つの銅像はダリアとカトリーナで、この像は監査員のアリシャのはずだ。
 ベルグはカートに指輪を投げ渡し、カートはその像に触れると、

{私の眼は、決して不正を見逃しません}

「『私は二番目の女だった。皆でカトリーナを刺した後、私は毒を盛られ、三番目に殺された』……だとよ」
「な、何か“愛憎”って名前通り、ドロドロしてそう……」
「ん? 一番下の引き出しだけ開くな……“三本のナイフ”と“空のコップ”か」
「このカトリーナの腹部に差込口があるぞ」
「もしかして……それぞれ順に死因に合わせろ、ってこと?」

 だろうな、とカートは言ったが、カウンターにいるダリアのそれの在り処が分からなかった。
 開けられる物は開けたが、見つかったのは“コップ”と“ナイフ”のみである。
 シェイラはそれぞれの言葉をメモしたが、“B”であろうヴィクトリアに関しては何も言及されなかったため、三つの像の言葉から推測しなければならない。

 ・Aのアリシャは、三番目に毒殺された
 ・Cのカトリーナは、最初に全員に刺され、刺殺された
 ・Dのダリアは、アリシャに毒を持った。その後、転落死した

「とりあえず、それぞれに合わせてみるのはどう?」
「いや、最初に殺されたカトリーナは良いだろうが、もし順番通りになっているとすれば、次に殺されたのはダリアだ。
 しかし、ここには“ナイフ”と“空のコップ”以外の凶器がねェ」
「ええっ!? あ、そ、そっか……二番目って言ってるし、毒を盛ったって言っただけ……」
「とりあえず、カトリーナが最初なのは確かだ。まずはナイフを刺してみよう」

 そう言うと、ベルグは事務机に座るカトリーナの像に、一本……二本……とナイフ突き刺してゆく。
 三本目のそれを刺し終えると同時、カチリ――との音の後に、どこかでカコンッと何かが外れる音が鳴った。

「……何の音だ?」
「向こう……ヴィクトリアの像から聞こえたぞ」

 カートがそこに近づき、像を調べると腕に隙間が出来ている事に気づいた。

「腕が外れんぞこれ……ってことは、ダリアを突き落したのはヴィクトリアか?」

 外した腕を持ち、今度はダリアの背に持って行くと、それは磁石のようにカチッとくっついた。
 すると今度は、給水器の方からガコンッ――と音がし、タンクの中に水が注がれる音が響いている。
 川を流れるそれであれば、恐らくそこから出てくるのは、呪われた“毒の水”だろう。
 ベルグはコップを持ち、慎重にそれに注ぐとアリシャの机の穴に置いた。
 ……だが、何も起こらず、ただ静かに像が鎮座しているだけである。

「何もねェな……順番も間違えてねェし」
「うーん……」

 シェイラは、他の事を考えていた。
 この女性陣は、全員一人の男――ロームの町にあった、“なぞなぞ”の魔導師と関係があった事になる。四股をかけた男は、《サキュバス》に鼻の下を伸ばし、その色香に飲まれて死んだ……。

(最初は可哀相と思ったけど、自業自得じゃないの)

 現実で起った事か、物語でのそれかは不明である。
 その“女の敵”のせいで、ここの四人が苦しみ、殺されたのだ。
 カトリーナは真っ先に、アリシャは三番目に、ダリアは二番目に……と、順に殺された女たちを憐れんでいたシェイラの心に、ふと何かが引っかかった。

(あれ? ヴィクトリアは……?
 カトリーナは、確かあの話しぶりからして最後っぽいけど……その後の顛末はどうなったんだろ)

 何かがおかしい、とシェイラはその像の方に目を向けた。
 仮に、A・B・C・Dの並びの通りであれば、ヴィクトリアは“Victoria”となり、頭文字は“V”のはずだ。それは、“B”の選択肢ではない――。
 しかも、そこに静かに佇む彼女は、その名の通り“勝者”であった。

(確か、あの魔導師も結婚するのに指輪を……。
 それに、カトリーナの像は――)

 シェイラは、ハッ――とそれに気づいた。

(カトリーナだけ、魔導師の“浮気”を疑っていないじゃない!
 もしも、彼女が知った“秘密”はそれじゃないとしたら――)

 それどころか、浮気にも気づいてない様子である。
 シェイラはそこで、何かがカチっと噛み合ったのを感じた。

「指輪よっ、指輪をカトリーナにはめて!」
「な、何だと?」
「ヴィクトリアは、“B”じゃなくて“V”で、元々ここに存在しない人なの!
 きっと、カトリーナは魔導師の婚約者。ある時、ヴィクトリアの“秘密”を最初に知ったから殺されたんだよ!」
「う、うぅむ……カート、指輪をはめてみよう」
「おう」

 入力装置に伸ばす左手は、薬指だけがわずかに浮きあがっている。
 カートはそれに指輪をはめ込むと――カトリーナの手が動き始め、“入力装置”のボタンをカチカチと押してゆく。
 その紙に打ち込まれた文章は――

【 Benedetta(ベネデッタ) ≠ Victoria(ヴィクトリア) 】

【 Dead(死人) "she()" tell no(口は) tales(ない) 】

【 She fir(彼女は)st DEAD(殺された) 】

【 Will Give(ヴィクトリア) Victoria() Punishment(罰を)!! 】

【 She called(彼女の正体は) ...... 】

【 Banshee !!(バンシーです!!) 】

 打ち出された“死者の告発文”に、カートが声をあげようとした時であった。
 それよりも早く、アリシャとダリア、そしてカトリーナの像がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
 それに続くかのように、化けの皮が剥がれたヴィクトリアの像が崩れ――

「犬っころッ! シェイラッ! 耳を塞げッ!!」

 嘘・偽りで塗り固められた像の下から、“女の本性”が正体を現したのである。

しおり