窓際部署
その部署は端的にいえば手遅れだった。
ブラックな業界の中のブラックな企業。
人権などは企業紹介パンフレットの上にしかなく、笑顔はHPの画像より外には出ない。
従業員は酷使され、疲弊していた。
その中で精神的に壊れ、立ち直れなくなった人々の墓場と言われているのがこの窓際部署だ。
俺は、何とか彼らを救うためにと別会社から派遣されたカウンセラー。
「この部署は、会社からは期待されていません。」
引き継ぎも兼ねて人事の女性が俺を案内する。
巨大ビルの奥の奥のそのまた奥の部屋。
誰にも知られないひっそりとした場所に窓際部署のオフィスがある。
「会社は彼らに何も与えず、ただ飼い殺しをしています。再就職した先で精神的欠陥が判明してしまうことを恐れています。」
「その場合、前職であるこの会社の責任問題になるからな。」
「ええ。評判を下げるより、部分的療養という言葉で誤魔化しながら給料を払いつづけることを選んだのです。」
カンカン、という女のヒールの音が無機質に響いた。
「ここです。」
表札も何もない扉。脇には暗証番号式の鍵がつけられており部外者が立ち入れられないようになっている。
牢獄のような冷たさを感じた。
「こんなところにこんな部屋が。」
俺は緊張しながらドアノブに手をかける。
部屋には三人の人間がいた。
一番奥。この中では最も年配の男は、こちらを向く形で座っていた。
椅子に深くもたれ、足を机の上に投げ出して、テレビを見ていた。何の番組かはこちらからは見えないが声をあげて笑っている。態度が良いとは言えないがある程度の役職の人間ともなればこの手のタイプはいなくもない。
手前には細身の女性が自分のデスクに向かっている。業務用である卓上電話の受話器を片手に楽しそうに話をしていた。言葉遣いは丁寧で声は明るい。
その向かいにはメガネの男性がパソコンに向かってキーボードを叩いている。確かに「快活」「爽やか」とは言えないが真面目で几帳面そうな男だ。
「・・・普通じゃないか。」
俺は拍子抜けした声を出す。
女は小さくため息をつく。
俺の鈍感さに呆れているというより、この光景そのものの異様さを哀れんでいるようだ。
「この部屋、暗いと思いませんか?」
確かに薄暗い。窓の外から光が差し込んでいて日当たりは悪くなさそうであるが。なぜだろうか。
天井を見て「あ。」と俺は声をあげる。
蛍光灯が一つも付いていないのだ。
「節電でもしているの?」
俺は女に尋ねる。
女は小さく首を横に振った。
「この部屋、電気が通ってないんですよ。」
その言葉の意味がジワリと俺の中に滲み込み、背筋が凍りついた。
テレビを見て笑う中年男。
楽しそうに電話でおしゃべりをする女性。
無言でパソコンを叩く男。
彼らは皆、すでに壊れていたのだった