A子さんの勉強
大学で初めて仲良くなったA子さんは、白く雪のような肌と消え入りそうな微笑が特徴的な美人だった。
彼女は、最近になって体調も安定したようだが、幼い頃から病気がちで小中高とまともに学校へ通う事ができなかったらしい。
自宅で家庭教師をつけて大検を受ける事で、この大学の合格を手に入れたとのことだ。
「あまり同世代の子たちと過ごした事がなくて。変なところがあったらごめんなさいね。」
優しく笑う彼女はやはり美しく、そして一般的な同世代と比べて遥かに上品であった。
しかしある一点。私はA子さんの振る舞いに気になる事がある。
それは彼女のメモであった。彼女はいつも小型のメモ用紙を持っていて、度々それに何かを書き込んでいる。
「みんなが当たり前に知っている事が、私には分からない時があって。」
その説明に別に疑問があるわけではない。
が、なんというのだろうか、
そのメモのタイミングがおかしいのである。
一つ事例を挙げてみよう。
私とA子さん含めた5人の仲良くグループ。そのメンバーで話している時のことだ。
「小学生の時に流行ったものといえばモーニング娘だよね。」
一人の子が言う。
「そうそう。CD欲しくて超並んだなぁ。」
「分かる。でも私の場合、田舎だったからさ。どこの店に行ってもなくてしまいには泣いちゃったのよ。」
ははははと笑い合った時、A子さんはメモ用紙に何かを書き込んでいた。
彼女は「モーニング娘」ついてメモをしたのだろうか?
いや、やっぱりメモをしたタイミングはどこか違うような気がする。
それからしばらくしてのこと。
例の仲良くしグループの一人が、交通事故で死んでしまった。
葬式では家族の次に私たちが取り乱していたと思う。上辺だけじゃない。心底、仲が良かった。
A子さんは涙こそ見せなかったが、静かに黙って俯いていていた。
「何でぇ、何で死んじゃったのぉ?」
一人の友人が棺の前で泣き崩れる。私もその気持ちが痛いほどわかった。波が止まる事なく溢れ出てくる。
が、ふと斜め前を見て私は凍りつく。
A子さんがメモ用紙を取り出しているのであった。
そして位置的に私はそこに何が書いてあるか見えてしまった。
葬式の帰り道。
「さっきメモ用紙に書いていた内容だけどさ。」
私はA子さんに言う。
「友達が死んだら泣く、って何?」
A子さんは私に向かって静かに答えた。
「私ね。ずっと家に引きこもっていたから感情がほとんどなくなっちゃったの。だからどういう時に嬉しいとか悲しいとかよく分からなくてね。皆の反応を見て「あぁ。人ってこういう時は悲しいんだ。」って勉強しているのよ。」
私は驚いて開いた口がふさがらない。
「じゃあ、今まで私たちと一緒にいて笑っていたり、悲しんだりしていたのは?」
「うん。経験から学んだ事で意識的にやっている事。でも今日まで気づかなかったって事は間違っていなかったみたいね。」
良かった、とA子さんは言う。
「やっぱり私っておかしいのね。でも勉強になったわ。」
A子さんはクスリを笑った。確かにそれは、私が今まで見た事ない自然な笑顔である。
「私みたいな人間を見ると、そうやって驚くものなのね。」
そう言うと彼女はメモ用紙を取り出した。