二人の真実
翌朝寝坊したので急いで登校し、慌てて下駄箱を開けると、中からヒラリと白い封筒らしい物が出てきて下に落ちた。
俺はドキッとした。
(どっちのだろう?)
足下に落ちた封筒を手にとって見ると、裏に何も書かれていなかった。
気になってしょうがない俺は、周りの女生徒達の視線にかまわず、その場で封筒を開けた。そして、中から便箋を取り出して開いた。
『今日の壮行会の後、二時限目までの休み時間に体育館の裏に来てください。真実をお話します。そして、あなたに伺いたいことがあります』
見たこともない筆跡で書かれた文章だったが、二人のどちらかが慌てて書いたからこのような字になったのだろう。
(それにしても壮行会って何だっけ?)
何のことかサッパリ分からなかった。
教室に行くとすでにカオル先生がいて、生徒達に対して「壮行会をやるから講堂に行きなさい。一時限目は壮行会でお休みよ」と言っていた。
(壮行会? 講堂? なんか面倒だな……)
俺は屋上へ逃げることにした。
一時限目がお休みということは一時限目まで屋上にいて、それから体育館の裏に行けばいいのだ。
講堂へ行く振りをして途中から皆の列と離れ、忍びの者のように周囲の様子を窺いつつ屋上へ逃げた。
一時限目が終わるチャイムが聞こえたので、体育館の裏へ急いだ。
指定の場所に着くと、20~30メートル先に女生徒がこちらを向いて立っているのが見えた。
俺はギョッとした。
(誰だ?)
黒髪が恐ろしいほど長く、顔も面長で、ミイでもミキでもない女生徒が立っている。
少し間合いを置いて、俺の方から近づいて行った。
徐々に顔がはっきりと見えてきて、今まで廊下でも教室でも見かけたことがない女生徒だと確信した。
頬はこけて、ひどく痩せている。足も棒のようだ。
二人の間が10メートルくらいに近づくと、彼女は頭を下げる。俺は、5メートルほど距離を置いて足を止めた。
彼女は頭を上げて口を開いた。
「
「シナハナノ ミルさん?
(ミキの上の名前と一緒だ)
「マモルさんとお呼びしていいですか?」
「え、ええ」
「マモルさん、私の上の名前と同じ女生徒が学校にいるのはご存じですよね」
答えに窮した。もちろん、知っているのだが。
「言い換えます。
さすがに黙秘を続けられず、白状した。
「え、ええ……」
何を言われるのか、だんだん分かってきた。
彼女は無表情で話す。
「私はミキの姉です。ミキに同い年の姉がいるのはご存じかと思いますが、私です。姉ですから、ミキとマモルさんが最近お付き合いを始めたことくらいは知っています」
彼女は一呼吸置いていった。
「ところで、
「!!」
俺は絶体絶命の気分になった。
「
握っている拳の中で汗をかいていた。少し震えてもいた。
彼女は初めてニヤッとした。その笑いは不気味だった。
「黙っていても分かっていますよ。お付き合いしていましたよね?」
こうなると白状せざるを得なかった。
「あ、ああ……」
「ところであの二人、実は双子の姉妹って知っていました?」
「え!?」
俺は<似てない双子>と命名していたが、本当に双子だったのだ。
「ご存じない? ああ、二人とも黙っていたのですね。あの二人が生まれてすぐ両親が戦争で亡くなったので、
「そ、そうだったんですか」
「顔はあまり似ていませんから、上の名前が違うと、他人に見えますよね。実は双子で、あの二人はとても仲がよいのです」
「仲いいのは知っています」
そう言って、二人が手を組みながら歩いている光景を思い浮かべていた。
「ほほう、そうでしたか。……その二人が、同時にマモルさんを好きになってしまった。そうして二人で別々の日に告白した。どちらかが選ばれるはずが、マモルさんは二人とも選んでしまった。その結果、日替わりデートになってしまいましたよね」
ここまでバレていると、恥ずかしくて穴があったら入りたい気持ちになった。
さらに、今までのデートの現場をビデオカメラで撮影され、三人で鑑賞していたのかとも疑った。
「昨日ミイとミキがそれぞれ北口と南口を指定したのは、どっちが選ばれるかを決めるためでした。そして、マモルさんが待ち合わせ場所に来なかった方が身を引く約束になっていたのです」
彼女はキッとした顔でこちらを見る。
「ところが二人は待っていたのにマモルさんは来なかった。昨日はどちらの場所に行ったのですか? それとも来なかったのですか?」
これには弁解した。
「え? 俺の方こそ時間通りに行って逢えなかったのに。逢えなかったから俺がフラれたのかと」
「いいえ、ミイもミキも行きました。二人は所用で隣町に行っていて、電車で駅へ向かったのですが、踏切事故で立ち往生してしまい、1時間以上遅れて到着したのですが、二人ともマモルさんと逢えなかったと言っています」
俺は激しく後悔した。
もっと我慢していれば逢えたのだ。
「すみません、1時間で諦めて帰りました」
彼女は、ふぅと溜息をつく。
「マモルさんは1時間以上待てないのですか? 大切なお話があると言う彼女たちが来ないことを心配しなかったのですか?」
何も言い返せなかった。彼女は俺を睨む。
「……マモルさんはそういう方ですか。……もう一度聞きます。どちらの場所に行ったのですか? 誰を選んだのですか?」
「……す、すみません! もう少しお付き合いしてから決めさせてください!」
必死に頭を下げた。彼女は、冷たく言う。
「もう少しお付き合いですって? 何を言っているんです? マモルさんは壮行会に誰がいたかご存じでしょう?」
「すみません、遅刻してそれには出席していません」
彼女は深いため息をつく。
「なら言いますが、ミイとミキと私ともう一人の四名がこれから1ヶ月間、後方支援部隊に協力するため赴任するのです。そんな状況で、一体どこでお付き合いをするのですか?」「……」
俺は言葉を失った。彼女は追い打ちをかける。
「ミイとミキは赴任のことも言ってなかったかも知れませんが、しばらくマモルさんに逢えないので少しの時間でも惜しんでデートをし、気持ちを確かめたかったのですよ!」
これを聞いて涙が出そうになった。彼女はまた深いため息をついた。
「では、保留ということですね」
涙を悟られないように、下を向きながら言った。
「…………はい」
彼女は俺に背を向けた。
「二人に伝えます。それから私たちは、もう来ている軍の車両に乗っていきますから、ミイにもミキにも逢えませんので」
そう言うと、彼女はスタスタと去って行った。
取り残された俺は、呆然とそこに立っていた。
(もう少しお付き合いしてからって、何だよ! 本当は決めていたじゃないか! 何言ってんだ! 何言ってんだ!)
土壇場で結論をぼかした自分の情けなさに腹が立って、心の中で叫んでいた。