究極の選択
翌朝、妹の鼻を明かそうと、いつも起こしに来る時間に学ランを着て布団の上に座っていた。
妹が俺の部屋に入ってきたので「どうだい?」と自慢してやった。
驚き顔を期待したが、妹は「布団上げてね」と言って去って行った。肩すかしであった。
こうして俺はいつもと違い、時間に余裕を持って登校した。
鼻歌交じりに下駄箱を開けると、中からヒラリヒラリと白い封筒らしい物が2つも出てきて下に落ちた。
(何だろう?)
足下に落ちた2通の封筒を手にとって見ると、1つは裏に<歪名画ミイ>と書かれていて、もう1つは裏に<品華野ミキ>と書かれている。
心臓が飛び出るほど驚いた。
後から下駄箱に封筒を入れた方は、先に入っている封筒を見たはずだ。そしておそらく、封筒の裏の名前を確認したはず。
(これは二股がばれたな……)
封筒をすぐに鞄の中へ隠し、トイレの個室へ駆け込んだ。
先にミイの封筒から便箋を取り出して、恐る恐る開いた。
『明日19時に
次にミキの封筒から便箋を取り出し、こちらも恐る恐る開いた。
『明日19時に
俺は2通の便箋を何度も見返す。
北と南の違いのみで、文章は全く一緒。
昨日までの二人の行動を思い返すと、何から何まで同じ行動をしていることに改めて気づいた。
(二人で示し合わせたのか? 偶然か?)
ちょうどその時、俺が入っている個室のドアがノックされた。いつまでもドアが開かないので不審に思われたのかも知れない。
とりあえず水を流してトイレを出て、眉を
(ゆっくり考えるか)
俺は一時限目をサボり、屋上へ行ってゴロリと仰向けになった。
何処までも青い空。雲はほとんどない。たまに流れる雲に目をやると、そっちばかり気を取られて考えがまとまらない。
(誰が後から入れたのだろう。封筒に気づいたら、当然、名前を見ただろうな。まずい……まずい……)
隠し事がバレているからどう取り繕おうかと考えたが、なかなかよい案が浮かばない。頭の中で考えがループしてばかりだった。
下手な考え休むに似たり、だ。
(ええい、どっちに行くかを決める。それが出来なければ、どっちにも行かない)
後者はそれまでデートしてきた二人に失礼だから、案としてはあり得ない。
だとすると、北口か南口かを決めることになる。
つまり、ミイを取るかミキを取るか。
究極の選択である。
幸いなことに、その日一日ミイにもミキにも会わなかった。妹は、俺が悩んでいるのを薄々気づいている様子だったが、何も言わなかった。相談したところで、結論を出すのは俺自身なのだ。
ついに約束の日の朝になった。
情けない話だが、まだ結論が出ていない。未練がどうしても残る。
(こんなことではいけない)
奮い立つも考えがまとまらず、決めかねて意気消沈する。この繰り返し。
今日は一時限目からずっと、授業どころではなかった。
時は誰に対しても公平に刻まれていくはずが、俺にだけは無情に駆け抜けていくとしか思えなかった。
ずるずると考えを引きずったまま、
時計を見ると18時30分。この改札口は、北口と南口の中間にある。
(さすがにこの時間には来ていないだろう。でも早めに来たミイかミキに今から見つかるとまずいかも)
そう思うと気になるので、改札口から20メートルくらい離れたところにあるモニュメントの後ろに隠れた。
本当は、そういう自分が情けなかったのだが。
その時、駅のアナウンスが聞こえてきた。
「ただいま、踏切事故が発生した影響で、電車の運転を見合わせています」
改札口付近の乗降客がざわめきだした。ミイもミキも学校まで徒歩で通っていることを知っていたので、学校の近くにある
(関係ないな)
そうして19時までモニュメントの後ろに隠れていた。
19時になった。時が決断を迫った。
俺は<彼女>に決めた。
(後悔はしない)
決めあぐねたのは事実であるけれど、だからといって『どちらにしようかな』的ないい加減なやり方ではなく、よく考えた結果、導き出した結論だ。多少は時間に背中を押されたのも否定はできないが。
出会った場面を思い描き、どう話しかけるかを頭の中で練習しながら指定の場所に向かった。
しかし、<彼女>がいない。
辺りを見渡した。
運転見合わせの混乱もあり、電車に乗れないたくさんの客がうろついていたが、<彼女>を見つけられないほどの混乱ではない。
5分待った。10分待った。
何度も周囲を見渡したが、<彼女>は見つからない。
手を振りながら近づいてくる女性客が全員<彼女>に見える。
俺は焦った。
(場所を間違えたか? 記憶違いか?)
15分立っても来ないので、場所を間違えたと思い、反対側の指定の場所に向かう。
(待てよ。そっちに<もう一人の彼女>がいたら……いや、絶対俺の記憶違いだからそっちに<彼女>がいるはず)
反対側の指定の場所でも<彼女>を探した。こちらも電車に乗れないたくさんの客がうろついていたが、<彼女>はいなかった。
20時まで待った。時々反対側に行ってみたが、<彼女>は北口にも南口にも現れなかった。もちろん、<もう一人の彼女>も現れなかった。
運転を再開したという駅のアナウンスを聞きながら、トボトボと帰宅した。