暴露された真実
ルイに案内されて黄金の応接室へ戻った。
妹とミルがソファーの上で
「ゴメンゴメン、遅くなった」
「お兄ちゃん、遅すぎ」
ソファーは三つ。四人掛けが二つ、二人掛けが一つで、長方形のテーブルを囲むようにコの字型に配置されていた。
コの字の上の横棒に当たるソファーにはミイ、ミルが、その真向かいのソファーの真ん中に妹とイヨが座っていた。
俺達二人は妹の座っているソファーに座った。
もちろん、イヨの隣は二人とも気まずいので、妹が間に挟まるように、ミキがイヨから一番遠くなるように座った。
俺達の意図を察して、妹とイヨは横にずれた。
残っている二人掛けのソファーには、ルイが優雅に座った。
生地がクシャクシャと皺にならないように、だろう。
こういう時にドレスは不便そうである。
「さて……」
ルイは全員を見渡すと、ドアの方を見ながら両手を肩の高さに上げてパンパンと叩く。
それを合図にドアがスッと開かれて、三人の若いメイドがオレンジジュースと菓子を持って入ってきた。
メイド服などコスプレ写真でしか見たことがなかったので、本物のメイドを間近で見るとドキドキして緊張する。
(近い近い)
メイドの体や腕が顔の近くまで迫ってくる。洗い立ての服のにおいがする。
そうやって間近に迫られてオレンジジュースのグラスや菓子が載った小皿をテーブルに置くので、緊張の度合いが高まった。
三人とも美少女風で、仕草が可愛いし、『ご主人様』とか言ってくれたら、卒倒しそうだ。
『あの子はウサ耳が似合いそうだ、あの子は手でハートマークを作ってくれたら嬉しいな、あの子は…』という妄想はミキの視線を感じることで、惜しいかな、消え失せた。
いかんいかん、浮気は。
「先に食べててもらえば良かったのに」
「あら、マモルさんって、結構お気を遣われる方ですわね」
「『結構』は余計」
「あの
名前を強調するのが気に入らない。
何でもお見通しの生徒会長だから、何か含みがあるはずだが、考えても分からなかった。
「『にしては』は言いすぎじゃないか?」
「あら、ゴメン遊ばせ」
グラスが全員に行き渡ったところで、ルイがグラスを高く掲げて乾杯の音頭を取る。
「全員の無事に感謝して、乾杯!」
「かんぱーい」
言われるままに唱和したが、そもそも何故ここに集められたのか誰もまだ理解していないので、ルイ以外は乾杯の仕草がぎこちなかった。
わざわざ無事を乾杯する意味が不明なのだ。
妹はジュースを口に含むと、早くもビスケットを
ビスケットは、軽く上下しながら、徐々に妹の口の中に入っていく。
他の皆は、ジュースを味わっていた。
口に含むと、絞りたての生ジュースの味がするし、僅かにツブツブが残っていて舌の上に転がる。
さすが本物志向で、安物の着色水ではない。
ミルがグラスをテーブルの上に置いて挙手をする。
「生徒会長」
「何でしょう?」
「そのぉ……なんで私達がここに集まったのでしょう?」
ルイはジュースを半分飲んでから当然のことのように言う。
「全員の無事をお祝いするからですわ。あ、ミカさんとリクさんがいらしておりませんから、今ここにいらっしゃる皆様で全員ではありませんが」
俺はリクの名前を聞いて、口に含んだジュースを吹き出しそうになった。
ミルはまだ理解出来ないようだ。
「あのぉ……誰ですか、ミカさんとリクさんって?」
ミイが思い当たったらしく、両手をパンと打つ。
「も、もしかして、あ、あの歌姫と人形ちゃん?」
(あの子、人形ちゃんって呼ばれてるんだ。……でも歌姫って誰だろう)
「そうですわ。お二人とも日頃私を避けていらっしゃいますが、それでも一応はお声がけいたしましたけれど」
「じゃ、そのぉ……全部で……七人でしょうか、無事だったっていうのは」
「そうですわ。ね? マモルさん? 今までご苦労様でした」
俺は咳き込んだ。
「あらあら、ジュースが気管に入ったのかしら?」
「ゲホゲホ。し、失礼。ゲホゲホ」
ミルがこちらを見て言う。
「ご苦労様って、マモルさんが私達の無事と何か関係でも?」
俺は黙っていた。
ルイが軽く咳払いをして、「では、わたくしが解説いたしましょう」と言って、立ち上げる。
そうして、全員をゆっくり見渡して、さらに一呼吸置いて言う。
「実は、……この世界では、皆様全員が亡くなる運命でしたの」
応接室の中の空気が凍った。
全員が息を止めたのだ。
衣擦れの音すらしない静寂が空間を支配し、黄金色の光だけが行き交うことを許された。
彼女が一段と声を上げてこの静寂を破る。
「この世界でマモルさんが自らの行動を変えることで運命を何度も分岐させて、一人一人が亡くならないように回避したのです」
ミルがまた挙手をする。
「あのぉ……意味が分からないのですが」
「そうですわね。ご自分が亡くなっている姿は幽体離脱でもしない限りご自分では見ることが出来ませんし、もちろん、その記憶が今ここで残っていることはあり得ませんから。
マモルさんは、お可愛そうに、皆様が亡くなるところをご覧になられたりお聞きなさったりして、心を痛めながらも記憶されていらしたのです。
そして、過去に戻って運命を変え、こうして全員が生きている運命を切り開いたのです」
ミキが俺に寄り添ってきた。
ミイが挙手をした。
「そ、そんなことが出来るんですか?」
「ええ」
ルイが縦ロールをユラユラさせて
「マモルさん? 秘密をもう皆様に公開してもよろしいですわね?」
俺は黙っていた。
とびきり熱い風呂に入っているかのように、頭が逆上せてくる。
手の平も汗ばんで震えてきた。
「反対なさらないということは、公開してよろしいのですね?」
<公開>が<後悔>に聞こえた。
沈黙が答えとなった。
それを確認し、彼女は
「実は、マモルさんは……」
彼女は俺を凝視する。
「
全員が目を見開き、こちらに強い視線を投げかける。
それらが耐えられないほど痛いので下を向いて回避した。
ミキが体重を移動して少し離れた。
「彼は、この世界と並行して存在する別世界からいらした、
誰もが『信じられない』という顔をした。
無理もないだろう。
偽の俺と同じ背格好で同じ顔の人物が代わりを務めていたのだから。
こうなったら正直に言うしかない。
俺は立ち上がった。それと交代にルイが座った。
「みんな、本当にゴメン。生徒会長の言うとおりだ」
そして全員を見渡す。
ルイ以外は呆気にとられていた。
「俺は、
別世界では
名前が違うのは運命が違うからで、俺を引き取った叔父さんが違うからだ。
未来人が別世界、正確には並行世界を移動する装置を作って、俺、
もう一人の俺、つまり、
聞いている皆は、俺の言葉を一言も逃さないという顔をしていた。
「元の世界では、この国は戦争が起きてない。
男も女も同じ数だけいる。
妹は病気で亡くなっている。
みんなのことは知らない。
食べ物もどことなく違う、店も雰囲気が違う。
お金は10分の1だ。
何もかもが違う」
また全員を見渡す。ルイは縦ロールを揺らして
「こちらの並行世界に来て、みんなが死んでいくのを見たり聞いたりした。
とても耐えられなかった。
だから、未来人に頼んで時間を過去に戻してもらい、
行動を変えることで別の運命に変えてきた。
その甲斐があって、こうして全員が生きている運命に変えられた。
途中で好きな人も出来た。
俺はこの世界で、
……」
涙が込み上げてくるのを必死に耐えた。
と同時に、俺が今まで意識しなかったこと、知らなかったことまで口にしているのには驚いた。
(みんなが死んでいく?
未来人に頼んで時間を過去に戻してもらう?
自分で何を言っているのだろう?
何故不思議に思わない?
ルイが言ったから思い出したのか?
何かおかしい
……)
俺自身が別人のような気がしてきたが、感極まったので、不思議がることより決心を伝える気持ちの方が打ち勝った。
「この世界で生きていくことを決めた。……もう元の世界には戻らない」
言い終わると、ゆっくりと腰を下ろした。
しばらく沈黙が続いた。
その沈黙を破るように、ミキが横から抱きついた。
「『
妹が続けて言う。
「病院で会った時から、何かおかしいと思ったけど、私、こんなお兄ちゃんでも悪くない」
ミルが
「やっと分かりました。SFみたいな話ですね。でもマモルさんには変わりないんですよね?」
「そう。マモルとしては同じ。住んでいる世界が違って名前も違った、ということ」
ミイが笑って言う。
「そ、そんなことが起こりえるんだ。よ、世の中、進歩している」
「ミイさん。進歩しているのは、並行世界の人間を交換した未来人ですわ」
「そ、そうかも知れないけど、す、凄いことが起こっているんだ」
イヨが重い口を開いた。
「あちらの世界では幼稚園時代に私と会っていません?」
「ああ、悪いけど、覚えている記憶を全部辿ってもイヨという名前の女の子には一度も会っていない」
「私、並行世界ではどこで何をしているのかしら……」
「もしかしたら、どこかで元気にしているのかも」
「小説にしたら面白いわね」
「恋愛SF小説?」
「それもイイかもね」
彼女は少し間合いを置いて「ところで」と言う。
「過去に戻って行動を変えることで相手の運命まで変わってしまう。……それってパラドックスが起こってしまわない?」
「パラドックス?」
「一見すると合っているようで、実は矛盾して成り立たないこと」
「詳しくは分からない。未来人なら知っているかもしれないが」
「未来からやって来て過去を動かし、不都合を変えてしまう」
それを聞いてミキがビクッとしたらしく、振動が体に伝わった。
彼女が何故こうも驚いたのかは分からない。
(何か思い当たることでもあるのだろうか? ……まさか)
「やっぱり、過去に戻って未来を変えることは問題だわ」
「問題? 何故?」
「たとえば過去に戻って両親に会う。その両親に別れるように言うと、自分が生まれて来なくなるから、その瞬間消えてしまう」
「まあ、わざわざそういうことをするために過去に戻る人はいないだろうから、大丈夫じゃないかな?」
「本当はマモルさんの行動は危なかったのかも知れないわね?」
「全然そんなことを考えなかった」
「おお、怖っ……」
「ゴメン、鈍いから」
「この世界がマモルさん一人に委ねられたのよ」
「そう言われると、今更ながら責任感じる。でも、みんなの命を救うために無我夢中だった」
「こうして全員が無事と言うことは、パラドックスが起きなかった。むしろ、マモルさんは起きないように行動できた、ということなのかしら?」
「そういうことになるのかな?」
「小説的には面白そうね」
彼女はニコッと笑った。本当に恋愛SF小説でも閃いたらしい。